令嬢は魔法を習う
書籍化に伴い、一部改定いたしました。
「結局ね、魔法というのは想像力だ。難しい術式を想像する人はそれで、感覚で身につける人は感覚で行使する。
こうありたい、こうしたいということをより強く想像し、それを現実世界に引っ張ってくることが魔法だ。
詠唱に関しては必要な人間もいれば必要でない人間もいる。できれば無詠唱で使えた方が後々いろんな場面で役に立つと俺は思うよ」
彼の説明から行くと、私はとても有利ではないだろうか。前世で乙女ゲームを始めとした他のゲームや本、アニメを見ている私は魔法に関してはお手本を見ている様なものだろう。がっつりオタクだった私にそれはとても簡単なことではないだろうか。
そう思って懐中電灯をイメージして、光を出してみようかと思ったがうんともすんとも反応しない。
「まずは自分の身体の中の魔力を整えることから始めようか」
そう言って、セオは向かい合うと私の手をそれぞれの手で持つ。
「いいかい?俺が魔力を送るから、君はそれを受け取って左手から左肩、頭を通して右肩、右手、そして俺に返して」
そう言ってセオは瞳を閉じる。私は合わせた手に意識を集中したが、全く何も感じない。思わず首を捻るが、すぐに感じられるものではないかもしれない。
何より、セオが何も言わない以上、このまま継続すべきだろう。セオに倣って私も目を閉じるが、やはり何も感じない。
魔力を送るのに時間がかかるのか、それとも私がおかしいのか。何かを感じなくては、と思うが――前世も含め――今まで生きていて、魔力を感じたことなどないので、どうしたら良いか全くわからない。見えない三番目の手を動かす様な気分だ。
そーっと瞳を開けたら、私の集中が切れたのがわかったのか、セオも瞳を開いた。そうして、気まずそうな顔をしている私に視線を向けると微笑んだ。
「最初から何もかもできるわけがないんだから、何も気にすることはないよ。
さて、シェリーちゃん、どこで躓いているの?」
「……受け取るところから、かしら。魔力を全く感じないの……」
初っ端から躓いているのが申し訳なくって、セオの顔色を伺いながら答えた。将来有望だと評価されていたからこそ、自分が情けなくなってしまう。
「大丈夫、何も気にすることなんかないよ。今まで魔法を使ってこなかったんだから当然だよ。始めから上手くいくわけがないさ」
そう言うなり、セオは握っていた私の手を口元に持っていくと手首に唇を落とす。
「安心していいよ。俺が手取り腰取りじーっくり教えてあげるから…ね?」
「て、て、手取り、足取りれしょう?」
手首へのキスに動揺してしまい、うまく口が回らない。焦る私を微笑ましいものを見る様な目で見つめた後に、セオは悪戯っぽく微笑んだ。
そうして動いている馬車の中だというのに、私を軽々と抱え上げると膝の上に乗せた。横抱きにされているせいか、セオの顔がものすごく近い。顔に熱が集まっているのが自分でも分かる。
「手からだけじゃ、わからないなら、全身で感じてみるのはどうかな?」
……結局、私の魔力不感症には理由があったのだが、その理由がわかるまで苦行を強いられることになったのは言うまでもないと思う。しかも、結構な面倒ごとに巻き込まれてしまい、そのせいで私は更に特異な存在になってしまうのだが、ここでは割愛しておくことにする。
問題が解決されたら、その後は今までが嘘だったかのようにスムーズだった。
「うん、きちんと魔力の循環ができているみたいだね。今日から実践してみよう」
魔力の循環ができる様になるためには面倒な事態に巻き込まれたが、結果私が魔法を使えるようになったのだから、怪我の功名と言っても良いのかもしれない。
優秀な先生も手に入れたし、私の未来は――多分――明るい――と思いたい。
「とりあえず俺が防御魔法を張ってみるから、触ってみて」
セオが防御魔法を張ったらしいので彼に触れようとしたら、彼の身体から10センチほど離れたところで手が進めなくなった。硬い透明な壁の様なものが彼の周りにある様だ。そのまま壁に沿ってぺたぺたと触ってみると卵型の楕円形の様な形の様だった。
「これを大きくすると何人かが入れる」
そうセオが言うと、私の周りにも何か違和感がする。もう一度セオに手を伸ばすと、今度は問題なくセオに触れた。
そしてセオがいる方向と逆の方向に手を伸ばすと、やはり硬い壁の様なものがあった。
「今は私も防御魔法の中に入れてくれているのね?」
「そういうこと。こうして俺が何度かお手本を見せるから、最初はこれをイメージしてみると良いんじゃないか…」
「つまり、こうね?」
透明な壁で何も入れない様に囲えば良いのだろう。よくあるメジャーなタイプの魔法だ。色々なゲームやアニメで見たことがある。今度は前回と違い簡単に展開できた。
「え?シェリーちゃん?嘘だろ、こんな簡単に会得されてたまるかよ」
ぶつぶつ言うセオを尻目に私は考える。これって私の身体にぴったり沿って展開すれば、防御魔法越しであれば男性を触れるんじゃないだろうか。
外側は私の体温と同じ温度で、内側は冷たい壁の感触を残せば問題なく誰にでも触れそうである。そう思って、一度今の防御魔法を解いてから、再度防御魔法を展開する。
私自身に触ってみると冷たい壁の感触がする。内側からは問題ない様だ。外側はきちんと体温があるかどうかだが、私にそれはわからない。隣に座っているセオの手をぎゅっと握る。
「私の手を触ってみて、どう思う?」
「は?え?あ、いや。小さいと言うか…、なんというか…、あ、綺麗に手入れしてるね?」
なんだろう、セオがちょっとおかしい。魔法を使えるかもと言うことで張り切りすぎて飛ばしすぎたかもしれない。なんだか引かれている気がする。
「ちゃんとあったかいかしら?」
「うん、あったかいし、ちっちゃいよ。爪も綺麗なピンク色だし…」
ふむ、と言うことは成功している様だ。あとは外側からの衝撃に対してきちんと防御ができるかどうかだろう。上手いことナイフとか持ってたら自分を斬りつけてみるのだが…。
「ねぇ、セオ。何か刃物とか持ってないかしら?」
「刃物?と言うか、君、俺の話をまた全く聞いてなかったね。集中したり考え事したりしたら、自分の世界に入り込む性質だね?
全く殿下はよくもまぁ、我慢したもんだよ。そこだけは賞賛に値するね。
シェリーちゃん、いいかい?わかってるとは思うけど、生返事だけはしない様に。君の身体的にも魔法的にもおかしなことになりかねないからね」
「わかった。ちゃんと聞いてなかった時はそう言うし、聞き返すことにする。ごめん、今の話は聞いてなかったわ。それよりも、セオ何か短剣とかナイフとか持ってない?」
「持ってるけど。………なんに使うつもりなんだい?」
「うまく防御魔法が張れてるか、私を斬りつけてみようかと思って!」
「君のそのいらないまでの行動力が怖いよ。何、その思い切りの良さ。もう少し俺の心臓に優しい方法を学んでくれないかな?!」
「えぇー?じゃ、セオ私を殴ってくれる?」
「却下」
「じゃ、どうしろと」
唇を尖らす私にセオは深々とため息をついた。
「この間俺の部屋に押し入ってきた時から思ってたけど、君本当に猫かぶってたね?」
「貴族なんて足の引っ張り合いが趣味なのよ。とりあえず見えた足を引っ張るのは礼儀だと思ってる様な連中がいるところで猫を被らない令嬢はただの馬鹿よ。
プレイボーイと名高いあなたなら、いろんな女の人見てきたと思うけど、私ってそんなにひどい?それともまだそんなに女性に夢を見てた?」
「女性にと言うか、君に、と言うか」
「じゃあ夢を壊したわね、ごめんなさい。でも私こういう性格なの。慣れてくれると助かるけど」
「いや、幻滅したわけじゃないよ、むしろ安心したかな。公爵家のお姫様なんて俺の手には余るだろうと思ってたからね。どちらかと言うと今の君の方が俺としても有難いかな。何より元気になってよかったよ。
君はものすごく学者や研究者に向いているみたいだから、きっと神殿は性に合うよ」
結局彼はその後刃物を貸してくれなかったので、馬車が止まった時に、思い切り転んでみた。全く痛くないし、洋服に土もつかなかったので、成功の様だ。それどころか、雨の日などにも重宝できそうで、新たなる発見だと思うのだが、セオは「今後は君から目を離さない様にするよ」と言うだけだった。素晴らしい発見と思うのだが…。
もちろん、防御魔法を通していれば、セオ以外の男性に触れても鳥肌は立たなかった。だって質感と体温が嫌なのだから、感じなければ問題ない。
ちなみにセオは有言実行とばかりに大神殿に着くまでずっと私をエスコートし続けてくれた。




