令嬢は今後…
イヴの視点に帰ってきました。
皆さまにはどんでん返しを期待されている様ですが、この話に関してはあまりそれを用意しておりません。
期待外れになったら申し訳ありません
深々と頭を下げて懇願しているのに、陛下からは何も返事がない。王家は私とジェイドの婚約解消を望んでいるはずなので、この話に飛び付かないはずはないのだが、と不思議に思うが、ここで頭を上げるわけにはいかない。
そのまま黙って頭を下げ続ける事数分、そろそろ足が限界という頃になって、ようやく陛下が口を開いた。
「いや、リザム嬢。それについてはもう少し話し合いが必要ではないかね?」
陛下は何故か引き止めようとしてくる。まさか私が光属性の持ち主とばれたのかもしれない。それとも王宮内で起こった不祥事の被害者たる令嬢をここで見捨てては人心が離れると思っているのか。
けれどこちらとてここで引くわけにはいかないのだ。
「純潔は守られたとは言え、私はもう王家に嫁ぐことが叶わぬ身であることは承知しております。この後どの様な噂が立つかは火を見るよりも明らかなことかと存じます。せめて最後は引き際を弁えた淑女であったと皆さまの記憶に残りとうございます。
どうかどうか、私の我儘を叶えていただけないでしょうか?」
これでもダメな場合は『褒美はなんなりと』と言ったよね、と言うつもりだったが、陛下は大きくため息をつくと頷いた。
「うむ、わかった。王太子と其方の婚約を解消する事を認めよう。後日場を設けるので、その際に詳しい話をまとめよう」
せっかく許してくれたと思いきや『正式には後日』など先延ばしにする戦法に出てくる。これに頷いたが最後、王宮内の面倒くさい派閥争いに巻き込まれる事は間違いない。
ジェイドは当初の目論見通り、リオネル家とクラン家の約束を反故にできたので、もう私に関わってくることはないだろう。
けれど、婚約解消するまで私はジェイドの婚約者のままになるので、それ以外の人間が私を利用しようと寄ってくる事だろう。冗談ではない。これ以上誰かに利用される事も、針の筵に座り続ける事もごめんである。私はさっさと逃げたいのだ。
「いいえ、陛下。この婚約が継続できなくなった理由は、私にございます。私は王家に何も要求致しません。
また後日、私の噂が蔓延している王宮に伺うのはとても耐えられません。
どうしても後日と仰せであればいっそ……」
「あい、わかった。其方の気持ちは重々理解した。今すぐ婚約解消の手続きを取ろう。良いな、ジェイド」
含みを込めて口にすると、陛下はあっさり騙されてくれた。絶対に逃げるつもりだが、私に死ぬ気はさらさらない。今から幸せになるために私は逃げたいのだから。
「陛下、どうかそれだけは…!」
驚いたことにジェイドは陛下に対して反論した。まだ何か私に利用できる点が残っているのだろうか。もしそうだとしても私はもう嫌なのだ。彼に期待して裏切られるのを待つのも、針の筵に座らされ続けるのも。
「これは王命だ、わしがなんなりと褒美を遣わすと言った以上、リザム嬢の願いは聞き届けねばならぬ。しかも、これ以上こちらから無理を通そうとすると、あたら若い命を散らすことにもなりかねん」
ジェイドは何か言いたげに口を開こうとしたが、私と目を合わさないまま絞り出す様な声で「御意」と続けた。
婚約解消に関しては用意された書類に名前を書き込むだけである。書類を持ってきてもらうのに時間がかかるかな、と思ったが、王妃様がちょうど良く持っていたのですぐにその場で手続きができた。
王妃様は私が何も言わずとも、婚約を破棄させるつもりだったようなので、なんとか間に合ったと言うところだろう。『王太子に醜聞で婚約破棄された娘を出した子爵家』と義父母が裏で何を言われるか、わからないところだった。
私はこれから子爵家に戻らず、神殿に入殿するためにセオと一緒に大神殿に向かうつもりである。今後の政略争いに私が巻き込まれないためにはそれがよかろうと義父母も賛成してくれている。義父母はジェイドに贈られた家から出て、元の屋敷に戻ると話していた。
私が神殿に所属したらそれなりのお給料を貰えるし、なんなら家族を呼び寄せる事もできるらしいので、入殿したら、今後のことを話し合おうとは思っている。
大神殿は隣国にあり、往復に時間がかかるが、その間は何事もないよう、バーバラ様が子爵家の様子を見てくれるから、安心して良いとセオが言ってくれた。
「これから師弟になるから気にしなくていいよ」とセオは笑うが、受けた恩が大きすぎてどうやって返せば良いか考えるレベルである。
婚約解消の書類を書き終わった後に、ジェイドが、私にペンを渡してくれる。その手に触った瞬間、私の手に鳥肌が立ったが、何事もなかった様に受け取ると、急いで書類に目を通すと、ジェイドの名前の下に自分の名前を記入する。
二人の名前が記入された書類を文官が受け取り、陛下に渡す。陛下は書類を眺めて最後に自分の名前を書類の上に記入した。
「これで王太子とエヴァンジェリン・クラン・デリア・ノースウェル・リザム嬢の婚約を解消したものとする」
陛下の言葉にほっとする。そして、今初めて気づいたことがひとつ。先程、ジェイドにペンを渡された時と、書類を受け取った文官に触ったとき、私の手には鳥肌が立っていた。体温が生ぬるくて、さらに人の肌の質感が気持ち悪かったのだ。
あの事件以降今日まで私が接した異性はお義父様とセオだけで、二人にはなんともなかったので気づかなかったが、なんとも嫌な予感がする…。後で少し確認が必要であろう。
私は最後にジェイドに向かって深くカーテシーをする。私から彼に対してかける言葉はもうない。
不幸になって欲しいとも、幸せになって欲しいとも、言えない。どちらもそう思っていないから。「良い治世を」とでも言えば良かったのかもしれないが、これからサラの手を取る彼にそれを言うのは皮肉でしかない。
ジェイドから、私にかける言葉が無さそうなので、何も言わないまま頭を上げると、私は彼を背にして歩き出した。
これで、ジェイドの婚約者としての役割は終わりである。これからは私の人生を歩むのだ。




