令嬢は孤児院で過ごす 11
更新遅くて申し訳ありません。
小出し小出しになりますが、更新いたします。一気に更新できなくてすみません。
その後、何分かはその体勢のままぶつぶつ言っていたが、落ち着いたのか立ち上がる。はぁ、と大きくため息をつき、また私の顔を覗き込むと、目の下を診てくれた。あっかんべーの様に下瞼を捲られている感じだ。どうやら先ほどもこれをしたかったのだろう。なんだか自意識過剰だったようで恥ずかしくなる。セオは私の目から手を離して頷いた。
「うん、問題ないね。信じられないな、闇属性を癒した上、大した魔力の消費もないのか…しかもあんな古傷を」
「なんだかおかしなことしたの、私?」
「おかしなことと言うよりも、とんでもないこと、と言いたいかな。
俺たちは確かに治癒魔法を使えるけれど、神じゃない。人なんだ。だからこそ限界がある。
さっきも言ったけれど、普通のハルトなら、属性同士が反発するから、闇属性の人間の治癒はできない。まぁ、とは言っても闇属性の人間なんて光属性よりも稀少だから、知っている人間は少ないけれどね。
…もしかしたらシェリーちゃんは例の件で反発が弱いのかもしれないね」
セオははっきりと口にしないけれど、恐らく光属性と共に四属性を持っていることではないだろうか?そんなところにも恩恵があるとは思っていなかった。さすが転生チートと思わざるをえない。
「けれど、本来は君以外のハルトは闇属性持ちの人間の治癒はできないんだ。
だから、ヴァルには申し訳ないけれど…、治せない人間もいることを伝えるつもりだったんだ。まぁ、ヴァルが助かったから良い結果に終わったけどね」
「じゃあ、セオは治せないことを前提でヴァル君を連れてきていたのね?」
「あぁ、君にも彼にも酷いことだと思ったけれど、それでも彼を一番にしないといけないと思ったんだ」
セオの狙いがよくわからず内心首を傾げる。もし私が誰かに何かを教えるならば、何度か成功させて自信をつけてから、失敗する可能性が高い物事を教えると思うのだ。最初に失敗すると自信を失ってしまう可能性がある。
けれどセオがそういったことを考えずに失敗する例を最初に持ってくるとは考えにくい。
「さっきも言ったけれど、俺にもヴァルの治癒はできなかった。
気をつけないといけないのは、治癒できないからと言って魔力を使ってないというわけではないことだ」
「魔力は消費されているのに、効果が出ないということ?」
「そう、その通り。結果が出ていなくても魔法を使おうとした時点で魔力は使われていると思って欲しい。実際に俺がヴァルを治そうとした時、大量に魔力を消費したんだ。
効果が出ていないからと言って、魔力を使っていないと思ってはいけない。魔法を使おうとした時点で、魔力は消費されていると思ってくれ。いいね?」
そう言いながら、セオは先ほどまでヴァル君が座っていた二人掛けのソファーに座った。そして、私にも座る様に促した。
「大切なことだからよく聞いて欲しい。治癒魔法を行使する時、使う魔力は一定じゃない。
魔力を大量に消費する場合はいくつかある。
まずは、闇属性持ちに治癒魔法をかけようとした時だね。俺の経験上、ヴァルに治癒魔法をかけようとした時が一番魔力を消費したよ。
次に傷の新しさだ。負っている傷が古いものであればあるほど、魔力を使う」
「待って、じゃあセオ、私を治した時多量に魔力を使ったんじゃないの?」
古い傷ほど魔力を使うなら、私の一番古い傷は八年以上前のものだ。結構な魔力を使ったに違いない。私の言葉にセオは「しまった」とでも言う様に顔を顰めた。
「まぁ、そのあたりは気にしなくていいよ。それから治癒する相手の魔力も関係がある。相手の魔力が高ければ高いほど使う魔力は大きくなる。その上で、俺たちの治癒を拒まれてしまったらとんでもない魔力を使う。相手の魔力が自分よりも高くて、更に治癒を拒まれてしまったら、下手をしたら治癒ができない場合もある。もし、戦場に派遣されて合法的に魔法を使える場合でも、相手に拒まれたら治癒をしてはいけない」
「けっこう制約があるのね?」
「そう、治癒魔法っていうものはものすごく繊細なものなんだ。相手の身体に働きかけるものだからね。だから、対象者に触れないと治癒はできない。
後は傷の度合いも関係がある。傷が深ければ深いほど魔力は使う。どれだけ相手が親しい人でも、どれだけ辛くても、明らかに致命傷の人間には魔法をかけてはいけない」
セオの言葉に『トリアージ』という言葉が頭に浮かぶ。魔法がある世界でも助けられない人間がいるというのはなんだか衝撃的だ。あぁ、だからセオはずっと『人間だから限界があるのだ』と言い続けているのだろう。
確かに前世の様に文明があれほど発展した世界でも救えない命はたくさんあったのだ。いくら魔法がある世界でも、救えない命もあるのかもしれない…。
「もしかしたら、助けられる人でも?」
「そうだ、何度も言うけど俺たちは神じゃない。だから、限界がある。それは想像力であり、魔力でもある。
魔力を全部使い切ってしまうことを『魔力欠乏』と一般的に呼ばれるけど、この状態になったら、動けなくなる…眠り続けることになるんだ」
「魔力が回復したら目が覚めるの?」
「いいや、魔力を使い切ってしまうと、もう目覚めない」
「魔力が回復したら、起きるんじゃないの?」
セオはちょっと考える様な仕草をしたが、すぐに話し始める。
「体内に炉があると思って欲しい。火が燃えて、炉が動いている間は問題ない。火を消さないためには燃料がいる。この燃料が魔力だと思って欲しい。火はなんだろうな…、はっきりこれとは思いつかないな。
少しでも燃料が残っていれば火は燃え続ける。燃えている間に食べたり寝たりすると燃料は回復する。だから燃料がある間は問題ない。問題は燃料が全くなくなってしまった場合だ。その場合はもちろん火は消えてしまう。そして火が消えたら自力ではつけられない。意識は無くなる。死ぬわけじゃない、ただ眠り続ける」
「助ける方法はあるの?」
「ある。他の人間が炉に火を入れてあげると良い」
「それは簡単にできるの?」
「それがそうでもない。魔力を渡すだけなら問題ない。だけど、一度消えた火を再度灯すためにはとんでもない魔力が必要になるんだ。基本的には相手の魔力の5倍以上の魔力量が必要だと言われている」
「つまり、相手のMAXの魔力が百であれば五百の魔力量が必要になるってことね?」
「物分かりがいいね、そう、その通り。しかも君の例で言うと、一気に五百入れる必要がある。蓄積はできないから、日にちを分けてもダメだ。
けれど渡しすぎても足りなさすぎても問題なんだ。渡しすぎると相手の炉が破壊されてしまうし、足りなければ火はつかない。どのくらい渡さなければならないかの見極めには修練が必要になる。相手の魔力量をしっかり見極められる様にならないと治療は無理だね。
何より問題なのは治癒する時にきちんと防御しないと、相手から無理矢理魔力を奪われることになる。だから、君はまだ手を出してはだめだ」
セオの滅多にない真面目な顔に私はしっかりと頷く。そうしたらセオは隣に座っている私の手をぎゅっと握って、また口を開いた。
「一番気をつけないといけないのは、君のことなんだ。君が魔力欠乏になったら、起こせる人間は誰もいない。決して魔力を使いすぎてはいけない」
セオのものすごく心配そうな瞳を見て気づいた。そうか、失敗すること前提なのに、ヴァル君を一番最初に治癒させようとしたのは、魔力欠乏を心配したからなのだろう。どこまでも私を心配してくれるセオが有り難くて仕方がない。
ありがとうと言うとセオは少しだけ表情を和らげる。私はまっすぐセオの目を見て頷いた後に、質問する。
「魔力欠乏になったらどんな症状が出るの?」
「眩暈や吐き気、手が震えたり指先が冷たくなったりするね。後は目の下が白くなる。
まぁ、今あげたのはほんの一例だからね、他にも何か不調を感じたらその日は魔法を使ってはいけない。ともかく自分の身体を一番に考えること。いいね?」




