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【12月1日 2巻発売】婚約破棄した傷物令嬢は治癒術師に弟子入りします!  作者: 三角 あきせ
三部

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毒殺王妃のため息 5

 ジェイドの伴侶は皮肉にも、父が死ぬほど憎んだクラン公爵家の娘だった。ジェイドのひとつ下のエヴァンジェリン嬢は黄金を溶かしたような金髪と、アメジストの瞳を持つ、この上なく美しい少女だった。公爵家の娘ではあったが、傲慢なところはなかった。それどころか、消極的で、自信なさげだったが、優しい性格のようだった。母親が亡くなった後に、父親が女を家に連れ込み、適切に扱われなかったせいかもしれない。

 気弱な性格では、一国の王妃として不安が残るが、イザベラでも務まっているのだ。数人の補佐がつけばなんとかなるだろう。それに、気が弱いのならば幸運だ。彼女は敷かれたレールから外れられないタイプのようだ。将来なにがあろうと、自分からジェイドの元から離れるような選択はできないだろう。恐らく、ジェイドに対して強い拒絶もしないはずだ。


 ジェイドと少女が二人でいる姿はまるで、揃いで作られた人形のようで、たいへん似合っていた。

 そして何よりも安心したことに、ジェイドとエヴァンジェリン嬢はたいへん仲睦まじかった。

 どうしてエヴァンジェリン嬢がジェイドを嫌わなかったのかは分からない。ジェイドは優しい子なので、人柄に惹かれたのかもしれない。ただ相性が良かった可能性だってあるだろう。彼女が家庭に恵まれていなかったことも関係するだろうか?それともただ、奇跡が起きたのか。

 理由は不明だが、ただ、確かにエヴァンジェリン嬢はジェイドに好意を抱いていた。そして、ジェイドも彼女のことを大切に思っていた。


 できれば、すぐにでも二人の婚約を整えたかったが、イギーの反対もあり、エヴァンジェリン嬢はジェイドの筆頭婚約者候補として落ち着いてしまった。伴侶を見つけた王家の人間は、伴侶以外には目もくれない。伴侶以外の人間以外は愛せないのだ。そんなことはイギーの方が良く分かっているだろうに。どうして、他の人間に取られない内に彼女をジェイドの婚約者に(確保)しないのか。

 苦言を呈したが『王家には王家の理由がある、あなたには分からない』と突っぱねられた。確かに王妃と言えど私は名ばかりで、王家の血も薄い。本当の王族にしか分からない理由があるのならば、私に分かるはずがない。

 しかし、ことはジェイドの嫁取りだ。そう簡単に「はい、そうですか」と引くことはできない。ジェイドの気持ちが変わらないのであれば、成人するまでには婚約させるようにしつこく言うと、最後には渋々頷いた。なぜイギーがここまで渋るのかは分からないが、王家の一員であるジェイドの気持ちが変わることは無いだろう。恐らく、ジェイドとエヴァンジェリン嬢の婚約は、ほどなく、なるだろう。

 けれどその間に王国史を見られて、イギーの気が変わられても困るし、ジェイドの目にも入れたくない。私は王国史を禁書庫から持ち出すことにした。結構な量だったので、気づかれないはずはなかったのに、誰もそれを咎めなかった。


 婚約者として迎え入れることこそできなかったが、ジェイドとエヴァンジェリン嬢はどんどん親密になっていった。王宮内のそこかしこで笑い合う二人を見た。話してみたいと思ったが、怖がられるのではないかと思うと話しかけることはできなかった。けれど、一緒にいる二人はとても自然で、共にいることは当然だと思えた。

 当時の私は心底ほっとした。私の不安は杞憂だった。ちゃんとジェイドは幸せになれる。ハヅキ王妃の言葉も呪いなのではなく、ただの恨み言だったのだろう、そう思った。


 ほどなくして、私は高熱を出した。年のせいか、気が抜けたせいかは分からないが、熱はひと月経っても引かず、そのまま寝付くようになった。復調の兆しが無かったので、私は職を辞し、イギーの戴冠を見届けた後、シュティッヒ伯爵領の近くにある離宮で静養することにした。

 私が居なくなった後のイザベラは王宮で好き放題に振舞うようになった。イギーも伴侶に弱いのか、イザベラには強く出られないようで、たいへんなのだと何人もの貴族から訴えられた。けれど、王位を譲った以上、よっぽどのことがない限り、イギーの治世に口を出すつもりはなかったし、何よりも、寝付いている私ができることは、そう無かった。

 

 そんな折、事件が起きた。ジェイドの側近候補の一人がエヴァンジェリン嬢に怪我を負わせてしまったのだ。王太子の伴侶は言わば、未来の王族だ――彼女の場合は特に王家と血が近い。通常であれば、令嬢の怪我は、王宮神殿の治癒術師に依頼して治してもらうものだ。実際にジェイドもそうするつもりだったようだが、イザベラとイギーがそれを阻んだ。そして生家のクラン公爵家も彼女の治癒を拒んだ。加害者である少年の家から治療費を捻出できるはずもなく……。

 結果、エヴァンジェリン嬢はジェイドの婚約を辞退することになった。


 伴侶を失った王家の人間は狂う。何とかしたかったが、どうしても床から起き上がることができなかった。ようやく起き上がれるようになったころには、エヴァンジェリン嬢は公爵家を出されていた。それどころか、他の人間の婚約者になっていた。

 あまりのことにジェイドの様子を探らせたが、ジェイドは狂気に囚われていないという。なぜ、エヴァンジェリン嬢がジェイドに監禁されていないのか。正直、不思議に思ったが、初代国王に匹敵するほどの魔力を持つジェイドだ。ディードリッヒ様とは違う道を辿れるのかもしれない。


 ジェイドの動向を調べているうちに、ジェイドがなぜ、彼女を監禁しなかったのか、分かった。ジェイドはエヴァンジェリン嬢を諦めていなかったのだ。ジェイドは彼女を取り戻すつもりで動いていた。エヴァンジェリン嬢の婚約者はその後、一度変わったが、彼女の婚約はいつも不幸なものだったので、ジェイドの行動は正しいのだろう。この二人は今までとは違い、一緒にならない方が不幸になるのかもしれない。


 結構乱暴な手を使ったが、ようやくジェイドは伴侶を取り戻し、婚約した。消極的な性格は変わらないようで、婚約当初こそ戸惑っていたものの、次第に二人は以前のように睦まじい様子を見せるようになったそうだ。

 ホッとしたのも束の間、イザベラの陰謀のせいでエヴァンジェリン嬢はまた奪われてしまった。


 イザベラはとんでもない化け物になっていた。いつの間にかイザベラはエイベルの息子のキーランと手を組み、自分の地位を確かなものにしていた。キーランとイザベラは従兄妹の関係にあたるし、イザベラの存在はルーク家に利益をもたらす。けれど、イザベラは悪辣な女で、進む道は地獄へと続いている。そんなイザベラと共に進もうとするキーランはとんでもない阿呆だ。呆れてものも言えない。


 王宮の物を着服するくらいであれば、咎めだてするつもりはなかったが、選りにも選ってあの二人は竜木に目を付けた。父や弟と同じ道を歩むなんて、愚かにも程がある。恐らく、私が潰しきれなかったルートをキーランは使っているのだろう。弟が死んだとき、キーランはまだ成人していなかったはずなのだ。いったいどこでそれを見つけたのか。あの時、成人前だからと言って見逃すべきではなかったかもしれない。


 そう簡単に竜木を持ち出せないように、監視者の統制もしたはずなのだが、根が残っていたのだろう。

ただ、呆れたことに――いや、幸いと言った方が良いだろう――キーランもイザベラも竜木の真価を知らなかった。黄金の木だと有難がっているだけだったが、だからと言って許されることではない。今度こそ、闇のルートを潰してやろうと調べている間にジェイドが動いた。まだ若いからか、詰めが甘く、切られた尻尾は捕まえていたが、頭は逃がしたようだった――恐らく、頭はイザベラとキーランではない。真価を知らない人間が、竜木に目をつけるはずはない。


 ジェイドがなにかと動いているようだが、あの子に母親を罰させることなんてさせたくない。伴侶に弱いイギーもイザベラを罰せないだろう。だから、私が、なんとかしよう。また、肉親を殺すことになるが、仕方あるまい。次男のディーンは、キーランと同じ俗物だが、幸い、長男のグリシャはまともなようだから、ルーク公爵家が根絶することもないだろう。


 竜木は危険なものだ。竜木は発見当初の事件以降、一度も使われていないわけではない。人はそこまで強いものではない。よく効く媚薬だと知っていて使わないでいられる人間は少ない。特に、伴侶に愛されない人間にとって、竜木は救いだ。自分を愛してくれない伴侶に使う者も、伴侶ではない人間を抱かせるために使う者もいた。もちろん、使われた者は例外なく、廃人となった。

 そんな危険なものを売りさばいておきながら、知らなかったからで済ませるわけにはいかない。


 イザベラの罪は密輸だけではない。イザベラは自分の気に食わない令嬢や夫人を、人を使って襲わせていた。

 そう、サトゥナー・フォン・クランがエヴァンジェリン嬢を襲ったのはイザベラの指示だ。自分のお気に入りの娘をジェイドに添わせるにはエヴァンジェリン嬢が邪魔だったのだろう。本当に愚かなことだ。自分の詰まらない我儘のために、息子を殺そうとしているのだから。

 イザベラがどうしてこんな愚挙に出たのか、私には理解できないし、あまりのことに身体が震えるほどの怒りを覚えた。気持ちのない人間に無理やり身体を暴かれる恐ろしさを、同じ女性なら理解できないはずがないだろうに。

 イザベラは見境が無かった。気に食わない王国史を献上したテンペス公爵家の令嬢、王妃主催のお茶会を欠席した夫人、王妃を馬鹿にしていた女性の娘を次から次へと襲わせた。その被害者は両手、両足の数を以てしても足りないだろう。令嬢や夫人を狙うのはタブーだ。そうでないと、家の血統が保てなくなるからだ。

 いくら、実行犯(サトゥナー)が浅はかな人間だったとしても、このタブーを破るのは容易なことではない。背後に王妃がいるからこそ、彼らは愚行を続けたのだ。この事件が明るみにでたら、ただでは済まないだろう。それなのに、王妃が憎むべきクラン家の人間を使った理由は一つだ。もし、尻尾を掴まれたら、切り落とし、クラン家を破滅に追いやるためだ。恐らく、王妃(イザベラ)が指示したという証拠は残っていないに違いない。

 父や弟でもあるまいし、なぜイザベラがそこまでクラン家を憎むかは分からない。犯罪者の心理なんて理解できないのだから、考えるだけ無駄だろう。


 私がイザベラの罪を知ったのはここ最近だ。私を利用しようとする者や、ジェイドの動向は報告させていた。けれど、隠居した以上、国政にも、イギーにも関わるつもりがなかったので、必要以上の情報を集めようとしなかったのが裏目に出た。

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