ヒロインは王太子にどん引きをする
「それで、だ。サラ」
私が自分のことを打ち明けてもジェイドもアスランも変わらず私の手を握ってくれた。2人の態度が変わっても仕方ないと思っていたから、実はとても嬉しかった。
そんな私にジェイドが声をかける。その硬い声からきっと重要なことだろうと顔をあげる。
「イヴは僕といながら誰のことを考えていたのかな?」
正直ずっこけるかと思った。
「え?今その話の流れだった?今後の話とか、一族の規模とか、どの貴族が一族なのかとか他に色々と掌握しておかなきゃいけない情報があるよね?」
「その辺りは後で適当にレポートにしてくれ、読んでおくから。君の一族の話はすぐにでなくても問題ないけど、イヴに関してはどこの馬の骨が手を出してくるか分からないから早急な対応が必要になるだろう?」
「うっわー、まじないわー。手を結ぶ相手間違えたかもってくらい引くわー。
あと、レポートになんか書けないわよ、そんな物証の残るものなんか作ってごらんなさいよ、即殺されるわ」
「確かに、そうだな。それは僕が浅慮だったな。で?どこの馬の骨がイヴにちょっかい出してるんだ?」
私の返事に謝りながらも一切ぶれないジェイドに正直どん引きだが、まぁ確かに一族に関しては早急に対応できることではない。大きくため息をついて、ジェイドの問いに答える。
「多分、神殿のチャラ神官のセオドア・ハルトね。最近彼はすっごいエヴァちゃんを意識してるみたいだから。この間接触したとか言う話も聞いたわ。まぁ、中庭で少し話してから別れたらしいけど」
「チャラ神官だぁ?」
「そうそう、ちょっと色気のある、女たらしの神官がいるのよ。顔が良くてまぁまぁ女扱いもうまくってさ。何よ、アスラン、その顔」
私の言葉にアスランは顔を思いっきり顰めていた。妹のエヴァちゃんがとても可愛いのは知ってるけど、ちょっと話すくらい許してあげてもいいと思うんだけど。
「はははは、殺すか」
アスランの対応が過保護すぎて眉を顰めると更に上の馬鹿がいた。
「いや、なんでいきなり殺害するのよ。別にただ中庭で少し話して別れただけだったって言ったわよね?まだ神殿と揉めるには早いでしょうが。あっちにもこっちにも敵を作らない。
まずはあんたが、王位を継いでから、それで私たちとの連携をとってそれから神殿。
こんなこと私が言わなくてもあんたが一番わかってることでしょう」
「そんなチャラい男がイヴに近づいたんだぞ?今回は無事でも次回は分からないじゃないか。そもそもイヴと1対1で話したなんて、万死に値する行為だろうが!
しかもその後僕といるのにそいつのことを思い出したんだぞ?僕から一瞬でもイヴの興味を奪う男なんて百害あっても一理なしだろ?さっさと始末しないと。そういうのは1人いたら30人はいるんだ!」
ジェイドの惚れている女の子のエヴァちゃんは綺麗で可愛い女の子だ。私は話したことはないけど、周りの4馬鹿(ジェイド、アスラン、グラムハルト、ルアード)がお姫様のように大事にしていて、揃っていうことは「まるで天使の様な女の子」らしい。しかし、同性として言わせて欲しい。男は自分の好きな女の子に夢を見るものだが、多分彼女は4馬鹿にどん引きしてあまり話さないだけで、そんなに可愛い玉ではないと思う。
いや、確かにすごい綺麗で本当に妖精かなってくらい人外の美貌を持ってて、いつも微笑んでるから、彼らが夢を見たくなるのはわかる。彼女がきっと悪い子ではないだろうことも。
だけど幼い頃はともかく、現在のエヴァちゃんのジェイドに対しての接し方や話し振りを聞いてると怖くて言うことを聞いているだけだろうと思えるのだ。多分お腹の中では違うことを思っているはずだと睨んでいる。
恐らく私と気が合う友人になれるのではないかと思ってはいるが、この目の前の独占欲の塊がきっと邪魔をするだろうなとぼんやり思う。
「いいか、2人とも。ことイヴのことに関しては僕の辞書に『手加減』とか『容赦』とかいう言葉はない。僕から彼女を奪っていこうとする男は殺すし、万一、本当に万が一彼女が僕以外の男を選んだら、その男を片っ端から殺していく」
「落ち着け、バカ。エヴァの幸せを祈るとか言わねぇのかよ?」
「彼女の幸せは僕の隣にある。彼女が逃げるなら地の果てまででも追い詰めて捕まえるつもりだけど、逃げ込む先はすべて灰燼に帰すし、一緒に逃げた相手は殺す」
「いや、魔王じゃん」
うん、エヴァちゃんはきっと聡明な子だ。この恐ろしい男が何をしでかすか分からないから側についているのだろう。間違いない。
多分私たちは気が合うだろうし仲良くなれそうだけど、お互いのために距離を取っておこうね、と心の中で思う。もちろん彼女に私の気持ちが届くことはないだろうから、無意味なことだけど。
でもセオドア・ハルトには注意が必要かもしれない。女の扱いがうまくて、どんな女にも公平に優しい男。誰とでも話すし、誰でも口説くけど、いつも目の奥が凍えている。誰にでも公平に優しいのは、誰も特別ではないから。
どの女も彼を褒めるけど、それは彼が女に対して態度を使い分けてるから。恐らく誰も彼の本性を知らないだろう。
最初、彼はエヴァちゃんのことを憎々しげに睨んでいるだけだった。けれどそれでも彼女から目を離せない様でいつも目で追っていた。
けれど前回中庭で彼女と接した時は今までの彼と雰囲気が違ったらしいと報告を受けているーー私の一族の人間が陥れるためにエヴァちゃんのことを監視しているので彼女に関しては割と私も詳しいーー。
今まで誰にも本気にならなかった男が本気になったのだとしたら、それは少しばかり以上に面倒なことになると思う。特に相手は百戦錬磨のたらしで、それに引き換えエヴァちゃんはジェイドを始め、いろんな人間が箱庭で純粋培養してきたのだ。簡単に手玉に取られる未来しか私には想像できない。けれどここでそんなことを言おうものなら、間違いなく、あの馬鹿はセオドアを消す、断言ができる。
アスランにだけそれとなく注意をする様に後で伝えておこうと、未だにぎゃあぎゃあ騒ぐ王太子を見ながら思った。




