ヒロインの正体
彼女のデビュタントのエスコートとドレスを贈ることについては了承を得たので、前もって用意していたドレスを贈るよう手筈を整えていると、自由人のサラが来た。僕の自室に関しては盗聴魔法は取り払っているから彼女が来て何を話しても問題ない。
「ねぇ、デビュタントのドレスなんだけどさ、あんたの瞳の色の刺繍入れてもいい?金髪は結構いるから、金の刺繍はあんまり目立たないのよね」
「え?いやだよ。デビュタントって基本白いドレスで婚約者がいた場合にだけ、相手の髪や瞳の色の刺繍するものだろう?なんで関係のない僕の瞳の色の刺繍をいれるんだよ」
「だから、嫌われる女子作戦だってば。周りから見たらあんたは『やっばいストーカー』じゃなくて、『憧れの王子様』なんだから。
ヘイト集めるんなら、やっぱりあんたを利用するのが効率いいでしょ。特に王族の瞳って珍しい水色に近い青だから目立つじゃん?」
「言っとくけど、僕はイヴをエスコートするつもりだから、サラのエスコートはしないよ」
そう言うとサラはにまぁっと笑った。いつも思うが、サラのこの邪悪さはどこからくるのだろうか。子供の頃から迷惑をかけられ続けた覚えしかないが、この悪魔はいつになったら僕の前から消えてくれるのかと悲しくなる。
「ふーん、白いドレスが基本ねぇ。でもどなたかには淡い青色のドレスを贈った口でよく言うね、その言葉」
まさかのサラの言葉に動揺する。なんで僕がイヴに贈ったドレスの色を知ってるんだ?びっくりして振り向いたら、サラの隣で明後日の方向を向いているアスランがいた。
「アスラン、君喋ったね?」
「普通に考えて常識はずれなことしてるのお前だろうが。なんでエヴァに白じゃなくて水色のドレスを贈った?恥かかせる気か?」
「えぇ、アスラン鈍〜い。デビュタントの時に白い服着るのって女性だけなんだよね。
それって『どの様な色にでも染められます』って意味なんだよね。ジェイドはエヴァちゃんはすでに色がついてるから、手を出すなって牽制してんのよ。
多分そのドレスも婚約する前からデザインさせてたはず」
引くよね〜、とけたけた笑うサラの隣でアスランまで異常者を見る様な目つきでこちらを見ている。
「妹を任せる相手を間違えたかもしれねぇ」
「やーね、アスラン。今更よ、それにアスランが許可したからここにいるんじゃなくて、エヴァちゃんを手に入れるためにアスランがここにいるのよ?」
何事もない様な顔をして『イヴを手に入れるための手駒として僕がアスランをここに置いているのだから、下手に逆らうと危ない』と発言するサラに、アスランの顔が引き攣る。
全くもってその通りではあるが、アスランの優秀さは気に入っている。それにイヴと同じ血筋の人間で、どことなく彼女を彷彿とさせる彼を処分する気はないので、その点は安心してくれていいのだが、その情報をサラにまで回す気はないので、ただ微笑むだけに留める。
「それでジェイド、私彼女ほど目立ったドレスを着る気はないから、刺繍の件は承諾してくれる?
その代わりジェイドが気にしている、『エヴァちゃんが誰のことを考えていたか』に関しての情報をあげるから」
「なんのことかな?サラ」
昼間から気になっており、今から僕が彼女につけている影に聞こうと思っていたことをサラはさも当然の様に口にする。彼女とお茶をした後、僕はサラにあってもないし、顔色を読ませる様な真似をした覚えもなかったのに。何を持ってして僕がそれを気にしていると気づいたのか…。
「怖い顔しないでよ、ジェイド。言ったでしょ、私は王位とかなんとかに興味ないの。今まで通り慎ましく生活できればそれでいいのよ。
私はあなたの敵じゃない。運命共同体でしょ?」
「それでは、逆に問おう、サラ。慎ましく暮らすのが望み?それならば、クラフト夫人と母の要求を断ればいいだけだろう。なぜここまで僕に肩入れをしようとするんだ?」
「断りきれないから、こうして手を組んだんじゃない」
「まさか、あり得ない。君ならどんな手法を使っても断れるはずだ。……昔から君を見ていたが、君はどこかおかしくて危うい。
そして手を組んでから思ったが、君はあまりにも隙がない。そしてこちらの思惑を読みすぎる。正直に言って欲しい。君は1人で何もかもを終わらせる力があるね?それなのにどうして僕にこだわる?」
ふふふ、とサラが微笑した。それは今まで見ていた野猿の様な令嬢の明け透けな笑い方でなく、秘密を孕んだ貴婦人が見せる様な蠱惑的な微笑みだった。
「正解、あの凡愚な国王と暗愚な王妃からよくもまあ、私たちを見つける子供ができたね。まぁ、私の母親も大概の愚か者だけど」
表情を変えたサラは、毒々しい薔薇のような雰囲気を持っていた。あまりの変貌ぶりに流石に驚く。アスランが咄嗟に腰に佩いていた剣に手を伸ばそうとするのを首を振ってとどまらせる。
「サラ、君が何者かはこの際置いておこう。聞きたいのは一つ、君が何を望んでいるかだ。ことと次第によっては、このまま君を野放しにすることはできない」
「ふふ、ここでいきなり斬りかかってきたり、自分の好奇心を満たすために何者かを聞いてくることはしないあたり、さすが私の見込んだ人だね。あぁ、大丈夫。さっきも言ったでしょう?私は敵じゃないわ。
本当にね、私の望みは穏やかな暮らしなのよ。私の母親や一族と違ってね」
「君の母親と一族は何を望んでいる?」
「この地の奪還…かな?
私はね、昔クライオス王国の祖先が倒したとされる魔物の直系の血族、そうね、さしずめ魔女ってとこ?」
「魔女…?君からは強い魔力を感じないが…。それに、僕の母もそれを望んでいるのか?」
彼女が纏う雰囲気は今までのものとは全く違うどこか妖艶なものを孕みつつも、どこか厭世的なものを感じさせた。幼馴染のサラとは全く違う人間なのに、かけていたパズルのピースが当てはまる様にこれが正しい形態だったのだと思えた。
そして疑問も残る。もしサラの言う通り、彼女が魔女と言うなら、彼女の魔力の低さは何故だろうか?隠しているのだろうか?




