令嬢はチートだった
はいはい、とげんなりとした顔で頷くセオを見ていたらおかしくなってきた。昨日あんなことがあったのに、私はまだ笑えるんだ、と嬉しくなる。
ふふふ、と笑うとセオも苦笑してくれた。右手を口元に当てた瞬間、硬いものが顔に当たる。右手の薬指を見ると、先程契約書の光が当たったところに、セオの瞳と同じ色をした藍晶石の指輪がはまっていた。
「え?これ、なに?」
びっくりして呟いた私にセオは答える。
「契約の証だね。私と契約した証拠みたいなものかな?」
「ちょっと待って。指輪は意味深すぎるし、何より、この指に嵌ってるのは問題じゃない?」
そう、右手の薬指の指輪は恋人の存在を意味するのだ。リラックス効果を得ることができると聞いたこともあるが、今の私の立場ではあまりに微妙である。しかも、この指輪の藍晶石はジェイドの色でなく、セオの瞳の色なのだから。
「うーん、まぁ、問題ないんじゃないかな?殿下も案外気づかないかもよ?昨日の様子なら」
セオの言葉にそうかもしれない、と思った。確かに昨日の様子を見るだに、ジェイドはもう私にあまり構ってこないのではないだろうか。
「確かに、そう言われるとそうかもだけど…、でも変な噂が立つのも良くないから、セオ、私たちあんまり接触しない様にしましょうね?」
「神殿に所属する前から少しでも魔法が使えた方が良いんじゃないの?出来るだけ進めてた方が良いと思うけど?」
「でも、この指輪の石、あなたの瞳の色そのものなんだもの。見る人が見たら、すぐにわかるわ。
でも、確かに魔法は早く習得したいわね。じゃあ、今日私の属性を教えてくれたら、自主練するってどうかしら?」
セオはどことなく嬉しそうに笑う。そんなに私がやる気に溢れているのが嬉しいのだろうか。確か、優秀な人材を神殿に帰属させることができたらご褒美が貰えるはずなので、それを狙っているのだろうか?ならば1日でも早く私は魔法を使える様にならなければならない。昨日からセオには世話になりっぱなしなので、少しでも恩を返したい。
「わかったよ、じゃあ出来るだけ自主練にしよう。とりあえず属性を見てみようか」
そう言うと、セオは机の引き出しから水晶玉を取り出した。それは手のひら大の水晶で、無色透明であった。
「これに手を置いて、私の言った言葉と同じ言葉を繰り返してくれる?」
私は頷いて、水晶に手を乗せる。
「火よ」
「火よ」
私がセオの言葉を鸚鵡返しに呟くと、水晶がほんのり赤く染まる。
「へぇ、火属性か。でも複数属性を持っている可能性もあるから、続けるよ?」
どうやら、キーワードを唱えると持っている属性に合わせて水晶が反応する仕組みになっている様だ。
「水よ」
「水よ」
その言葉に反応して、水晶が今度は青く、強い光を発する。
「やっぱり複数属性持ちか。火属性の光り方は弱かったから、他の属性もあるだろうと思ってたけど。
じゃあ、次は土よ」
「土よ」
水晶が今度は黄色に染まる。火よりは強いが、水よりは弱い光り方だった。セオが難しい顔をしている。水晶の光り方が思ったほど強くないのかもしれないと不安になるが、なんとなく聞きにくい。全て終わった後に聞くことにしよう。
「風よ」
「風よ」
今度は水晶が緑色に光る。水属性と同じくらいの強さの光り方だった。どうやら4属性を持っているらしい。しかし、光り方がいまひとつの様子なので、セオの思惑が少し外れたのかもしれない。
「光よ」
「光よ」
その言葉を紡いだ瞬間、凄まじい光が水晶から発されると同時に、パンッと音がして水晶玉が壊れた。
「セ、セオ。水晶玉が!」
あまりのことに驚いてセオを見ると、彼は驚いた顔をしたまま、固まっていた。
「エヴァちゃん、面倒な事態になったよ…」
口を開いた彼はやや顔色が悪くなっていた。少し待っててとセオは出て行くと、両手に飲み物を持って現れた。そして私をソファに座らせると、その前に持ってきた果実水を置いてくれた。そして、私の対面に座るとひとつ長いため息をついて、長い話になるけど、と話し始めた。
「君には、3つの道がある。
ひとつ目、自分が光属性の持ち主と隠したまま、婚約解消をして、私の弟子になる道。
ふたつ目、王家に自分が光属性の持ち主であることを告げてこのまま、ジェイド殿下と結婚する道。
みっつ目、大変希少なサンプルとして大神殿に行って、そこでお偉いさんのおもちゃになる道」
「そのみっつ目の選択肢が何かわからないけど、それは絶対にいやね。私が望むのはひとつ目の道かしら」
とんでもない選択肢をあげられたが、もともと子爵家に迷惑をかけないうちに、ジェイドと円満に婚約解消をしたいと言うのが私の望みだったのだ。
「じゃあ、よく聞いて。
たぶん、エヴァちゃんもわかってるだろうけど、君は今確認しただけでも火水地風光の5属性を持っている。光属性を持っている可能性は考えてたけど、想定外な事態だ。
はっきり言うと異常だと思う。歴史的に見ても、3属性以上を持っている人間はいない。
そして光属性を持っていた場合、それ以外の属性は顕現しない」
よくわからないので、首を捻る私にセオが噛み砕いて話してくれる。
「光属性は他の属性に比べて魔力を食うんだ。持っているだけでかなりの魔力を使うから、他の属性に割り振る魔力が残らない、と通説ではされている。
つまり、光属性を持つ魔術師は、治癒魔法と防御魔法以外は使えないんだ」
「本来なら水晶は光属性にしか反応しないってこと?」
「そう、それなのに君は他の4属性についても水晶は反応した。つまり君の存在は今までの通説を覆す存在だってこと」
まさかの転生チート、俺つぇーが発動したらしい。正直驚いたが、それなら1番役立ちそうな光属性以外の魔法を隠していれば良いだけではなかろうか。
「えーと、それって光属性以外を隠して生きていくってことできないの?」
「そう、そしてそこも問題なんだ。原則光属性持ちの魔術師は神殿に所属する。なぜ、原則かと言うと、王族だけは、除外されるからなんだ。
昔神殿が欲をかいて、全ての光属性の持ち主を全て神殿の所有にしようとした結果、そこに王族の人間が何人か含まれることになった。
結構強い魔力の持ち主は光属性を所持している可能性が実に高い。いや、むしろ魔力が高くないと光属性を持てないのかもしれない。
まぁ、ともかく王族を何人も神殿に無理やり連れてきたせいで、国家対神殿の戦争に発展したことがあったそうだ。
王族は強い魔力の持ち主とじゃなければ子供ができない。下手をしたら、王族の血が途絶える可能性がある。王族も引くに引けない戦いだった。そうでないと、王家はハリボテとなり、神殿が権力を握りすぎることになる。
その戦争は長引き、国家も神殿も疲弊した結果、『王族に関しては、いくら光属性の持ち主だとしても、神殿への所属は必須では無い』と言う協定を結んだんだ。
もちろん、王族でも望めば神殿に入ることもできなくはないけど、出来るだけ王家も魔力の高い人間を手放したくない。それが光属性持ちなら尚更だ」
「つまり、私はこのままだったら王家に引き止められる可能性が高いってことね。
じゃ、反対に光属性を隠して、適性がありそうだった水と風に絞ってみたらどうかしら」
「希少な光属性持ちを隠すのはとても勿体ないことだよ、特に君の力は強すぎる。今まで救えなかった人間も救うことができる可能性がある。
君は光属性の術者として生きていくのが正しいと私は思う。
それに、これは褒められた話ではないが、神殿の中にも貴族制度とは違った階級制度がある。光属性の持ち主であれば間違いなく一位だろうが、それ以外の術師は二位となる。その場合、君の身の安全は保証できない。私がそばにいる間はもちろん守るけど、いつもそばにいられるとは、限らない」
八方塞がりな気がしてきたわ、とぽつりと呟くと、セオも重々しく頷く。そして、思い切った様に顔を上げて質問してきた。
「エヴァちゃん、君は殿下に惹かれてるよね?」
いきなりのことに驚いて返事が返せず、口を開けたり閉めたりする。正直顔も赤くなっていると思う。セオの前では今地を出しているのでポーカーフェイスがうまくできなかった。
「殿下と過ごした後の君の顔を見たら、それくらいわかるから今更隠さないでいいからね。
その上で言おう。今はすごくぎりぎりなところだと思う。本来なら婚約破棄をした後に私の弟子になって、魔力の判定をすれば問題がなかった。どころか大手を振って光属性の持ち主として神殿に所属できた。
でも、今はまだ殿下の婚約者で準王族である君が光属性の持ち主とわかった場合、王家の許しがなければ君は神殿に入れない」
「つまり、婚約解消されるまで光属性の持ち主と気づかれてはいけないのね?」
「そう、それなら先に私との契約もあるし、神殿と王家の協定にも抵触しないと思う。契約した時には君の属性なんて知らなかったからね。
それで、先程の問いに戻るんだ。君が殿下を愛していて、彼の伴侶となりたいなら『光属性の持ち主だ』と言うだけで喜んで王家に迎え入れられる。昨日の醜聞なんか全く問題にならないレベルで」
いきなりの選択肢に驚く。つまり傷物だろうとなんだろうと強い魔力の持ち主が喉から手が出るほど欲しい王家にとって、私は魅力的な存在になると言うことだろう。
私が望めば、サラを押しのけてジェイドの妻になれる、とセオは語っているのだ。
「だから、選択は君に任せる。どちらを選ぶにせよ、君は光属性の術者として生きていくべきだと思う。
その上で、君がその恋を貫いて王妃になるか、私の手を取って神殿に所属するか、今なら好きな方を選べる…いや、今しか選べないと思う。後悔のしない道を君には選んで欲しい」




