傷物令嬢は王太子とダンスを踊る
全員が入場し終わった後、陛下が入場された。この後、陛下にそれぞれお言葉をいただき、ダンスの開始となる。普段であれば女性からダンスを申し込むのは礼儀違反だが、デビュタントしたばかりの令嬢だけは特別でどんな人にも申し込むことができる。そして申し込まれた相手は基本は断れない。
なので、今日はジェイドは20人近くと踊ることになり、忙しいだろう。その間はお義父さまとお義母さまにひっついていようと心に決めている。
強い視線を感じて振り向くとそこにはセオドアが正装しており、ひらひらと手を振っていた。私に向かって手を振っているのかと思ったが、視界の端でサラが手を振りかえしていることに気づく。危ない危ない、私に手を振ったと勘違いするところだった。私はそのままにっこりとジェイドの隣で微笑み続けた。
「さて、本日デビューした諸君、おめでとうとまずは言わせてもらおう。
そしてこの場を借りて皆に発表しよう。長いこと空席であった王太子の婚約者が決まった。今宵のことでわかっただろうが、エヴァンジェリン・クラン・デリア・ノースウェル・リザム嬢だ。皆が見ての通り、慣例である白いドレスを着せることも厭うほどの溺愛ぶりだ。皆、その辺りを考慮してダンスに誘うといいぞ」
陛下のお言葉に皆がわっと沸き、大きな拍手が贈られる。おめでとうございます、などと声が聞こえるが、見たところ納得していない貴族が大半の様である。デビュタントの席で発表すると言われていたが、やはりもっと根回しをした後に発表した方が良かったかもしれない。
その言葉を皮切りに陛下がそれぞれ入場順に声をかけてくださることになっている。
「エヴァンジェリン・クラン・デリア・ノースウェル・リザム嬢。成人おめでとう。
全身でジェイドが所有権を主張している様なドレスだな。にも関わらず、とても似合っている。美人は何を着ても似合うと言うことかな。君が嫁いで来る日を心待ちにしているよ」
「勿体ないお言葉にございます」
そう言ってカーテシーをする。次はイリアの番であるにも関わらず、陛下はイリアの前を素通りして、3番目に控えている侯爵令嬢のシモンヌ様のところに行って祝辞を述べている。
明らかにクラン家に対して含むところがあると言う行動である。恐らく元よりよく思われていないにも関わらず、控えの間での話も伝わっているのだろう。実父の顔色はあからさまと言うほどではないが悪く、イリアに至っては憎らしげにこちらを睨んでいる。
イリアは婚約者がまだいない様なので、これから婚活しなくてはならないだろうに、その顔を見られるとマイナスにしかならないわよ、と思いつつも知らん顔をして微笑み続ける。
最後の男爵令嬢に声をかけた後も陛下がイリアに声をかけることはなく、右手を上げると、音楽が流れ出した。結局クラン公爵家はいなかったものとして扱われているが、それに対して誰も何も言わない。周りも当然のことと流している。このことから、今の公爵家の立ち位置がよくわかった。
「さて、踊っていただけますか、婚約者殿?」
「喜んで」
私たちが踊り出さないと他の方が踊り出せない。ジェイドの手を取って、フロアに向かう。
「こうして君と踊れて嬉しいよ、イヴ。もちろん、他の男にこの役を譲る気なんてなかったけど」
よく言うものだとため息をつきたくなるが、今は注目の的。下手な行動をして何をどう難癖つけられるかわからないのだ。微笑みながらジェイドのリードに身を任せる。私はあまりダンスが上手な方ではないが、ジェイドの卒のないリードのおかげでなんとか踊れている。
ジェイドのリードで踊るダンスは楽しい。それは、リードが上手からなのか、場の空気に呑まれているからか……それともジェイドを憎からず思っているからか。
シンデレラの気持ちが少しだけわかった。あともうちょっと、少しだけでもこの時間を長引かせたい。しかし、私の気持ちと裏腹に無常にも音楽は終わりを迎える。
「もう一曲おねがいしても?」
「いいえ、殿下。今日はデビュタントの日、この日でないと貴方と踊れない方がたくさんおります。どうぞその方々と踊って差し上げてくださいませ」
「そう言われてしまうと仕方ないね。せっかく婚約者になったんだから、その特権を使ってみたかったんだけどな」
そう、ダンスは通常は一曲きり。婚約したら二曲踊れて、三曲以上は夫婦になってからが慣例である。
「でも、そう言う気遣いのできる君がこれから僕のそばにいてくれると思うと、心強い。婚約者の特権は次の機会にでも使わせてもらうことにしよう。
さて、イヴ。子爵のところまでエスコートするけど、今日は1人にならない様に注意してね。華やかな夜会の裏では毒虫が跋扈することがある」
そう言ってジェイドはお義父さまのところへエスコートしてくれて、私のそばを離れた。順番から行くとイリアの番なのに、やはり彼もイリアの手を取らずにシモンヌ様の手を取り踊り始めた。
私もお義父さまと踊り始める。お義父さまもリードが上手く、とても気持ちよく踊れた。さて、気が進まないが、社交をしなくてはなるまい。お義父さまとフロアを離れかけたところに横からさっと手が差し出される。何事かと驚いてそちらを見ると、そこにはひとつ前の婚約者、グラムハルト・フォン・ルーク・ベネディがいた。




