とある騎士団長子息の後悔 1
初めて彼女に会ったのは、6歳の頃だった。俺が将来お仕えするべきジェイド殿下の筆頭婚約者候補だと、紹介されたのが、エヴァンジェリン・フォン・クラン嬢だった。
隣に立つ殿下は、彼女を愛しそうに見つめており、彼女がこのまま、正式な婚約者となることは間違いないだろうと思った。
美しく輝く黄金色の髪に、神秘的な紫の瞳、顔の造作は整っており、本当に同じ人間なのか、間違って人の世界に紛れ込んでしまった妖精か、天使かと見紛うほどの美しさに俺は一瞬言葉を忘れて見惚れた。
殿下が誇らしそうに彼女を紹介すると、彼女はにっこりと微笑んで、これがお手本ですと言わんばかりの美しいカーテシーをした。
話す声も甘く、優しく、いつまででも聴いていたい、と思わせる様な美しさだった。
いつもは良識とか礼儀とかガミガミうるさいグラムハルトですら、彼女を凝視しておりーーレディを正面から見続けるのは失礼に当たる。それが公爵家の令嬢という高位貴族なら尚更であるーー、俺と同じく彼女に魅了されたのがよくわかった。
実際、俺たちの周りにいる女の子はサラだけだったから、女の子とは皆サラの様な恐ろしい生き物なのかと怯えていたが、彼女は良い意味で、サラとは全く異なる完璧なレディーだった。
なんと言うか、おれが夢見ていた通りの、守るべきお姫様、素敵なものが詰まってできた様な女の子だった。それに関しては殿下もグラムも同意見で、サラとだけは絶対に接触させない様に皆で誓った。彼女に悪影響を与えてはいけない。
なにせ、サラはとてもひどい女の子だった。顔立ちはとても可愛い。それは確かだ。だけれど、彼女はとてもお転婆だったのだ。お転婆…そう表現しては普通のお転婆が気の毒になるかもしれない。そう、野猿という方が正しい表現な気もする。
ある時は王宮の屋根の上に登り、またある時は王宮の池に来た渡り鳥を捕まえようと、池に入っていた。しかもその鳥を捕獲し、毛をむしって食べようとしていた。若干6歳でその様な暴挙をおかし、火まで起こしていたのだから恐ろしいとしか言いようがない。
王宮の木に登るのなんかお手の物。そこに成っている実を、やはり鳥と喧嘩しながら、もいで食べる。厨房に忍び込んでは食料を強奪するという、なんというか規格外すぎる令嬢だった。しかも、かけっこも1番早いし、力比べをしても彼女が1番強かった。何より剣の腕っぷしも強く、その辺の騎士を負かしたことすらあった。
そんなに規格外な運動能力と破天荒な考えの持ち主のサラだったが、顔は可愛いので、周りの大人は騙されることが多かった。
屋根の上に登ったのは気づかれなかったが、池に入った時は大人が来た瞬間にさっと鳥を隠すなり、泣き出した。その上で「池に落ちたから焚き火を焚いてもらったの」と可愛い顔をして言うので、可哀想に、と侍女たちはサラを着替えさせてやっていた。
彼女が捕った鳥は既に死んでいたので、厨房に持っていたことをつけ加えておく。もちろん後でサラに詰られた。
厨房で食べ物を強奪したのは、俺が命令したせいになっているしーー後で俺が料理長にしこたま叱られたーー、庭の木に登ったのはハンカチが飛んでいってそれを取りに行ったの、怖かったわ、と涙ぐんでみせていた。
騎士との勝負に勝ったことに関しては彼らの恥になるから、黙っておくことにしているらしい。
そんなサラを間近で見続けたので、エヴァンジェリン嬢に会うまで女の子とはこんな恐ろしい生き物なのかと思っていた。童話で王子様がお姫様を助ける話をいくつか呼んだが、お姫様は王子様や騎士の助けなんかいらねぇだろ、と本気で思ったものだった。




