遊び人は、交渉を行うようです。
「ふん、そういうことか……」
デブは、背もたれを軋ませながら椅子に体を預けると、腹の上で手を組む。
そしてねっとりと、あざけるような笑みを浮かべてこちらを見てくる。
「だがあの家には、この程度の金貨では済まない莫大な借金があった。それを私は立て替えたのだ。……貴様はそれを、全額払えるのか?」
「ここで稼ぐよ」
ライズは即座にそう切り返した。
「だから交換条件だって言ったでしょ? 言っとくけど、オレ負けないよ? 遊び人だし、賭け事は強いから」
「……命が惜しくないのか?」
先ほどから非常に軽い脅しを口にしているが、少なくとも、今の状態が命の危機を感じるような状況だとは思わない。
一人、警戒するべきに見えるステーキは面白そうになりゆきを見守っていた。
「あなたに取られるほど、弱くもないんだよね。別に迷惑かけるつもりはないんだけど」
そこでサモンをちらっと見ると、彼も前に出てニヤニヤと告げる。
「ライズが稼ぎまくったら、客減るやろなぁ。毎回毎回客どうしでやる賭けで大負けさせ続ける……しかも経営者がそれに対して何も言わないってなりゃ、グルを疑われるやろし」
サモンは、口の前で右手を握ったり開いたりして見せた。
「実際にそういうことが起こらんでも噂は、流れるかもせーへんしなぁ」
「……脅す気か?」
「先に脅してきたのはそっちでしょ?」
ライズは、本題に切り込んだ。
交渉なんてめんどくさいが、フォクさんには良くしてもらったのだ。
その恩返しだと思えば、やるしかないのである。
「軽く調べてみたんだよね。フォクさんの家からの金の流れとか、管理してた奴の行方とか。ねぇ、サモン」
「せやなぁ」
サモンは、わざとらしく思い出すようにこめかみに人差し指を当てて片目を閉じる。
「どーも『サラダンバー質入れ屋』ってところにプラッター家からカネが流れてたみたいやけど、それってポッティートさんのとこの子飼いやんな?」
「だからどうした?」
ポッティートは動じず、相変わらずあくどい笑みを浮かべている。
表情が変わったのは、ステーキの方だった。
面白そうに笑っていたのが、途中からどこかつまらなそうなトボけた表情に変わっている。
が、目の奥が底光りしていた。
ポッティートはそれに気づいていないようで、サモンと話を続ける。
「そう、最近あそこが儲けているから、あの貴族の苦境に気づいたんだ。私は借金を清算して救ってやったのだぞ?」
「それをお前がやらせてへん、っていう証拠はないんよなぁ」
「だからなんだ? やらせた証拠もなかろう」
サモンは耳をほじって、全く堪えた様子もなくうなずいてみせる。
「せやな。でも、悪い噂ちゅーのは広がるもんや。王家とも親交の深かったあの家が、自業自得で没落したんとちゃうって噂を小耳に挟んだら……ゴキンジョの国は、どう動くやろなぁ」
「国だと?」
ポッティートは、サモンの言葉をせせら笑う。
「どう見ても貴族でも金持ちでもなさそうな貴様らが、国との繋がりがあるというのか?」
しかし口調とは裏腹に、ブタ野郎の声音が変わっていた。
今までどこか小馬鹿にした調子だったのが、かすかに剣呑な響きを帯びた色合いに変わっている。
ありえないと思いながらも、警戒し始めたのだ。
いい兆候だった。
「そうやって情報を聞き出そうとしてもあかんで」
サモンもポッティートの気配が変わったことを悟ったのだろう、さらにひらひらと手を振る。
「それに、俺らを始末しようとしてもムダや。こっちにも仲間がおるからな」
拳をグッと握ってから弾けるように開いたサモンは、笑みを一瞬で消して告げた。
「ーーー俺らが戻らんかったら、証拠と一緒に噂をバラまけって指示してある」
シン、と部屋の中が静まると、少し待ってからステーキが口を開く。
「……どうするんで?」
どことなく冷たい目をしている用心棒の問いかけに、ポッティートは忌々しそうに舌打ちした。
「……丁重にお帰りいただけ。手は出さんようにな」
「話は終わってないよね。……フォクさんの身柄は?」
「金を払えば戻すと言っているだろう?」
「奪ったのがお前自身なのに?」
タダでフォクを返したところで、この肥えたブタの懐は痛まないのだ。
ライズは金貨の山を掴むと、ポッティートに顔を寄せてジャラジャラと頭の上に振りかけた。
「これで納得しなよ、金の亡者。でないと、本当の亡者になるよ?」
ライズは、珍しく殺気を放った。
ポッティートの目の奥にちらりと怯えがよぎり、ステーキと黒服達の気配も変わる。
しかし、彼らは手を出してこなかった。
ブタ野郎は、頭の中で何を計算したのか、表面だけは取り繕って呻くように言う。
「……いいだろう。別に、あの娘は愛人の1人として迎えたにすぎん。後でステーキに届けさせよう」
「約束だよ?」
ライズは言質を取って後ろにいるステーキを振り向いた。
目が合うと、ステーキは口元に太い笑みを浮かべながらうなずく。
もしポッティートが約束を反故しようとしても、多分ステーキがそれを許さないだろう。
追加料金があれば人殺しも請け負う、と言いながら、この男はどこか信用できる気がした。
フォクの話を聞いた時の雰囲気からそう思ったのだ。
ステーキはずんずんと奥に進むと、ポッティートが出てきた方のドアを開けた。
「じゃ、こっちに。表から出ると、デカイ金を持ってると思われて何かトラブルになるかもしれんからな」
「わかった」
こちらを睨んでくるポッティートを無視して、ライズは外に出る。
出口を悟らせたためなのか、くねくねと曲がりくねった廊下を進む間に、サモンがポツリと口を開いた。
「あのヒヒジジイ、えらく素直に要求呑んだなぁ」
「口先だけならなんとでも言えるでしょ。……それより、ステーキさんってさ」
「おう」
「なんであいつに雇われてんの?」
ライズの問いかけに、コキリ、と軽く首を鳴らしてから、ステーキは振り向きもしないまま答えた。
「割といい金で雇ってくれてっからだよ。それ以外の理由はねーな。さ、ここだ」
そのまま彼に送り出されて、サモンとライズはカジノを後にした。




