不思議な記憶
「予知夢を見たって話はよく聞くけど、現実で未来を見ることなんて、あるんだろうか?」
素朴な疑問を呟きながら、窓から見える風景に視線を動かす。
視線の先には、中世の西洋をイメージするような石造りの家が建ち並び、カラフルな色を身体に持つ人や獣人達が、舗装された道を楽しそうに喋りながら歩いている。
この国でもっとも大きな街であるからか人も多く、街全体に活気があるように思える。
街の中心には、住人達の時計代わりになる鐘を鳴らすための高い塔が見える。
「ここはかなり広い街なので、迷ったらとりあえず、あの高い塔を目指せばいいですよ」とアイネスにも言われた、目印代わりにとても重宝する建物だ。
ここが街の東にある商業地区だから、あっちの北側にある平民地区に俺の家があるんだよな。
えーと、それと南側が貴族街になってるんだっけ?
うざいヴァルディア家もそっちに住んでるから、あっち側には絶対行くなとアイネスも言ってたよな。
西側には精肉工場や製紙工場とかの工場地区があるはずなんだが、探索者ギルドや教会とかの大きな建物が死角になってよく見えない。
「やっぱり、この部屋だよな。この風景には見覚えがあるし……」
昨晩ヨウコさんと出会った時に、保留にしていた疑問が今更ながら気にかかり、朝早くから迷宮にもいかず、この街で最初に目覚めた部屋に足を運んだ。
どうしても納得いかないことがあったので、確認のためにアイネスにはアカネとアズーラと一緒に、国民ギルドへ行ってもらったが……。
「やっぱりアレは、夢じゃなかったのか?」
自分の手の平を眺めた後、頬を擦る。
思い出すのはアイネスによく似た、えらく大人びた兎人に膝枕をされた時の感触。
それと今から数年後のできごとのような、成長した女性達。
あれから20日近く経つが、未だにあの時の記憶がはっきりと残っている。
その記憶の残り方は、夢を見た時のようなあやふやな感じではなく、まるでそれが現実にあったかのような感覚だ。
窓枠に手を置き、慣れ親しみだした風景を眺める。
迷宮都市でもあり、城塞都市でもあるこの街は、外からの襲撃に備えて強固な守りを築いている。
街を眺めても、やはり目につくのは街の周辺をぐるりと囲む、高くそびえ建つ巨大な壁。
自分がいた世界にいるライオンみたいな、凶暴な魔物が当然のように周辺をうろつくこの世界では、この程度の街の造りはあたり前のことなのだろう。
竜とかもいるくらいだしね。
街の周辺も城壁だけでなく、とても人が登れそうにない深い堀を作り、外からは跳ね橋を渡ってしか入れないようになっているらしい。
竜とか巨体を持つ魔物が街に突撃して来ても、身体がすっぽりと入るくらいの堀に落ちるらしいので、よっぽど大きな堀なのだろう。
例え魔物が堀に落ちたとしても、堀の底には複数の穴が空いていて、それが迷宮につながってるから問題ないとか言ってたな。
魔物達は自分の実力に合った迷宮に通じる穴を選んで、勝手に入って行くらしいからね。
ホントよくできてるよねー。
ここからだと全体像はよく見えないが、街の東南には分厚い壁に囲まれた城があり、そこには国の王様とか俺には縁の無い人達がいるみたいだな。
アイネスの会話によくでる姫様とやらも、たぶんその城にいるんだろう。
国のお姫様とかは、ちょっと見てみたい気はしなくもないが……。
以前アイネスに教えてもらったことを思い出しながら、『現実逃避』をして外を眺めてると、巫女服の袖を誰かに引っ張られる。
「かいしょうなし! かいしょうなし! あいあいあー!」
「分かってるよ、もうちょい待ってくれ」
白ラウネを齧りながら、隣にいるエルレイナが不満そうな表情で俺を睨む。
たぶん迷宮にも行かずに、こんな所で油を売ってるのが気に入らないんだろう。
野獣姫にとっては、甲斐性無しの悩みなんてどうでもいいことだろうからね。
「あまりにもよくできた夢を見たのが引っ掛かって、あの時に皆を買うことに決めたと言っても、絶対に誰も信じてくれないよな……」
その事がなかったら、5人全員をいきなり買おうなんて思わなかったしね。
でも、最近はあの夢とつながりがありそうな事ばかりが、周りに起こってるんだよな。
「不思議だよねー?」
「あいあいあ?」
俺の言ってる意味が分からなかったのか、エルレイナが白ラウネを齧りながら首を傾げる。
それでも俺の話を聞こうという意思はあるのか、大きな狐耳をしっかりと立ててこっちに向けてるのが、ちょっと可愛らしい。
「アイネスに同じ事を言っても、たぶん『寝言は寝てから言って下さい』とか言うんだろうな」
「あいあいあ?」
エルレイナが再び、可愛らしく首を傾げる。
現実主義の毒舌う詐欺娘に返答される場面を想像して、思わず苦笑してしまった。
「どうせ私のことは、オッパイで選んだんでしょ?」とか言われても、即座に否定できない部分もあるし。
高い買い物だったんだから、多少の下心は大事でありますよ!
『ハヤト様……』
いつも通りの会話にならない会話をエルレイナとしてると、黒猫娘が部屋の中に入ってきた。
顔を覆う目出し帽を外して、アクゥアが申し訳なさそうな表情で俺を見る。
『周辺を念入りに調べてみましたが、やはり人が住んでたような形跡はありません。ここはやっぱり、空き家のようです』
* * *
「解せぬ……」
「まだ悩んでるのですか? 国民ギルドで確認しても、予想通り空き家だと言われましたし、やっぱり旦那様の記憶違いではないのですか?」
アクゥアがあの家を調べている間に、国民ギルドで調べてきてくれたアイネスの答えがコレである。
しかも、最近空き家になったわけではなく、数年近く誰も住んでないらしい。
「まるで俺が、幻を見たみたいじゃないか」
「だから、最初からそう言ってますよ。その猫人というのも、見間違いではないのですか?」
不満気な表情で隣を見ると、兎娘に溜め息で返された。
俺の記憶が正しければ、確かにあの時は猫耳の少女がいた。
背丈もアクゥアくらいの大きさで目は青色だったが、黒い猫耳を激しく動してたのを見て、とても和んだ記憶がある。
それだけは、妙にはっきりと覚えている。
でも、アイネスが言うように、以前の記憶を思い出しながら今朝もう一度同じ場所に行ってみれば、そこはただの空き家だった。
思い起こせばあの時の猫耳少女は、「部屋の掃除をしたいから出てけ!」と言ってただけで、そこが宿屋だとは一言も言ってない。
受付前を通る時も人がおらず、昼過ぎだから客もとっくに出て行ったと思って、あそこは宿屋だと俺が勝手に思い込んでただけだ。
異世界に飛ばされたという衝撃にすごく動揺していて、周りの状況をよく確認してなかったから、受付に帳簿があったかとか、その家に宿屋の看板があったかどうかも確認していない。
そもそもよくよく考えたら、俺は宿泊費も払っていない。
今更ながら冷静に考えてみても、おかしなことだらけである。
あの日のことを詳しくアイネス達に説明すればするほど、皆の頭の上にクエスチョンマークがでるのは当然のことだろう。
「旦那様はあまり記憶力がよろしくないので、泊まった場所を勘違いなされてるのではないのですか?」
「そうなのかなー?」
「ブリン! ブリン! あいあいあー!」
不思議な出来事に頭を悩ませていると、野獣姫が突然に奇声をあげた。
5階層を移動していたので、いつものように大勢のゴブリン達が餌場を求めて、戦争をしている光景が目に入る。
無双アイテムであるゴブリン亜種のミイラ首を、エルレイナが背負い袋から取り出した。
百匹近くいるゴブリンの大軍に、野獣姫がたった1人で突撃を仕掛ける。
「グギャギャギャギャァアアアアア!」
エルレイナの参戦をきっかけに、迷宮内が阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
恐怖に怯えて逃げ回る大人ゴブリン達と、無双アイテムを持って、その後を楽しそうに追いかける野獣姫。
こうかはばつぐんだ!
「あいあいあー! あいあいあー!」
「ガハハハハ! 貴様ら全員、生首人形に変えてやるわ!」とでも言ってるのか、本日も悪魔小狐閣下は平常運転のようだ。
ミイラ首とシミターを振り回して、「よいではないか、よいではないか」と、悪代官のような笑顔で大人ゴブリン達を追いかけ回している。
1日1日を全力で楽しんでいるエルレイナを見ていると、ホントに些細な事がどうでも良くなるよね。
あ~れ~!
閣下、お戯れを!
パニック状態になったゴブリンが時々こっちにやって来るが、アクゥア先生やアズーラが闘牛術で蹴り飛ばしたりして露払いをしてくれるので、特にこちらへの危険はない。
「ハヤト殿! ヨウコ殿の話をして下さいであります!」
「えー。また?」
興奮したように鼻息を荒くして、昨晩のことを尋ねる狼娘。
今朝から皆、その話ばっかりだよね。
「時々、旦那様はあんぽんたんなのか、大人物なのかすごく悩みます。良いですか、仮にもヨウコ様は生きる伝説とまで言われた、神獣の1柱を任された凄い御方なのですよ? 神獣なんて、一生のうちに会えるかどうかも分からないと言うのに……」
「はぁ……」
呆れたような表情で、アイネスが俺を見る。
その台詞も今朝から何度も言われてるので、もはや生返事しかできない。
「ということで、私もまだ質問があります。ヨウコ様の着ている服は、どんな生地で、どんな素材を使ってたんですか? やっぱり貴族が着るような、高級品だったのですか? それと神獣の皆さんは、美人ばかりと聞いたことがありますが、その美しさを保つ秘訣は」
「なあ、ハヤト。ヨウコ様の刀って、何で作られてんだ? 金剛鉄か? ばっちゃんから、神鉄っていうもっと凄ぇのもあるって聞いたことがあるんだけど、神獣だとやっぱりそっちか?」
「ちょっとアズーラ、私が質問してるのですよ?」
「ハヤト殿! ヨウコ殿は、何を食べて生きてるでありますか!」
「ちょっとアカネ! 私の質問が先よ!」
ゴブリンとの戦闘中にも関わらず、アイネスの質問を遮るようにして、他の皆が質問攻めをしてくる。
ていうか美しさの秘訣って何だよ、知らんがな。
今朝からこの調子だから、さすがにちょっと疲れてくる。
とりあえず、神獣のヨウコさんは俺が思っている以上に、この世界ではすごい人だというのはよく分かりました。
それと国王様ですら気軽に会えないくらいに、遭遇率が低いことも……。
神獣達は人嫌いらしく、迷宮神殿の扉絵にヨウコ様を描きたくても描けずに、仕方なく眷属の絵を描いたらしいからね。
アレが人型の絵じゃなかった理由が、今更ながら理解できたよ。
しかも神獣達というのは遥か昔の神話の時代から、何百年も生きている獣人とかアイネスが言ってたよな。
見た目は綺麗だし、とても若く見えたが、もしかして不老不死か?
「ヨウコ! ヨウコ! あいあいあー!」
終いにはヨウコさんの名前に反応して、ゴブリン軍団を蹴散らしたエルレイナまでもが、楽しそうな表情でこっちにピョンピョンと飛び跳ねながらやってくる。
やいのやいのとやっている女性陣を見つめながら、思わずメンドクセーと呟きたくなってしまった俺は、駄目な人間なんだろうか?
* * *
「あー、疲れたー」
ひどい疲労感を覚えながら転移門を通って、探索者ギルドにようやくといった感じで足を運ぶ。
「ハヤト、えらいお疲れだな」
「ハヤト殿、大丈夫でありますか?」
「旦那様は魔物と戦ってないのに、なぜそんなに疲れてるのですか?」
えーと、間違いなくこの疲労の原因は君達にあるわけですが、自覚は無いのですか?
早く家に帰ってゴロ寝しようと思ったら、探索者ギルドで見覚えのある顔を見つけて、思わず回れ右をしたくなった。
「何ですか、その露骨に嫌そうな顔は?」
扇子をパチンと閉じて、こちらを睨む貴族巫女のお嬢様。
その周りをSPの如く、前回と同じ教会騎士達が護衛している。
今日も素敵な巻き髪ですね。
「嫌そうな顔ではなくて、本当に会いたくないくらいに嫌なのです」
「奴隷の癖に、相変わらずの減らず口ですわね。もし貴方の主が貴族でなければ、この場でその首を跳ねてたところですよ?」
「あら? その様子ですと、ようやくご主人様の立場がご理解できたみたいですね」
「……」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるアイネスを見て、頬を引きつらせるロール嬢。
キャットファイトは駄目ですよ?
「立ち話もなんですわね。そこに座りましょう」
近くにあるテーブル席を、ロール嬢が閉じた扇子で差す。
探索者達が座っていて、誰が見ても空いてない席だったが、ロール嬢と目が合った瞬間に慌てて席を移動した。
「どう見ても、今のは脅しですよね」
俺の耳元で、アイネスがボソリと呟く。
ロール嬢が移動しようとすると、近くにいた探索者達も慌てて道をあけた。
6人掛けのテーブル席にロール嬢が座ったので、俺も対面になる形で座る。
他の皆は立ったままのようだが、当然のようにアイネスが俺の隣に座った。
「なぜ奴隷の貴方が、さも当然のように座ってるのですか?」
「ご主人様は口下手な御方ですので、私が普段から交渉役を仰せつかってるのです」
「そういえば、以前から貴方は口を1つも開きませんね。それはさすがに、失礼ではないのですか?」
「あら? 失礼なことを始めたのは、そちらからと記憶しているのですが。初対面からゴブリン呼ばわりをして、侮辱するような人と口を利きたいと思いますか?」
「……なるほど」
思い当たるところがあったのか、不満そうな表情をしながらも、ロール嬢が引き下がった。
教会騎士の隊長がアイネスをさっきから睨んでいるが、当の本人はどこ吹く風といった感じだ。
立っている人達は立っている人達で静かに睨み合っており、えらく緊張感のある雰囲気になってきたな。
お茶の1つでも頼もうかと思ったが無理そうだ。
「はい、ご主人様。お茶です」
うわっ、冗談で考えてたら本当にでてきたよ。
携帯水筒から注いだお茶を、アイネスが俺の前に置く。
とりあえずお茶がでてきてしまったので、それを静かにすする。
ロール嬢が、俺をすごい睨んでるんですけど……。
「それで、お話とはなんですか?」
「あー、大したことではないですわよ。貴方が何者かを調べるようにお母様から言われてましたが、サクラ聖教会のカルディアに尋ねたら、知りたいことを全部話してくれましたので、貴方をお母様の所に連れて行く必要がなくなりました」
「あら、それは良い事を知りましたね。この街で、ご主人様にご迷惑をかけるようなことをすれば外交問題になりますので、以後お気をつけ下さいね。ご主人様はとても心の広い御方なので、前回のことは水に流すそうですよ。良かったですね」
「フン!」
うわー、態度悪いな。
扇子を広げて顔をあおぎながら、不満そうな表情を見せるロール嬢。
「貴方も人が悪いですわね。貴族なら貴族と、最初からそう言えばよろしいのに」
「最初からゴブリン呼ばわりする人に、何言っても無駄だったような気がするのですが。それともあの時は、力尽くでねじ伏せて頭を冷やして頂いた後に、説明した方が宜しかったですか?」
「……貴方って、ホント良い性格してるわよね」
「お褒めに与り光栄です。貴族様」
「……」
ロール嬢の嫌味すらも笑顔で対応して、う詐欺娘が毒を吐きまくる。
護衛してる教会騎士達の視線が、ものすごく痛い。
ロール嬢が一度ため息を吐くと、急に姿勢を正して、真剣な表情になる。
「最近そちらは、サクラザカ聖教会なるよく分からない教会を設立したらしいですが、この街には治療を専門とするヴァルディア教会が既にあります。分かっていると思いますが、貴族だからといって何をしても許されるわけではありません。我が教会の管轄内で目に余る行為が続きますと、こちらもそれなりの措置を取ることがありますので、お忘れなく」
アイネスが、俺の耳元に口を近づける。
「恐らく教会に無断で、無償の治療をしてたことに対する、警告の類かと。これ以上それを続けると営業妨害だと騒いで、国を動かす可能性もあると脅しをかけてるんだと思います。うっとうしいですね」
俺が了解の意味で頷くと、不満そうな表情でアイネスも頷いた。
「……分かりました。記憶の片隅にでも、留めておきます」
「それは結構」
扇子を閉じて口元に当てると、ロール嬢が何やら勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。
その顔を見て、アイネスがイラッとしたような顔を見せる。
「お話は、これで終わりですか?」
「いえ、本題はこれからですわ」
「……?」
なにやらニヤニヤと、ロール嬢が不気味な笑みを浮かべる。
それを見たアイネスが、訝しげな表情でロール嬢を見つめている。
「実は私、本日より司祭代理となりましたの」
「え?」
「近い将来、この街にある教会の司祭になる予定ですので、これから縁のありそうな貴族達に、挨拶をしているところなのです。今日は朝から挨拶回りで忙しくて、とても大変でしたわ~」
ロール嬢がわざとらしく、肩を揉む様な仕草をする。
目を丸くして驚いたアイネスの顔を見て、ロール嬢がしてやったりといった感じで笑みを深める。
教会騎士達も、さっきまでの不機嫌そうな表情とはうって変わって、どこか誇らしげな表情だ。
「そちらは確か、新設されたばかりの教会で、まだ教皇すら不在のようですね。まあ、貴方のような頭の悪そうな巫女では、教皇どころか司祭など到底無理でしょうから、関係無い話でしょうけど」
何だろう。
遠まわしに馬鹿にされてる感じ?
うわー。
隣にいるアイネスの顔が、とても素敵な表情に変化していくよー。
後ろにいるアカネ達からも、明らかに不機嫌なオーラを背中に感じますな。
「皆さんも、何かあれば是非うちの教会に来て下さいね。治療費さえ払って頂ければ、この前の非礼を水に流して、この司祭代理である私が、直々に貴方達の治療をしてあげますわ。私はとても心が広いですからね。あっ、貴方達に払えるような、治療費があればですけどね。フフフ」
「……」
あー、これは完全に嫌味だな。
主にアイネスへの……。
正直、今は隣を見たくない。
視界の端でアイネスの握り締めた手が、プルプルと震えてるのが見えた。
「それでは皆さん、ごきげんよう。オホホホホ」
言いたい事を言って満足したのか、ロール嬢が席を立つと極上の笑みを浮かべる。
教会騎士達を引きつれて、探索者ギルドを去って行った。
「……」
家に帰る道中、皆の沈黙が続いた。
周りに誰もいない頃合いを見計らって、気になったことをアイネスに尋ねる。
「結局あの人は、何がしたかったのかな?」
「たぶん、無償で治療していたことに対する警告が建前で、単純に司祭候補になってることを自慢しに来ただけだと思います。自分は若くして、司祭になれる実力があると誇示したかっただけかと」
ムスッとした不機嫌そうな表情で、アイネスが答えてくれた。
「へー、御苦労様だね」
「ちなみに、旦那様も他人事ではないですよ?」
「え? なんで?」
「もうお忘れですか? 当然ながら旦那様には、教皇になって頂くのは決定事項です。次にあの生意気な貴族巫女に会った時は、司祭程度で天狗になっているあの鼻柱を、盛大にへし折って頂く予定ですので、宜しくお願いしますね」
うわー。
う詐欺娘が、すごく黒い笑みを浮かべてますよ。
教皇になるのって、決定事項なの?
「ハヤト、難しいことはよくわかんねぇけど。早くキョウコウになれ。アイツらはどうにも好かん。キョウコウにならないと、アイツらに負けちまうんだろ? アイツらに負けてるっていうのだけは、気に入らん」
「私もアズーラ殿と同じ気持ちであります。父殿から聞いた話でありますが、母殿が巫女をやっていた時は、今のヴァルディア教会の取り締まりが厳しくて、治療費が払えない人をこっそり安く治療してあげるのに、とても苦労したらしいであります。ハヤト殿には早く教皇になってもらって、皆が安い治療費でも治療できるように、現状を変えて欲しいであります」
おいおいおい。
アズーラ達まで……。
『私も皆さんの意見には賛成です。今のヴァルディア教会は性根が腐ってます。神書にも載ってない神をあたかも存在するように偽り、獣人奴隷達を救った戦女神様の崇高な行為でさえ、まるでなかったかのように歴史を捏造しようとする連中です。ヴァルディア教会には、早く神罰が下って欲しいといつも思います』
皆の話を訳して教えてあげたら、アクゥアまでが目を吊り上げて熱く語りだした。
ヴァルディア教会のこと、相当嫌ってるよね?
サクラ聖教国とヴァルディア教会本部があるイシュバルト共和国は、それぞれ違う神を崇める宗教国家だからか、神様が絡んだ時のアクゥアはちょっと怖い。
宗教絡みには巻き込まれたくないけど、いつの間にかサクラ聖教国の貴族になってしまってる以上は、こういった話からは逃げられないのかね?
「かいしょうなし! かいしょうなし! あいあいあー!」
「皆が何を言ってるか分からないけど、とりあえずお姉様が怒ってるから私も怒るぞ!」とでも言ってるのか、両手に持っていた白ラウネを激しく振り回す野獣姫。
共通の敵を見つけたからか、もしくは負けず嫌いな女性達の心に火をつけてしまったのか、ご主人様を除いた皆の心が1つになったようだ。
ぶっちゃけメンドクセー!
俺は教皇なんて、少しも目指してないのに……。
厄介事を俺に押しつけるだけ押しつけて、サヨナラしやがって。
恨みますよ、ロール嬢……。




