令嬢はまたもや…
男性や女性に対して一部差別的な表現がございます。申し訳ありません。
セオが講義を続けてくれようとするも、薬指の指輪が気になって仕方なく、ついちらちら見てしまう。するとセオが困った様に笑い、私の手を取ると指輪をするりと抜いてくれた。
「ごめん、なんだか落ち着かない気持ちにさせた様だね。嫌な気持ちにさせたかったわけじゃないから、やはりこの指輪は返してもらうことにしようか」
「嫌な気持ちになったわけじゃないけど。……薬指にする指輪は特別な意味を持つものだから、安易にその指につけたくないの」
そう、前世は喪女だったし、今世は婚約者ズには粗略に扱われていたので、薬指の指輪というものは、私には慣れないものであるのと同時に憧れのものでもあるのだ。どうしてセオはこの指につけようと思ったのだろうか。
「そっか、女の子にとっちゃ大切なことだったね。軽々しくしちゃいけないね、ごめん。
シェリーちゃんにはまずこれを言っておかないといけなかったね」
そう言うと、セオは真面目な顔をして、真っ直ぐに私の瞳を見た。
「さっきこう言ったよね?『一応俺たちの上には大神官さまと執政官、神殿長といるけど、婚姻関係等に関しては相手が居れば口出しをしてこない決まりになっている』って。つまり、特定の相手がいないと誰か適当な異性が送られてくる。その異性と子作りを強要されることがある。
神殿にとって俺たちは金の卵を産む鶏だ。しかも、依頼によっては危険地帯に赴くことがある、死亡率の高い鶏だ。万一鶏が死んだ時には、次の鶏が必要になる。つまり、男は神殿にとっては種馬扱いだし……、言い方は悪いけど、女性は『畑』扱いだ」
セオは気まずそうにしながらも私から目を逸らさない。そうか、あんなに高額の入殿祝い金をくれるのだ。美味い話ばかりではないだろう。つまり私は人生を売ったことになるのだ。
「特に魔力の高さは遺伝すると言われている。一位の子供は、やはり一位になる可能性が高い。だから、神殿は一位の子供を一人でも多く欲しがる。
神殿では『師匠は弟子の全ての面倒を見なくてはならない』とされている。だから、出来るだけ俺が君を守るつもりでいる。
けれどね、大神官さまや神殿長たちに『君に異性をあてがってよいか』聞かれたら否と答えるけど、『あてがう』と命令されたら否と言えない。
だから、前もって『俺の伴侶予定』としておけば彼らは口を出さない。そう思ってのことだったんだ。これを言わずにいきなりしたらそりゃあ驚くよね」
「ごめんなさい、さっきセオも『虫除け』って言ってくれてたのに。私そこまで考えてなかったわ。セオがそこまで心配してくれていたのに、変な感傷と…その、変な勘ぐりをしちゃったの。私の方こそ嫌な思いをさせて本当にごめんなさい」
セオはようやくいつもの柔らかい笑みを顔に浮かべる。しかし、そうか、子作りまで強要される可能性があるのか。それでセオは先手を打ってくれようとしたと言うことか。ついつい変な勘ぐりをしてしまった自分が恥ずかしい。セオだって相手を選ぶ権利がある。
そして確かに今の私は恋愛なんて懲り懲りだし、何よりお義父さまとセオ以外の男性に触られると鳥肌が立つ。こんな状況で子作りは無理である。
「いや、俺も色々と送られて来て苦労してるものだから、つい先走っちゃったよ。シェリーちゃんがびっくりするのも仕方がないことだから、気にしないで欲しいな」
「ごめんなさい。こんなこと私から言い出すのは本当に申し訳ないけど、セオさえ良ければその指輪、やっぱり薬指に嵌めさせてもらってもいいかしら?」
「もちろんさ。けれどそれならもう少し立派なのに変えようか。クライオスの王都ででも買うことにしようか。この辺りではあそこのものが一番品質がいいからね。
真実味を持たせるためにもある程度以上のものをしておいた方がいい。この指輪はあくまで契約の残滓でしかないんだ」
自分でも身勝手であることを重々承知の上でセオに問うと、彼は二つ返事で了承してくれた。本当にどうして彼はいつもこんなに親切なのだろうか。
セオはもう一度私左手の薬指に指輪を嵌めてくれた。ふと思い立って指輪を抜こうとしたが、やはり指輪は抜けない。
「ねぇ、セオ。これどうして抜けないの?例えばお風呂に入る時とかちょっと家事をする時とかは抜きたいんだけど」
「抜けない理由は簡単さ、さっきの小切手帳と同じ理屈だね。きちんと傷まない様に魔法かけてあるから、嵌め忘れないようにいつもしているといいよ」
なるほど、それなら私の専用の品物が色々と作れそうである。どんなものまで専用品にできるか今度試してみたい。わくわくしていたが、ふと彼の発言で引っ掛かるところがあったので、聞いてみることにする。
「ねぇ、セオ。『色々と送られて来て苦労してる』ってさっき言ってたわよね?
そう言えば貴方は、『女性を抱くのは好きだけど、抱かれるのは好みではない』って言ってたわよね?」
そう、それは最初にセオと話した時に彼が言った言葉だ。あちらから無理やり近づいてくる肉食獣の様な女性はごめんと言っていた気がする。セオは苦い顔をして答える。
「よく覚えてるね。その通りだよ」
「じゃあ、セオが私の隠れ蓑をしてくれる様に、私もセオに好きな人ができるまで隠れ蓑になるわ。
私からもセオに紫色の石がついた指輪を贈らせて欲しいわ。つい先ほど一生がかっても使いきれないほどの大金を手に入れたところなの」
「それは俺にとって歓迎すべきことだね。けれど良いの?王宮神殿で働くことにしようと言ってたけど…」
「あら、セオは誰に見られたら困るのかしら?」
そう言うとセオは吹き出し、そうだね、と言って笑ってくれた。少しはセオの役に立ちたいと思っていたので、私の役に立てることがあるのは嬉しい。
「でも、セオ。いずれは私は独り立ちして田舎暮らしをしたいと思ってるから、それまでに好きな人を見つけるか、遠恋しているふりをうまくできるようにしておいてね?」
けれど私はある意味最大の爆弾でもあるし、いずれは独り立ちするつもりなのだ。だから、ずっとセオとこの契約を続ける気はない。
こんなに優しいセオなのだ。きっといつか、サラを忘れた頃に素敵なお嫁さんができるに違いない。それまで私が隠れ蓑になることで少しでも恩を返せるなら嬉しいことである。
私の言葉に少し眉を顰めるセオにもう一つお願いしたいことがあったので、口を開く。
「あっ!指輪を嵌める時は私も抜けなくなる魔法を試してみて良い?」
そう聞くとセオは呆気に取られた顔をした後に笑った。
こうして私はまた、解消を前提とした婚約らしきものをすることになったのだ。




