二度目まして
学園に戻ってから、もちろんではあるがカディルとイレネについては先生たちにこってりと絞られてしまった。
いくら聖女の力に覚醒したとはいえ、そしてリルムに許可されたとはいえ、結果として他の生徒を危険な目に合わせてしまったことには変わりないからだ。だが、イレネの聖女としての能力には誰もが注目した。
「聞いた?」
「聞いた! イレネ嬢が聖女として覚醒したんでしょう!?」
「聖女だって!? 凄いじゃないか!」
「魔物を浄化できるんですって!」
「討伐隊がいらなくなるんじゃないか?」
わいわいと興奮気味に騒いでいる生徒たちに交ざって、冷静な生徒たちからは真逆の評価が聞こえてくる。
「そりゃ凄い能力なんだろうけど、ボスには通じなかったんだろう?」
「いやいや、雑魚を一掃できるんだからそれはそれで便利だよ」
「だがな、考えてみろ」
そして、誰かがフェリシアの台詞を意図せずして繰り返した。
「魔物があちこちで現れたら、その分も合わせて一気に浄化できるのか?」
「イレネ嬢があちこちに空間移動して浄化する訳でもないんだろう?」
「モンスターは出る順番なんか教えてくれるわけないじゃないか」
「確かにな。それに、時間もバラバラだろう? イレネ嬢が討伐隊の最前線に行くというのか?」
反応はほぼ二分されているが、良い反応が少なからずある時点でイレネの思い通りに半分は進んでいるということ。
に、とほくそ笑むイレネだが、あくまでこれは学生の中だけでの評価に過ぎない。
王城にて、ヘンリックはリルム、フェリシアの二人から報告を聞いてから難しい顔をしていた。
「……雑魚だけには通じる、と?」
「はい、父上」
リルムは背筋を伸ばし、フェリシアがその一歩くらい後ろに控えるようにして立っている。
「雑魚の一掃、ということであれば使えるか」
「父上、雑魚だけならば良いのです。一掃できて、討伐隊も不要となります。しかし……」
「……その聖女の術は、親玉には通じぬ、と申していたな」
「そうです。……フェリシア」
「はい、リルム様」
リルムに促され、フェリシアが言われるまま一歩前に出て、ヘンリックに頭を下げた。
「陛下、確かに雑魚には通じておりました。あれは間違いなくとても役に立つ能力かと存じます。ですが、ボス……所謂親玉には通じません。そしてもう一つ、考えなければならぬことがございます。こちらの方が恐らくは重要となります」
「ほう? 申してみよ」
「あちらこちらで魔物が出てきた場合、聖女の術のそもそもの範囲が不明故、まとめて相手をすることが出来るのかどうかが分からない、ということです」
「……は?」
ひく、とヘンリックの頬がひきつった。
「威力も範囲もよう分からんものをいきなり本人が望んで実戦投入した、と」
「正しくは、勝手に付いてきた、でございます」
反対ににこやかなフェリシアの様子に、思わず毒気が抜けかけたヘンリックではあるが、また勝手なことをやらかしたのか、と理解するのは一瞬だった。
勝手なことをやらかした挙句、後始末をフェリシアがやってくれた上に本人たちは腰が抜けていたということだから、頭が痛い。
「……せめて能力がどのようなものかを把握してから行ってくれ……」
「仕方ありませんわ、陛下。きっとリルム様にいい所をお見せしたかったに違いありません」
「とはいえなぁ……」
フェリシアの言葉にげんなりとしているヘンリックだが、次いだリルムの言葉にも耳を傾ける。
「しかし父上、先ほど言った通りに収穫はございます。雑魚は一掃できるのですから、イレネ嬢に『聖女』として討伐隊に参加してもらいましょう。無論、婚約者であるカディルにも」
「……あぁ、なるほど」
リルムの言葉になるほど、とヘンリックは何回も頷いている。
聖女を娶るカディルに関して、二人仲良く魔物討伐隊を率いて、民を守るという使命を与えてやれば本当の意味で国の役に立てるのではないか。更に、聖女の力がどのようなものなのかをデータを取ることもできるので一石二鳥なのだ。
あぁ、ようやく彼女たちが役に立つ。
「父上、少しずつ聖女を実戦投入してはいかがでしょうか。術の範囲を自分で知らぬ者に、何がこの先出来るのか分かりかねます」
「そうだな」
うん、とヘンリックが頷き、リルムがありがとうございます、と告げてから頭を下げる。自身の提案を受け入れてくれたことへの謝辞と、これでようやく役立たずのカディルにも王族としての役割が与えられた、とリルムはほっと息を吐いた。
そして、フェリシアはここでなるほど、と思う。そうか、こうやって聖女は己の力を磨いていき、存在を密やかに知らしめていったのか、と。
「(魔物討伐に恐怖を抱きながらも参加している健気な聖女様、という構図がこれで出来上がる……ということね。なるほど……こうやって認められていった、と。……まぁ、もしかしたらイレネからすれば、討伐隊への参加の意味合いは、異なっているのかもしれないけど)」
表には出さないようにして、笑顔を保ち、過去の出来事が何でああなっていったのかフェリシアは思考回路をフル回転させて、イレネ曰くの『ゲーム』がどうとか、ということの意味を理解していく。
もう既にゲームとやらが始まっているのかもしれないけれど、そこそこの勢いで内容は変わっているに違いない。
だって、学園にフェリシアが入学した時点で、いいや、カディルとの婚約を受け入れずにローヴァイン公爵家の跡取り教育が始まった、あの幼い日から変わり始めた。
イレネはどうして、と混乱したに違いないが、ある日突然冤罪をふっかけられた挙句処刑台に送られようとしたフェリシアからすれば、処刑ルート真っ直ぐではないのだから、別にこれくらい可愛らしいものだろう。この程度、許せるくらいの度量を見せていただきたいものだ。
「フェリシア嬢」
「はい、陛下」
リルムが会話をしているときは後ろで控え、呼ばれればそっと前に出ていく。だが、出しゃばりすぎも良くないから、あくまで呼ばれるまではリルムの後ろにて控える。
一体何の用だろうか、と考えていれば、にこやかな国王から思いがけない提案がやってきた。
「今回、ボスを討伐したのはそなた、だったな」
「結果的には……そうですね」
「リルムを守ってくれただけではなく、学園の生徒までもを守ってくれた。被害が出ぬよう、跡形もなく燃やし尽くし、更には落ちるのが稀という魔石まで得たと聞いたぞ!」
「そうなのですか?」
はて、あの落ちた石は核ではなかっただろうか、とフェリシアが首を傾げていると、リルムがその時落ちたものを持ってきていたようで見せてくれた。
「これよ」
「えぇ、見覚えはございます」
「調べたら、この中に生成中の魔石があるんですって。物凄くレアケースらしいわ」
「あら……」
そんなものあったのか、と思いつつも、言われてみればかつて魔獣退治に出向いた際、討伐後の魔物から核を取り出していると他も取れたような……と必死に記憶を呼び起こす。
あの時は全く意識も何もしておらず、言われるがままとりあえず討伐してから素材などをゲットしていたから、イマイチ記憶が薄いのだ。
「生成中の、魔石……」
思わず口からぽろりと零れてしまった言葉だが、にこりと笑ってリルムが解説してくれた。
「核の中で魔石が生成されて、それがぽろりとこぼれ落ちる。これが魔石の誕生なんだけど……生成中のものが核の中にある状態で取れることは稀なの」
「成長途中、ということでしょうか?」
「そうね、それがいちばんしっくりくる表現かもしれないわ」
フェリシアの言葉にリルムはうん、と頷いてくれる。
しかし、そんなふうに魔石が生成されていたなんてしらなかった。
何となく魔獣を倒したら核が、そして運が良ければ魔石もドロップすると思っていただけに、意外だった。
「だからな、フェリシア嬢よ」
「?」
「そなたに、我が国においてかけがえのない存在であってほしいからこそ、称号をさずけようと思う」
「……え?」
そんなの知らないけれど、とフェリシアは思わずきょとんとする。
イレネに関しては『聖女』としてやり直し前に崇められていたらしいが、フェリシアは特に何もなかったはずだ。
というか、称号って何だ、とフェリシアはぐるぐる考える。
この国、そんなものを授けられた人がいるのか、と考えてみるものの、如何せん一度目は王太子妃となるべく王宮にほぼ軟禁状態だったせいでそういった情報にだけは疎い。
「あの……陛下、そのような、ええと……『称号』?とは何ですか」
「特別な功績を成した者に与えるものだが」
「……わたくし、学生の身なのですが」
「学生だろうが関係ない。そなたがいなかったら、生徒達は今頃どうなっていたと思っておるのだ」
確かにそうかもしれないが、とフェリシアは思うけれど生徒を守ったくらいで称号とは……とフェリシアは頭痛がしてきたような感覚に襲われる。
「フェリシア、もらっておけば?」
「リルム、もらえるからといってそんなに簡単に……!」
「ローヴァイン公爵家の未来のために、ね?」
「どんな未来!?」
こそこそと、わちゃわちゃとはしゃぐようにこそこそと会話をしている二人を、ヘンリックはどこか微笑ましそうに見ている。
きっとカディルならばこうならないのは分かりきっているのだが、しかしいきなり称号とは……。だが、ちょっとおもしろいことになってきているのは事実なのだから、フェリシアは素直に受け取っておくことにした。
授与式までやろうとしていたヘンリックを必死に止め、秘密裏に称号を授与してもらうようにどうにか納得させたが、ベナットと結託して授与式を執り行うかもしれない。
こういう時だけ仲良くなるのはいかがなものか、とも思うが、ベナットは何だかんだで親馬鹿。ヘンリックもリルムを献身的に支えているフェリシアをすっかり気に入っているから、利用しない手はないのだが親同士盛り上がるのはちょっと控えてほしいと思いつつ、謁見の間を後にして慣れた王宮の廊下を歩いていく。
「……あら」
そうして歩いていると、目の前から悠々と歩いてくるイレネが見えた。
何やら勝ち誇ったような顔をしているが、ヘンリックから称号を与えられるということを教えればどんな顔をするのだろうか。
――いいや、それよりもそろそろ本格的に喧嘩を売るのも一つの手段かもしれない。
フェリシアは無表情で。
イレネは勝ち誇った顔で。
それぞれが歩いてきて、ぴたりと足を止めて真正面から向き合った。
「あらぁ、フェリシア。ここは貴女が来れないような場所なんだけど何をしているのかしら」
「リルム様と先ほどまで陛下に謁見していたのだけど、貴女にわざわざ報告してから向かわなければいけないのかしら。必要あって?」
「な、」
ヘンリックへの謁見、と聞いてイレネは悔しそうに顔を歪める。
聖女様の顔とは思えないような表情になっているところに、フェリシアはずい、と距離を縮めて小声で話しかけた。
「……展開が違っているから、戸惑うわよねぇ?」
「………………え?」
心底楽しそうなフェリシアの声。
顔を見てやろうと思っているのに、どうしてか体を動かせない。顔も、動かせない。
「うっふふふ、そんなバカみたいな声を出さないでちょうだい? とぉっても頭が悪く見えてしまうわ」
「何を、言って」
「そうよね、いきなりだからびっくりしちゃうわよね」
幼い子供に言うように、まるであやすかのようにフェリシアは言葉を続けた。
「わたくし、お前に会うのは二回目なの。一回目は冤罪をふっかけられてしまって、……ええ、物凄く困ったわ。でもね、感謝もしてるの」
「かん、しゃ」
「そう。だって貴女」
耳元に口を近付け、わざとゆったりした口調でフェリシアはイレネへと囁きかけた。
「一回目は馬鹿正直に、力の覚醒について教えてくれたんだもの。本当に……ええ、救いようのないお馬鹿さんだこと」
「…………!?」
フェリシアの言葉に、イレネはその場にへたり込んでしまった。
見上げた先、逆光になっていてフェリシアの顔は見えないが、口元は恐ろしく愉しそうに歪んでいる。
「こんにちは、イレネ=フォン=ハイス。二回目だからおかしな挨拶になってしまうけれど……二度目まして」
わざとふざけて、『初めまして』ではなく『二度目まして』と挨拶をするフェリシアは、やはり愉しそうで、でも、発せられる圧力はとてつもなく、へたり込んだままイレネは動けなくなってしまった。
――まるで、化け物でも見たかのように、イレネは、ただただフェリシアを見上げることしかできなかった。




