傷物令嬢、ヒロインと出会う
さて、1人になるなとは言われたので、義父母と合流したいのだが、こうも人が多いとなかなか難しい。しかも1人でいるので、ひっきりなしに手を差し出される。今まで無視していた男性たちが急に声をかけてくることを不思議に思ったが、なんのことはない、私が王太子の婚約者と紹介されたから誼をつけておきたいのだろう。ご苦労なことだ。
ふとダンスフロアを見るとジェイドがいまだにサラと踊っているのが目に映る。まだ踊っていたのか、と思わないでもないが、先ほどまであったショックの様なものは感じなかった。慣れたのだろうか。
踊っているサラと目があった様な気がして、つい2人の方を見ると周りからくすくすと笑われる。まぁ、笑いたくなる気持ちもわからないでもないが、はしたないことである。
しかし、何よりジェイドの気持ちがわからない。続けて3曲も踊るほどサラが好きなら私に婚約など申し込まなければよかったものを。それとも今日デビュタントで美しく飾り立てられたサラを今更好きになったのだろうか。
なんでもいい、早く終わらないだろうかと思っていたら、小休止の時間になった。
この国では5曲曲が流れたら15分ほどの小休止を挟むのだ。その間に楽団の方も休んだり水分補給したりする。腕がいいと、この時間に他の貴族の引き抜きが来たり、次の依頼が入ったりする。
また、この時間は踊っている人がいないので、より多くの人と話そうと貴族も躍起になる時間である。
ジェイドが目敏く私を見つけて、サラをエスコートしたまま、こちらに向かってくる。しっかりジェイドと目があったので今更逃げるのはわざとらし過ぎる。放っておいてくれればいいものを何故わざわざこちらに来るのか、と思いながらにっこりと微笑んで彼らの到着を待つ。
「イヴ。お疲れ様、楽しんでるかい?そうそう、紹介したい子がいるんだ。
サラ、こちらは私の婚約者のエヴァンジェリン・クラン・デリア・ノースウェル・リザム嬢。
イヴ、この子は私の乳兄弟のサラスティーナ・ルーク・サウス・クラフト伯爵令嬢だ。仲良くしてやってくれ」
到着するなりジェイドはサラを紹介し始める。こちらを見るサラの目が何か面白そうなものを見る目に思えて仕方がなく、少しイラッとするが顔に出さない様にして微笑む。
「はじめまして、クラフト様」
「いやだ、イヴ様。クラフトなんて、サラって呼んでください」
なんだ、こいつ、と笑顔で思う。たしかに爵位は私の方が下だが、一応私はジェイドの婚約者で彼女より上の立場になるのだ。勝手に愛称を呼ばれる筋合いはない。
身分が上だの下だのの問題は前世ではほとんどないものだったが、今世ではバッチリある。今世では、身分制は社会の基盤としてあるもので、軽視して良いものではないのだ。
「サラ様、それでは私のことはイヴでなく、エヴァとお呼びいただけますか?」
後でジェイドが怖いので、と思いながらちらりと横目でジェイドを見るとすごく不愉快そうな笑顔でこちらを見ている。私がサラに『イヴと呼ぶな』と言ったのが不服なんだろう。なんでよ、ジェイドが他の人間にはそう呼ばせるなって言ったんじゃない、と思うもののそれを口に出せるはずもない。
「いやだ、イヴ様ったら。どちらでも一緒じゃないですか。それにジェイがイヴって呼ぶから私もイヴ様って呼びたいです。もう慣れちゃったんですよね。私、よくジェイと一緒にいるから」
「かしこまりました。ではどうぞ、その様に」
サラ様の隣のジェイドを見ると心なしか満足そうにしている。それなら最初から他の人には呼ばせるなとか言わなければ良かったものを。しかもサラにも自分のことをジェイと呼ばせてるんだ、と色々とモヤモヤしたが、もういいやと思うことにした。結局、ジェイドはサラが可愛いのだ。ふっと先程セオドアが自分のことをセオと呼んで欲しい、と言っていたのを思い出す。彼はこの状況を見越していたのだろうか?
「イヴ様、いつもジェイがお世話になってます。これからもよろしくしてあげてくださいね?」
なんでそれを貴女が私に言うかな?貴女はジェイドのなんなのよ?と思うが、それを口にして同じレベルで戦いたくない。
もうさっさとどこかへ行きたいと思いながら、義父母を探す。その間もサラの仲良し自慢なのかなんなのかよくわからない話は続くので、はいはいと相槌を打ちながら離脱を図ろうとしていたら、小休止が終わり、再度曲が流れ出す。
「あっ、ジェイ。再開したね、踊ろう」
なんとサラは再度ジェイドをダンスに誘ったのだ。すでに3曲踊っているので手遅れかもしれないが、ここはきっと言わねばならないのだ。多分おそらく。
これがこの世界の常識なのだから。
先人たちに惜しみない拍手を送りたい。こんなこと、絶対に言いたくなかっただろうに、皆様言ってきたのだ。この、禁断の台詞を!
「お待ちください、サラ様。本来婚約者でない方とのダンスは1曲きり。婚約者でも2曲までです。これ以上はなりませんわ。
それに兄妹同然に育ったとは言え、公の場で殿下のことを愛称で呼んではなりません」
「やーだ、イヴ様ったら、ふっるーい!お城で古臭いことばっかり言ってる教育係の方みたいなことを言うんですね。そんな嫉妬しなくっても私とジェイは兄妹みたいなものだから、大丈夫ですよ。
まぁ、イヴ様は一度きりしか踊ってもらえなかったからそう言いたくなる気持ちはわからなくもないですけど」
どうしよう。むかつく。そしてそれに対して何も言わないジェイドにも頭にくる。ジェイドをちらりと見ると満足そうに笑っていた。あー、そうですか、余計なことを言いましたね。けれど、これが常識なんですよ。
「左様でございますか、けれどもサラ様。貴女さまはいつでも殿下と踊っていただけるかもしれませんが、子爵令嬢や男爵令嬢の方々は人生で一度きりのチャンスです。譲ってあげていただけませんか」
「ふーん、そうくるんですか。どうする、ジェイ?」
「そうだな。じゃ最後にもう1回踊ってから」
そう言って2人はフロアに戻っていった。振り返ったサラの目にはこちらを馬鹿にする様な眼差しが見て取れた。
周りの若い子達もくすくすと笑っている。正直悪役令嬢と呼ばれていた先輩方を尊敬する。よくもまあこんな針の筵に座り続けられたものである。
ため息を扇で隠し、壁際に向かう。正直外の空気を吸いにバルコニーに出たいが、危ないのでやめておこう。夜会の裏では毒虫が跋扈すると先程ジェイドに言われたばかりである。
出来るだけ、人目のあるところでおとなしくしておこうと思ったのに、またもや私は面倒ごとに巻き込まれてしまうのだ。




