乱入者
王国軍の戦列は乱れてきている。
具体的には速やかな騎馬突撃が出来ない状況というべきか。
結局のところ戦の勝敗を決定づけるのは騎馬突撃だ。魔法も大砲も威力はあるが、打撃力という点では騎馬突撃が最も効果的であり、それを封じることが出来れば有利に立つことが出来る。
銃の性能が上がれば、その限りではないかもしれないが、現段階では銃の威力だけで全てを片づけることは出来ない。
王国軍は最前列に重装歩兵と弓兵が置き去りの状態だ。
王国側の重装歩兵で弓兵を守りつつ、敵の騎兵を防ぐ盾とする。重装歩兵で守られた弓兵の矢によって相手方を削り、その後に騎兵を突撃させるという戦術はすでに崩壊している。
重装歩兵が前方に取り残された状態でこちらの兵とぶつかり合っている状態では騎馬突撃を仕掛けるのは無理だ。味方が邪魔となって騎馬を使うことは出来ない。
あとは王国側としては歩兵同士の潰しあいをする他ない。損害が大きくなるだろうからやりたくはないだろうが、騎馬突撃に失敗した以上は仕方がないと考えるだろう。
もっとも、それに乗ってやる気は私には無いが。
「砲兵隊、放て」
私の言葉を聞いた兵が太鼓を鳴らす。
最前列は乱戦状態だが冷静な者はいるので心配はない。すぐに兵が後退を始め、私の背後からは砲声が轟きはじめる。
わざわざ馬車を数台使って運んできた大砲から砲弾が発射され、敵の重装歩兵の中央に着弾する。
右翼、左翼の両翼を先に攻めてから中央に兵を押し込んでおいたのはこのためだ。可能な限り、敵の密度を高めて、そこに砲弾の雨を降らせる。火力は敵の密集している所に集中させなければな。
「突撃だ」
私の言葉が太鼓の音となって味方に伝わる。それと同時に味方の騎兵が進み出ていく。
突撃と言っても単に突撃させるだけでは効果は薄い。というか成功しない。
打撃力があるとは言っても、盾を構えしっかりと陣形を組んだ重装歩兵を突破するのは無理だ。だから、どうやって、突撃を成功させるかに頭を使わなければいけない。
王国側は弓矢でこちらの歩兵を削って成功させようとしたようだが、こちらは大砲の威力で敵の戦意をへし折ってやろうとした。
その結果、王国側の目論見は外れ、こちらの目論見は当たったということだ。
今、王国側の重装歩兵は混乱の極地で、こちらに背を向け逃げ出そうとすらしている。こうなれば、逃げる敵を追いかけ、後から踏み潰せば良いだけだ。
そして有り難いことに王国の重装歩兵は自軍の本陣に向かって逃げている。こうなると、向こうの騎兵もそうそう前に出ることは出来ない。
なにせ、自軍の歩兵を踏み潰す、もしくは歩兵に激突する可能性があるからだ。歩兵の命を惜しんでいるわけでは無く、騎兵が落馬する危険があるために、王国側は騎兵を迂闊に前へと出すわけにはいかない。
大概の騎兵は貴族もしくは貴族の抱える子飼いの精兵だ。それをみだりに失うような命令は発することは出来ない。それこそ、指揮官が絶対的な力を持っており、誰も逆らうことが出来ないという存在でない限りは。
「前へ出ますか?」
近習の兵が私に尋ねる。
自軍が攻め入っているため、この位置からでは太鼓の音も聞こえないだろうが前へと出るのは危険だ。
「いや、ここで良い」
私がそう言うと同時に、敵陣へと攻め入っていた先駆けの騎兵部隊が炎の魔法によって吹き飛ばされ、その直後に巨大な火球がこちらに向かって飛んできた。
だが、その火球はこちらの魔法使い部隊が構築していた〈マジック・シールド〉によって阻まれ、空中で弾ける。
「前へ出る準備をしていれば黒焦げだったな」
私がそう言うと近習の兵は青ざめた顔になっていた。
魔法で一発逆転があるから怖いんだ。戦場では魔法を協力して唱えることで威力を相当に上げることが出来る。一発で戦況変えることも出来ると言われるが、まぁ、歴史書を見る限り純粋に魔法一発で戦況を変えた者はいないな。
様々な要因が絡んだ結果、一発の魔法が戦況変えたというだけだ。
例えば、さっきのように本陣に飛んできた魔法が一発で敵の指揮官その他諸々を全滅させたというだけだ。単に〈マジック・シールド〉を張り忘れていただけだとしか言えないが。
そういう敵方の失敗によるものでも、魔法使いは結果だけを殊更に喧伝し、勢力を伸ばしてきた。
曰く戦に魔法使いは必要不可欠だとか、そんな戯言だ。
そんなことを抜かして、自分たちを特権化していた結果、帝国では魔法は魔法使いにしか扱えぬ秘儀だということになり、魔法使いは社会に利益を与える存在ではなくなった。魔法の力が欲しければ莫大な報酬を要求するという有様だ。
その結果、今回の戦も最低限の魔法使いしか連れてくることが出来なかった。
多少はマシな輩を連れてくることが出来たので、先程も〈マジック・シールド〉で向こうの魔法を防ぐことが出来たが、それが限界だろう。
敵を殲滅させるだけの戦闘能力を持った魔法使いは少ない。というか、戦闘ができるような魔法使い自体が少ないのだから、その上で質まで要求するのは無理というものか。
そういう点で言えば、アロルド・アークスという男が率いていた魔法使いは質が良かったな。
魔法の威力自体は弱かったが、誰も彼も戦闘能力は高く、相当に鍛えられている様子だった。ああいう魔法使いを大量に飼っていれば何でもできるだろう。
それを考えると今の王国軍は御粗末としか言いようが無いな。まぁ、その方がこちらは助かるが。
「このまま進ませろ。次は無い」
魔法も万能ではない。威力が高い物を何度も放てるわけでは無い。
先程の物は破れかぶれの一発だと考えれば次は無い。ならば、今の内に進めるだけ進めておいた方が良い。
こちらの騎兵が敵陣の奥深くに食い込んでいるのが見えるが、そこまでだな。
敵の司令官の王子がいる本陣までは届いておらず、逆に先行した部隊が押しつぶされている。突出すればそうなるのは当たり前だが、それを考える冷静さが無くなっていれば仕方がないな。
私はあからさまに捨て駒にすることは出来ないが、偶然を装って捨て駒にすることは出来る。今の状況ならば、突出した部隊が悪いと言い張れるだろう。だから、私は悪くない。
突出した部隊を攻めるために王国側の陣が中央に寄ったのは有り難いので無駄ではないな。
王国側の両翼の兵がこちらの突出した兵を潰すためにそれぞれ二割は動いたように見えるのだから充分だ。
これで左翼、右翼の兵は八割になった。右翼側にいるオワリがこの隙を見逃すわけはない。
「少し前に出るか」
私の言葉を聞いた近習の兵が慌てて動き出すのを尻目に私は馬を走らせる。
少し細かく動かしたい場面である以上、前へ出て太鼓の音が聞こえる所まで移動しなければならない。
だが、陣そのものを動かすのは不合理だ。
「陣はこのままでいい。太鼓持ちだけ続け」
これで身軽にはなったが、これでも遅いな。
もっと素早く命令を伝える手段が欲しいが難しいか。
前線では突出した中央の兵を潰すために王国側の両翼の兵が動員されている。
だが、それによって両翼は僅かに薄くなった。オワリとネレウスがそれを見過ごすわけはなく、二人のいる右翼側が一気に攻め上がっている。だが、左翼側は遅いな。
右翼側が速すぎるのかもしれないが、なるべく中央と足並みを合わせて欲しい物だが難しいか。
進攻の度合いで言えば、右翼、中央、左翼といった順番だが、これは良くないな。出来ることならば、中央の進攻が悪い方が良かった。
左翼が突破される、そちら側から敵兵が流れ込んで、中央と右翼側に対しての包囲陣が造れる。中央が突破されても、左翼右翼の軍勢に挟まれているため、包囲の陣は布けないが、左翼ではそうもいかない。
とはいえ、それをなんとかすために細かく指示しようにもそれが出来るような装置は持っていないため、それぞれの判断は各個の将に任せる他は無い。
これに関しては私の出来ることは無いので、任せるしかないのが歯がゆいところだ。
私は前線近くにまで来ると、両軍の兵がぶつかり合う戦場を眺める。
位置が悪いため、戦場を一望することは出来ないが、こうでもしなければ太鼓での指示は届かない。
もっとも、指示をすると言っても、撤退の指示くらいしかしようが無いのだが。
王国側は正面切って、こちらを迎え撃つ様子だ。こうなると銃も何も役に立たない。魔法を警戒する必要も無く。単純な兵のぶつかり合いとなる。
この状況に持ち込むまでにどれだけ、自軍に有利な要素を積み上げておくかが重要なのだが、それに関してはこちらは問題ない。
敵兵を追い立て、戦意が折れた相手をすり潰すような状況だ。
下手なことをすれば、一直線に敵の本陣に詰め寄り、向こうの総大将の王子を討ち取れるような形になっている。だから、後はゆっくりと攻めていけばいい。疲れれば、進攻を取りやめ前線を構築し、再度の突撃の準備をすれば良いだけだ。
だが、油断するのは危険だ。
攻め入るということは即ち、敵の懐に入るということだ。敵の懐に入る以上、守りは固くなるので、早々突破は出来ないだろう。こちらを一網打尽にするような大火力の魔法は自軍を巻き込むために使えないだろうが、それでも容易に敵を抜けないだろうから、こちらの損耗は激しくなるだろう。
「このまま行けば、勝てますな」
追いついてきた近習の兵が私に言う。
気楽な物だ。これだけで勝てると思っているのだから。
そもそも何を持って勝ちとするのか理解しているのかが怪しい。こんな、その場その場の戦闘に勝利したところで戦の勝ちではない。最後に向こうが敗北を認めるまでは戦の勝敗は決まっていない。
現にこちらは戦闘では勝っているが戦では敗けそうだというのに。
わざわざ平野に出て向こうの大戦力と合戦をする時点で、余裕がないという証明だ。春まで待ち、本国から増援が到着するまで待てないのだからな。
「あまり相手を見くびらない方が良いな。戦は何が起こるか分からない。もっとも、これは戦に限ったことではないがな」
なるべく味方に後ろ向きなことは言いたくないものだが、この時は思わずそんなことを言ってしまった。
後ろ向きなことを言えば、幸運が逃げるという話もあるが、どうやらそれは真実だったようだ。私はそれをすぐに理解することになった。
自軍が敵兵もろとも爆発に巻き込まれることによって。
「ああ、そうか。来るだろうな。そう、来るに決まっている」
なぜ、可能性を除外していたのか。
王子と仲が悪いから指揮官の座を下ろされたのだと思っていた。
だが、そんなこと関係なく戦場に来る人間だっているだろう。
そして、そいつが手下を連れてやってくることもあるだろうな。
「殿下、左翼から攻撃です! 王国の増援が出現しました!」
分かっている。ああ、分かっているさ。
騒ぎ立てる必要はない。どうせ、奴だろう。
「アロルド・アークス。どこまでも邪魔をする奴だ」
おそらくは奴だ。いや、奴しか考えられない。
顔も知らぬ王国の将アロルド・アークス。
この状況で味方に流れ弾が当たることを厭わずに砲撃をしてくるような狂人は奴しかいない。
「左翼の兵に警戒を促せ。側面から敵が攻めてくるぞ」
ああ、分かるぞ。ここが勝負の分かれ目だ。
敵の攻めを通さず、守りきればこちらは勝てる。ならば、なんとかしようではないか。
どれだけの痛手を受けようとも勝ちを拾うために。




