追い立てる者
向こうの大将のノール皇子が逃げていくのが見える。
諦めが良すぎるのは困るんだよなぁ。毎度毎度、ちょっと味方が減ったらすぐに逃げるし、そういうことされるとあんまり損害を与えられないから困るぜ。
つっても、敵の全員が逃げられるわけじゃないから全く損害を与えられないわけじゃないんだよな。
現に殿かどうかは知らんけど、帝国の兵士やら騎士が残っていて、俺に突っ込んでくるしさ。
「名のある騎士とお見受けする。いざ尋常に――」
帝国の騎士が何か言いながら突っ込んできたので槍で腹に風穴を開けてやる。で、騎士が刺さったままの槍を振り回し、そこらの兵士を薙ぎ倒す。
もう少し戦意が衰えてくれると逃げ出しそうだけどどうしたもんか。まぁ、逃げないなら逃げないで普通に相手をすりゃいいだけなんだけどね。やる気はあるけど、そんなに強くない連中だしなんとでもなるよ。
「アークス卿、このままでは敵の大将が逃げてしまうぞ」
俺に必死でついてきたコーネリウスさんが何やら言っているけど、ノール皇子には追いつけないだろうから、そこら辺は諦めようよ。まぁ、追撃はするけどさ。
とりあえず、それをするためにも目の前の奴等をなんとかしないとね。というわけで、一旦下がって援護の砲撃をしてもらいましょう。
俺は適当に槍を振り回し、馬上の俺の足元にちょろちょろしている敵兵を薙ぎ払い、馬首を翻して後退する。なんだかワーワーやっているけど、騒ぎの割にあまり強くないんだよね、コイツ等。基本的にドラウギースに踏み潰してもらうなり、体当たりしてもらうなりで終わるしさ。まぁ、ドラウギースは体重一トン以上あるみたいだし、それに踏み潰されたり体当たりされれば命が危ないのは当然かもね。
そんなことを考えている内に俺は敵陣から離れていた。俺に遅れながらも、他の兵士も一旦後退し、味方からの砲撃を待つ。砲撃に関してはオリアス任せだけど問題は無いだろう。なんだかんだで間違いなく、オリアスが王国では一番砲撃に熟達しているわけだしな。
試しに俺も砲撃の指揮をさせてもらったけど全く当たんないから、オリアスもそうだけど、帝国の奴等も良くやってるとは思うよ。オリアス曰く勘と計算で着弾点を予測しているとかなんとからしいし、頭おかしいと思う。
おっと、そんなことを考えている内に必死で頑張っている帝国軍に砲弾が当たってしまったぞっと。
割と弱ってきたようだし、もう俺が頑張らなくてもいいだろう。後はグレアムさんとかに任せようかとも思う。まぁ、任せるとか言わなくても、グレアムさんは既に飛び出しているわけだけどさ。割と鬱憤貯まってるみたいだし、鬱憤晴らしてもらおうかな。
ついでに囮をやらせてた奴等にも、もう一回頑張ってもらおうか。
南部に帝国が攻めてきた時に逃げ出した脱走兵連中だから懲罰代わりだし、死ぬ気で戦ったら許してやるって約束もしたしさ。まぁ、見た感じだと三割はやられてしまったようだけどしゃあないね。
「懲罰兵をもう一度突っ込ませろ」
俺は声に出して言う。
こうすると、俺から離れた位置にいる斥候役の冒険者が〈探知〉の魔法の応用で声を拾い、同じ言葉を発する。すると、さらに遠くの斥候役の冒険者が声を拾い、拾った言葉と同じ言葉を発する。それを続けて遠くまで俺の命令を伝えることが出来るというわけだ。場合によっては手で合図をしても通じるので割と便利に使える。
まぁ、途中で意味が違ってしまう可能性もあるが、それに関しては今後、どうにかする方法を誰かに考えて貰おう。
とにかく、斥候役の冒険者の〈探知〉の魔法のおかげで俺は太鼓とかラッパを鳴らす必要が無くなり、細かい命令が出来るようになったので有り難いことだ。まぁ、音を拾えるほど〈探知〉の魔法を習熟している奴が少ないのが難点だけど。
俺が命令を出すと少しして俺の右手側の遠くが騒がしくなる。
俺から見ると右手側だけど、帝国の奴等から見ると左手側だけど、まぁどうでもいいことか。
懲罰兵の所にも〈探知〉の魔法が使える斥候役の冒険者を配置しているので、ちゃんと命令は届く。まぁ命令が届かなくても別に良いんだけどさ。正直、そこまで頼りにしているわけじゃないし。使えるから使っているだけだし、ちゃんとした奴らの損害を少なくしたいから使っているだけでもあるしさ。
まぁ、それでも可哀想だし、少し援護をしてやるのもいいかね。
「オリアス、樽を放て」
俺がそう言うと、すぐにオリアスさんがいる方向から樽が飛んでくる。別に威力を出すわけでもないので、簡単な風の魔法で飛ばしているとかなんとか。
で、その樽が密集している敵の頭上辺りに到達すると同時に大爆発する。
樽はとりあえず〈爆弾〉と名付けられた兵器で。原理は良く分からないが、樽の中には〈燃水〉と〈魔石〉を詰め込んでいて、敵の近く辺りで樽の中の燃水が霧状に拡散され、魔石が霧状の燃水に着火させて爆発させるんだとかなんとか。で、爆発の衝撃で敵を殺すとかいう物騒な兵器だとか。
まぁ、原理は分からなくても使い方と威力が分かれば充分だな。まぁ分かったとしても量産は出来ないけど。燃水は燃料としても使うから兵器に使うと生活環境悪くなるから嫌なんだよね。だから、後二発分くらいか。
まぁ、その二発も今飛んで行ったけどさ。うーん、一発で十世帯が一か月は暖かく生活できる量の燃料を使ってしまうのはなぁ。魔物の狩りすぎで魔石が少なくなってきたし、魔石から燃水を作るにしても量を抑え気味だから気を使ってほしいもんだ。
まぁ、もったいぶって使わないよりマシだけどさ。
なんにしても、爆弾は効果があって、帝国兵の多くを倒せたようで生き残っているのも、かなり戦意が崩れている。あとはまさに今、敵兵に襲い掛かっているグレアムさんと兵士でなんとかできるだろう。とにかくさっさと終わらせてほしいもんだ。この後の予定も残っているしさ。
「閣下、右翼の懲罰兵が敵の抵抗を受けています」
さっさと終わって欲しかったのだけれど、伝令の兵士が何か言ってきた。
ぶっちゃけ、どうでもいいなぁ。だって懲罰兵だしさ。グレアムさんの突撃の時にグレアムさんが集団でイジメられないように、被害を担当させたかっただけだし。懲罰兵が突っ込んでくれたおかげで、帝国の奴等の反撃がグレアムさんに集中しなかっただけで良いんじゃないかな。それに、そっち側は手薄になっても良いと思うよ。
この戦場に未だに残っている帝国の奴等も、いい加減戦意が衰えてくるだろうし、そろそろ逃げると思うんだよね。で、逃げるにしても後ろに逃げられたらノール皇子と合流しちゃうじゃん。それされると困るから、ノール皇子が撤退した方向とは違う方向の逃げやすい道を用意しておくのもアリじゃないかな?
なんてことを考えてたら、俺から見えている範囲でも敵の動きが懲罰兵のいる右手側に寄ってきた。まぁ、あんまり右手側に行かれても困るから、ちょっと別方向に追いたてていきましょうかね。
「俺に続け」
ドラウギースの腹を軽く蹴り、俺は前へ進む。あんまり働く気力はないけど、まぁやることはやらんとね。
俺を先頭にした数百名の騎兵が再び敵に向かって走り出すと、敵兵が俺達に背を向けて逃げ出し始めた。こっちは馬だし、徒歩で逃げても追いつくんだけどな。
途中で逃げ惑う帝国兵が俺に向かって銃を撃ってきた。避けるまでもないので鎧で受け止める。安物の鎧では防げないが、俺の鎧は最高級品だから問題は無い。だけども、この間の小さい異国人の銃弾は鎧を着ていても体に響いたんだけど、なんでだったっけ?
まぁ、思いだせないしたいしたことではないだろう。とりあえず、俺は逃げ惑う帝国兵の背中に槍を突き刺し、敵兵が槍の穂先に刺さったままで適当に振り回す。
こうすると、大概ビビるので追い立てるのが楽になるってことが分かったので頻繁にやるようにしている。多少、重いので疲れるのが難点だけれども。
そうして、俺達が突撃を行うと、敵は右手側にいる懲罰兵を突破しようとする奴らと、俺達から逃げるためにそのまま後退する奴らに分かれた。
南部に来てから色々とやっていて分かったけども、組織だって撤退されるのが一番困る感じなので、敵を逃がすにしてもとにかく混乱させる必要がある。組織だって撤退されると、立て直しも上手く行って逆襲を食らうみたいだしさ。
なので、とにかく追い立てて、向こうがバラバラに逃げ出すようにしないとな。
「全騎、好きに狩れ。狩り尽くしても構わんぞ」
逃げ惑う帝国兵を追うのも狩りみたいなもんだし、そう言って周りに勢いづかせる。
組織だって追いかけると、逃げる方向が固定されやすい感じもするし、バラバラに追いかけた方がムラが出来て良さげな気がするんで好きにさせる。逃げ惑うにしても、あんまり多く固まられても困るし、散らばられても面倒なんで、程々にやってくれると良いんだけど、どうなるだろうね。
ノール皇子に対して、直接どうこうは出来ないけれど、ノール皇子に合流できなくなる兵を少なくできれば良いんじゃないかな。
「アークス卿! 右翼が突破されたぞ!」
コーネリウスさんが何か言っているけど、まぁ大したことじゃないだろう。突破されたなら、敗けた懲罰兵がビビッて逃げ出しているだろうから斥候役の冒険者に捕まえて貰わないとな。まぁ、放っておいても南部の治安が悪くなるって可能性があるだけだから放っておいても良いんだけど。
「アロルド君。真っ直ぐ後ろに逃げていくのもいるけれど、どうする?」
グレアムさんが返り血を大量に浴びた姿でやって来た。随分と張り切っていたようだけれども、汚いからやめて欲しいんだよなぁ。
「そちらは俺達で追撃しよう」
「アークス卿、右翼の敵はどうするのだ!?」
「そんなものは放っておけばいいだろう。そちらを突破されても奴らに行く先はない。なんだったら、殿下にでも何とかしてもらえば良い」
右翼側を抜けたら、えーと西側だし、この戦場から西側は村はあっても跡地で何も無いから、補給も何も出来ないんで放っておいても良いでしょ。適当に追いかけさせて、ノール皇子がいる南側に行かせないようにすればいいんじゃないかな?
ついでに何もしていなさそうなウーゼル殿下にも働いてもらおうぜ。今度結婚らしいし、土産話くらいは持たせてやらないとな。
コーネリウスさんは何か言いたそうだけれども、まぁ俺が気にすることじゃないな。大人なんだし、文句があれば直接言えば良いわけだし、言わないで我慢できる程度の文句なら気にすることは無いと思うんだよね。
「全騎、追撃に移るぞ。徒歩の兵は遅れても良いからついてこさせろ」
場合によっては一気にノール皇子が撤退する先まで追っかけて決着を着けるかもしれないし、なるべく人は多い方が良いね。
それに途中で撤退途中の帝国兵を追い散らして、ノール皇子と合流させないようにする必要もあるし、なるべく大人数で行動したほうが良い筈。
右手側っていうか、西側に逃げたのに関しては知らんから殿下にお任せかな。って、考えてたら何か慌てた様子で人が来ましたよ。
「アークス卿、お待ちを! ウーゼル殿下が本陣に参るようにと仰せです!」
慌てた様子の人がやってきてそんなことを言いだしたけれども、今忙しいから後でね。
この戦場自体は決着が着いたような感じになってるけど、俺はこの流れで色々とやることあるからさ。俺に話しがあるんだったら、アレだ。
「こちらは敵を追い立てるのに忙しいのでな。用があるのならば、殿下も多少は敵をなんとかしてからにしてもらおう。それが済んだのなら、俺の所に来るのであれば会ってやらんでもない」
なんか、俺がそう言うと、慌てた様子の人は怒り出したけれども相手にしている暇が無いので放っておき、俺はドラウギースの腹を軽く蹴り、背を見せ逃げ惑う敵に向かって走らせる。
この流れでノール皇子を仕留められれば良いんだけどな。上手く事が運んでほしいもんだ。




