令嬢は街に出かける 5
「ねぇ、誰の姿絵が一番人気なの?」
「さて?どうかな。やっぱり見栄えが良い人のものがよく売れるみたいだよ。ギャレット・ハルトのものなんか売れているんじゃないかな」
「ギャレット様…?」
「ああ、君は知らないかもしれないね。ギャリーは俺同様クライオスに派遣されているけれど、主に王都から遠い南部のスライナト辺境伯で働いているからね」
「なんだか親しそうね?」
「あぁ、お互い遠い土地にいるから、あまり顔を合わせないけれどね。ギャリーは俺の一年先輩だから、幼馴染……いや、腐れ縁かな?
まぁ、そうはいってもギャリーはこの国の神殿で、俺はクライオスの王宮神殿で育ったからあんまり接点は無かったんだけど」
その割には仲が良さそうとは思って首を傾げたが、セオはそのまま言葉を続ける。その目は何故か座っている。
「一時期俺の師匠に師事するためにクライオスに来ていたこともあったから、色々可愛がってもらったよ。……本当に、色々とね」
そう言って笑ったセオの笑顔には何か含みがあった。幼いころからの腐れ縁というだけではない何かがありそうだけれど…あまり突っ込むのはやめておいた方が良いだろう。
けれどギャレットという人物に興味が湧く。幼馴染ということはきっとセオの幼いころの話などたくさん知っているに違いない。セオに聞いても教えてもらえないようなことも、仲良くなれば教えてもらえるかもしれない。
公式にも発表されていないセオの幼いころの話!絶対に聞きたい!コミュ症気味の私がうまく話せるかは不明だけど、一度お話したいものだ。
「どんな方なの?」
「すごい人だよ。病気の治療もできるし、怪我も短い時間で癒せる。恐らく現在のハルトの中では君を除けば一番強い魔力を持っている人だろうね。
俺の二つ上なんだけど、年齢不詳な人でね、大抵の人間が騙される。姿絵が売れてるってことで、分かるだろうけれど、顔は奇麗だよ。うん、そうだね。……本当に見た目だけはいいんだけど……できれば君には彼に近づいて欲しくないね」
「どうして?」
そう問うとセオは思い切り顔を顰めた。そうして大きなため息をつくと憮然とした表情で続けた。
「もっのすっごい女癖が悪いんだ……」
それは同族嫌悪というものだろうか。セオは噂話に疎い私でも――王宮で話す人がそういなかったから――知っているぐらいの名うてのプレイボーイだ。王宮でセオを見かけた時、親しそうな女性が傍にいることは珍しくなかった。
思い返せばセオは『女性を抱くのは好きだが、抱かれるのは好みじゃない』と言っていた。つまり、セオ主導で女性を抱くのは好きなんだろう。昨日の一件にしたって妙に手馴れていた気がする。神殿の規則があるから、王宮内の女性たちとはそういう関係ではないだろうけど、神殿の女性達とは肌を重ねているに違いない――私はその対象ではないみたいだけど――。なんだろう、ムカムカする。いや、この感情は間違いだ。落ち着こう。
そういえばゲームのセオドアも、軟派な性格で色々な女性と浮名を流していたという設定があったなぁ。
しかし、どうしてセオが私にギャレット様に近づいて欲しくないのかはよく分からない――そんなにモテる人なら、私みたいなのは歯牙にもかけないと思うのだが……。
けれど、セオがやめて欲しいというのであれば従うまでだ。そうでないといつまで経ってもセオは私の心配をするだろう。セオが私のことを女性としては見ていなくても、弟子として大事にしてくれているのは分かっている。だからセオの言葉にはきちんと従うつもりだ。
「ギャリーを見つけたらすぐに逃げてほしいから、姿絵を見ておく?」
「ギャレット様の姿絵を持っているの?」
「いや、なんで俺がギャリーの姿絵なんか持ち歩いてると思うの?そんなの、いくら積まれてもごめんだね。姿絵は店舗で見られるようになっているから、見に行く?」
セオはそう言ったが、店の前は行列ができている。あそこに一緒に並ぶということだろうか?それならこっそりとセオの姿絵を買えるかもしれないけれど……。でも、あそこにセオを並ばせるなんて…オオカミの群れに子羊を投げ込むようなものではないだろうか。
「姿絵は確かに気になるけど……結構な行列だし、次の機会にしない?」
セオの提案はありがたいが、オオカミの群れの中にセオを投げ込むのは気が引けるし、何より、私自身もあの中に飛び込むのはごめんだ。私の返事にセオは少し考えるような素振りを見せると護衛さんにアイコンタクトをした。護衛さんはひとつ頷くと店の方へ走って行った。
「シェリーちゃんが興味を持っているなら寄らないなんて選択肢はないね。大丈夫、問題ないよ」
セオの言葉に、残っていたもう一人の護衛さんが頷くと、徐に口を開いた。
「まさか、あちらに並ばれるおつもりだったんですか?
……失礼を承知で申し上げます。先日からおそばにおりましたが、少々軽率なところがお有りの様に見受けられます。御身がどの様な存在か、もう少しお考えになった方が良い。
ハルト様は神に選ばれた特別な……他の有象無象とは比べようもないほどの尊い方なのです」
いきなり、そんな選民思想バリバリの発言が護衛さん――いや、もう護衛騎士でいいや。なんだか敬称をつけたくない――の口から飛び出してびっくりする。いや、クライオスの貴族だって|似た様な考え方《自分たちは特別という考え方》だったし、決しておかしい考え方ではないのだろうけれど、なんだか不快に感じた。『神に選ばれた』とかいうのが気にかかるのだろうか?
確かに就任したばかりな私でもハルトの特権を色々使わせてもらっているから、不快に思うのは何か違うのかもしれないけれど、それでも、彼の言葉はなんだかモヤモヤする。
護衛騎士に何か言うべきかもしれないが、なんて返すのが正解か分からない。思わず掌をギュッと握った時に、先ほどお使いに出た護衛さんが身なりの良い男性と一緒に帰って来た。
「ハルト様、ご来店ありがとうございます。どうぞ、ご案内いたします」
男性はセオに向かって恭しく頭を下げた後に、私にも軽く頭を下げ、別の入り口から店内に案内してくれた。しかも、二階に席を用意され、紅茶まで出てきた。護衛さんたちは部屋の中に入らず、廊下で待機している。
確かに今、優遇してもらえっているし、今までも多分色々と優遇されてきたのだろうから、今更、彼に何を言えば良いというのだろうか。なんだか心に澱の様なものが沈んだ気がする。思わずため息をついたら、セオが紅茶に口をつけた後に、クスリと笑った。
「気にすることはないよ。驚いただろうけれど、俺たちは程度の差こそあれど、あの手のことは思われているからね。奴らの言うことは適当に聞き流して、利用できることは遠慮せず利用したら良い。
神殿側も俺たちのことを適当に利用しているんだから、お互い様だよ」
どこまでもフォローをしてくれるセオをありがたいと思う反面、少し恨めしい。こんなに優しくされてしまったら、惹かれてしまっても仕方がないと思ってしまう。
いや、セオに何度も助けられている――今もセオに救われている――私がこんなことを思うのは烏滸がましいということは分かっている。好きになってくれないなら、優しくしないで欲しいなんて、私のエゴを押しつけているだけだ。
セオはただ純粋に優しい心で私の心配をしてくれて、面倒をみてくれようとしているだけで――そもそも彼に心配をかける私が全面的に悪いのだから。
そんなことを思う暇があるのなら、セオが安心して手を離せる様に……強くなれる様に努力すべきだろう。
「うん、ありがとう」
お礼を言ったらセオは「どういたしまして」と笑った。いつもの様な奇麗な笑顔で、少しだけ……本当にほんの少しだけ、切なく思ってしまった。




