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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第4章 中級者迷宮攻略<蜘蛛の巣編>

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30/60

サクラザカ聖教会設立

 

「……誰?」


 いつも通り、目覚まし代わりになってる誰かさんの「あいあいあー!」の奇声で目が覚めたので、窓から裏庭を覗くといつものメンバーの他に知らない人がいた。

 あのサイズだと、グレートソードと呼ばれる両手剣だろうか?

 アカネの身長を超えるくらいの大剣を振り回して、アカネの訓練相手をする騎士がもう1人。

 昨日アイネスが言ってたことが確かなら、アカネの特訓相手用に連れてきた女性騎士なのかな?

 寝ぼけ眼を擦りながら裏庭に顔をだす。


「サリッシュさん、おはようございます」

「うむ、おはよう。丁度良い。エルレイナ、少し休憩だ」

「うー、うー、あいあいあー」


 サリッシュさんがシミターを鞘に仕舞ったので、訓練が終わったと理解したのか、エルレイナが渋々と言った表情で自分のシミターも鞘に仕舞う。

 自分よりは強いと認めた相手には従う習性があるのか、お前はサリッシュさんの言う事には大人しく従うよな。

 本当に師弟関係を作ってるみたいな従順さである。

 木製テーブルの上に置いてあるラウネを1つ手に取ると、休憩がてらに朝御飯ラウネをシャリシャリと齧り出した。


「ツアング、今良いか?」

「はっ! アカネ、少し休憩だ」

「りょ、了解であります……」


 相当厳しく扱かれたのか、汗だくになったアカネがそのまま地面に倒れると、大の字になって寝ころぶ。

 兜を外し、狼人特有の狼耳を生やした女性騎士がこっちにやって来る。


 耳も髪も目も全て金色に統一された、なかなかに目立つ容姿の女性だ。

 でも、俺の目の前に来れば更に目立つ特徴がある。

 遠目に見ても分かったが、やっぱりでけぇ……。

 

 俺と同じ身長くらいのサリッシュさんが、横に並んでもでかいと分かるくらいに身長が高い。

 190cmくらいあるんじゃないか?


「ハヤト、紹介しておこう。オーズガルド第13騎士団第2大隊の大隊長をやっているツアング=ファルシリアンだ。コイツは強いぞ~」


 まるで自慢するように、嬉しそうな笑みを浮かべるサリッシュさん。

 確かに、見た目からして勝てる気がしない。


「宜しくな、ハヤト。副団長から君の事は平民として扱うように言われているから、そのつもりで扱うぞ?」

「は、はい。宜しくお願いします」


 差し出してきた手で握手を交わすが、手も大きく分厚い。

 美人というよりは、格好良いお姉さんという言葉が似合うような、キリッとしたような引き締まった顔つきをしている。

 前にサリッシュさんがファルシリアン家は『豪腕』の2つ名で有名だと言っていたが、確かにこれは強そうだ。

 う~む、やっぱり勝てる気がしない。


 軽く雑談をして、サリッシュさんからツアングさんがどんな人かを簡単に説明された後、皆の訓練を眺めるために木製テーブルの隣にある椅子へ腰かける。

 エルレイナは大人しくラウネをモシャモシャと齧りながら、アクゥアとアズーラの訓練を見つめている。


「副団長」

「何だ?」


 サリッシュさんがこっちに来ようとしていると、ツアングさんに呼び止められた。


「さっき報告するのを忘れてましたが、例の件、本家の者から私が知ってる以上の事を聞き出すことができませんでした。昔に比べれば、親族間のわだかまりも減ったので、今回はいろいろ聞けるかと思いましたが、無駄足に終わりました」

「そうか、それは残念だな」

「彼が貴族を辞めるまでのことは聞き出せましたが、それ以上の事になると皆、口を揃えて『それ以上は、直接本人に聞け』と言われてしまいました。ただし、『紅騎士』の逆鱗に触れる覚悟があるのならという、いつもの決まり文句付きで……」

「だろうな。それを避ける為に、まずは親族から当たってみたのだが……ふむ。墓の方は、何か分かったか?」

「彼女の両親の墓は、現在調査中です。少し時間が掛かりそうです。何せ人目を避けるために、山奥に住処を作って暮らしてたらしいので。彼女がスラム街の出身者でないという話が、本当であればですが……」


 2人が立ち話を始めたので、その内容を耳に挟みながら、アズーラとアクゥアの闘牛術の練習を眺める。

 相変らずアクゥアは早いなー。

 でもアズーラは、朝から体力を付ける為に悪魔騎士装備をしているから、動きがいつもより少し遅くなるのは仕方ないことだろう。


「本当に両親が亡くなっていれば、真相は全て闇の中ということか。その時は、やっぱりお嬢に聞くしかないか」

「団長は、何か言ってないのですか?」

「例の事情聴取の内容も、私が本人を見て直接調べた事も全て報告した上で、せっかくだからお嬢も直接会ってみればどうかと言ったんだがな……」

「何か問題でも?」

「今は仕事が忙しいから、会えないだとさ」

「それなら仕方ないですね」


 悪魔騎士の周りを小っちゃい黒猫少女が素早くうろついていて、それを追うのにアズーラが苦労してる感じだ。

 あっ、アクゥアの足払いでこかされた。

 お? と思ったら、実はアクゥアの攻撃に気づいて自ら跳躍したようだ。

 大きく宙を舞うとカポエイラの如く、空中逆立ち回転蹴りという大技まで見せましたよ。

 予想通りアクゥアは、簡単に避けましたがね。


「たぶん、アレは違うな。私には仕事を言い訳にして、会えない理由を作ってるだけにしか見えん。ある意味、お嬢のあの態度が何かを知っているという証拠だな。今は本人がその気になるまで、こちらは待つしかない。忙しいのに、いろいろ走り回ってもらってすまんな」

「構いません。彼女の事情聴取の内容が本当なら、うちの一族にとっても無視ができない話ですし、消息不明だった彼の唯一の手がかりなので、事実確認ができるのならどこへでも動きますよ。皆からも、彼女については私の方でよく調べといてくれと逆に念押しされました。ただ、気になることが……」

「なんだ?」

「どうにも最近、その件でサクラ聖教国が動いてるみたいなんです。本家の親族達に聞いた時も、なぜサクラ聖教国の者達と同じことを尋ねるんだと聞かれました」

「ほう。それは興味深い話だな。分かった。では、アカネを宜しく頼むぞ」

「はっ!」


 あー、でも相当無理したみたいで、そのまま地面へ派手に転んだ。

 しかもスタミナをかなり消費したみたいで、ついには横になって寝ころんで大の字になった。

 そりゃあ全身鎧を着て、そんなことをしたらそうなるわな。

 さっきまで、その状態で飛んだり跳ねたりしてましたから、限界が来たんだろう。


「さてさて、面白くなってきたな」

「何かあったんですか?」

「フッ。そうだな、ちょっと良いことがあった」


 サリッシュさんが椅子に腰かけようとしたら、エルレイナが駆け寄って来る。

 奇声を上げながら、鞘に仕舞った2本の黒鉄製シミターを地面に何度も激しく叩き付ける狐娘。


「サリィ! サリィ! あいあいあー!」


 「師匠! 師匠! 休憩終わり、訓練!」と言ってるのだろうか?

 アクゥアの教育が良いのか、戦う時や訓練の時以外はきちんと鞘に仕舞うのは良い心掛けではあるが、目上の人にはもう少し敬うような態度を取りなさい。

 君が教えを受けてる人は、実は1200人もいる女性騎士達を束ねる副団長という肩書きを持った、とても偉い人なんだよ?

 お前はすごい贅沢な時間を過ごしてるんだよ?

 分かってる?

 お前は絶対、分かってないよねー。


「む? お前は持久力が半端ないな。私の方が、少し休憩したいと思うのも珍しいな。うちの部下にも見習わせたいぐらいだ」

「サリッシュさん、すみません」

「ん? かまわん。これはこれで、私が好きでやってるんだからな」

 

 俺の申し訳ない気持ちを読み取ってくれたのか、サリッシュさんが苦笑しながらも、エルレイナとの早朝訓練を再開する。

 

「アカネ、いつまで寝てるつもりだ! 時間は限られてるんだぞ、さっさと立て!」

「了解であります!」

 

 叱咤するようなツアングさんの台詞に、横になって休憩していたアカネが飛び起きる。

 ツアングさんの訓練もサリッシュさんに負けず劣らずスパルタ教育な感じだが、サリッシュさんの次に偉い女性騎士600人を束ねる大隊長という役職の人から、直々に指導を受けられるのだから仕方のないことなんだろう。

 ツアングさんが練習で愛用してる刃を潰した模擬刀の大剣を借りて、アカネが必至にツアングさんの猛攻を受け止めている。

 正直な話、奴隷の特訓の為だけに、こんな偉い人達2人の貴重な朝の時間を拘束してしまって良いのだろうかと思うが、2人ともよっぽどお風呂に入りたいのかなー?

 毎日早朝訓練に顔を出す人は、その度に夜も風呂に入れるという入浴権を、ちゃっかりアイネスと約束してたからね。


 さすが副団長、抜け目ない!

 厳しい特訓にヒィヒィと悲鳴を上げながらも、『豪腕』の2つ名で有名らしいファルシリアン家の女性騎士に鍛えられて、妙に嬉しそうなアカネの表情が印象的だった。






   *   *   *






「アレって、使い方あってるのか?」

「いいえ、ちょっと間違ってますね。一応、効果は出てるみたいですけど」

 

 俺の質問に、アイネスが若干困惑したような表情で答える。

 中級者迷宮に入ってすぐ、アイネスの指示でまずはゴブリン亜種のミイラ首が、どれだけゴブリンに対して魔除け効果があるかの実験をするはずだったのだが。

 たぶん、それを使う人の選択を大きく間違ったようだ。

 アイヤー店長には、ゴブリン亜種のミイラ首を上下に振れば良いと言われたんだけど……。

 

「あいあいあー! あいあいあー!」

「グギャギャギャギャァアアアアア!」

 

 最早そこは、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 逃げ惑う大人ゴブリン軍団とそれを追い掛け回す子供野獣姫。

 カウボーイが投げ縄をクルクル回すかの如く、エルレイナが握った紐の先に繋がれたゴブリン亜種のミイラ首が、クルクルと宙を回っている。

 昨晩起こった『ゴブリン亜種ミイラ首幼女絶叫事件』の犯行に使用された凶器が、激しく円回転をしている。


 右手でミイラ首を回し、左手に持ったシミターで逃げ惑うゴブリン達を斬り刻んでいるために、いつもの如く身体に緑の返り血を浴びる野獣剣士ゴブレイナ。

 

 昨日近くで見てみたが、『魔除けの玉』と呼ばれる魔道具を口の中に捻じ込むことで完成された、いきなり顔へ近づけられたら俺でもちょっと悲鳴を上げたくなるくらいに、気持ち悪い魔道具・・・である。

 あのホラーアイテムを、魔道具に分類しても良いのだろうか?

 異世界人の思考は、正直よく分からん。

 

 アイヤー店長曰く、ミイラ首を上下にシャカシャカと音が鳴る程に振る事によって、下位種であるゴブリン達が逃げ出したくなる微小の魔素が振り撒かれるんだそうだ。

 魔樹農園で仕事をしてる人達は、腰にぶら下げて使うのが一般的らしい。

 5階層に繋がる入口近くで仕事をする人達に、商人ギルドからミイラ首が貸し与えられるみたいだ。

 ゴブリンを追い払う案山子代わりの役目を持ってるとしても、正直気持ち悪くてありがたみが無い。

 

「あ。ゴブリンが、こけたであります」

 

 アカネの言う通り、1匹のゴブリンが足をもつれさせて転倒した。

 そしてそのゴブリンの背後に、大きな狐耳を生やした怪しい影が忍び寄る。

 

「あいあいあー! あいあいあー!」

「グギャ!? グギャギャギャー!」

 

 「ガハハハハ! 吾輩は、エルレイナである!」とでも言ってるのだろうか?

 顔を白塗りならぬ緑塗りを施した悪魔小狐閣下が、ゴブリン亜種のミイラ首を「ほれほれほれほれ!」と楽しそうな笑みを浮かべて、ゴブリンの顔にグリグリと押し付けている。

 上位種の見るも無残な姿に、恐怖で腰を抜かしてしまったのか、大人ゴブリンは子狐娘にされるがままだ。

 なんか子供が大人を虐めているみたいで、かなりシュールな光景である。

 

「あいあいあぁああああ!」

「グギャァアアアア!」


 楽しそうな表情をしたエルレイナの一際大きな奇声とゴブリンの絶叫が迷宮内に響き渡る。


「あーあ、気絶しちゃったよ」

 

 アズーラの呆れる声と共に、ついにはゴブリンが白目になって、口から白い泡を吹きながら気絶した。

 

「あいあいあ?」

 

 「貴様、どうした?」と不思議そうな顔で、気を失ったゴブリンの顔を覗き込む悪魔小狐閣下。

 ゴブリンの顔を指でつついても、身動き1つしなくなったことに気づいたエルレイナが、すごくつまらなそうな顔をする。

 その後、両手に握りしめたシミターを勢いよく振り下ろして、ゴブリンを生首人形へ変えてしまった。

 お前は鬼か。

 

「あいあいあー!」

 

 そしてすぐさま次の獲物ゴブリンを求めて、嬉々とした表情でゴブリン達に襲いかかる野獣姫。

 どっちが魔物でしたっけ?

 

「しばらくエルレイナは、あんな感じでしょうから、皆さんはエルレイナが落ち着くまで待機しておいて下さい」

「了解であります!」

「はぁー。しゃあねぇなー」

『レイナは楽しそうですね』

『そうだな……』

 

 妙な耐性が最近できてきたからか、この程度の奇行如きでは驚かなくなった自分に、喜んで良いのやら悲しんで良いのやら。

 ある意味、俺も異世界の探索者生活に慣れてきたということなのだろうか?

 

 そんなことを考えながら、エルレイナの奇行が終わるまで、皆と一緒にしばし待つことにした。






   *   *   *






「もう駄目だ。酒ぇー、酒をくれぇーい」

「お腹が減って、力がでないでありますぅー。お肉をくださいで、ありますぅー」

「このあたりが限界かね?」

「そうですねぇ……」


 大の字になって寝ころぶ2人を見つめながら、アイネスと顔を見合せる。

 対処できない大群を避けるためのゴブリン亜種のミイラ首もあるから、今回はどこまでいけるかの限界チェックだったのだが。

 

「アカネ? あいあいあ?」

 

 エルレイナが、指でアカネの頬をぷにぷにと突いて遊んでいる。

 

『先程から、私のお二人への投擲ナイフの支援もかなり増えてます。今日はそろそろ引き上げた方が、宜しいかと思います』

 

 皆で相談した結果、アクゥア先生のストップもかかったので、本日の迷宮探索は終了することにした。

 あまり無理し過ぎて、俺の回復魔法で治療しきれないような大怪我をされても困るしね。

 今日だけで軽く100匹は超えるゴブリンを倒せてるから、今回は良しとしますか。

 

 フラフラになってる2人を引き連れて、転移門を使って探索者ギルドに戻る。

 受付の前を通り過ぎようと思った時に、マルシェルさんに呼びとめられて受付のカウンター前に近づいた。


「待ってたわよー。はい、これ。貴方達に渡しとくように頼まれたの」

「ありがとうございます。……サクラ聖教国?」


 アイネスがマルシェルさんから受け取った紙封筒のような物を、不思議そうな顔で裏返すと家紋のような物が見えた。


「本当は、副ギルド長が渡す予定だったみたいだけど、急に体調を崩したみたいで、さっき代理の人が来てたのよ。副ギルド長、大丈夫かしら? 代理の人から聞いた話なんだけど、それはサクラ聖教国の外にいる関係者全員に、配られているみたいよ。必ず本人に渡してと念押しされたから、ちゃんと読んどいてね」


 へー、アクゥア宛か?

 奴隷でもそんな物が配られたりするのかね?


「今日はうちに派遣されているサクラ聖教国の職員達が皆して、隣の聖堂に行っちゃったんだけど。何かそれと関係があるのかしらね?」


 そういえば、今日は猫耳を生やした受付の人がいないですね。

 マルシェルさんと他愛のない雑談をした後、家路につく。


 今日は極度に疲労しているためか、アカネもアズーラも夕方の訓練をせずに居間で横になっている。

 小休憩をいつもより長めに挟みながらだったけど、なんだかんだでゴブリン達との乱戦を1日近く費やしてるしね。


 風呂に入り、賑やかな夕食を終えて食後のお茶でも飲もうかとまったりしていると、食事の片づけを終えたアイネスが俺の所にやってくる。

 その手にはマルシェルさんから渡された封筒が握り締められている。


「旦那様、これを開けても良いですか?」

「え?」


 なぜにそれを俺に聞く?

 サクラ聖教国の関係者なら、アクゥアに聞くのが筋じゃないのか?

 そんなことを思ってアクゥアに視線を移したら、アイネスが溜め息をついた。


「旦那様もサクラ聖教国の関係者じゃないですか。これは旦那様宛ですよ」

「え? そうなの?」

「奴隷にこんな物を、わざわざ配るわけがないじゃないですか。開けますよ?」


 確かに言われてみればそうだな。

 俺の返事も待たずに、アイネスが封筒を勝手に開封する。

 封筒から1枚の紙を取り出すと、真剣に目を通し始めた。


 おっ? 茶柱が……これは、良いことがあるのでは?

 フーフーと息を吹きかけて、熱いお茶を冷ましながらゆっくりと口元に持って行く。


「旦那様! 大変です、一大事ですよ!?」

「ブフォ!? アヂィッ! アチチチチ!」

「あっ、すみません……。ロリン、すぐに拭く物を」

「は、はい!」

「そんなことより、これを見て下さい!」


 そんなことよりって何だよ!

 人が熱いお茶を慎重に飲もうとした時に、身体を叩くやつがあるか!

 俺も甲斐性無しの自覚はあるけど、いくらなんでもこれはあんまりだぞ!

 茶柱が熱湯ぶっかけフラグとか、初めて聞いたぞ!

 俺の世界では、茶柱は幸運なことが起こるフラグなのに……どういうことだよ!?

 

 ロリンが慌ててタオルを持ってきてくれたので、それでアイネス達に拭いてもらいながら渡された紙を読む。

 

「『サクラザカ聖教会設立』のお知らせ? 何だコリャ?」


 紙に書かれた内容を要約すると、サクラ聖教国にある神書とやらに、神様に関する情報が新たに追加されているのが判明したらしい。

 この世界の神様の1人である戦女神様の他に、姉妹神の存在を示唆する文面が記載されてたとのこと。

 その名も『慈悲の女神サクラザカ』。

 

 胡散くせぇー。

 何ですか、この苗字を取り敢えず女神様の名前にしてみましたと言わんばかりのやっつけ感は?

 そう思って周りに視線を移すと、アイネスがアカネ達に紙に書かれた内容を説明していた。


「あれ? 神様っていやぁー。ヴァルディア教会も、実は神様がいたんだーみたいなことを言ってなかったっけ?」

「『創造神ヴァルディア』でありますね。父殿から聞いた話でありますが、確か今の教皇になってから急に言い始めた神様であります。ヴァルディア大陸を作った神様らしいでありますけど、胡散臭いことこの上ないと言ってたであります」

「あー、それそれ」

「そんな紛い物と一緒にしないで下さい! 良いですか? これは、サクラ聖教国の神書に書かれていた神様なのですよ! 真実味が全然違います!」


 何かアイネスが妙に熱のこもった目で、テーブルを激しく両手で叩きながら皆に力説している。

 でも、アズーラ達の反応は今一つと言った感じで、首を傾げている。

 アイネスはそんな皆の冷ややかな反応も気にすることなく、慌てて封筒の中にある別の書類の束を取り出して、更に熱心な様子で読み始めた。


 俺も再び紙に視線を戻して、後半部分に目を通す。

 ふむふむ……それで?


 また、その姉妹神の存在を確定させる物が、最近ヴァルディア大陸より発見されたそうだ。

 オーパーツ的な何かだろうか?

 神の羽衣とか?

 女神様の使用済みパンツとか?

 まあ、そんなことは置いといて……。

 

 よって評議会は、その姉妹神を崇めるための『サクラザカ聖教会』の設立を容認することになったと。

 『サクラザカ聖教会』の設立にあたり、これから厳しい適性検査や試験を経て、教皇に相応しい者をヴァルディア大陸を含めた者の中から選出すると。

 候補者は既に絞られており、別紙にそのリストを記載しているので、関係者は目を通しておくようにと書いとりますな。


 文面の一番最後には、『何か気になることがあれば、迷宮都市イルザリス探索者ギルド 副ギルド長 エメナス=シバサクラ までお尋ね下さい』と書かれている。

 へー、副ギルド長ってそんな名前なんだ。

 

 え、何? アクゥアも読みたいの?

 裏にニャン語で書いてある?

 おー、本当だ、どうぞ。


「旦那様、お名前がありましたよ!」

 

 俺の名前?

 何かの間違いとかじゃなくて?

 俺って、本当に関係者だったんだ。

 アイネスが持ってきた紙に目を通す。


 うわー、候補者リスト多いなー。

 俺の名前はどこに……まさか、最後のコレじゃないよね?

 えーと、これは書き間違いかな?


「姉妹神の関係者ですか。なるほど、その線は考えませんでしたね。でも、サクラ聖教国の関係者という私の予想は、大きく外れてなかったということですね。ホーキンズも、たまには良い仕事をするではないですか」

「アイネス。『クロミコ』って書いてあるんだが?」

「フフフ、ついに私にもツキが回って来ましたね。ここまで大人しく待っていた甲斐があったというものです。教皇、教皇ですよぉー!」


 アイネスさーん。

 おーい、聞いてる?

 聞いてないよね?

 名前どころか、2つ名で書かれてますよコレ。

 どう見ても、書き間違いじゃないですか。


「アカネ、キョウコウって何だ?」

「確か父殿の話では、教会で一番偉い人だと言ってたでありますね」

「へー。ハヤト、キョウコウになるのか?」

「うーん、たぶん難しいと思う……」


 アイネス程にポジティブに考えれない俺が否定的な返答をすると、アズーラが「ふーん」と言った後に興味なさげな感じで晩酌を再開した。

 完全にアッチの世界に行ってしまった兎娘は、目をお金マークにして両手を握りしめ、嬉しそうな表情で部屋の中をクルクルと回っている。

 今いち話の流れについていけてないロリンが、突然にハイテンションになった侍女長の奇行を、ぽかーんと口を開けて見ている。

 アクゥアは周りの雑音を気にすることなく、俺がさっき読んでた紙を裏返して、ニャン語で書かれた同じ内容を黙々と読んでいる。

 一番よく分かってないエルレイナは、アクゥアが読んでる資料をチラ見しながら、食後デザートのラウネをモシャモシャと齧っている。


 アイネスは勝算でもあるんかね?

 いや、アイネスのことだから、「そんなことは、これから考えれば良い」とでも言い出すんだろう。


「はぁー」

 

 思わず溜め息が出る。

 ようやく甲斐性無しと言われなくなるような就職先が見つかったと思ったら、どう見ても負けフラグが立ってるじゃないですか。

 アカネの話が本当なら、教会で一番偉い人とかになったら確かに給料よさそうだけど、これは無理だな。

 そもそも冷静に考えてみて、万が一にも教会のトップになれたとしても、凡人の俺ができるような仕事じゃないしな。

 

 たまたま名字が神様の名前と被ってたから、候補者に間違って名前が載っただけだろ?

 候補者リストの最初の方なんて、サクラザカという家名付きの名前は勿論のこと、オーズガルドとか国の名前が家名に入っている大貴族みたいなのがいっぱいいるし。

 他の候補者も全員家名持ちの貴族っぽいし、偽物貴族の俺だと勝率0%じゃねぇーか。

 期待して損した。


「良いですか、旦那様。旦那様が日陰で生活するのもこれまでです。この機会に成り上がって、他の貴族達を押しのけて表舞台に立つのです! ええ、もちろん私も喜んで協力しますよ。そして、お金を沢山稼ぐのです!」

「アイネス殿、目が怖いであります……」


 日陰生活の何が悪いのかね?

 これからもずっと日陰生活ですから。

 探索者として必要最低限の生活費を稼いで、俺は静かに暮らす予定なんだが。


「旦那様、聞いてますか!」

「え? うん。聞いてるよ」

 

 あっ、お茶がちょうど良い感じに温くなってる。

 副ギルド長に訂正をお願いしに行った方が良いかもと思ったけど、俺をこの前すごく睨んで怖かったからやめとくか。

 アイネスの喋ってる内容を話半分に聞きつつ、ゆっくりとお茶を啜った。


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