令嬢と神官 1
馬車に乗った後、セオは私を優しく席に座らせてくれると、私の前の席に座った。私達が席に座るとすぐに馬車は動き出した。そうしたら、ようやくセオに笑顔が戻った。
「ここから少し行ったところに、グルカッタっていう町があってね。結構栄えている町なんだ。そこに懇意の宿屋があるからそこに泊まろうと思う。今から神殿まで戻るのは時間がかかりすぎるからね」
「銀の猫亭?」
「そう、よく聞いていたね。今日はたくさん治癒魔法を使ったから疲れただろう?宿に着いたらゆっくり休んでくれていいからね」
セオに笑顔が戻ってホッとした反面、こんな時でも私に気を遣ってくれるセオに申し訳なくなってしまう。私よりもセオの方が色々と疲れているだろうし、精神的にもダメージがあるだろう。
「ありがとう。でも、私は大丈夫よ。それよりも…セオ、ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「私があまりものを考えなくて危ないところに行って…そのせいであなたを危険な目に遭わせて、しかも家族を疑わせる様なことをさせてしまったから」
私がそう言うとセオは少し悲し気な顔をした後、向かい合わせに座っている私の手を握った。
「俺の方が謝りたいよ。君を危険な場所に連れて行ってしまったからね。俺の家族が君を害そうとするなんて思ってすらみなかった。俺の思慮が足りなかった。ごめん」
「ううん、あなたは何も悪くないわ。私の思慮が足りなくって…」
「いや、よりにもよって俺が君を傷つける様な真似をしてしまった。それだけは、したくなかったのに。本当にすまない。何で詫びたらいいかわからないけれど…」
そう言ってセオは項垂れた。いつも頼れる存在のセオが、私に弱いところを見せてくれている。そんな場合ではないというのに、なんだか嬉しくなってしまった。珍しく見える彼のつむじが可愛くて仕方がなくて、握られていない手で、彼の頭を撫でた。そうしたら、セオがぽつりと溢した。
「シェリーちゃん、俺のことはもう信用できない?」
「まさか!そんなことあるはずがないわ、今回だってあなたが私を助けてくれたじゃない。本当にありがとう。
でも、自分のことをもっと大事にして。私のために自分の身を危険に晒す様な真似はしないで。私のせいであなたに何かあったら…もし、あなたがいなくなったら、私は…」
そう返したらセオは頭を上げて切なげに微笑んだ。今まで見たことのないセオの顔にどきどきしてしまう。そんな場合ではないことはよく分かっているのに、動悸が止まらない。どうしよう、顔が赤くなっているかもしれない。セオに変に思われたらどうしたらいいのか…。
セオはそんな私を見て、更に優しく笑った。心臓が跳ねて口から出るかと思った。推し、尊い。思わず拝みそうになってしまう。いや、そんな場合ではない、にやけそうになる顔を口内を噛んで堪えた。
「俺がしたくてしたことだよ。君を守るのは俺の特権だと思っているから、守るなと言われても困るかな」
「それでも…、危険な真似はしないで欲しいの」
「体が勝手に動いたんだ。この先も君が危険な目にあったら俺は自制できないと思うよ。だから、俺に危険な真似をするなって言うなら、危ない目に遭わない様にしてくれるかい?誰になんと言われても君を守ることだけはやめるつもりもなければ、譲るつもりもない」
セオが顔を上げたから、行き場がなくなっていた私の手を取ると、セオは手の甲に唇を落とした。そうして私の目を真っ直ぐ見つめた。どうあっても譲る気はないという瞳についついため息が溢れてしまう。
「神殿の師弟ってそういうものなの?」
「さあ?どう思う?」
そう言うとセオはとても意地悪そうに微笑んだ。ううぅ、もうさっきからお腹いっぱいだ。何度も何度も繰り返すがセオの顔はとても好みなのだ。そんな場合でないというのに目の前がクラクラする。
「それで?シェリーちゃんも悪いと思っているんだよね?」
セオの言葉に我に返った私は彼の問いに頷く。セオは意地悪そうな顔のままでくすりと笑った。
「それじゃあ、ひとつお願いをしてもいいかな?」
「もちろんよ、何でも言って」
「じゃあ、俺から離れて一人でどこへも行かないこと、良いね?」
予想もつかなかったセオの言葉に思わず黙ってしまう。セオはそんな私の顔を見て、にやにやしながら続ける。
「いつも言っているだろう?男に向かって『何でも』なんて言うなって。ほら、お返事は?」
「ううぅ…、それは、いつまで?」
「さあね?俺が良いって言うまでかな?いつ言うかは君次第だね」
「あのね、セオ。私は一人前になったら、辺境にでも行きたいと思っていてね…」
「うん、君はいつもそう言っているからね、分かっているよ。その時は俺も一緒に行くっていつも言っているだろう?」
その言葉に困ってしまう。恐らく私は神殿が探す『悪魔』だ。それがセオに知られてしまうことは怖いし、なによりもセオを巻き込んでしまうことはもっと恐ろしい。いつか私のことでセオが糾弾されることがあったとしても『何も知らなかった』で済むうちに離れてしまいたいのだ。
何も言えない私を見てセオは苦く笑って手を私の頬に当てる。
「ねぇ、シェリーちゃん、君は俺のことが嫌いかい?」
「感謝こそすれ、私があなたを嫌うはずないじゃない。ただ、私が側に居たらあなたの迷惑になるかもしれないから…、困るの」
「どうして?俺は君にずっと側に居て欲しいと思っている。それなのに君は離れたいって言うのかい?
それは………王太子殿下のせいかな?」
「殿下?どうして殿下がこの話の流れで出てくるの?殿下はもう私の人生に関係のない人だわ。そうじゃなくて…、私の個人的な問題で…」
「ふぅん?まぁ、いいさ。言いたくないことのひとつや二つ、誰にでもあるものだからね。でも『何でも言って』いいんだろう?
もし、どうしても俺から離れたいって言うならもう大丈夫だって俺を納得させてからにしてね」
「もう大丈夫って納得させるって言われても…どうしたら納得するの?」
「はっきり言わせてもらうなら、君は無防備で、隙だらけで、危なっかし過ぎて見ていられやしない。きちんと自衛ができるようになってくれないと無理だね。
とりあえず男に向かって『何でも』なんてことは言わないこと。それから、誰にでもほいほいついて行かないこと」
「一応言っておくけど誰にでも言うわけじゃないわよ?それに今回ついて行ったのだって、セオの家族だと思ったからだし…。初対面の人間やよく知らない人にはついて行かないわ」
「さて、どうかな?君、前科があるだろう?」
「前科って……。そりゃあ、殿下にはつい口を滑らせたことはあるけど、でも…」
「なに?シェリーちゃん、君、まさか殿下にも『何でも言うことを聞く』なんて言ったことがあるのかい?!」




