援軍と暗雲
一通り捕虜の処遇を決めた俺はサウロスの補強をしながら過ごす日々です。
まぁ、補強って言っても、俺が大砲で穴を開けた城壁を俺の手下の冒険者とかが埋めてるだけだけどさ。あと、どういうわけか吹っ飛んでいる城の執務室とかを掃除したり、修復したりとかしてました。
コーネリウスさんは変わり果てた我が家を前にして崩れ落ちていたけど、帝国の奴等は人の家を大事に扱えないんだろうかね。こんな風に悲しむ人がいることを想像できないとかとんでもない奴等だ。
そうそう、なんか仕事しているみたいに言ってしまったけど、俺って一番偉いみたいだし、あんまり仕事しなくても良いと思うので基本的には人任せです。
偉い人が必死になって仕事しなきゃいけないとか組織的には終わってると思うし、今の方が健全だと思うんで、仕事はせずに昼間から暖かい部屋で寝転んで暇をつぶしてます。
つっても、たまに俺に決済を求めてくる奴がいるから、そいつの相手をしなきゃならんので完全に遊んでいる状態にはなれんのよね。
そんなこんなでノンビリ過ごしている内にウーゼル殿下の率いる王国軍が近くまで来ているという報告が入った。
到着が遅いのか早いのかは分からんけど、よく来たねって感じだ。こんな田舎は都会人には辛いだろうにね。現に俺は早く王都に帰りたいし。
「ほらアロルド君、挨拶しないと」
エリアナさんに言われたので挨拶に向かおうかとも思ったけど、サウロスに来るの待ってりゃいいや。
待ってりゃ来るのに自分から足を運んでお出迎えするのも変だしさ。
というわけで、俺は殿下が来るまでノンビリと待機することにしました。お茶でも飲んでいましょうかね。
で、エリアナさんから迎えに行けと言われた翌日――
王国軍の二万の軍勢がサウロスの周囲に展開されていました。王国全土から集めたにしては少ないように感じるけど大丈夫なんかね?
まぁ、俺はもう関係ないんだけどさ。将軍はウーゼル殿下らしいし、俺は後ろで大人しく酒でも飲みながら観戦することにします。
そう、観戦するだけにとどめておこうと思ったのだけれど……
「アロルドはいるか!?」
サウロスの城でダラダラと過ごしていたら、ウーゼル殿下が乗り込んできちゃったわけです。
旅塵にまみれて薄汚いので勘弁して欲しいもんだ。俺はそれなりに潔癖なんだよなぁ。
一応、コーネリウスさんから好きに使っていいって言われているから、城は俺の家ってことにしちゃっているわけで、それなのにも関わらず、薄汚れた格好のまま勝手に上がり込んでくるとか、殿下の神経が信じられないね。
二三日くらい市外で過ごしていたからって、そんなにイライラしないでほしいもんだ。俺は我慢できますよって言いたいけれど、言ってしまうのが良くないってことぐらいは分かります。
俺も学習しましたからね。俺と他の人では感性が違うってことぐらいさ。まぁ、だから殿下が何に対して気に入らないのか全く分からないわけだけれども。
「なぜ、我々を市内に入れない。我々は援軍として来たのだぞ」
ああ、そのことね。
まぁ、それには理由があるようなないような。えーと、なんだっけ、うん忘れてただけだな。
つーか、人に言われなきゃ判断もできないし、行動もできないのかよ。今のサウロスには軍を受け入れる余裕がないことくらい察して欲しいもんだ。
俺は難しいとか思わないけど、軍隊動かすうえで一番大変なのは駐留らしいぜ。兵隊さんは基本的に生産的なことはしないし、乱暴者が多いから問題起こすし受け入れる側に余裕がなきゃ無理なんです。もしくは、軍隊の側が歩み寄って行く姿勢を見せなきゃ駄目だと思うよ。
いっぱいお金なり食糧なりばら撒けば受け入れ側も快く応対してくれるわけだしさ。その点で言うと、キミら何もしてないじゃん。やれ、食糧寄越せ女寄越せとか、傍若無人の振る舞いをしてるって聞くぜ。
市外に駐屯しているのに、市内で問題起こすんだもん、市内に入れたら、もっと大変なことになるじゃんよ。そういうことになったら、大変だから市内に入れないんです。
うーん、このことを説明するのは面倒だな。面倒だし、黙っていようっと。
「私は王命によって、この地にやってきたのだ。私の邪魔だてをするということは王に反旗を翻すということだぞ。なんとか言ったらどうなのだ」
ああ、そういえばウーゼル殿下が新しい将軍だっけね。
しかし、ウーゼル殿下って命の奪い合いとかやったことあるんだろうか?
見た感じだと、平和に暮らしていた王子様って感じなんだけどなぁ。帝国のノール皇子と比べると、ちょっと雰囲気違うよね。
王子と皇子で戦うとか話題になるだろうけど、絶対に勝てなさそうだし、そんなつもりで殿下を送り込んだりしないだろうから、勝算はあるんだろうね。
殿下を戦で活躍させて、殿下が即位した時のための点数稼ぎをするとかいうアホなことを陛下も考えたりしないだろうし大丈夫でしょう。
うーん、まぁ殿下がどうでも俺は構わないんだけどさ。なんだか可哀想でもあるよね。だってさ――
「戦場になど来ず、王都で婚約者と仲良くやっている方がお似合いだろうに」
王宮でパーティーやってる方が優雅だし、殿下にはお似合いだと思うよ。
あと、イーリスっていう可愛い婚約者がいるんだから、仲良くエロいことでもやってる方が色んな意味で生産的だと思うし、戦なんてやるよりよっぽど良いと思うんですけど。
別に悪い意味で言ったつもりは無いんだけど、殿下の顔が不機嫌な物になっているのが良く分からんね。
「そうか、貴様は私を無能だと思っているのだな。それか、自分の思い通りにいかなくなるのが気に入らないのか。それとも、イーリスの事で私に思う所があるということか。だから、私の率いる軍には協力できないと?」
「さぁ、言っていることの意味が分からないな」
「ふん、存外に小さい男だ。私は貴様を過大評価していたようだ」
別に協力すんのは良いんだけど何を言っているんだろうね。なんだか知らんうちに評価を下げられたしさ。
俺としては、さっさと砦の方に移動してくんないかなと思っているんだけど。そうしてくれたら、食糧やら何やら融通できるしさ。
そこら辺を察して欲しいんだけど。つーか、察しなくても聞いてくれたら答えてあげるんだけどな。自己完結されると俺は何も言いようが無いんだけど。
将軍ということで大変なのかもしれないけど、殿下にはもう少し余裕を持って欲しいもんだね。
「南部の連中は貴様に対して、王に対する臣下のようにかしずいているが、私が来たからにはそのような真似はさせん。思いあがった貴様の鼻をへし折ってやろう」
なんか自信満々だね。まぁ学園にいた頃は俺よりも優秀だったし大丈夫でしょう。
「では頑張ってくれ。もっとも、その細腕で俺の鼻をへし折れるのかは疑問だがな」
普段から剣とか振ってるのかって感じだしさ。腕力心許なさそうなのが心配ですよ。
そんな風に心配して言ったつもりなのに、なんだか殿下は不機嫌になってしまったので、良く分からないなぁ。
「あまり調子に乗るなよ。今すぐに帝国を撃退し、私の方が優れているということを証明してやる」
「証明するまでもないだろうに。殿下の方が優れているだろう? 王族という唯一無二の血筋というだけで俺より優れているではないか」
事実を言ったつもりなんだけど、殿下は気に入らない様子です。
血筋っていう覆せないもので勝ってるんだから良いじゃないと思うんだけど、何が気に入らないのかね。
「……もういい。貴様が本気で王家を侮っているのは理解した。いつか、その無礼に対しての報いが与えられるであろうことを覚悟しておくが良い」
とまぁ、そんなことを言って、殿下は部屋から出ていきました。
今更ながら気づいたけど、俺は座っていて殿下は立ったままでしたね。お客さんに対してすることじゃなかったな。確かに失礼だったし反省しよう。
うーん、なんだか申し訳なくなってきたし、俺が砦に行くかね。
殿下はサウロスを動きたくないみたいな感じだし、俺の方が立場が下になるらしいし、さっさと出ていった方が良いかな。
良く分からないけど自信があるみたいだし、任せても良いと思うしさ。
そういうわけなんで、俺はすぐに兵士をまとめてサウロスを出た。
出る時に殿下が勝ち誇ったような顔をしていたけれど、なんなんだろう?
コーネリウスさんは俺についてくるし、南部の貴族の半分ほどが俺の下につくことを選び、残りの半分は殿下の方に加わったようで、なんだか良く分からなくなってきた。
コーネリウスさん曰く、勝ち馬を見極めて行動した結果こうなったのだとかなんとか。
別にどっちの下に付こうが帝国に勝てば同じだと思うのだけれど良く分からない話しだな。
まぁ、俺の手下になってくれるっていうなら、働き次第で色々と御褒美は出すけどさ。殿下の方についた人達は殿下が出してくれるだろうから大丈夫だろうし、俺は出しませんよ。
しかし、殿下が将軍って話なのに、俺に指揮下に入っていいんだろうか? まぁ、殿下は何も言ってこないし、大丈夫だろう。
兵が足りないので貸してくださいって言って来れば、貸す用意はあるんだけどな。頼みごとをするのを恥ずかしがる年頃でもないだろうに、何を考えてるんだか。
そういう訳で俺は砦に籠っている間、殿下から協力の要請は来ませんでしたし、俺も協力は申し出ませんでした。だって、何も言われてないしね。
で、そうこうしている内に十日ほどが過ぎ――
ウーゼル殿下が軍勢を率いて出陣したという報せが俺の所に届いたのだった。
進軍する先はイグニス帝国の支配地域。殿下はイグニス帝国と決着を着ける気のようで軍を展開しているらしい。
それでも、俺の方に手助けしろとかいう要請は来ていない。
さて、どうしたものかね?




