王太子は影と話す 1
少しだけアップします。続きは近日中にアップします
先生が帰った後、そこには僕とフォックスだけが残った。さて、どう話を運ぶべきだろうか?彼が何を思い、どうしてイヴと僕の後押しをしようとしているのかを知りたい。それに、長が言っていた王家の記録とやらも興味がある。
どう切り出すべきか考えながら彼を見ていると、フォックスは不思議な面を外すと僕に向かって投げてきた。いきなりのことに驚いたものの、とりあえず飛んできた面をキャッチした。
ひゅーと口笛を吹くとフォックスはぱちぱちと手を叩きながら「ナイス」と口にした。どんな顔をしてこんなことをしたのかと思って顔を見て、驚いた。面を放ってきたのに、その顔にはまだ面があった。その面は僕の手にある、どことなくユーモアな面ではなく、どこにでもある一般的な目を覆う様な白い面だった。
「すげぇ反射神経。けど減点な、その面に毒でも塗ってあったらどうなる?」
「毒にはある程度耐性がある。もし万が一があっても王宮神殿にはハルトが待機しているから問題ない」
「ふぅん…。けど気をつけたほうが良いぜ。今の王宮神殿はバーバラ・ハルトさましかいないぜ?毒抜きが得意なのはセオドア・ハルトさまの方だ。バーバラ・ハルトさまは美容の方に特化している方で、治癒はほどほどの腕だ。まぁ、それでもそこらの人間よりは魔力は高いんだけどな。けれどハルトさまの中では格段に弱い。あんたの立場なら、周りの状況の把握は必要だぜ?」
ぞんざいな口調で僕に忠告をしてくる男を繁々と見詰める。面を被っているため、その表情は読めない。飄々としている態度は長と一脈通じるものがある様な気がした。けれど、フォックスの方がより近くに立ってくれている様な気がした。そのせいか、彼の口調や態度は不快と思わなかった。むしろ好ましく思えた。だからこそ『減点』という言葉が気になった。
「肝に銘じるよ。それで、この面はどういう意味かな?」
僕はそう言って今受け取った面を彼に見せつける様に持ち上げた。
「どういう意味も何もオレはあのジジィの身内で、違う派閥にいた人間だ。あんたを裏切らない様に預けとく。それはオレにとって三番目に大切なものだ。その面はオレの立場を証明してくれるものだからな」
「必要ないよ、君のことも長のことも信用している。君の大切なものなら、君が持っておくべきだろう」
「それが王家の人間としての発言なら満点だが、あのジジィの弟子としてなら落第だな。良いから預かっておけよ。オレがあんたに不都合なことしたら好きにしてもらって構わない」
そう言った後に少し間を置いて、吐き捨てる様に続けた。なんとなくだが、フォックスは長を嫌っているのではないかと思った。それほど、長を評する言葉は冷たかった。
「あのジジィを信用しすぎるなよ、あれは地獄みたいなもんだ」
フォックスは、はっ、と吐き捨てる様に笑った後にとんでもないことを続けた。長は束の間ではあるけれど僕の先生と思っている。長のおかげで僕はイヴを諦めずに済んだのだ。感謝してもしきれない程の恩がある。フォックスが言うことは、あまり飲み込めない。
「たったあれだけの時間で丸め込まれるのか…。迷える羊が弱いのか、ジジィがすごいのか。
ただひとつだけ教えておいてやる。ジジィは自分の興味で、兄弟で殺し合いをさせる様な男だ。気をつけろよ、地獄を覗き込みすぎると引き摺られて帰ってこれなくなるぜ?」
フォックスの口から飛び出た言葉に少し驚いたが、長ほどの人間がそんなことを無意味にするとは僕には思えなかった。
「なぜ、長はそんなことをしたと君は思ってるんだ?」
「さてな、自分で考えてみろよ。あとで答え合わせしてやるさ。最初から答えを教えてもらったら、自分で考えなくなるだろう?頭は使わないとどんどん悪くなるもんだ。
それよりも他に聞きたいことはないのか?」
なんだかはぐらされた様な気がしたが、あまりしつこく言いすぎて更に減点されることは避けたかった。先ほどから彼にはダメ出しをされ続けている。それに他にも彼には聞きたいことがある。長の行動原理は後で教えてくれると彼は言っているので、僕なりの答えを用意した上で、後から答え合わせしてもらおうと思った。何より、長の行動原理なんて、今の僕にとって重要なことではない。
「じゃあ、今一番気になっていることを聞こう。なぜ、君は僕に味方してくれるんだい?」
「簡単なことだろ、クラン家の繁栄だよ。若様が幸せに生きること、それがオレの望みだ」
「へぇ?」
「意外か?主家が栄えることを望まない臣下がいるはずないだろ」
「なんとなく意外な気がしただけさ。でもアスランが手下の者に慕われているのは良いことだとは思うよ。
けれど、クラン家の繁栄なら僕に付く必要はどこにあるのかな?」
「そりゃあ、クラン家が持ち直すにはあんたの支援が必要だからに決まってるだろう。なんで姫さまだけ逃げるつもりなのかわかんねぇ。貴族の娘は恵まれて育った分、好きな相手に嫁げねぇのは当然だ。あんたに嫁いで実家に便宜を計ってもらわないといけないだろう。若様お一人で苦労しろって薄情すぎだ」
彼の言い分は僕にとって都合の良いものであったが、イヴを悪く言う様な口調に少しイラッとした。彼の口調や態度よりもイヴを悪く言う態度が気に入らなかった。
「あんた、よくもまぁ今まで大きな失敗をしなかったもんだな。ルークの庇護があったからか?口もだが、顔にも色々と出るもんだ。今俺のこと頭にきてるだろ?」
図星をつかれて驚く。僕は今まで、優秀な王子だと言われてきていた。けれど、それは僕の成果ではなく、母のーーひいてはルーク家の成果だったと言われて頭が真っ白になった。人は一人では生きていけない、それはよく聞く話だ。けれどもこれほどその言葉を感じた時は今までなかった。なんだか自分が情けなくて、悔しくて無性に泣きたくて仕方がなかった。
そんな僕の心情に気づいたのか否かわからないが、飄々とフォックスは告げてきた。
「それにしても、オレの態度や言葉遣いに対してでなく、姫さまに対しての不満を不快に思うのか。あんた、本当に好きなんだな。いくら綺麗でもあんな薄情な女がそれほど好きなのか?
こんなに慕っているあんたや、あんなに心配している若様を置いて自分だけ逃げる様な女だぜ?」
「当然の帰結だよ。僕が全て悪い、彼女が、イヴが僕の元から逃げたくなるのは当然だよ。公爵家に帰らなかったのは、僕から逃げるためで、彼女の責任じゃない」
「だから、なんであんたから逃げるんだ?もし、あの時万一のことがあってもあんたなら姫さまを糾弾したり婚約を解消したりしなかっただろう?なのに、なんで勝手に婚約解消して、公爵家にも帰らないとか言うんだ?
若様がどれだけ姫さまのことを思っていたか、分かるか?あの方は愚鈍な当主のせいで隣国に留学という名目で家を追われたんだ。あの方は、使用人の一人もつけられず、仕送りもなかった。姫さまと違って庇護者もいなかった。若さまはまだ11歳だったんだ。それでもご自分が捨てられたことは理解していたらしい。だからもうこの国に帰ってこなくてもよかったのに、姫さまが心配でいつか迎えに行くつもりで、必死に努力したんだ。金がないから庶民に混じって働いて、食うものも切り詰めて、それでも必死に勉強したんだ。自力で隣国の男爵位すら取ったんだ。
それだけ辛い思いをして、努力したのに、姫さまは逃げていったんだ。自分は子爵家の庇護の下、食うに困る生活をしてたわけでもなくのうのうと生きてきたんだぜ?なんで今更逃げるんだよ」
先ほどまでの余裕な態度はどこへやら、ちっと舌打ちをした後で、いらいらしながらフォックスは続けた。彼はアスランに心酔しており、その思いは本物の様だった。だから、イヴの魅力に惑わされない人間として側に置いて問題ないだろう。
けれどフォックスの言葉に安堵した。何も不都合なことなどない。僕と彼の利害は一致している。
僕はイヴが欲しくて、アスランを取り立てるつもりがある。フォックスはアスランがきちんと評価されて取り立てられれば満足なのだ。
「では、僕たちは手を組めそうだね、よろしく、フォックス」
僕が差し出した手の掌をフォックスは軽くぱちんと叩いた。握手をするつもりはないが、拒絶するつもりもない様だった。




