王太子は傷物令嬢と結婚したい 4
エヴァンジェリンと接触する方法は簡単だ。彼女は王宮の財務課で働く義父のために差し入れを持ってくることがあるらしい。基本で王城は不要なものは立ち入り禁止だが、下級貴族が働く役場に家族が差し入れに来ることは認められている。おそらく差し入れは財務課の忙しい月末だろうとあたりをつけ、偶然の散歩を装って通りがかると、何やら職員が浮かれている様子があった。
「なあ、今日白百合の君が、いらっしゃるんだろう?」
「あぁ、リザム子爵が泊まり込み2日目だからな、きっといつも通り差し入れに来るんじゃないかな」
「可愛いよな、美人なのに鼻にかけてなくてさ。気立も良いし」
「嫁さんに欲しいよな、差し入れてくれるお菓子もすごく美味しいし。白百合の君の手作りなんだろう、あれ」
「正直スタイルもいいしさ、グッとくるよな。けど、あれだろ、ベネディ侯爵家のご子息が、もうすでに唾つけてるんだろ」
「正直子爵令嬢が侯爵家に嫁ぐなんてすごい玉の輿だけどさ、なんかわかるよな。彼女なんていうか、こう、品があると言うかさ」
どうやら下級役人どもの間でエヴァンジェリンは『白百合の君』と呼ばれ、人気らしい。漏れ聞こえてきた声にイライラする。声は全部覚えた。僕ですらここ7年以上会えてない彼女を見ていて、更に食べたことのない彼女の手作りの差し入れを食べているなどと万死に値するのではないだろうか。
しかし、彼女のことを良いな、と思うのは男なら当然のことなので、命まではとるまい。今後の人事異動で地方に飛ばすくらいで許してやろう。
そして、待つことしばし、伴侶の気配が近づいてくるのが分かった。どうやら、ある程度近くに来てくれれば感じ取れる様だ。
こちらを誘う様な、なんとも言えない甘い香りがする。
そうして現れた彼女は、地上に舞い降りた女神かと言わんばかりの美しさだった。7年のうちに彼女は想像以上に美しくなっていた。
しかも、先ほど役人たちが話していた通り、女性らしい身体付きをしている。慎ましやかな、あまり露出の少ない格好であるにも関わらず、彼女の胸元は大きく膨らんでいることがわかる。そして、それに反比例して腰は折れそうなほど細い。それなのに淫らな感じはなく、清楚で柔らかい雰囲気は昔のままである。
やばい、これは本当に早く手に入れないと鳶に油揚げを掻っ攫われることになるだろう。いやこれほど美しい彼女だ、既に誰かが手を出していないだろうか、と不安になる。彼女には一応陰から護衛する様に何人か人をつけているが、表立って守っているわけではないのだ。権力を盾に迫って来られた場合、守りきれない場合も考えられる。グラムハルトの婚約者ということが防波堤になっているらしいが、それでもあれだけ美しければ手を伸ばしたくなるものではないだろうか…。
彼女に対してよからぬ輩が手を出したとの報告はない。報告はないが、取り戻したらきちんと確認をせねば……。とは言うものの、もし、万一彼女が誰かに手を出されたあとだとしても、彼女を手放す気はない。きちんと全て僕のものになる様にしっかりと上書きをするだけだ。
けれど、もちろん手を出した愚か者は生まれてきたことを後悔する様な目に遭わせてやらねばなるまい。
さて、彼女を取り戻すために動かねばなるまい。彼女の周囲の状況を見るだに早ければ早いほど良い。
彼女に王宮の池の近くの花が綺麗であること、今その場所は解放されていることを侍女を使って知らせる。思惑通り嬉しそうに王宮の池に近づいてきた彼女を、僕は池に突き落とした。
想定外だったのは、彼女を突き落とす際に力を入れきれなかったせいで思ったより彼女が池の淵に落ちてしまったこと。それにより池の淵にある岩で額を切ってしまい、思ったより出血してしまったことだった。それを助けにすぐさまアスランが飛び込んだ。
僕も飛び込もうとしたが、近くにいた騎士に止められた。僕が飛び込んで怪我をしようものなら、エヴァンジェリンにも迷惑がかかる、と言われては止まらざるを得ない。きちんと彼女を大事に思う兄がさっと助けたのでなんとか我慢した。
彼女が思った以上に傷ついたことに心を痛めながら、それでもこれでようやく彼女を僕の手元に呼び戻せると思うと暗い喜びが溢れた。




