王太子は影と話す 2
「若様のためなら、あんたにいくらでも協力してやる。けれど、ジジィの言った条件は守ってくれ。オレではとうていジジィには敵わなねぇ。
目的が達成できたら、オレは若様のところに戻るつもりでいる。オレの主人は若様だけだ。だからあんたの前では面はとるつもりはない」
「面を取る…?」
「あぁ、オレたちの一族は秘密を隠し持つ一族だ。影に生きる人間は多かれ少なかれ皆そうだが、うちの一族は更に闇深い。どういう意味なのかは勘弁してくれ。
オレたちは身元をばらしたくない。だから、面をつけて生きる。一族以外に素顔を晒すのは唯一、主人だけだ。
そうそう、フォックスという名は一族における役職みたいなもんだ。一族から離れた今、その名は名乗れない。だから、オレのことはエンデとでも呼んでくれ」
「それが君の本名か?」
僕の言葉にエンデは肩をすくめるそぶりをするだけだった。恐らく違うのだろう。
「さて、オレはあんたの部屋の屋根裏にでも隠れておくことにする。こういう職業だからな、隠れることには慣れてるが、ジジィが言っていた様に半人前だ。出来るだけ、達人と言われる人間を部屋に呼ぶのはやめてくれ。事前に言ってくれれば、どこぞに行っておくさ。けれどもし、どうしても急に部屋に入れることがあるなら、部屋に入る前に踵を二回床に打ちつけてくれ」
そう言うなり、エンデはこちらに背を向けた。そしてすぐにひょろりと背が高く目立つはずの彼の姿はかき消えた。まだまだ聞きたいことが多くあるので、僕は焦った。
「待ってくれ。もう話を切り上げるつもりか?まだ聞きたいことがある。長が言っていた様に、王家の闇についても、長の真意についても」
「あぁ?王家の闇については、あんたはあまり聞かないほうがいい。引き摺られるぞ」
「それでも知りたい。先祖たちが何をして、どこまで許されるのか、僕は知っておきたい」
「何をどこまで許されるか?それなら歴史を紐解かなくても構わないだろう、オレが教えてやる。あんたが力のある王である限り、許されないことはないさ」
その回答は僕の欲しいものではない。僕が知りたいのはより良くイヴを僕のものにする方法だ。長から鳥籠の存在やそれを使った祖父の話を聞いた。けれども、もっと良い方法があるかもしれない。少ない選択肢よりも、全てを知った上で、最良のものを選びたい。
「ははは、気にいらねぇって顔だな。けれど事実だ。あんたはその気になればこの国を滅ぼすことだってできるんだ。できないことはないはずだ。
よく言うだろ『一人殺せば殺人者、百人殺せば英雄、世界中の全ての人間を殺せれば神になれる』ってな。あんたはその気になれば、一人でこの世界の人間全てを殺せるだろ。だから、できないことなんて何もない。そうだろ?誰があんたを止められる?あんたはその力を振るいさえすればどんな願いでも叶えられるさ。
まぁ、それによって失うものもたくさんあるだろうけどな」
「それでも僕は知りたい。僕の先祖が何をしたかを」
「あんたは贖罪のために先祖が犯した罪を知りたいわけじゃない。どこまでが許されるものか、知りたいだけだろう?やめておけ」
「長は、君から聞けと言っていた。聞いても問題はないと思うんだが?」
「それこそ、ジジィのしたいことだとオレは思っている…だからこそ忠告しておいてやる。やめておけ、ってな」
「答え合わせの時間かい?」
エンデの姿は消えたままだ。声だけ上から降ってくる。僕は顔を天井に向けたまま、エンデと会話を続ける。まだ聞きたいこともたくさんあるし、彼との会話を終わらせたくなかったから話しかけ続けた。けれども周りから見たらきっとおかしな風景だろう。気が狂ったと思われるかもしれない
「あぁ、ちょうど良いだろう。教えてやる。あくまでオレの考えだけどな。
……多分、ジジィは神を召喚したいんだ」
「ハーヴェーかい?」
「いや、ハーヴェーなんて神は存在するはずない。そんな都合のいいものなんかいないことなんてオレたちは知ってる。そんなものがいるなら世の中、こんなに生き辛いはずないだろ。あんただって思わないか?神がいるならこの世がこんなに無慈悲なはずがないって」
「確かにね、彼らの言う神の力である光属性の魔法は個人の資質に過ぎないとするなら、確かにハーヴェーはいないかもしれないね。彼が僕たちにしてくれたことは、オーガスト・クライオスとして生まれたことくらいかな?」
「ははは、一つだけ教えてやろう。オーガストは義憤に駆られたわけでも、人類を救済したかったわけでもない。あいつは、自分の欲を満たすためだけにこの国を建立したんだ」
「彼の目的はなんだったんだ?」
「さてな。これ以上は知らない方がいい。今のあんたが知ったらきっと帰ってこれなくなる」
「君はずっとそればかりだね」
僕は大きくため息をついた。なんだかのらりくらりとかわされている。簡単にあしらわれている様な気がして、面白くない。声からして、エンデは恐らく同年代の人間だ。それなのに彼は僕よりも博識で、自信に満ちていた。さすが、あの長の孫息子だ。
「ジジィが呼び寄せたいのはきっと異郷の神だ。さっきジジィが言っていただろう。恐らくジジィはクラリスちゃんという名の神を呼びたいんだ。あの教義をもっと知りたいとつねづね言っているからな」
「なんでそう思ったんだい?」
「さっき、言っただろう?ジジィは兄弟同士で殺し合わせようとしたってな。クラリスちゃんの経典の一番最初の殺人はなんだと言っていた?」
「兄弟間の、諍い…」
「わかったか?クラリスちゃんの経典で神に罰されたとか、祝福を受けたこととかをその手で再現してるんじゃねぇのか?」
「それは問題なんじゃないのか?長を身近に置いているアスランに危険はないのか?」
「まぁ、問題ないだろ。お前もジジィもなんでハーヴェーがいないのに、他の神は存在すると思うんだか。神なんて都合の良いものなんていやしねぇ。人間が作った都合のいい金集めの方法が神なんじゃねぇかとオレは思ってるけどな。
若様に関しても問題ないだろ、ジジィはこれでもかってくらいクラン家に恩義を感じていやがる。だから、自分のライフワークにあの家を巻き込むことはないだろう。どちらかってぇとあんたの方が危ないとオレは思うけどな。オレを含めた一族を敵に回したくなければ、若様をぞんざいに扱うな」
急にこちらに威圧をかけてくる男が急に年相応に思えて僕はおかしくなる。あぁ、バカだな、そんなに必死になって牙を剥いてはいけないのに。言葉だけでも充分わかっているのだから、子供を守る親の様にそこまで必死になってはいけない。自分の弱点を晒すだけになる。君たちに一矢報いるためには、差し違えるつもりでアスランを害すればいいことがわかってしまう。
ここまで考えて、唐突に理解した。なぜエンデが先程、質として面を預けたか。そしてここまでアスランを心酔しているエンデが僕の元へやって来たのかを。僕を見張るつもりなんだろう。万一僕がアスランを害することがない様に。アスランを害するつもりはないが、イヴを手に入れる邪魔をするなら、彼にも消えてもらわなければならないだろう。
あぁ、だからエンデもまた、僕の真の味方にはなり得ないのだ。




