傷物令嬢は不満を感じる
「うん、実に綺麗だ、とっても似合ってる。こんな綺麗な君を今から他の男に見せなきゃいけないかと思うと嫉妬で気が狂いそうになるくらい綺麗だよ、イヴ」
翌日迎えに来たジェイドは大変機嫌良くそう言った。迎えにきたジェイドはいかにも王子様!と言う礼服を着ており、実にかっこいい。
ジェイドは子爵家では手が足りないこともあるだろうと王宮の侍女ーー珍しく私に悪感情を持っていない方たちを選んでくれていたーーを派遣までしてくれた。彼女達はたいへん腕が良く、たしかにとても美しく仕上がっている。
しかし、ジェイドはいつも私のことを『綺麗』とか『美しい』と言うが、正直私はあまりモテないのだ。たしかにエヴァンジェリンは私の目から見ると、輝く様な黄金の髪にアメジストの様な瞳を持つ、けっこうな美少女の様に見えるが、婚約者たちは私を傷つけるだけで大切にしてくれない。サラというヒロインがいるからかもしれないが、それにしてもあんまりだ。
そして、婚約者がいるせいかもしれないが、私に声をかけてくる様な異性もいない。男女ともに招かれるお茶会に行っても、ひそひそと陰口を叩かれるだけでひとりでぽつんとしていることがほとんどだったのだ。
義父は長年の夢だった私のデビュタントのエスコートを殿下に取られてとても残念そうである。こんなに綺麗な娘を自慢したかった、とは義父の言である。親バカ万歳なセリフをありがとう、お義父さま。私もお義父さまと白いドレスでデビューしたかったですとも。
純粋な賞賛のつもりかもしれないが、ジェイドの言葉に少し、いやかなりイラッとする。こちらは初めてのデビュタントの上、こんな掟破りの服で何を言われるかハラハラしているというのに、呑気なこと言いやがって、この野郎、と思わないでもない。はっきり言うとむかつくの一言であるが、それを顔に出さすににっこりと微笑む。もしかしたら、ジェイドの黒い微笑みに匹敵するかもしれないほど、モノを含ませた笑みである。
「ジェイ様、ドレスをありがとうございます。けれども、通常は白が慣例と思うのですが…」
「問題ないよ。だって夜会で婚約者の色を身に纏うのは当然のことだし。デビュタントだって婚約者の色を皆使っているだろう?」
「ええ、皆様、白地に刺繍で婚約者の色を使いますけれど」
「いやだな、イヴ。慣例通り君に白いドレスを身に纏わせた日には、どんな馬鹿が湧いて出るかわからないじゃないか。
もし、君がこのドレス以外を身に纏うなら、誰の目にも触れない様にイヴを僕の部屋に閉じ込めなくてはいけなくなるね」
相変わらず、サイコパスなセリフをサラリと吐くジェイド。私は本当にこんな奴が好きだったのだろうか。なんだか、だんだん冷静になるとあのとき流した涙が勿体無いくらいの気持ちになってくる。
仕方なくその青いドレスのまま、ジェイドのエスコートで王宮へ向かう。ジェイドはとても機嫌が良さそうに、にこにこしている。
「ふふっ、君のエスコートは絶対に僕がするって決めてたんだ。だから今日はすごくうれしい。想像以上に君は綺麗だし…見せびらかした後は僕の部屋に連れて行きたいくらいだよ」
「ご冗談を」
私はにっこりと笑う。今日のデビュタントは、服装に加え、ジェイドのエスコート、サラとの初顔合わせ、異母妹との再会とイベントが目白押しである。正直もう帰りたい……。




