第200話 アルフェクダに巻き起こる異変
漸く目標としていた、200話達成です。
亜空間倉庫で急激なレベルアップを果たした俺とセフィリアは訓練の腕試しも兼ねて、新しく任命した竜人族リグルドを連れて『水の精霊』が管理する世界へと降り立った。
セフィリアと同様にリグルドにも、下界では俺のことを『ジン』と呼ぶように言ってあった。
下手に此処で『神王様』などと呼ばれれば、何処で影を潜めているか分からない悪魔に俺の正体がばれてしまうからだ。
「此処がアルフェクダと呼ばれている地ですか。荒廃しきってますな」
「この街は他のところに比べて亜人を毛嫌いしている所だ。リグルドは周囲に気をつけるようにな」
こう話している最中にもリグルドを睨みつけてくる住人が居るのだが、食糧不足からか身体は痩せ細り、立ち上がる気力さえないように思われる。
「此処から離れた場所には亜人達が暮らしている結界集落があるが、以前の俺が其処に居るから下手に立ち入る事はできない。悪いな」
「いえ、この地は私の存在していた世界ではありませんので、お気遣い無用です。が、お気持ちの程は感謝いたします」
「それはそうと街の住民が困っているのに、城の者は何もしないのでしょうか?」
セフィリアの視線の先にある城に目を向けるが、城門は完全に閉じられており、蟻の這い入る隙間さえ見当たらなかった。
しかも聴覚を駆使して城内の音を聞こうとするも、まるで無人の如く静まり返っていた。
街は俺が最初に足を踏み入れた時よりも事態は悪化しており、住民は地面に幽かに溜まった水溜りの泥水を啜り、野生の木の実を食べている者、他の人が食べて毒ではないと分かったのか、殴って奪い取る者など見るに耐えない光景が繰り広げられていた。
(街にいる人間の気配が、今にも消えそうなほどに弱くなっています。未だグール化はしていないようですね)
(助けてやりたいが、この現状を見るとな)
『この現状で1人や2人を助けても、焼け石に水だな』と考えていると地面に何か、赤茶色の染料のような物で図形のような物が描かれていることに気がついた。
「ん? 何かが地面に描かれているようだが、此れは何だ?」
その図形は街全体を囲うように描かれていた。
俺の隣に立っていたセフィリアが、ふと何かに気づき地面に腰を下ろして乾ききっていない赤茶色の染料を手に取り、匂いを嗅いだり、指の感触を感じ取ったりしていたまさにその時!
街全体に描かれていた図形が、仄かに柔い光を帯び始めていた。
この光と赤茶色の染料の正体に気がついたセフィリアは、俺の立っている場所に振り向き様に声を荒げて驚愕の事実を口にした。
「ジン殿、リグルド、上空に退避してください。誰かが街の住民を生贄にして何かを召喚しようとしています。私達が此処にいては巻き込まれてしまう恐れがあります」
「それなら尚更だ! 街の住民を救わねば…………」
俺が街の住民を救おうと足を図形の内部に踏み入れようとするも、其れをセフィリアとリグルドの2人に上空に引っ張り上げられることで未遂に終った。
「何を!?」
俺の腕を掴んで上空へと飛び上がったセフィリアに批難の目を向けるも、セフィリアの視線は俺達がつい先程まで立っていた場所に注がれていた。
視線を追うようにして街に視線を向けると、其処は地獄絵図のような光景が繰り広げられていた。
俺達が見ていた図形は完全に街や城そのものを飲み込むように描かれており、その図形の内部は瘴気に満ちた黒い海と化していた。
街で泥水を啜っていた住民達は皆一様に黒い海へと飲み込まれ、其処から逃れようとする者には黒い海から生えた黒い手が、獲物を逃すまいと引きずり込んでいる。
「あ、あれは一体何だ!? 此れは何がどうなっているんだ!」
俺は掴まれていた強引に腕を振り払うと、自力で浮遊しセフィリアの方へと顔を向けた。
其処には現状から顔を背けるようにして、項垂れていた2人の姿があった。
「荒っぽい方法を取って申し訳ありませんでした。お叱りは如何様にもお受けいたします」
「ですが、貴方様をこのような場所で失うわけには参りません。私もセフィリアと同様に罰を受ける所存であります」
セフィリアとリグルドの様子から、並々ならぬ事が目下で繰り広げられていると感じ取った俺は2人を責める事が出来なかった。
「いや、2人は俺の護衛という職務を全うしたに過ぎなかったんだろ? 感謝こそすれ、責める事など俺には出来ないよ」
「神王様、ありがとうございます」
「神王様の御心に感謝いたします」
俺はセフィリアとリグルドの肩を優しく叩きながら、街を飲み込もうとする黒い海に目を向けた。
漆黒の海と黒き腕は街だけでは飽き足らず、城をも巻き込もうと徐々に侵食してゆく。
「あれは一体何なんだ? セフィリアは何か知っているのか?」
セフィリアはちらりと街の方を見ると、直ぐに目を背け俺へと向き直り言葉を口にした。
「あの図形を描くのに使われていた赤い染料は、手の感触から言って人間の血だと思われます」
「なっ!? 人の血だと?」
「そして目の前で行なわれている事は、街の住人を生贄に捧げて魔の者をこの地に呼び出すという、非業の行いであると考えられます」
そう話している間にもドンドンと侵食は進み続け、1時間も経たないうちに高く聳え立っていた城は完全に黒い海に飲み込まれる。
やがて城は徐々に端から崩壊が進み、城内にいると思われる、兵士の助けを求める声が辺りに響き渡る。
「ギャアアアアァァーーー助けてくれ~~~!!」
「何だこの手は!? やめろ! 離せ!」
そして城の敷地内ギリギリに建つ塔から、どこかで聞いた女性の声が聞えてきた。
「誰かーー! 誰か助けてください! 勇者様ーーー」
それは俺をこの地に召喚した王女であり、以前着かせていた精霊の話しによれば国で唯一住民の事を心配する心優しき女性だった。
その塔も2階半ばから罅割れながら崩壊し始め、まるで砂浜に立てられた砂の塔が波によって徐々に削られてゆくかのように…………。
やがて完全に塔の窓から投げ出された王女は身体は為す術もなく漆黒の海に落ちると思われたが、その時の俺は止めようとするセフィリアの手を振りきって王女の下へと飛び、漆黒の海に飲み込まれる寸前の王女を救い上げる。
漆黒の海から伸びてくる黒い腕は王女を取り返そうと腕を伸ばしてくるが、俺は其れを上空へと逃れる事で回避した。
王女はあまりの出来事に気を失っているものの、何処にも怪我のような物は見当たらなかった。
すると其処へ此方を心配するような顔でセフィリアが空中を走るようにして駆け寄ってくる。
「危ない真似をしないで下さいと、アレほど申し上げたではありませんか!」
「まぁ、そうなんだけどな。知った顔が犠牲になるのを無視するわけにはいかなかったんだよ」
「その御気持ちは痛いほど良く分かりますが、貴方様のお立場の事も考えてください」
「すまなかった。反省している」
「本っっ当に反省してますか?」
「ああ、神に誓って」
この場合の『神』は誰になるのだろうと思いながら。
「分かりました。2度とこのような真似はなさらないで下さいね」
そして瞬く間に城はごく一部を抜かして、兵士諸共に完全に漆黒の海へと飲み込まれた。
何故か唯一飲み込まれなかった場所には透明な結界のような物が張られていた。
その内部には豪華な衣服を身に纏った男が玉座に座り、その横に漆黒の海が広がる様を楽しそうな笑みを浮かべて笑う一人の男が杖を構えて立っていた。
丁度その頃、俺の腕の中で意識を取り戻した王女がその男達を見て言葉を呟いていた。
「デュラミア兄様、アルテミア兄様、国を治めるべき王がなんと言う非道な事を…………」
王女の言葉が確かならば、あの2人のうちのどちらかは王という事となる。
恐らくは玉座に座っている方がそうだとは思うが、何故この現状を見て笑っていられるのか、何故彼らだけが漆黒の海に飲み込まれることなく無事でいられるのか。
この時の俺は知る由も得なかった…………。
このあとは視線をとある人物に変えた閑話を2話投稿する予定です。




