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魔将

 

何が起こったのだろうか?

 どうして僕は倒れて、空を見上げているのだろうか。


「起きろ、ジークフリート少年!」


 誰の声だろうか、聞き覚えはあるがハッキリとは思いだせない。確かコーネリウス大公だったろうか、その声の主が僕を助け起こす。


「ええと、何が起こって……」


 僕が質問するとコーネリウス大公は指を向ける。その先にいたのは青黒い肌の大男だった。


「いきなり現れたあの者にやられたのだ」


 大公がそう言うと同時に青黒い肌の男は身の丈ほどの大きさもある大剣を振り回し、一瞬でこちらの兵を薙ぎ払い斬り捨てた。

 城内までついてきた兵士は並の兵士ではなく、全員がそれなり以上の冒険者だ。それを全く苦にせず青黒い肌の男は大剣を振るい、苦も無くこちらの命を刈り取っていく。


 このままでは良くない。見ているだけでは、この場にいる全員がやられてしまうだろう。

 師匠には大公を守れと言われた。命令は果たさないといけない。

 僕は〈銀枝〉を手に青黒い肌の男に向かって歩き出す。


「無理だ、少年!」


 大公が叫ぶが無理でもなんでも、どうこうしなければいけない。

 何もしなければやられるだけだ。


 僕の戦意を感じ取ったのか青黒い肌の男は僕の方に向き直る。

 それによって一時的に男の攻勢は止まるが周囲の冒険者は警戒して男に近づこうとしない。

 仕方ないとも思う。正直な話、師匠と同じくらい強いような気がするのだから、勝てそうもないので戦おうという気持ちにはなれないのかもしれない。だからといって、何もしないでいるならばやられるだけだ。


「やめた方が良い。少年よ」


 男は大剣を下ろし、僕に言い聞かせるような言葉を放つ。


「君の力では私には勝てない。向かってきたところで命を落とすだけだ。私も子供を殺したくはない。下がってくれないか?」


 そう言われても下がるわけにはいかない。僕にはしなければいけない役目がある。

 僕は〈銀枝〉を構え、男に向かって走り出す。だが――


「下がれと言って聞くとは思っていなかった。だから、寝ていてくれ」


 前へ出るため。僕が踏み出そうとした瞬間、すでに男は僕の目の前に立っていた。

 僕は慌てて〈銀枝〉の細身の刃を振ろうとするが男の手が僕の頭を掴み上げた。体格の違いのせいで、頭を掴み上げられた僕の体は宙づりになり、足が地面から離れる。そして、男はそのまま僕を地面に叩きつけた。


 地面に叩きつけられた衝撃で一瞬だが意識が飛び、同時に衝撃が肺まで伝わり、呼吸が止まる。

 想像以上の痛みに意識を手放してしまいそうになるが、気力だけで辛うじて意識を保つ。


「そのまま寝ていてくれ。すぐに終わる」


「ふ……ざけ……るな」


 男は剣を担ぎ上げ、コーネリウス大公と冒険者たちの方へと向かおうとする。

 行かせるわけにいかないが身体が動かない僕はその背中を見送ることしかできなかった。


 強くなったと思っていた。だけど僕は弱いままだ。

 何も出来ず悔しい自分と安心している自分がいる。あの男が僕のことは殺さないと言ったからだ。一人だけ身の安全が保障されたようで、僕は安心しているんだ。こんな風な考えに至る自分が嫌になる。

 師匠だったらこんなことは考えないだろう。そもそも、あの人だったらこうやって地面に転がってはいない。この違いはただ単に弟子と師匠の差によるものなんだろうか。


 男が大剣を構える後姿が見える。男の周囲にいる冒険者たちが一斉に警戒するが力の差は明らかだ。

 このまま終わらせたくはない。だけど、僕にはどうにもできない。ただ地面に這いつくばって見ていることしか。


「私にはやるべきことがある。すまないが死んでもらおう」


 男が動き出そうとする。動き出せば一瞬で大半の冒険者は倒され、コーネリウス大公もやられるだろう。

 だが、その瞬間は訪れなかった。刃と刃がぶつかる甲高い音がその場に鳴り響き、男が後退したのだ。


 何が起こったのかは理解できる。

 誰かが男に向かって飛びかかり、剣を叩き込んだ姿が僕には見えた。

 その誰かは僕も良く知っている人だった。


「こっちにもやることがあるんだよねぇ。キミをぶった斬るって仕事がさぁ」


 男に斬りかかり、その前に立ちはだかっているのはグレアムさんだった。

 グレアムさんは両手に剣を持ち、ゆったりとした態勢で男の動きを待ちながら口を開く。


「まぁ、仕事ってよりも私怨の面の方が大きいんだけどねぇ。流石に舐められたままじゃ、我慢できないって奴だよ」


「私怨で戦う者に栄光は訪れない」


 グレアムさんを警戒して男が大剣を構えなおす。が――


「阿呆か。私怨だろうが何だろうが、気合の入っている奴の方が勝つんだよ」


 魔力の矢が背後から男に襲い掛かる。しかし、男はそれを剣で斬り払い掻き消した。それを放った当人は悠々とグレアムさんの隣に立つ。それはオリアスさんだった。


「二対一だと文句を言うんじゃねぇぞ。こっちはテメェがおっねば、それでいいんだからよ」


 男に対して、そう言うとオリアスさんは続けて周囲の冒険者に指示を出す。


「お前らは他の奴等を相手しろ! 俺達はコイツを足止めする!」


「足止めだけじゃ済まないとは思うけどねぇ」


 周囲の冒険者が慌ただしく動く中で、三人の周囲だけが別世界となった。

 男は再び大剣を構えなおすと、グレアムさんとオリアスさんに殺気を向ける。


「無益な殺生は好まないのだが……」


「じゃあ、有益ならやるのかよ」


「気取らないで欲しいもんだ。ここにいるのは皆人殺しなんだしさぁ。それに何を言った所で、やってることは同じだと思うよ」


 三人の口元が歪んでいくのが見える。


「ネレウス・ダーラント。誰が生き残るかは分からないが、この名を憶えていてくれ」


「グレアム・ヴィンラント。戦場で死んだ人間の名前を憶えてやる義理は無いねぇ」


「ただのオリアスだ。俺が最後まで生き残る可能性が一番高いんでお前らの名前くらいは憶えておいてやる」


 三人が名乗りを終える。それが、どういう意味を持つのかは分からないが、これが彼らにとっての美学なのだろう。

 名乗りを終えると同時に三人の殺気が膨れ上がり――


「いくぞ、ゴラァっ!」


 叫んだのはオリアスさん。だが、動いたのはグレアムさんだった。

 グレアムさんは一気に距離を詰め、ネレウスに対して両手の剣を閃かせ襲い掛かるが、ネレウスは打ち合うことを避け、飛び退く。

 直後にネレウスが居た場所に〈火球〉の魔法が降り注ぐ。グレアムさんの剣を受け止めていれば、火球の直撃を受けていただろうが、それを読みきり後退したのだと分かる。


「十秒だ!」


 グレアムさんが声を上げながら、左手に持った細身の剣をネレウスに向かって投げつける。

 ネレウスはそれを大剣で斬り払うが、その行為によって僅かに足が止まり、グレアムさんの接近を許した。


 接近したグレアムさんの剣がネレウスの足を払う軌道で振るわれ、それを防ぐためにネレウスは大剣を構える。

 筋力と武器の重さのせいでグレアムさんの剣はネレウスの大剣に防がれ、逆に弾かれるがグレアムさんは即座に何も持っていない左手でネレウスを殴りつける。だが、その拳に対してネレウスは自分の額をぶつけて防ぎ、即座に後退する。

 その直後に魔法によって作られた石の杭が地面から生じるが、石の杭が出来た場所には既にネレウスの姿は無い。


「十秒くらい止めとけ!」


 オリアスさんがグレアムさんに向かって叫ぶ中、ネレウスがオリアスさんに向かって走り出す。

 それに対して、オリアスさんは大量の〈火球〉の魔法をぶつけようとするが、ネレウスの大剣の一振りでオリアスさんの魔法は掻き消される。


「二人では足りないようだな」


 ネレウスがそう言った直後、グレアムさんが横合いから服に仕込んでいた投げナイフをネレウスに向かって投擲する。投擲した先はネレウスの足元で、それに警戒したネレウスの足が一瞬止まる。

 そのタイミングに合わせてオリアスさんの〈風槌〉の魔法が発動し、ネレウスの頭上から高密度の風の塊が振り下ろされるが、ネレウスは咄嗟に転がりながら逃げ〈風槌〉の魔法を避ける。

 だが、転がり逃げた隙を見逃すような二人ではない。真っ先に動いたのはグレアムさんだった。グレアムさんは放り投げた剣をいつの間にか拾い上げ、両手に持った剣で起き上がろうとしたネレウスに襲い掛かる。

 ネレウスは起き上がり際に大剣を振るい、グレアムさんの接近を阻止するが、その隙を狙ったオリアスさんの〈火球〉の魔法がネレウスの体に直撃し、鎧に包まれていないネレウスの顔を焼きながら、衝撃でネレウスの態勢を崩す。

 だが、ネレウスは体勢こそ崩れたものの怯みはせずに、手に持った大剣をオリアスさんに向かって投げつける。

 オリアスさんは即座に〈障壁〉の魔法を使い、魔力の壁によって投げつけられた大剣の威力を弱めるが、完全には防ぎきれず、大剣は〈障壁〉を貫き、オリアスさんに襲い掛かる。


「あぶねっ!」


 オリアスさんが間一髪避ける中、グレアムさんが両手に持った剣でネレウスに斬りかかるが、ネレウスは身を投げ出すようにグレアムさんに体当たりを仕掛けた。

 その動きはグレアムさんにも予想外だったのかグレアムさんは咄嗟に剣を振るうが、その剣はネレウスの鎧に当たり致命傷を与えることは出来ずに、グレアムさんはネレウスの体当たりを受け、地面に転がされることになった。


 押し倒し、グレアムさんに対して馬乗りになったネレウスは籠手に覆われた拳をグレアムさんの顔面に叩きつける。人間を殴ったとは思えない音が一つ鳴り響くと同時にネレウスはグレアムさんの上から飛び退き、走り出す。

 向かう先は大剣を辛うじて避けたオリアスさんの方で、そのオリアスさんは体を起こし魔法の詠唱をしようとしていた。

 ネレウスは魔法の詠唱を止めるためにオリアスさんに対して走りながらの飛び蹴りを叩き込む。咄嗟に〈障壁〉の魔法に切り替えて発動しようとするが、間に合わず〈障壁〉の魔法は発動途中で砕かれ、接近したネレウスにオリアスさんが殴り飛ばされる。

 ネレウスの拳で殴り飛ばされ地面を転がるオリアスさんに向かって、ネレウスは投げつけた自分の大剣を拾い上げ、追撃をしようとするが、その瞬間に銃声が鳴り響く。


 銃弾を放ったのはグレアムさんだった。

 グレアムさんはネレウスに殺された味方が持っていた銃を拾い上げ、ネレウスに向かって発砲したのだ。

 だが、その銃弾をネレウスは大剣で軽々と防いでいた。

 その直後にオリアスが〈風刃〉の魔法をネレウスに放つが、ネレウスはやはり大剣を振るい魔法を掻き消して見せる。


「俺一人だったら楽勝だったんだけどなぁ、いやぁ足手まといがいると大変だわぁ」


「俺もウロチョロする剣士がいるせいで魔法が使いにくくてしょうがねぇんだよなぁ。ああホント、一人だったら楽勝だったぜ」


 グレアムさんとオリアスさんの二人が起き上がり負け惜しみ染みた言葉を放つ。

 グレアムさんは口から折れた歯を吐きだし、ネレウスさんは折れた鼻のつまみ鼻に溜まった血を出そうとしている時点で説得力は無い。お互いがいなければ、早々にやられていたのは間違いないだろう。


「ならば、一人ずつかかってくればいい」


 ネレウスの真っ当な指摘が来るが二人は無視だった。


「いやぁ、暇になるのもつまらなさそうだしねぇ」


「多少は仕事与えとかねぇとな」


 そう言いながら、二人は何故か僕の方を見てくる。

 何が言いたいのかは多少は分かる。体も問題なく動けるようになっているわけだから……


「もう動けるんじゃないかねぇ」


「動けるんだったら手伝ってほしいもんだ」


 ああ、やっぱりそうなんだろうな。大体二人が何を言いたいか分かった。

 僕だって、このままで良いなんて思ってない。


 微かに痛みが残る体を起こし、僕は剣を取る。

 やることは決まっている。体が動く限りそれを為すだけだ。


「愚かな少年だ。この状況では私も手加減は出来ないぞ」


 ネレウスの声がする。

 だが、僕はそれを無視して走り出した。











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