王太子は傷物令嬢と結婚したい 2
筆頭候補とは言え、僕が推しに推したから、彼女は王妃教育を受けるために登城していた。彼女に毎日会えることは僕にとって喜び以外の何者でもなかったが、3年も経つのにまだ婚約が成立していないことに関して焦ってもいた。
外堀から埋めようと色々な人間に彼女を婚約者として紹介して回ったがーーもちろん他にも候補はいたが全て無視していたーー、それが悪手になるとは思っていなかった。
僕の伴侶となる、全てに優れた彼女は色々な人間を魅了したのだ。そう、僕の側近候補であった、ルアードとグラムハルトの2人も。
実際に事件が起こったのは僕が9歳の頃で、ルアードが何をとち狂ったか、彼女を練習用の剣ーーといっても鉄でできているーーで切りつけたらしい。その知らせを聞いて慌ててその場に駆けつけたが、もうすでに彼女もルアードもその場におらず、彼女のものと思える血液だけが残されていた。かなり血を流したのだろう。ぞっとするほどの血が現場に残されていた。急いで治癒術師を手配しようとしたが、それは母によって止められた。
「彼女はあくまで婚約者候補に過ぎないのです、ジェイド。ですから、王家から治癒術師を派遣することはなりません」
「妃殿下、彼女は僕の伴侶です。きっと痛い思いをしています。僕の予算から出します。問題ないでしょう!」
「いいえ、まだ婚約者ではありません。なので王家が彼女の怪我を治すことは不平等にあたります。他の候補たちが怪我をしてもあなたは全てを治すつもりですか?とても王家の資金が続きません」
つんとそっぽを向く母に苛立ちを覚えながら父を見るが、やはり伴侶の言葉を否定するつもりはなさそうだ。私とて父や母、そして将来できる子供より伴侶を選ぶだろうから、父が母に何も言えないことに関して文句を言うつもりはないが、せめて僕のやることにケチをつけないでほしい。
「妃殿下が反対するから、婚約者候補なだけです。私はエヴァンジェリン以外を妃に迎えるつもりはありません」
「まぁ、落ち着きなさいな、ジェイド。彼女は公爵令嬢ですもの。きっと公爵家が治療費を払うでしょう。それに加害者は騎士団長の御子息だったかしら?あの家が用意するかもしれないわ。ねぇ、陛下」
そう言って笑う母に父は同意する様に頷く。溺愛するだけでは駄目だろ、このくそ親父と思ったが、これ以上ごねても仕方がなかろう。
さっさとこの場を退席して治癒術師をこっそり手配しようとしたが、すでに母の手が回っており、何もできなかった。
結果、公爵家も伯爵家もエヴァンジェリンを治すことがなく、彼女は傷物となってしまい、そんな彼女との婚約は前以上に許されなくなってしまった。その後彼女は公爵家から子爵家へと養子に出されてしまい、側近候補のルアードが、まんまと彼女を婚約者にしてしまった。
しかも、阿呆なことにお人好しのリオネル騎士団長が言い出した「一度だけ公爵家の命で騎士団を動かす」という言葉を止められず、おかしな制約を成立させられてしまっていた。
これは下手をしたらクーデターを起こす下準備かもしれないというのに、のほほんとしている国王夫妻を軽蔑した。ことの重大さが何も分かっていない。父は賢王だと思っていたが、どうやら愚王の様だ、とこの時に確信した。
ルアードと、母を始めとした反対派の人間と彼女を切り捨てた公爵家の人間全てを亡き者にしようと本気で計画を練ったが、まだ力が足りないと判断したため、計画の延期を余儀なくされた。正直彼女が自分ではなく他の男のものになると考えるだけで気が狂いそうだったが、努めて冷静に振る舞った。
きっと彼女がルアードと婚約したことで彼らは油断しているだろう。計画を実行するために彼らに僕が危険人物だと気づかれるわけにはいかない。僕は家族の前でも、演技をすることにした。
実際に彼女が結婚するまでに取り戻せばいいのだから、あと8年は余裕がある。時間をかけても確実に彼らを消していくほうが彼女を手に入れる近道だろう。




