『忘却の都市』強化デバイスの説明
気づけば、俺は地面に組み伏せられていた。
正直何が起きたのか全く分からない。
進藤夏希は楽しそうに微笑みながら俺を見下ろしていた。
彼女は拘束を解き、すっと立ち上がると、軽く手を差し出した。
「ほら、立てる?」
俺はなんとか息を整えながら、彼女の手を借りて立ち上がった。
「……いったい何をしたんですか?」
俺の質問に対して、クスっと笑いながら首元のチョーカーを軽く叩いた。
「それはね、こいつのおかげ。」
俺は自分の首元に触れる。
都市警備隊の証として支給されたチョーカー。
「この強化デバイスが、私達の身体能力を向上させる仕組みになってるの。」
彼女は説明を続ける。
「簡単に言うと、特殊な神経伝達強化装置ね。これが脳の神経回路を刺激して、運動能力や動体視力を飛躍的に向上させるってわけ。」
彼女は冗談を言っているわけではなさそうだが、そんな見たことも聞いたこともない怪しげな技術にわかには信じがたい。
だが、確かにその実力を実際に見せつけられた。
もし本当なら確かにこの技術はすごい。
だが、それ以上に何か恐ろしいものを自身も身に着けてしまったという感覚が、じわじわと胸の奥を締め付ける。
「君が今感じてる感覚は間違ってないよ。当然、気を付けないといけない事もある。大きくは2つかな。」
そう言いながら、彼女は少し真剣な顔になった。
「まず1つ目。これは長時間の使用はダメ。特に最初の慣れないうちはね。さっきも言ったけど脳の神経回路を刺激して脳全体の使える範囲を広げてるからたくさんの情報が入ってきちゃうの。簡単に言うと使いすぎるとめっちゃ酔う。」
何かを思い出したように苦々しい顔をしている。
「そして2つ目。こっちは気を付けるっていうよりそもそもの話なんだけど、これ使うのにちょっとコツがいる。」
「コツ?」
「そう。言葉にするのは難しいんだけど、これを使うときに意識を切り替えないといけないのよ。さあ、今から使うぞって感じで。」
何を言っているのかさっぱり分からない。使うのに意識を切り替える?
「あーもう、なんて言ったらいいのかな。例えばだけど、さっき私がやったみたいにカウントダウンって予め決められた目的の数字に近づくほど、追いかける側は今から動くぞって意識するでしょ。普段よりも動くことに集中するイメージ。」
そう言われるとなんとなく分かる気がする。
「そうする事で脳の集中力が増して、このデバイスが反応するの。そしてデバイスと自分のタイミングが合った瞬間に動き出せばさっきみたいな動きが出来るってわけ。」
分かったような、分からないような……。
「ま、ちょっと扱いが難しいけど徐々に慣れてくるよ。あ、ちなみに最初のうちは……」
彼女が何かを言いかけた時、俺は興味本位で少し試してみてしまった。
次の瞬間、全身を貫く強烈な情報の奔流。
視界が揺れる。
神経が暴走する。
思考が追いつかない。
——そして、何も見えなくなった。




