令嬢の父親は後悔する 2
王家との婚約に失敗した上、直系のアスランとエヴァンジェリンを排斥した結果、一族と軋轢を抱えることとなった。しかし、エヴァンジェリンが王家に嫁げなくなったと、リオネル家に賠償を求めたところ、一度だけクラン公爵家のために働こう、と生真面目な騎士団長が馬鹿正直に申し出てくれていたので、騎士団の力をバックに親族どもを黙らせることができた。
これでなんとかなる、騎士団の力を生涯バックにすれば武力でわしに勝つものはなく、生涯親族どもを黙らせられるだろう。そしてわしが死ぬ前に目障りな一族に冤罪をかけて騎士団で粛清すれば、サトゥナーの代も安心だろう。サイテル伯爵より上位の一族のものを片端から殺せば我が子孫が、クラン公爵となるだろう。つまり、本物になれるのだ。
可愛くない娘だったが、存外役に立ったではないかとそれだけはエヴァンジェリンを評価した。
しかし、サトゥナーを次期後継者と発表した後、様々な問題が出てきた。まず言うまでもなく一族とは疎遠になったし、他の派閥の人間からも集まりに呼ばれることが一気に少なくなった。また、招待しても断られることが多くなったのだ。王宮でも財務大臣の役職を取り上げられることとなった。つまり、王宮に気軽に出入りすらできなくなったのだ。
わしのやることは、サリナが生きていた頃と変わっていない。汚職や収賄に手を出したこともなく真面目にやっていたのにも関わらず、何もかもがうまく回らなくなっていた。
クラン公爵家は緩やかに社交界からはじき出されていく様であった。
そんな頃に、もう二度と会うことはないだろうと思っていた娘に、衝撃的な場所で会うことになる。それは、可愛いイリアのデビュタントの時である。
公爵家では、我が公爵家以外にこの年デビューする令嬢がいなかったので、1番に紹介されるべきはイリアであるはずなのに2番目の紹介になると言う。
そして、1番目に紹介されるのはなんと王太子の婚約者というではないか。婚約者の隣に立つ娘は女神かと思しき、現実離れをした美しさを持っていた。それは顔の美醜だけでなく、立居振る舞いやその態度もである。どこの高位貴族の娘か、いや他国からの賓客かと思ったが、どこの誰なのかよくわからなかった。
婚約者ができ、しかもイリアを差し置いて最初に入場するのであれば、落ちぶれたとはいえ、それでも公爵家の当主である自分にも前もって知らせて欲しかった。そう遠回しに殿下を非難すると「元々公爵家が望んだ縁」と言われ、首を捻った。
その上、暴言について言及され、叱責されたにも関わらず、イリアが全く謝罪しなかったため、殿下は立腹され、不興を買ってしまった。急いでイリアを窘めるも、謝らずそのまま入場の時間になったため、しっかりと謝罪ができなかった。
王宮に出入りができず、他の貴族から話も聞けないと言う状況で未発表の婚約者については一切情報がなく、入場の際の紹介で初めてあの美しい娘は8年前に捨てた我が娘だと気づいた。
王家の不興を買ったイリアは陛下からお言葉もいただけず、殿下とダンスも踊ってもらえなかった。
そのことにさらに憤慨したイリアは、殿下がお贈りしたドレスだ、と聞いていたにも関わらず、エヴァンジェリンにワインをひっかけ、帰ろうとしたところをサトゥナーに襲わせたらしい。襲わせたと言ってもせいぜいがとこ、暴力を振るったくらいだろうと思ったが、どうやら無理やり手込めにしようとしたらしい、と殿下の言葉から察する。あまりにも愚かな行為に頭が痛くなる。
教育が足りなかった様だが、もうこうなっては仕方がない。エヴァンジェリンをクラン家に呼び戻し、身内同士の諍いであったことで場を治めるしかない。
そしてその上で、王家の外戚として権威を握れば良いのだ。正直エヴァンジェリンを呼び戻したくはなかったが、背に腹は代えられない。
未だに墓穴を掘り続けるイリアはとうとう殿下に威圧され押し黙った。この機を逃してはならないと、エヴァンジェリンは家族であることを主張し続けた。何を思っているのかは知らんがエヴァンジェリンは黙ってわしの話を聞いていたので、この話に同意するつもりがあるのだろう。
そうすると殿下は、リオネル家との契約について言及を始めた。確かにエヴァンジェリンが王家に嫁ぐなら契約は反故になる。しまった!殿下の言う通り『娘が傷ついた賠償』にしておけば良かったと思ったが、時はすでに遅い。
渋々リオネル家との契約は解消する。しかし、クラム家の直系の娘エヴァンジェリンが、我が家に戻ってくるのだ。これで一族は黙らせられるし、王家の外戚として力も振るえる様になるだろう。この間ずっと黙っているエヴァンジェリンはきっとおとなしい、御しやすい娘に違いない。
契約が解消となり、エヴァンジェリンを連れて帰ろうとしたところ、いきなり娘は「はじめまして」などと戯言を言い出した。そして、公爵家のエヴァンジェリンは8年前に死んだのだと話し始めた。契約を解消した後にこんな訳のわからない発言をしてくるなどと、と頭にきて、「お前はわしの娘だ!」と怒鳴った。それが間違いの元とは気づかずに。
エヴァンジェリンは我が意を得たりとばかりに艶やかに微笑むと隣の優男ーーどうやら神官だったらしいーーに兄妹で性行為を営む卑しい一族だ、とわしとサトゥナーとイリアを告発した。しまった、と思った。血の繋がった親子兄妹での姦淫はハーヴェー教では禁忌で、異端審問の後火炙りだ。サトゥナー、イリア、どこまで馬鹿なことをしたのか。
しかし、先ほどの言い訳がないとサトゥナーは王太子の婚約者を手込めにしようとした愚かな男で、王家の簒奪を狙っていたと判決が下っただろう。その場合は、斬首刑だ。
サトゥナーとイリアがエヴァンジェリンに気づいていたかどうかはわからない。気づいていなかったのではないかと思う。
王家から神殿に引き渡され、異端審問という名の、拷問がわしらを待っていた。
審問官に、「イリアとサトゥナーがしばしばこの手で気に入らない令嬢を陥れてきた」と聞かされた。気づいていたのか、と問われ首を振った。本当に知らなかったのだ。けれど厳しい拷問に耐えかねて、知っていたと言ってしまった。
わしですら耐えられなかったのだ、恐らくイリアもサトゥナーも異母姉妹と気づいていた、と告白させられるだろう。
あの時エヴァンジェリンの隣にいた神官はこちらを射殺しそうな目で見ていた。あれは我々を許さない瞳だ。わしとサトゥナーは無理だろうがイリアだけでも助からないだろうか、と思ったが、あの日あの場所にイリアも居合わせていたことも審問官に知らされた。それでは無理だろう。
そしてイリアは処女ではないそうだ。ならば相手はサトゥナーであっただろうと断定されることは想像に難くない。
恐らく長い拷問の後、我々は異端と判決が下るだろう。
どちらにせよ、死ぬことになるのだ。わしが選べたのは死に方だけだったのか、神殿の牢で愕然となった。
あぁ、わしは自分の捨てた子供に捨てられたのだと、ぼんやりと思った。




