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七歳の洗礼式。
神殿で光に包まれた瞬間、私は思い出した。
深夜残業、無限に増えるエクセルファイル、上司の「君しかいないんだよ」発言――そして、そのままぶっ倒れたあの日。
(……うそでしょ。私、過労死して異世界転生ってやつ? いや、ちょっと待って、二度目の人生でまた過労死とか絶ッ対イヤだからね!?)
わずかに震える私に、神官様は「おお、見事な魔力量をお持ちだ」と満足げ。
領民たちも「さすが領主様のご息女だ」と囁き合っている。
……でも、その“領主様のご息女”って肩書きが問題だった。
洗礼式から戻った城を見て、私は固まった。
壁のあちこちが崩れ落ち、街路灯はほぼ消灯。
井戸や水路を維持する魔道具は壊れたまま放置され、領民たちは重い水桶を抱えて歩いている。
(え、なにこれ。ファンタジー世界ってもっとこう、魔法でキラキラしてるんじゃないの?)
しかも――領主一族が少なすぎた。
父(現領主)、正妻と側妻、それに隠居した祖父母。
合わせて大人は五人。
子どもは、正妻の娘ひとり、側妻の赤ん坊ひとり、そして私。
……以上。
(え、ちょっと待って。成人五人と子ども三人? これで領地を維持してたの?)
昔は王家の信頼厚い大領地だったらしい。
でも前代領主が“政変で負けた王子”に味方したせいで、粛清の嵐。
一族も貴族もごっそり減り、今は“序列最下位の崖っぷち領地”に転落。
私は埃をかぶった帳簿をめくる。
「農作物収穫率の低下」「城壁の崩落」「魔力奉納不足による水害」……真っ赤な報告が延々と並んでいた。
(あ、これ完全に死ぬやつだ。領主一族も領民も、全員巻き込んで死ぬやつだ……!)
思わず小さな肩を抱きしめる。
けれど、胸の奥から湧き上がるのは、諦めじゃなくて焦燥だった。
(いい? 二度目の人生は絶対に過労死なんてしない。でも死にたくないなら――動くしかない!)
そう心に決めた瞬間、私はもう前の“おとなしいお嬢様”じゃなくなっていた。
――こうして、崖っぷち領地を立て直すための、私の二度目の人生が始まった。




