令嬢は講義を受ける 5
「次に四位だ。白いチューリップの花の形の様なバッジをつけている。彼らは神殿に所属した人間の間に生まれた子供たちを指していて、だいたい成人とされる18歳までの子供たちのことを言うね。子供だから、彼らからは税金を取らない。子供たちは18歳までに自分がどうしたいのかを決めることになる。光属性を持ってさえいなければ、還俗は許される。もちろん還俗料の支払いは必要になるが、他に比べて格段に安い。けれど、その場合は『サリンジャの民』ではなくなるので、入殿者と縁が切れることになる」
「例えば、一位同士で子供ができたとして、その子が二位にはなれないほどの魔力しか持ってない場合はどうなるの?」
「三位として神殿に残るか、還俗するかだね。できれば親が生きている時に選択してある程度の金を受け取っておかないと三位は厳しいかもね。結構お高い相続税がかけられているから、親が子供に残せる金は割と少ない。生前贈与の場合、税金はかからないけど、相続税はがっつり持っていかれる」
どうやら、私の予測は正しい様だ。使いきれないお金を支給するのは最終的に神殿に戻ってくるからの様である。これは遠慮せずにしっかり使っていく方がいいだろう。子爵家の領地に病院を建てたり、孤児院を支援しよう。あと街道整備や治水事業にも手を出していいかもしれない。
「この子達は税金の支払いは必要ないけど、給与もない。だから神殿の開発商品の作成を手伝ってお小遣いを稼ぐ子も結構いる」
宿がだんだん近づいてくる。良い匂いがしてきてお腹がくぅとなる。小さな音だからセオに気づかれてないだろうが、少し恥ずかしい。
「お腹がすいたね、後は駆け足で行こう。せめて位階くらいは知っておいた方がいいからね」
私のお腹の音はしっかり聴こえていた様である。セオはくすくすと笑いながら続ける。知らない顔をしてくれるといいのに、と少し恨めしく思いながら頷く。
「次は五位だね、彼らは貧困に喘ぎ、生活が立ちいかなくなった民だ。魔力が低い、または持っていないにも関わらず、食べていけなくなって神殿に頼ってやってきた人たちだ。彼らは神殿に貢献できないけど、突き放すわけにも行かないからね。
五位はグレーのスミレの形のバッジをつけている。
彼らは食べさせてもらう代わりに労働力を提供している。先ほど話した神殿の掃除、料理や洗濯を始めとした雑用全般や、一位や二位の世話係、農業、後は神殿の商品開発に携わったりとかね。給料は貰えないが税金は払わなくてもいいし、衣食住の世話を神殿がしている。たまに税金が払えなくなった三位や六位がこの地位に落ちることがある。いや、六位に関しては上がることになるのかな?微妙なとこだね、位階に関しては上がるけど、働かなきゃなくなるからね」
「食べられなくなって流れてきた人たちに技術者がいたり、色々なことを聞いたりするから神殿は色々なものが開発できるのかしら?」
「多分そうだろうと思うよ、本当にあまり見たことのない品ばかりだからね」
日本にも『渡来人』と言って大陸からやってきた人間達が自分たちの文化を日本に伝えたことから、その影響を受けて様々なものが生まれた。この世界でも同じ様なことがあるのだろう。
「最後に六位だね、これはさっき君が言っていた子達だよ。罪を犯した貴族の子息や令嬢、婚約破棄されたり嫁ぎ先が無いなどの行き場のない人間が、魔力の有無に関わらず高い金を払えば、誰でも入殿することができる。彼らはサリンジャの民だが、与えられるバッジは蕾の様な形をしている。だから蔑称として『無花』と呼ばれることがある。五位よりもいい暮らしをしている人間が多いけれど、神殿に貢献せずに過ごしている彼らは五位よりも下に見られることが多い。
彼女達は支払った金額に適した扱いを受けることになる。入殿金が高ければ貴族の様な待遇を、低ければ下働きをしてもらうこともあるね。
望めば侍女や侍従を連れてくることができるが、その分高い税金がかかる。ちなみに連れられてきた侍女や侍従はサリンジャの民ではない。まぁ、たまに連れてこられた侍女や侍従がとんでもない魔力の持ち主で、神殿に迎えられて一気に主人より偉くなる場合もあるけどね」
「ねぇ、セオ。魔力の強さって生まれた時に水晶で計るじゃない。そこで強弱はある程度わかるわ。魔力の高さだけがわかって放置される子供がいることは知っているけど、長じてから神殿に認められる子っていうのはそういう子達なの?」
セオにとってはあまり良い質問ではないかもしれないと思いながらも聞いてみると、セオはこともなげに答えた。今後の身の振り方を考えるために確認したが、以降はできるだけ聞かない様にしたい。それに、この話の流れで聞きたいことがある。
「うん、多分そういう子も多いと思うけど、成長に伴い魔力が強くなる子もいるね。生まれた時はそうでもないけど、身体が大きくなる時に一緒にとかね。後は何かのきっかけで目覚める子もいる。だいたい成年するまでに魔力の強さは決まると言われているよ」
「そうなんだ。ねぇ、水晶以外で魔力を計る方法ってあるの?貴方は私を見て強い魔力の持ち主だって言ってたわよね?」
「水晶を使うのが一般的だけど、俺は漠然とだけど、その人間の魔力の保有量がわかるんだ。俺みたいな人間は神殿には何人かいるよ」
「女将さんも、そうなのかしら?」
「いや、女将さんはまさに火力馬鹿。ともかく出力が凄いけど、そう言った感知能力系は無いと思うよ。
シェリーちゃんは色々と器用だからそのうちなんとなく計れるようになりそうだとは思うけど、俺のは感覚だから、なんて教えてあげればいいかわからない。水晶を持ち歩く方が便利なんじゃないかな?」
「魔力の強弱がなんとなくわかる人って結構いるのね。じゃあ他にも何かわかる人がいる?」
そう、大神官さまもセオも表情に出ていないから気づいてないんじゃないか、と思っていた。けれど今朝女将さんに「本当に洗礼後か」と聞かれたので、ひゃっとした。先ほどセオは女将さんは感知系の能力はないと聞いて、少し安心はしたが、油断はできない。道具もなしに刻印の有無について気づく人間がいるか否かが知りたいのだ。
「うーん、魔力の強弱がわかる人は結構いるけど、それ以外はあんまり聞かないね」
「属性がわかる人とかいないの?」
「なんとなくこうじゃないかな?と思う場合はあるけど、外れることも多いからあくまで予想の範囲だと思うよ。俺は属性については予想はするけど、わかるわけじゃない」
「じゃあ、例えばなんだけど私がセオと逸れたとして、どこにいるかなんとなくわかったりする?刻印があるから居場所がわかるとかある?」
「いや、刻印はあくまで光属性の魔法の制限に使われるだけで、居場所の察知とかはできないよ。刻印の有無以外で君の居場所を察知することはできるかもしれないけどね。でも本当に見つけられるか自信がないからあまり俺から離れないこと」
「サリンジャの民は皆この刻印があるんじゃないの?だから刻印の有無で国民か否かがわかったりするのかと思ったわ」
「確かにこの刻印はサリンジャの民全員に施すが、有無については察知できないと思うよ。これは発信機の役割は果たしてないからね。だから、バッジがない限り、初対面でうちの国の人間か否かはわからないね」
私は少し安心した。疑心暗鬼に陥っていたせいで女将さんに怯えたりしていたが、これからは気にしないでよさそうである。だからといって油断していいわけではないだろうけれど。そう思ったところで矛盾に気づいた。なぜ、あくまで光属性魔法の制限に使われるだけなのに、サリンジャ法国の全ての国民に刻印を授ける必要があるのか。もし、セオの言う通りであれば、一位のハルトのみでいいのではないだろうか?なぜ光属性が使えない二位以下にも施すのだろうか……。思いついてどきっとする。大神官さまはなんと仰っていたか…。
『先程、其方に刻印を与えたが、万一悪魔であれば、刻印を与えた瞬間に、魔族であれば金色に、異世界人であれば七色に、身体が光るのですぐにわかる』
つまり、悪魔を探すために刻印を授けているのだとしたら、彼らの言う悪魔とは私たちの割と身近にいるのではないだろうか?それが魔族であれ、私と同郷と思われる異世界人であれ……。




