令嬢は町に出かける 1
グルカッタは中々大きい町の様だった。私たちが宿泊している銀の猫亭は特に大きく立派で、表通りに面していた。宿から外に出てぐるりと見まわしてみたが、周囲の屋敷は皆壮麗だ。通りも美しく整備されており、身なりが良い人間ばかりが行き交っている。
宿から城門へ向かっては少し道が広くなっており、色とりどりの露店が並んでいた。
「ここはエルグランドから大神殿に行く時には必ず通る町なんだ。だから、このとおり栄えていてね」
そう言って苦笑した後、セオは身を屈めると、私の耳元でこっそり囁いた。
「そのせいかここの町長は業突く張りで、結構な通行料を取っている」
この国に町長なんて真っ当なものがいるとは思わなかったので、少し驚いたが、この世界で遠方へ素早く情報伝達する方法は風魔法使いの移動魔法か――但し、移動できる距離は使い手によって異なるらしいので、よっぽどの使い手以外はあまり遠いと役に立たないらしい――伝書鳩によるものしかない。だから、何か問題が起こった時、すぐに判断ができる町長や村長は必要だろう。
しかし、セオの言葉に引っかかるものがあった。
「町長なんているのね。でも、通行料って…。大神殿に保護を求めていく人もいるって聞いていたけれど、その人たちはどうするの?」
「あぁ、サリンジャにも町長はいるよ。たいてい執政官が任ぜられる。この町みたいな宿場町は、結構な実入りになるだろうし、懐はかなり潤うだろうね」
「通行料は町長のものになるの?」
「そうらしいね。料金も町長が決められるらしいよ。そのうちのいくらかは大神殿に納めているかもしれないけれど、その辺は俺程度じゃ分からないな。興味もないしね」
セオは城壁を指さして「よくご覧」と言った。セオが指差した方をよく見ると城壁が二重になっていることが分かった。町に入る時はそれどころじゃなかったし、城門で待たされることなく町に入ったから、城壁が二重になっていることは気づかなかった。
この世界では前世と違って魔物や危険な獣が町の外をうろついている。また、危険な夜盗や盗賊などの犯罪者の類も珍しくない。だから、町や村の周りには壁を築き、足を踏み入れる者を制限することで身を守っている。町に入るには通行証と通行料――入町料ともいう――が必要になる。用意の良い人はスムーズに旅をするために前もって通行証を用意している。
町と町は道で繋がれているため、道を歩けば迷うことは無い。何より整備されているので、歩きやすい。しかし、その道も決して安全なわけではない。人が通ることをよく知っているモノ達がいるからだ。それは盗賊であったり、魔獣や獣である。
だからと言って、そんなモノ達を避けるために、街道を避けるのは自殺行為だ。
国や場所によるが、大体において道は山や草原、荒野や湿地など、あらゆる場所に設けられている。そのため、道から少し外れただけで死亡率が一気に跳ね上がる。
道は町と町を繋ぐものなので、基本で町を迂回する道は存在しない。だから、町を迂回して進むのはかなり難しい。町の周りが大きく耕されていれば、畑の端を通らせてもらえるかもしれないが、もしその間に日が暮れてしまうと大変危険だ。閉門後に城壁の外にいることは命に係わる。町には人がたくさんいることを知っているモノが町に入れなかった人間を狙ってやって来ることがあるからだ。
また旅人の所持金目当ての農夫に襲われることも珍しいことではない。
しかも、町を迂回すると、水や食料の補給もできない。だから、旅をする人間は街を迂回することはほとんどない。それは自分の首を絞めることと同義なのだ。
大国であるクライオスには様々な国から旅人がやって来る。遠くから来た旅人に関しては通行証を持っていない者も多い。その場合は町の入り口で申請をすることもできるが、許可が下りるには時間がかかる上――もちろんその間は町に入ることができず、門のはずれにある待合所で待つことになる。下手をすれば、何日もかかる可能性だってある――門番の仕事量も多くなりすぎる。
その問題点を解消するために、近隣の村で通行証を申請することができる様になっている。村に入るには入村料を支払う必要はあるが、通行証を必要としない。なので村に入ってからの立ち居振る舞いなどから村長が総合的に判断して通行証を出してくれるのだ。もちろん、有料で。
旅人が村を訪れることはメリットばかりではない。旅人の来訪は村の臨時収入にはなるが、反面、通行証目当てで村を襲う人間もいる。また、村長がとんでもない人間と手を組んで、良からぬ輩に通行証を出してしまうという欠点もあるが、他に良い案がないため、この方策はいまだに続いている。
それに、村が現金を手にする方法はそう無い。欠点も多いが利点も確かにあるのだ。
宗教国家であるサリンジャもクライオス同様に訪問する人間が多いだろう。なので、恐らくサリンジャもクライオスと同様の方法をとっているのではないだろうか……。サリンジャは思ったよりも、どこか歪なのでもしかしたら、違うかもしれないが。
「この町もそうだけど、サリンジャの町の城壁は二重の作りになっているんだ。内側は参拝客のための町だが、外側は保護を求めて大神殿に向かう流民たちが通るための場所だ。
……彼らが参拝客から盗みを働いたりしない様にするためというのが表立った理由だけど……。
流民たちは、大神殿まで自力で辿り着く必要がある。とはいえ、彼らには財産と呼べるものはないから通行料どころか入国料すら払えない。だから入国時に『入殿のために来た』と一言いえば、特別な通行証を与えられる。その通行証を持っている人間は通行料は必要ないし、町や村では食料や水を貰うことができる。但し、決められた場所以外に立ち入ることはできない。
……そして、そこまで優遇されていても大神殿に辿り着ける人間は一握りほどだ」
セオは途中で言葉を濁した。何か言いたげだったが、すぐに違う方向に話をもっていったので、その後に何と続けるつもりだったかは分からず仕舞だった。恐らくこんな町中で口にするのは憚られることなのだろう。
流民たちのゴールはサリンジャ法国に入国することではなく、大神殿に辿り着くことの様だ。そして恐らく、大神殿に辿り着くまでに多くの流民が命を落とすことになるのだろう。要するに神殿は流民が淘汰されるのを座して待っているのだろう。
まあ、それは仕方がないことなのかもしれない。流民を受け入れ、養うには金がかかる。サリンジャがいくら栄えているからといって流民全員を受け入れることができるはずなどない。
神殿の貯えだって限界があるだろう。古今東西、大量の人間が国境を越えたせいで滅びた国なんて珍しくもない。
何より、神でもない、ただの人間が全ての人間の救済なんてできるはずがない。
そもそもハーヴェー教は救済を掲げているが、無償の救済は掲げていない。要するに、神殿の救済は有料だ。だから流民の受け入れをしていること自体、違和感がある。
穿ちすぎかもしれないが、流民の処遇に関して神殿が裏で後ろ暗いことをしていると言われても納得してしまいそうだ。
「まあ、要するに内壁内には参拝客と国民、それと商人しかいないってこと。でもだからと言って油断はしない様にね」
つまり、この美しい街並みを通ることができる人間はある程度以上の地位や財産を持つ人間だけなのだろう。だから、セオはあまり危険がないと判断して私を連れてきてくれた様だ。




