ノールの戦
た、体力が……集中力が……気力が……
戦においては策を用いないことこそが真の上策だ。
戦術に頼らざるをえない時点で無能であるとしか言えない。そういう意味では私も無能ではあるな。
策を使わずに数や武器に物を言わせて押し潰すのが最も簡単で間違いが無いのだが、それを行うには事前の準備が何よりも大事なのだが……。
「それを今更嘆いても仕方ないことか」
戦は平時の政の積み重ねで決まる。
善政を布いて民を増やせば、それだけ兵力が増える。
食糧問題を解決し民が飢えずに済むようになれば、健康な民が増え、それによって屈強な兵士が増えることにも繋がる。総じて幼少期に飢えることの無かった者の方が大柄になりやすいことからも、それは明らかだ。
そして民に広く教育を施すことができれば、有能な人材を見つけやすくもなるだろう。
だが、そんな政治を行うのは体力の無い国では不可能だ。
最初から帝国が王国に戦を仕掛けるのは無謀だった。
内憂を抱えている国は国外に問題の解決方法を求めるのかもしれないが、その方法として戦は下策としか言いようが無い。
戦は普通に戦えば余裕のある国の方が勝つに決まっているのだ。
それをなんとかするために奇襲を仕掛け、敵方の態勢が整わない内に可能な限り侵攻しておくべきなのだが、既には侵攻は止まってしまっている。
ならば、それ相応の戦い方をするだけだ。
正面切って戦うのは不利と悟らせる。もしくは、勝ったところで利益が少ないと相手に分からせるだけで充分だ。とにかく今後の交渉を有利に進めるために勝つ。
中途半端なところで譲歩すれば、本国に帰ったら敗けたと見なされるだろうが、そんなことを気にしていては命が危うい。
今の所は誤魔化しているが、既にこちらに絶対の勝利は無い。向こうが必死になればなるほど、こちらの状況は悪くなるのだから、長引けば長引くほど、こちらが危うい。
シンプルにこちらの強さを理解させ、相手の戦意を挫くべきなのだが、ここまでではそれが上手く行ってない。
ここでなんとかしておかなければ、王国側は帝国を打倒できると思うようになるだろう。そうなれば、総兵力に劣るこちらはジリ貧となって敗けるだけだ。
勝敗に関してはどうでも良いが、敗けて死ぬのは御免だ。
第五皇子という居ても居なくても構わない立場のゴミクズのように扱われて、ゴミクズのように死ぬのだけは嫌だ。
そうやって死なないためには、ここで勝つ必要がある。
「銃兵を前に出せ」
私の言葉を聞いた近習の兵が兵を動かすための太鼓を鳴らす。
太鼓の音が全軍に響くが、後方に控える私の位置から見ると、いくつかの部隊の遅れが見える。
全軍に指示を出す方法が、太鼓というのも阿保らしい。
私から各隊に個別に指示が出せて、各隊が私の指示に従うのであれば、こんな非効率なことをしなくても済むのだが、それは無理というものか。
それが出来るならば、会戦などせずに各部隊を各個に動かし、戦闘の領域を線のように伸ばし、大軍を各個撃破ということもやれそうだが、今の段階では技術的にも兵の練度的にも無理だろう。
「騎兵は待機だ。こちらの銃兵の二度目の斉射の後に突撃をかける。私の合図で一射目を放て」
私がそう近習の兵に告げると同時に最前列の銃兵の一部が斉射を始める。
どこぞの貴族の子弟が率いる部隊だろう。私は何も合図をしていないが、太鼓の音で斉射と勘違いしたのだろう。
あらかじめ言い含めておいても、この有様だ。まぁ、勝手に突撃をしないだけマシだな。
「殿下、リンゼイ伯爵が突撃はまだかと伝令を送ってきておりますが……」
「まだだと伝えておいてくれ。合図は送ることも付け加えてな」
今の所、出番のない騎兵を率いているリンゼイ伯爵は功を奪われると焦っているのだろう。
初っ端から騎馬突撃をしたところで意味がないことくらい理解してほしい物だが、言ったところで仕方ないことだな。
そんなことを考えている内に王国軍は前進を止め、重装歩兵を前に弓兵がこちらに矢を射掛けてくる。
だが、距離が足りないのと統率が甘いせいか、矢はバラバラに飛んできてこちらに打撃を与えるには足りていない。
今戦っている王国軍は火縄銃を初めて見るのだろう。こちらの銃撃に対して及び腰で、距離を詰め切れていないために弓の射程に入りきれていないようだ。
火縄銃の音と威力は初見の相手に最も効果的であり、アロルド・アークスという男に率いられていた王国軍は慣れたせいで怯えないが、この王国軍にはまだ効くはずだ。
「向こうの弓兵が距離を詰めるまで、こちらの銃兵には射撃を継続させろ」
向こうの攻撃が脅威でないなら可能な限り戦意を削ぐ。
とはいえ、向こうも木偶ばかりがいるわけでは無いだろうから対応してくるだろう。もっとも、その対応が良い結果になるとは限らないが。
「右翼側の敵軍が重装歩兵を盾に前進してきます」
私の位置からも見えているので報告の必要はないのだが、まぁ職務に忠実というだけで悪気はないのだろうから咎めることでも無い。
まぁ、それは置いておくとして、敵が足並みを揃えず前に出てきたか。右翼側にはネレウスとオワリの部隊を置いているから問題は無いだろう。
敵側の右翼の将にも考えはあるのだろうが、あまり良い考えではないな。
弓の射程が足りないせいで前に出ることになったとしても右翼側だけ出れば良い的になるだけだろうに。
重装歩兵が戦列を作り、向かってくるが、当然銃撃を受けて倒れる敵兵は多い。
重装と言っても列をなして歩を進めることが出来る程度の重装であるわけで、銃弾を完全に防げるような鎧を着こんでいるわけでもなく、手に大盾を持っていても矢を防ぐのと騎兵の障害物になる程度の機能しかない。そのため、距離が近くなればなるほど銃弾を食らって倒れる者が増える。
その上、突出したことにより、こちらの右翼側の銃兵と中央の一部の銃兵からの集中射撃を食らうという有様だ。オワリが後方に備えさせている予備兵力の銃兵を動かしているので、突出した右翼側の敵兵は中央、右翼側、オワリの予備兵力の三方向から密度の高い射撃を受け、相当な被害が出ている。
もっとも、中央の銃兵の射撃を右翼側に回しているせいで、こちらの中央側の弾幕は薄くなっているが、それは左翼側の銃兵中央を援護するように射撃を行っているので、カバーは出来ている。
それによって左翼側が薄くなるというのは計算の内なので問題は無い。
「そろそろ、伯爵にも働いてもらうか」
右翼側の敵兵が弱っているので私は近習に太鼓を鳴らすように指示を出す。
内容は極めて単純な『突撃せよ』というものだ。
もっと細かい指示を出したいものだが、太鼓ではこれが限界であり、細かい指示を出したところでリンゼイ伯爵は私の言うことなど聞きしないので、これで良い。
太鼓が鳴り響き、右翼の銃兵が道を開け、その道から騎兵が走り出す。
火縄銃は強力であるが、戦の勝敗をつける武器にはならない。敵を恐れさせる力が足りないのだ。
銃で撃たれて死ぬのと、剣や槍で殺されるのでは、後者の方が血や肉片をまき散らすため、敵に恐怖を与えることが出来る。恐怖を与えなければ戦意は折れず、敗けを認める気持ちにはならない。
だから、最後は殴り合いだ。そのための騎馬突撃だ。
戦の趨勢を決するためにはどうしても騎兵が必要であるから、物資が厳しくとも馬だけは減らさぬように気を使ってきたのだ。
銃撃を受け、相当な被害を受けていた右翼の敵軍に騎兵が襲い掛かり蹂躙していく。
弓兵も帯同させていたのだろう、重装歩兵が騎兵に踏み潰されていくのに巻き込まれ右翼の弓兵も蹂躙されている。重装歩兵と弓兵を共に行動させるという王国軍の定石に則ったものなのだろうが、そのせいで被害が大きくなったようだ。
十数分ほどで右翼側の重装歩兵と弓兵は壊滅し、生き残った者も逃げ去って行く。
その結果を見てだろうか、王国の騎兵がこちらの右翼側に向かってくる、
「少しタイミングが遅かったな」
私は太鼓を鳴らすように指示を出す。
騎兵の後退と銃兵の前進の太鼓が鳴り響き、騎兵が敵に背を向けて、こちらの陣に戻ってくる。十数騎が指示に従わず敵に向かっていくが、それも織り込み済みだ。十数騎の騎兵が敵の突撃に飲み込まれていくが、こちらは準備が整った。
突撃を仕掛けてくる敵騎兵に対し、銃兵が前に出て騎兵に向かって銃撃を行う。
騎兵は強力ではあるが、無敵ではない。馬に乗る騎士は鎧を着ているので平気かもしれないが、馬はそうではないだろう。
私の考え通り、先頭を駆けていた騎士が馬を射殺され落馬し、後ろを走る味方を巻き込む。それだけで敵の騎兵の動きが鈍り、その様子を見ていたオワリが兵を動かしているのが見える。
オワリは予備兵力を率い、突撃を仕掛けようとして騎兵の側面に回り、銃撃を行い始めた。馬を走らせていたら不可能ではあったが、向こうの騎兵は先頭が落馬したことでもたついていたため、オワリが回り込む余裕はあったようだ。
前方と側面の二方向から銃撃を受け、王国軍の騎兵は足を止める。
右翼側はそのままでいいとして、次は左翼側だが、銃兵の射撃が中央に回っていたため、左翼の敵に対する攻撃が弱まっており、それによって左翼側の敵が前に出る余地を作ってしまったようだが、問題は無い。
敵が動けばこちらは、それに合わせて兵を動かせば良いだけだ。
私は太鼓を鳴らすように指示を出す。
すると、太鼓が鳴り響き、左翼の一部の銃兵と予備兵力が動き出し、左翼側の敵兵の側面に回り込むように動き出す。
左翼側の敵も右翼側と同じように突出していたので、同じように対応するだけだ。
二方向から銃撃を受け、左翼の敵重装歩兵が壊滅的な被害を受ける。
武器の射程と威力が違うのだから当然の結果だ。弓も悪くない武器だが威力を兵の練度に依存する時点で使い勝手が悪い。その点、火縄銃は銃口を前に向けさえすれば、とりあえず前の敵には当たるので、使い物にならない兵が出にくく、どんなに兵の質が悪かろうとも敵兵に与える痛手は計算できる。
そんなことを考えている内に右翼側の敵騎兵が後退しだす。
どこまで後退するかは分からないが、この間に私は兵を動かす太鼓を鳴らすように指示を出す。
指示の内容は全体の軍勢の展開を中央と左翼側に寄せるというものだ。
重装歩兵と騎兵を壊走させ、右翼側の敵に対する脅威度は下がったので、多少は押し潰す安全性が高まった。
警戒の為に、こちらの右翼側の騎兵も前進させている。これで、敵側が右翼側に回ったとしても速やかに騎兵突撃を行って敵を押し潰せるだろう。
多少、問題となるのは敵側の中央の騎兵と左翼の騎兵だが、前に味方の兵がいるのに騎馬突撃は不可能だろう。騎馬突撃してきたとしてもオワリが率いる予備兵力の銃兵が警戒しているので、牽制は出来るはずだ。
今の段階では、突出した左翼側の敵重装歩兵をこちらの左翼の銃兵が足止めしている。
中央の兵に関しては、こちらの正面側の銃兵で対応しつつ、右翼の銃兵が側面から銃撃を仕掛けている。
若干後方に王国軍の騎兵がいるが、それに関しては中央と左翼は前に味方がいるために安易に突撃は出来ない。右翼側から迂回してくるかもしれないが、それに関しては、オワリが予備兵力で守りを固めつつ、騎兵に警戒をさせている。
左翼に迂回してきてもそちらは同じだ。オワリやネレウスがいない左翼側不安ではあるが対応できるはず。
とりあえず、敵の重装歩兵に関しては包囲に似たような陣形を組めたな。
後は押し潰すだけだ。騎兵は残るが何の準備もなくかかってくる騎馬突撃など恐ろしくもなんともない。
このまま、上手く勝利を決めたいところだが、さてどうなることか。なるべくなら、上手くいってほしいものだがな。
最近、書こうと思っていたことを書き忘れることが良くあるので今回も何か忘れているような気が……




