新たな戦い
夜闇の中に銃声が響き渡る。
まぁ、なんということも無い残党狩りという奴だ。
ノール皇子の行軍速度についていけずに呑気に野営していた奴らに対して、野営地を包囲して一斉射撃をしたってだけなんで、別にたいしたことをしているわけでもない。
こっちは斥候役の冒険者を最大限に活用して、索敵したり連絡をしたりしているので情報の伝達速度やら何やらに関して、帝国の奴等とは雲泥の差があるわけで、先回りも奇襲も思いのままなんで楽勝。
つっても、ノール皇子に関しては逃げ足が速いせいで先回りしようにも追いつけないし、そもそもノール皇子の近くに斥候役を行かせると、皇子の側近に排除されるんで迂闊に動かせないからどうしようもない。斥候役の冒険者に関しては無駄遣いが出来るほど余っているわけでは無いんで使い捨てるとマズい感じだしさ。
まぁ、ノール皇子に関しては今の所は怖いんで関わり合わないようにしよう。
で、その代わりにノール皇子以外の帝国の奴等をしばき回しているわけなんだけども――
「大将、こいつら結構食いモン貯め込んでましたぜ」
俺が連れてきた冒険者が野営地の中を探し回り、俺の前に食糧を積み上げていく。
ついでに、野営地で一番偉そうな貴族っぽい奴も物のように俺の前に放り捨てていった。俺としては食い物だけあれば良いから人間はどうでもいいんだけどなぁ……。
逃げ出した帝国の奴等を追っかけるのには身軽が良かったんで、何も持たずに最速で追っかけてたら食糧も無かったんで困ったけど、無いなら帝国の奴等から奪えば良いやって気持ちで動いていたんだけど、逃げ出した割には食糧とか持ってたので一安心ではあるよ。
「……認められるか……こんな戦など……」
冒険者が放り捨てていった貴族はまだ生きていたようで、なんかぶつくさと言っているが、まぁたいした話でもなさそうなんで無視しておこう。
そんなことよりもワインとパンが転がっていたことの方が重要だ。ワインはガラス瓶の割と良さげな物だったので美味しく頂こう。パンは地面に転がっていたせいで土が着いているが払い落せば問題ないだろう。ワインの瓶には血がベットリと付着しているけれども中身が無事ならどうでも良いかな。
「……顔も見せずに闇討ちで皆殺しだと……戦の作法を何と心得る……」
ワインとパンだけじゃって感じなんで塩漬け肉でもピクルスでも何でもいいからありませんかね。ちょっと口が寂しいぞ。と思って探していたらありましたよ、干し肉が。つっても俺って干し肉好きじゃないからなぁ。硬くてしょっぱいから嫌なんだよね。
暖かい物が多いし、食事時に襲ったみたいだから煮て柔らかくした干し肉とかありませんかね。スープはトイレ近くなりそうだから遠慮したいけども、お肉食べたいね。
「……誇りを知らん畜生どもめ……貴様らは獣だ……」
なんか言ってるけど相手してやった方がいいのかしら?
誇りってなんぞやって感じなんだけど。質問すんのも面倒だなぁ。
後、その気になれば動けそうなのはハッキリと分かるから芝居は止めて欲しいとは言いたいけどどうしたもんかね。必死で演技してるみたいだから指摘すんのは優しさが無いってことになるかな?
正直、呼吸の感じとか血の匂いで致命傷じゃないって分かるんだよなぁ。胴体に銃弾を何発か受けてるみたいだけど、その大半が鎧で止まってるみたいだし、当たってる弾も内蔵とか傷つけてないんじゃなかろうか?
まぁ、頑張って演技しているみたいだし黙っておこう。そんなことより、他に食べる物はないもんかね。
「恥を知らん屑どもだ……貴様らは屑だ……。貴様だけではなく、あの皇子も……。奴に戦を任せさえしなければこんなことにはならなかった……ああ、ならなかったとも……。何が鉄砲だ、何が大砲だ。あんな物が戦の主役になるなど私は認めんぞ……」
そうは言うけど銃は便利よ? 多少の訓練で扱えるし。
それに大きな間違いがあると思うんだよね。戦の主役は銃とか大砲になったわけじゃないと俺は思うね。
銃なんか多少あっても仕方ないし、本当に重要なのは銃をいっぱい作れる国とか組織の体力だと思うよ?
もっと言うと大量の武器を作れて、大量の国民を兵士として使えて、その兵士を飢えさせない大量の食料が用意できれば勝てるわけだし。どんなに無能しかいなくても、敵の百倍の兵を用意してその全員にちゃんと武装させて腹もいっぱいに出来れば勝てるんじゃないかね?
まぁ、戦の主役が変わったってのは間違いないと思うよ。つーか、みんな主役を降ろされたんじゃないだろうかね。人の能力で勝負をつけるんじゃなくて、国の力で勝負をつける時代になったのかもね。
舞台劇の話で表現するとアレかな。役者じゃなくて劇団の方が重視される感じ? なんか違うかもしれないけど、まぁそんな感じで良いんじゃないかしら? 役者はまぁどうでもよくてバックにいる劇団支援体制のほうが重要みたいな。
なんか、良く分かんなくなってきたけど、死に損ないの人が言っていることは的外れな気がするんだよなぁ。もっとも、俺はそんなに賢い方じゃないから死に損ないの人の方が合ってる可能性もあるんだけどさ。まぁ、賢かろうと、この人は死ぬんだろうけどさ。
「……油断したな!」
俺が背中を向けていると、死に損ないの人が起き上がって突っ込んでくる気配がした。
別に油断はしていないんだけどなぁ。動き出す瞬間とか全部わかっていたしさ。何しようがどうとでもなりそうだったから、ノンビリとしていたわけでもあるしさ。
とりあえず、振り向いて腹の辺りを思いっきり蹴っ飛ばしてやった。何をしようとしたかは知らんけど、俺の蹴りはその人の腹にめり込み内臓を潰し背骨を砕いた。
即死コースの手応えがあったので、可哀想だけど死んだのだろう。そのまま死んだふりでもしていれば良かったのに良く分からんことをするもんだね。
「大将どうしやしたか?」
食糧を集めている冒険者がやってくるが、別に何もなかったので解散させる。何かしようとしていたのだろうけど、俺にとっては何でもない話なので何も無かったということで良いだろう。
俺はワインを口に含むと俺の傍に寄ってきた冒険者にワインの入った瓶を投げ渡す。
「別に何も無い。それでも飲んで作業を進めていろ」
メシを食って寝たら動き出すとしよう。
逃げ惑う帝国の奴等はまだいるだろうが、とりあえずはここまでにして良いと思うしさ。
どうせ、俺達が追っているみたいな話はあっちこっちでばらまかれているだろうし、俺がノール皇子を追っているって噂も流しているから、帝国の奴等だって急いで皇子とは合流しようとはしないだろうしな。合流しようとすると、そこを俺に狙われるとか思うだろうしさ。
そして翌日――
ほどほどに良く寝て起きた俺はたいして美味しくないご飯を食べました。まぁ、野営地だからしょうがないんだけどさ。
とりあえず、お腹が膨れた俺はしばらく待機。
なんで待機かというと逃げ惑う帝国兵を追いかけんのを終わりにして、ノール皇子をなんとかしようとしているからです。
帝国の奴等から奪った食料はそんなに多くなかったので、これ以上帝国の奴等を追いかけまわすのは面倒くさそうだったんで諦めました。その代わり、真っ直ぐノール皇子を仕留めようと思います。南部の各地に散らばったと思われる帝国兵に関しては南部の人が何とかしてくださいって感じかな。
で、俺はというと、ノール皇子をなんとかするためにジーク君が連れてくるって話の補給部隊を待つことにしたわけです。
「おそらく帝国軍はコーネリウス山脈の麓にあるセーレウム城に逃げ込んだだろう」
コーネリウスさんが、そんな説明をしてくれました。
あんまし良くわかんなかったけど、セーレウム城ってのはアドラ王国の最南端にある城で、王国と帝国の境にあるコーネリウス山脈の麓で帝国の奴等が王国に領土に踏み込むのを防ぐための最後の砦なんだとか。
俺には良く分からんのだけど、なんでその最後の砦を突破されてるうえ、砦を奪われて帝国の奴等に使われているんだろうね。
「セーレウム城はその城壁によってコーネリウス山脈への山道を全て塞いでいる堅固な城だ」
そうかぁ、しかし堅固な城がどうして奪われて帝国の奴等に使われているんだろうか? コーネリウスさんは何も言わないし、別に言いたくないなら黙って聞いてようっと。まぁ、それ以外に重要な話は無かったんで聞く価値もなかったけどさ。
そうしてコーネリウスさんの話を聞きながら待っているとジーク君がやって来た。まぁ、あんまり具合は良くない感じだったけど。
「ウーゼル殿下が戻るように言っています」
やってきたジーク君はそんなことを俺に伝えてきた。たぶん、心配して言ってくれているんだけれども心配はいらない。
やられそうになっているところを颯爽と助けに入ったから感謝の言葉を言いたいのかもしれないけど、そんな暇はないんだよなぁ。さっさと、ノール皇子をなんとかしないと皇子は越冬の準備をしちゃうだろうし、ここで俺が頑張ることが良い結果に繋がるわけだし、王子が戻れと言っても戻らずに頑張ろう。
「兵を使い捨てているということに関して言うことがあるようですし、一度戻った方が良いと思いますけど……」
「放っておけ。こちらは忙しい」
使い捨てってなんだって気がするんだけどな。
薪炭を燃やし尽くすのを使い捨てって言うのかって気もするんだけど。俺に言わせれば使い捨てた兵士は薪炭と一緒でそうする必要があるから命まで全部使いきっただけなんだけどなぁ。
今までの戦がノンビリとした決闘ごっこの延長戦でしかなかったのであって、本来はこういう消耗戦が正しい形なんだと思うんだけどどうなんだろ。
そんなに兵士の命が大事なら、そもそも戦争なんてしなけりゃいいじゃんね。戦争なんかせずに敵に頭を下げて許しを乞えば兵士は死なないと思うけども、どうなんだろ? 兵の命を本当に大事にするなら戦わないって選択肢がベストな気がするんだけどね。
俺は上の人達が戦争やる雰囲気だから付き合ってるだけなんだけどなぁ。やらないなら、俺がどうこうする気はないんだけども、そういうことを理解はしてくれないんだろうかね?
まぁ、どうでも良いか――
「どうせ、そう時間はかからずに終わるだろうしな」
セーレウム城まではここから一週間もかからない。
逃げ惑っている帝国軍に背後を突かれる可能性はあるけども、さっさと攻め落としに向かった方が楽な気がするんだよなぁ。
ノール皇子はセーレウム城にいるだろうし、そこを落とせばとりあえず勝ちだろう。王子の所に戻るよりもそっちの方が大事だと思うし、王子の方は無視ってことでいこうかな。
「補給が終わり次第、俺達はセーレウム城に向かう。いい加減に帝国の奴等は自分の国にお帰り頂こう」
肌寒さを感じて空を見上げると雪が降り落ちてきていた。
寒いしさっさと終わらせて帰りたいもんだ。
まぁ、そろそろ終わるわけだし、心配はいらないと思うけどさ。




