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魔弾と皇子

いつにもまして雑ですみません。

 

 俺は戦場跡に転がる薬莢を拾い上げる。

 思った通り、俺の拳銃と同じ金属薬莢だった。そうでなければ、あの発射速度と馬上での安定した運用は不可能だ。


「オワリ殿、敵方の鉄砲を発見したのでお持ちいたしました」


 帝国の兵が俺のもとに鉄砲を持ってくる。おそらくは討ち死にした向こうの兵から剥ぎ取ってきたのだろう。生者が死者の持ち物を奪うことも戦場の習いであるから、咎めだてするようなつもりは無い。

 俺は彼らから、つい先ほどまで死者の持ち物であったであろう鉄砲を受け取り、手に取って調べる。すると、思った以上に簡素な造りであることが分かった。

 我らが使う鉄砲よりも、スペンサー銃に近いかとも思ったが、アレのように連射は不可能であるようだ。

 構造自体は簡素であるから、銃自体は同じものを造れと言われれば造れるだろうが――


「オワリ殿、殿下がお呼びです」


 俺の思考を男の声が遮る。

 声の方を見てみると帝国軍の将の一人であるネレウス殿が佇んでいた。


「それはすまなんだ。貴殿に使い走りのような真似をさせるとは申し訳ない」


 俺が頭を下げると、青黒い肌に金色の瞳を持った帝国の少数民族である『魔族』の将は穏やかな笑みを浮かべる。


「気になさる必要はありません。私はあちこち動き回っている方が性に合いますので」


 ネレウス殿は中々の人物だ。魔族であるというだけで疎まれてはいるが、その心根などは、帝国の有象無象の貴族連中など比べるに値しないほどに優れている。


 俺とネレウス殿は、共に使える主の許へと向かう。手土産に敵方が使った鉄砲と未使用の弾を持っていくとしよう。

 歩きながら話すことはと言えば互いに将であることから、共通の話題として必然的に先程の戦の事なってくる。


「あの黒鎧の者は危険だな」


 銃弾を受けてもビクともせずに耐えた男だ。

 どういうわけか、この世界は・・・・・鉄砲が弱くなってしまうが、それでも全く堪えた様子が無いというのは脅威としか言いようが無い。

 膂力に関しても、俺がこの世界で相対した様々な生き物の中でも比肩するような存在は無い。


「ええ、今後、アレの相手をするとなると恐ろしい限りです」


「鬼か天狗か、はたまた別の何かか。全くこの世は恐ろしいことばかりだな」


 俺の言葉に対し、ネレウス殿は鉄砲を構える真似をしてみせつつ、俺に尋ねてくる。


「人外の者は射殺せませんか?」


「それについては、まだ何とも言えんな。そのことも含め、殿下にお話しせねばならんだろう」


 俺とネレウス殿は、殿下が滞在する天幕の前に到着すると何も言わずに中に入る。

 余計な挨拶など不要というのが殿下の御達しである故、俺もネレウス殿も心苦しくはあるが主命である故、それに従う他はない。

 天幕の中に入ると、そこには先程まで人がいた形跡があり、天幕の中心に座する殿下の表情は優れない。


「二人とも、ご苦労だった。楽にしてくれて構わない」


 我らの主であるイグニス帝国第五皇子ノール・イグニス殿下は、疲れた顔でそう言って、我らに椅子を勧める。俺もネレウス殿も主の好意を無下にするわけにもいかぬため、殿下の言葉に従い椅子に腰かけた。


「……エルゾ侯爵家の当主が戦死、オレイル伯爵家は長男と次男が戦死。兵の損耗は二千ほどで、その内死者は四割だ。残り六割も負傷しており、戦線復帰が可能かは分からない。カレリアス家の若殿は三千の兵を率いながら、兵と共に行方不明……一体どういうことなのかと諸侯に詰め寄られたよ」


「それは、お疲れ様でした」


「全くだ。従軍は自己責任だと私は予め伝えたと思うのだがな。死んだとしても責任は取らんとまで言ったと思うが。どうやら、誰も憶えていてはくれなかったようで、ウンザリするよ」


「どうされるので?」


「心ばかりの見舞金でも戦死者の関係者に出すしかないだろうな。そうでなければ、収まりがつかないからな」


「甘すぎるのでは?」


「甘かろうと、奴らに媚でも売らなければどうにもならんよ。この地にいる帝国軍五万の内、私が動かせるのが一万で、それ以外は諸侯の軍勢だということは知っているだろう?」


「ええ、忌々しいことですが」


 全くその通りで忌々しいことこの上ない。

 アドラ王国侵攻に際し、総大将として命じられたノール殿下をイグニス帝国の諸侯貴族は明らかに軽んじている。いや、奴らが軽んじているのはノール殿下だけでなく皇家自体もか。

 どうにも、イグニス帝国は諸侯の力が強すぎるようだ。

 俺がいた世界で言えば、各地の大名が幕府と同じ力を持っている状態ということなのだろう。そうなれば、大名は幕府に唯々諾々と従うようなことにはならないだろう。

 今回のアドラ王国侵攻とて、諸侯の意向が大きく反映された物であり、皇家は反対の立場を取っていたが、押し切られた形だ。それを考えれば、既に皇家の力は無いと言っても良いやもしれん。


「欲の皮が張った輩は忌々しいことこの上ないが、奴らがいなければ帝国は立ち行かない以上、機嫌を取っていく他は無い」


 今回の戦は、アドラ王国の領土を切り取り、諸侯がその地を得て自らの領土にしようという欲に端を発したである。

 それゆえ、それぞれの貴族が我先にと進軍し、アドラ王国の地に自らの家紋が描かれた旗を立てるような行動に走っている。なんでも、征服した地に関しては、征服した貴族の領地になるという話のためだ。

 その結果、全く軍としては統制が取れない状態となっており、殿下がそれを咎めようとしたところで、皇家を軽んじている貴族共は耳を貸そうとしない。

 最初の頃は、まだ良かった。此度の戦に参戦している貴族は殆どが初陣であったため、必要以上に臆病に行動しており、まだこちらの指示に従う余地があったが、今となっては中途半端に戦に慣れ、敵を侮り、我らの指示など必要ないと嘯いている。


 もっとも、そうさせてしまった原因は俺にもある、

 俺が殿下の為に作ったはずの鉄砲と大砲は諸侯の手にも渡り、その威力を知った貴族は慢心し、敗北の可能性など無いと思うようになり、安易に戦を仕掛けることを決めたのだ。

 武器だけで勝てるなど思い上がりもはなはだしい。真に重要なのは武器を使うものだということをまるで理解していないのだ。

 そのことも俺を苛立たせ、貴族に対する不満を抱かせることに繋がっているだろう。今となっては、安易に鉄砲の作り方など広めるべきでは無かったとも思う。


「どれだけ気に食わなくとも、謝罪はする。それで決まりだ。この話はここまでにして、私は面白い話を聞きたいものだが、二人は何かあるか?」


 殿下の視線を受け、俺は手に入れた敵方の鉄砲と、その弾を殿下に差し出す。殿下は鉄砲を手に取り、それを眺めつつ――


「思ったよりも簡素な造りだ。これならば、我らも量産できると思うが、どうだ?」


「それは難しく思います。確かに銃自体は造れるでしょうが、弾が作れません」


 敵方が装薬に使っているのが火薬ではないということは置いておくとしても、金属薬莢の加工自体が、今の技術では不可能だ。

 いや、造れることは造れるだろうが、職人が一発一発を手作業で作るしかないだろう。とてもではないが、弾一発にそのような手間をかけるのは割に合わない。


「それは残念だ。とはいえ、現物があるのだから、これを作っているものを捕えれば、製法は分かるだろう。なるべく諸侯に気づかれず、製法を知っている者を確保したいな」


 諸侯に、これ以上の力をつけさせないためだろう。新しく強力な武器の製法を知ることは戦力の増強に繋がる。ただでさえ、諸侯の力が強いのだ、これ以上の力を与えれば皇家が危うい。


「とはいえ、そんな先のことを考えている余裕があるかは分からないがな。どうやら、王国も切り札を切ってきたようであるしな」


「あの武将ですか?」


 ネレウス殿が殿下に尋ねる。おそらく、俺と同じ人物を思い出したのだろう。あの黒い鎧の男のことだ。


「ああ。奴には良いようにやられてしまった。必勝だと思っていたら、軽々と陣を突破され、想像もしていなかった損害を受けた。見事も見事、あれこそ武将の鑑というものだ」


 殿下は心底、愉快そうに言う。


「ああいう猛者が一人いるだけで、こちらの臆病な貴族共は、怯えてマトモに戦えなくなるだろう。今回の戦だけでも、相当な数の兵が王国に恐れを抱いたはずだ」


「怯えて使い物にならなくなると?」


「そこまでは言わないが、我々の兵は略奪などで懐が温かくなっている。生き残れば、それなりに豊かになれるだろう。そんな状態では必死で戦ってはくれんよ。この地に来るまでは、我らの兵は持たざる者だった。だが、今は持つ者になってしまったのだ。勝利への貪欲さは無くなったと見た方が良い」


「一度、厳しく調練を行い、兵としての心構えを取り戻させます」


 俺の言葉に殿下は首を横に振る。


「全ての兵は無理だ。オワリの言いたいことも分かるが、自分の兵に厳しい訓練をされては面白くないと思う諸侯も多いだろう。実戦経験は無いが、兵の扱いに関して一家言もっている貴族も多いことだしな。全く持って愉快ではないことだが」


「全くですな。戦の事が分からぬのならば、大人しくこちらに任せておけば良いものの」


「その通りだが、あまり言葉にするものじゃないぞ、オワリよ。どこで聞いているか分かったものでは無いからな」


「厄介な話ですな」


 殿下はため息を吐きなから、俺の言葉に頷きながら、俺に対して諭すような口調で語り掛ける。


「お前は戦場でならば、この上なく頼りになるが、陰謀を張り巡らせるような場は向かんのだから、気をつけてくれ」


「……善処いたします」


「ならばいい。ところで、あの武将と戦った感想を聞いてみたいのだが……いや、それを聞くよりも、こう言った方が良いか――」


 殿下は俺の目を見据え、尋ねる。


「――奴は始末できるか?」


 その問いに対して、俺は躊躇わずに答える。


「無理でしょう」


 殿下は、何も言わずに俺の言葉が続くのを待っている。


「まず遠町筒を用いて狙撃してみたものの、弾が当たらないことを初めから知っていたかのように動じませんでした。あれでは、狙撃したところで躱される結末しか考えられません。接近して銃を撃っても、まるで効いたような様子を見せず、始末は不可能かと。ですが――」


 始末というように、一方的にどうこうするというのは不可能だろう。だが――


「この身の全てを賭け、尋常の果たし合いをすれば、勝ちを拾うことも不可能ではないかと」


 殺せぬ生き物など存在せぬ。

 それは元の世界でもこの世界でも同じこと。

 身命を投げ打ち、己が身を弾丸と成せば、果たせぬことなど無いに等しい。


「……そうか、であれば、それは最後の手段だ。たかだか一人の将の命の為に、お前の命をいたずら捨てて貰っても困る」


「そうですね。あの黒鎧の青年がいかな猛将といえども、一人で戦況を変えることなど不可能。あの若さでは、所詮は数百名の隊を率いるのが精一杯のはず。放っておいても問題は無いかと」


「案外、今回の事で迂闊に戦功をあげたために、他の将から疎まれているかもしれん。もしかすると、不興を買って、後方に下げられたということもありえるだろう。何処の国も貴族は陰険な物である以上、ああいう目立つ輩は、追いやられ易いものだ」


 殿下もネレウス殿も、随分と敵を甘く見た物言いであるが、どちらも本気ではないだろう。

 確かに、あの男は若く、権力を握るような立場には見えなかった。

 だが、何かが違うような気がする。あの男のことを考えると、何とも言えない胸騒ぎのような物を我々は感じるのだ。それは殿下もネレウス殿も同じなのだろう。

 二人は、それを掻き消すために無理矢理に楽観的な物言いをしているようにも見える。


 殿下は命を捨てるべきではないと言ったが、果たしてそうだろうか?

 あの男は俺が命を捨ててでも倒さなければいけないような、そんな思いが俺の胸中を駆け巡っている。

 あの男を仕留めなければ大恩ある殿下の身に何が起こるか分からない。

 殿下の身を守るためならば、この身は惜しくはないが――


「まぁ、あの男がどう動くにしても、二人とも、軽はずみな行動は取ってくれるなよ。私にとってはお前たちだけが信頼に足る部下なのだからな」


 そう言われては、主命に逆らえぬ身としては、どうすることも出来ない。

 不器用ではあるが、俺にはこのような生き方しかできないのだ。

 主の言葉に異を唱えず、ただ従うのみ、それが俺の教わった生き方だ。


「今後についてだが、こちらも寄り合い所帯だが、向こうも寄り合い所帯の大軍勢。互いに自軍の統率が完璧でない以上、この辺りで様子見をするのも良いだろう」


 殿下が、今後の我が軍の指針について語り始めた。


「いい加減に攻め疲れたと感じている者もいるだろうから、態勢を整えるのも悪くない。幸い、心許ない食糧も敵方の都が目前にあるので補給できるだろう。今後については、補給をしてからだ。重ねて言うが、軽挙妄動は控えよ。私が言うのはそれだけだ。二人とも手勢を率いて都を目指せ。他の貴族は既に向かっているだろうが、あまり奴らと揉め事を起こすな」


 殿下の、その言葉を区切りに我々は解散し、それぞれの持ち場に戻るのだった。




 天幕を出ると、空には月が浮かんでいた。いつの間にか夜になっていたのだろう。

 見上げる月は、この世界に来た時と同じに見える。

 この世界に辿り着き、そろそろ一年になる。俺を取り巻く状況は大きく変わったが、世界は何も変わっていないということなのだろう。


 俺は一度死んで、この世界に来た。

 どこで死んだかの記憶は曖昧だ。京都だったか、会津だったか、それとも別のどこかか。とにかく戦場で死んだことだけは憶えているが場所は分からない。

 後は、ひたすらに鉄砲を撃っていたことだけは憶えている。生まれた時から鉄砲に囲まれて、鉄砲の事だけを教わって生き、鉄砲と一緒に死んだ。そんな人生だった。

 死んだことに対して何も思うことは無い。主君に忠を尽くして死んだのだから満足だ。

 俺はそれで終わっても良かったのだが、どういうわけかそれで終わらなかった。


 気付くと神仏を名乗る男の前に居た。

 もっとも、それが神仏かどうか怪しいものだが。

 奴は俺を見るなり『間違えた』と言ったのを憶えている。

 どうにも、呼びだす相手は俺が死んだ時代よりも、もっと後の人間だったらしく、俺は手違いで呼びだしたのだという。

 奴は仕方ないといった態度を隠さず、俺に対して力を授け、別の世界に送り出すなどと抜かしていた。

 俺は貰い物の力などはいらなかったが、ただ一つだけ奴に頼んだことがある。


『俺の持ち物を、その世界でも使えるようにしてくれ』


 それだけが俺の望みだった。

 持ち物と言っても、父上が俺に贈ってくれた拳銃しかなかったが、それだけは持っていきたかった。

 そう言った時、奴が俺に対して露骨に見下した顔をしていたのを憶えている。

 もっと強力な武器を用意するなどと言っていたが俺は断った。

 奴は神仏だと言っていたが、全くもって分かっていない。重要なのは武器ではなく、武器を使う人間だということを。

 そもそも、俺は武器として銃を持っていくのではない。父との絆の品として持っていくのだ

 そういう見識の無さが奴が神仏ではないという証だ。


 結果として、俺は父上から贈られた銃を持って、この世界に辿り着いた。

 奴は俺を塵を捨てるかのように、この世界に落とした。

 実際、奴にとって俺は塵で、捨てるべき存在だったのだろう。俺は奴にとっての失敗なのだから、それも仕方ない。


 まぁ、それはどうでも良いだろう。今となっては奴のことなど、たいしたことではない。

 そういえば、奴の力によって、この世界でも使えるようになった俺の銃だが、どういうわけか、銃は弾切れになると自動で無限に装填されるようになっていた。

 確かに、この世界でも、これならば使い続けられるが、こういう形を望んでいたわけでは無い。


 この世界に辿り着いた俺は帝国の地に降り立った。

 そこで異国人として捕まり、奴隷にされるところをノール殿下に救われ、あの方に忠誠を誓った。

 俺という男は主君を定めねば生きてはいけぬ男のようだ。


 その後、俺は殿下の為に帝国で鉄砲を作り上げた。

 俺に出来ることは、鉄砲を撃つことと鉄砲鍛冶ぐらいであったから仕方ない。もう少し器用に仕えたかったが、俺に出来ることは、それしかなかった。

 そうして、殿下の為に鉄砲や大砲を作り、時々は戦で鉄砲衆を率いるような日々を過ごし、今に至る。

 世界が変わっても俺の生き方は変わらなかったが、後悔は無い。

 ノール殿下は仕えるに足る主君であり、それだけで俺は充分に満足だ。国を思い民を思う、そのような方に仕えられるのは俺にとっての喜びであり、その喜びがあれば、生き方などはどうでも良い。

 ただ、ひたすらに主に忠を尽くす、世界が変わり、主が変わろうとも、それだけが俺の望みだ。


 俺は主のため、ひたすら己を鍛え上げた。

 主を守り、主の敵を滅することが出来る、そんな自分を目指し鍛え続けた。そして、俺は強くなった。

 あの男に及ぶかは分からないが、もしも、あの男が我が主に害をなすというならば、この身を捨てでも必ずや滅してやろう。今の俺には、その力はあるはずだ。

 来るなら来い、俺は待ち構えているぞ。


 そうして、俺は変わらぬ月を見上げながら、名も知らぬあの男に向けて、心の内で挑戦状を叩きつけた。

 

 戦いはまだ始まってはいない。ここから始まるのだという確信と共に。








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