令嬢は孤児院で過ごす 1
それから馬車は走り続け、夕方頃にようやく目的地に着いた。エスコートしてもらって降りた先には豪華ではないが、しっかりとした大きな建物があった。建物の周りにはしっかりと塀が建てられており、大きめの庭があった。なんとなく学校の運動場の様である。庭には結構大きな材木が塀に立てかけられていた。建物からは賑やかな子供の声が響いている。
それなのに、建物からそんなに離れていない場所に材木があるのは危ない様な気もしたが、何か事情があるのかもしれない。
「ここは?」
「あぁ、孤児院だよ」
「孤児院…?神殿には四位で子供を保護してるんじゃないの?」
セオの声が遠かったので振り向いたらセオは連れ立ってきたもう一台の馬車から色々な荷物を降ろしていた。急いでセオの元へ行き、荷下ろしを手伝おうとしたが、セオと護衛の方々からはやんわりと断られた。
「シェリーちゃんに荷物を持たせるわけにはいかないよ」
「我々が持ちますので、どうぞお気になさらず」
何にもできないことに少し寂しい、そんな風に思っていたら、それを察したのか、セオはクスリと笑うと「それじゃあこれね」と言ってひと抱えほどあるクマのぬいぐるみを渡してくれた。品が良いものなのだろう、たいへんふかふかだ。
「クマが好きなんだ?それともぬいぐるみかな?すごい笑顔だよ、シェリーちゃん」
顔に出ていると聞いてびっくりした。お妃教育で表情が顔に出ない様に躾けられていたはずなのに。にやついていたのかと思うと恥ずかしくなって俯いてしまった。
「ははは、欲しいなら今度買ってあげようか、ぬいぐるみ」
「ううん、大丈夫。せっかくもらっても置くところないもの」
「そうかい?でも確かに俺もシェリーちゃんにはぬいぐるみよりももっと違うもの買ってあげたいな。指輪だけじゃなくて、ドレスとかアクセサリーとかね」
「セオからはもうたくさん貰ってるから、これ以上は貰えないわ」
「欲がないよねぇ、シェリーちゃんは…。最低でも指輪だけは買うからね」
セオが笑いながら孤児院に足を向けると、護衛さん達もなぜか満面の笑みでセオに続いた。なんでだろうか、護衛さん達から、微笑ましいものを見るような目で見られた気がする…。そんなに変な顔してたかしら?と思うと恥ずかしくて仕方がない。落ち着くために深呼吸を何度かしている間に、セオも護衛さんも建物の入り口にいたので、急いで彼らの後を追った。
孤児院に足を踏み入れたら、もうすでにセオは子供達に囲まれていた。
「セオドア様だー!」
「最近来てくれなくて、寂しかったです」
「僕ね、僕ね、文字が書けるようになったんだよ」
「お土産なに?」
子供たちは興奮して口々にセオに話しかけていたので、びっくりするくらいの音量になっていた。建物に入ってすぐのところで見ていたら、何人かの子供が私の元へ走ってきて大きな声を出した。
「うわー、おひめさまだ、セオドアさま、おひめさまを連れて帰ってきてくれたの?」
「すごーい、きれーい!セオドア様のお嫁さん?」
「えー、無理だよ、セオドア様は、はると様だけど、お姫様と結婚するのは王子様なんだよ」
やってきた女の子たちは五人で、みな黒髪の女の子だった。五〜八才くらいの女の子が三人と、十代前半くらいの女の子が二人だ。子供たちは私の周りで楽しそうに騒いでいる。私は一番小さな女の子に目を合わせるためにしゃがんで、彼女たちに笑いかけた。
「はじめまして。エヴァンジェリンって言うのよ。仲良くしてね」
子供たちは清潔な衣服を着ており、ほっぺもふくふくで、健康そうだ。黒髪、黒目で、褐色の肌をしている。黒髪で黒い目、褐色の肌、と言うと隣国のハルペー帝国の人間の特徴だ。
「エヴァ…ジェ?」
私の名前が長くて覚えられなかったのか、それとも発音が難しかったのか子供たちは困っていた。一生懸命呼ぼうとする姿が可愛くて、微笑ましかったので、声をかけた。
「エヴァって呼んでくれる?」
「エヴァちゃん、エヴァちゃんすごくきれーい」
「エヴァちゃんっておひめさま?」
どうやら、彼女たちにとっては私はお姫様の様に見えるらしい。まだどこか貴族然としているのだろう。子供たちに「お姫様じゃないよ」と返すが、興奮のあまり聞いていない様だ。そんな中、集まった子供たちの中で一番背が高い女の子が嬉しそうに聞いてきた。
「違うよね、セオドア様のお嫁さんになるんだよね?」
自信に満ちた感じで言ってきた女の子は十代半ばくらいで、ちょっと勝ち気な様子だ。他の女の子たちにくらべて肌の色が薄い。その女の子に他の子たちが反論する。
「えー、違うよ。セオドア様はオーリャお姉ちゃんと結婚するんだよ!」
「エヴァちゃんはお姫様だから王子様と結婚するんだよね?」
オーリャ?新しく出てきた名前に内心首を傾げるとぱたぱたと足音がして扉の奥から一人の少女が飛び出してきた。私と同じ年くらいだろうか?やはり、黒髪で褐色の肌の少女だ。緩いおさげをしていて、目はくりくりと丸い。美人と言うより可愛いタイプだ。
「セオドア様、おかえりなさい」
「やあ、オーリャ、ただいま。元気にしてたかい?」
そう言ったセオは私が今まで見たことのない笑顔を顔に浮かべていた。とても優しい笑顔だった。笑顔を向けられた少女は、走ってきた勢いのまま、セオに抱きついた。
周りの子供達が「きゃーっ」「らぶらぶだー」と黄色い悲鳴をあげている。おませさんが多いなぁと思いつつ、セオが誰かを呼び捨てにするのは初めて聞いたな、ともぼんやり思った。
「オーリャ、もう子供じゃないんだから、そう簡単に男に抱きついちゃ駄目だよ」
「セオドア様にだけですよ。だってわたしはセオドア様のものですから」
「仕方がない子だね、可愛いオーリャ。
だけど俺がそんな冗談を嫌いなことは知っているだろう?俺はここの子たちは家族だと思ってるんだから」
なんだか『わたしはあなたのもの』とか言ってた様な気がするし、セオも『可愛いオーリャ』とか言ってるけど、どういう関係だろうか。
オーリャさんはセオに抱きついたまま、彼の顔を熱い目で見ていた。その顔は上気していて同じ女性の私から見ても初々しくて可愛らしかった。間違いなくオーリャさんはセオが好きなのだろう。
けれども、彼は神殿の二位以上でないと結婚できない。オーリャさんが見た目通り、ハルペーの民であれば彼女とセオはこれ以上の関係には発展しないだろう。セオはどう思っているのだろうか、彼の顔を見たけれどずっと私が見たことのない笑顔を浮かべたままだったから、彼の真意はわからなかった。




