表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/273

エイジの目標

 俺の名前はエイジ。苗字は……今は無いので、只のエイジだ。

 俺には実は重大な秘密があり、それは地球という世界出身であるということだ。


 なぜ、そんな俺が、この世界に居るかと言えば、それには深い事情がある。

 ある日、俺は突然、ヲルトナガルという神を名乗る男によって、異世界へと送り込まれたのだ。

 なんでも、ヲルトナガルが治めていた世界がアスラカーズという邪神のせいで大変なことになっているとかで、俺に何とかしてほしいという話だった。


 アスラカーズの手下によって、ヲルトナガルの世界の秩序は崩壊しつつあり、その崩壊を食い止めるためにはアスラカーズの手下を倒す必要があるそうだが、どうして神同士で戦わず手下同士を戦わせるような真似をしているのか、俺は分からず、そのことをヲルトナガルに質問した。


 帰って来た答えによると、それは神同士の戦いの掟によって決まっていることだとかで、神々は自分の選んだ勇者を競わせるのが普通なそうな。

 それで、どうやって勝敗を決めるのかと聞けば、神々の選んだ勇者の影響力の大きさで決めるというらしい。

 良く分からない話だったが、神が選んだ勇者には、勇者を選んだ神の性質の一部である『法』という物が付着し、それを自分の影響下にある人間にも拡散させる力があるのだとか。

 神の戦いは、それぞれの神の法の下にいる人々の数の大小で決めるらしく、どれだけの人々を影響下におけるかが肝心らしい。

 人々を『法』の支配下に置く方法はいくらでもあるようで、勇者が組織のトップになったとしたら、その組織の人間は全て勇者の有する神の『法』の下に置かれる。

 組織の規模は問わないらしく、冒険者のパーティーみたいな数名程度でも、リーダーになればその数名の冒険者に『法』の支配は及ぶし、国王にでもなったら、国民全てが『法』の支配下に入る。

 他の方法では、単純に勇者に屈服や服従しても、勇者の有する『法』の支配下に入るし、何かを発明して、それが人々に大きな影響を与えた場合でも人々を『法』の支配下に置けるという話だった。

 話を聞く限りでは、『法』の支配における状況は曖昧だそうだが、とにかく影響力の大きさという点を基準にすれば良いのだとヲルトナガルは言っていた。

 既に別の勇者の『法』の支配下に置かれていても、より強い影響力を発揮すれば、支配を奪えるし、その勇者そのものを倒せば、支配を無かったことに出来るという話も聞いた。


 要するに神が勇者という駒を使って、勢力を争いをしているということだろう。

 勇者が勢力を伸ばせば、それだけ神の支配する領域が増していくことに繋がるんだと思う。


 ヲルトナガルは一通り戦いの構図について説明してくれた。

 アスラカーズの『法』は『自己実現と闘争』という物で、それがヲルトナガルの世界を支配しようとしているそうだ。

 アスラカーズの『法』の支配下に入ると、全ての人間が理想の己を目指すために自らを高め、その果てに理想の自分であるという確信を得るために永遠に争い続け、やがて世界が破滅するらしい。

 対して、ヲルトナガルは自分の『法』を『秩序と安定』だと言った。詳しい説明を受けなかったが、アスラカーズの『法』よりはマシなように聞こえる。


 そこまで話を聞かされ、俺はヲルトナガルに世界を救ってくれと頼まれ、俺はその頼みを喜んで引き受けた。

 正直な話、神同士の争いはどうでもよく異世界に行ってみたかっただけで、深く考えずに了承してしまったのだが、これが失敗だった。

 現実はつまらないので異世界に行って、ちょっと楽しく過ごそうなんて甘い考えがマズかったということだろう。


『今までの勇者の末路を考えると、強力な力を得ると碌なことにならない』


 ヲルトナガルは、俺が異世界に行くことを了承するとそんなことを言いだした。


『無限の魔力を与えた勇者、どんな傷も癒す力を与えた勇者は死んだ。どんな魔法でも扱える力を与えた勇者は囚われの身。今も無事な勇者は、力を与えなかった者たちである以上、安易に私が力を与えることは危険だろう』


 そうして、ヲルトナガルが俺に与えてくれたのは『読み書きに困らない』という良く分からない力だった。

 正直、これでどうしろっていうんだ。自信を持って送り出した勇者が悲惨なことになっているから、混乱しているのだろうか。

 そもそも、勢力を伸ばさないといけない以上、なるべく目立たないといけないはずなので、こんな地味な能力ではどうにもならないと思う。


 俺がそんなことを思っているのを知ってか知らずか、ヲルトナガルは俺に能力を与えると追い出すように俺を異世界へと送り出した。


 そして、色々と騙されたことに気づいた訳だが――


 まず、異世界と言っていたが、ここは俺の知っている世界だった。

 ここは、俺が昔に遊んだクソゲーである『アルティリア戦記』の舞台のアルティリアという世界にそっくりの場所で、クソゲーと思いつつも、それなりに遊んだ経験のある俺にとっては馴染みのある世界だった。

 それに気づいた時はゲームの知識で余裕かと思ったが、すぐに色々と事情が違うことに気づいた。

 まず、魔王の存在が無い。アルティリア戦記の世界では魔王が暴れ回っていたのだが、この世界では魔王などというものは存在していないようだった。魔王に滅ぼされたはずのイグニス帝国が健在で、アドラ王国に侵略戦争を仕掛けてきている時点で、俺はこの世界がゲームと違うという事実を思い知った。


 そうなると、俺のような一般人が生きていく術は無い。

 剣と魔法の世界というだけで、文化レベル自体は中世そのものの世の中を、平成日本で平凡な生活を送っていた自分が生きていけるわけもない。

 平成日本の常識の中で生きてきた自分からすると、この世界の人間は狂暴すぎるので馴染める気もしない。


 そうして異世界に着いて、そうそうに途方に暮れることになったのだが、天の助けがあり、辛うじて生き延びることが出来そうだった。だったが――


 助けて貰った先にいたのはアロルド・アークスだった。


 アルティリア戦記をクソゲーたらしめた原因が俺の前に現れた。

 アロルド・アークスが原因のトラウマ級イベントの数々が頭をよぎった。


 ヒロインを怒らせるような選択肢を取ると、アロルドがヒロインを慰めて、ヒロインが堕ちる。

 主人公と別行動を取るとヒロインが、アロルドに身も心も堕とされる。

 フラグ管理にミスると主人公の妹が孕まされる。

 気づくと主人公の周りの女キャラ全てが堕ちている。ハーレムエンドで主人公の周りにヒロイン達の子供がいるが、全員アロルドの子。ちなみにヒロインの夫は主人公。寝取られハーレム托卵エンドとしてネット界隈では有名になった。

 どれだけ鬼畜な真似をしていても主人公の友人であるという振りしているし、初見プレイだと絶対にそれに気づけないほど良い奴に見える。実際、ヒロインを堕としているシーンはゲームを何週かクリアしないと見れないので、悪人だと中々気づけない。

 フラグ管理にミスると終盤で裏切る。その時に、ヒロインとアロルドの好感度が一定以上で、アロルドと戦うパーティーにヒロインが入っていると、主人公がヒロインに刺されてゲームオーバー。

 直前に愛の告白をしたはずのヒロインが刺してくるのはトラウマ物で、主人公のこれまでの行動全てを引き合いに出して、主人公をなじりながらアロルドへの愛を叫ぶ姿は、プレイヤーの精神をガリガリと削っていく。

 裏切らないと、そのまま味方でいてくれるが、寝取られハーレム托卵エンドになる可能性はそのままで、しれっと主人公の親友ポジションに収まり、これからも主人公を支えていくとかほざく。

 序盤に遭遇しないと、終盤まで姿を現さないでいてくれるし、仲間にも加入しないので、寝取られる可能性は少なくなる。ゼロじゃないのは、敵として終盤に姿を現した時にヒロインが攫われると、堕とされるため。

 とにかく、プレイヤー側にいると精神衛生上良くないのでリセットを繰り返してでも、序盤に遭遇しないようにするほかない。しかし、序盤はアロルドが仲間にいなければ攻略が難しいというジレンマがある。

 敵でも味方でも異常に強いせいで、扱いに困る。バフとデバフが馬鹿みたいに優遇されているゲームシステムのせいで、味方の強化と敵の弱体化が出来るアロルドは必須クラスのキャラクターでもある。自分を含めた味方の攻撃力を五十パーセント上げるバフと相手の防御力を五十パーセント下げるデバフを持つため火力が馬鹿みたいに高くなる。敵になっても、同じ効果のバフとデバフを使ってくるので、一撃でパーティーメンバーが沈む可能性がある。

 高難易度モードでプレイしている場合、アロルドが裏切って敵に回ると、詰む可能性が高いので、仲間にはしたくないが、仲間にしないと道中で詰むので、アロルドを仲間にしながらもアロルドの機嫌を取り、裏切られないようにする他なく、異常にストレスが貯まる。

 高難易度でアロルドを加入させながら裏切られず、女キャラも寝取られないエンディングがトゥルーエンドだが、あまりの困難さに挫折するプレイヤーが続出。

 どうしてこんなクソキャラを出したとユーザーにキレられた製作会社の関係者が――

『注目を集められたようで嬉しいです(喜)』『二次元のヒロインに夢見てんじゃねぇよ(怒)』『そんなにムキになるなよ、たかがゲームじゃん(哀)』『キモオタ共の発狂が楽しいです(楽)』

 ――という発言をして大炎上。

 発売当初は一万円だったのが、一週間後には五千円になっていた。安くなったせいで、購入者が増え、被害者はさらに増大し、ネットの掲示板には『アロルド死ね』と大量の書き込みが絶えなくなった。


 ゲーム自体は悪くなかった。悪くなかったけど、アロルドがとにかく悪い。

 俺としては絶対に会いたくないキャラではある。だが、出会ってしまった以上、どうしようもない。なるべく機嫌をとって、最悪な結末にならないようにしようと思った。

 そして、その結果、アロルドの所に厄介になることになったのだが――


 なんというか、アロルドは相当にヤバかった。

 行動の一つ一つが殺意と悪意に満ち溢れているのだ。食糧とか財宝を奪ってきている時点で山賊同然であるし、人を攫ってきて民間人も兵士にしようとしている。

 それに、自分の周辺の貴族の力を削ぐために行動して、自分に対して服従せざるをえない状況にもしている。

 戦場へ出ている人の奥さんとかを預かっているが、どう考えても人質だろう。戦場から帰ってきても、奥さんとかをアロルドが預かっていれば、アロルドに従う他ないだろうし、そもそも、補給とかを断ち切られていて、帰って来れるのだろうか? 帰ってきてもアロルドに逆らう余力は無いだろうから、渋々ながらでもアロルドに従う他は無い。

 自分の国が戦争中であるのにも関わらず、自分の支配圏を拡大するとかマトモじゃないだろう。


 火薬の代わりになる物は半永久的に自給できるようだし、大砲も無限に作れるとか、これこそチートという物だと思う。

 危険な力をばら撒くように使ってはマズいと、俺がこの世界で銃を開発したとしたら、すぐにそう思うんだが、この世界の人間は違うのだろうか? 便利な武器程度の認識だけど、その程度の認識しかないというのは、マズいだろうと思う。

 魔法工兵の存在もなぁ……

 俺が来てから数日だというのに、砦の周りは野戦陣地みたいに塹壕が張り巡らされて、馬防柵に有刺鉄線もあり、中世っぽい要素は少ない。所々に石壁も立っているのが辛うじて中世っぽい要素だが、その上には砲台がある。これが全て、魔法工兵の作業によるものだから、チート極まりない。

 銃もあるわけで、中世の軍隊でこの守りを突破とか無理だとしか思えない。

 銃も、火縄銃じゃない近代的な物で、一発ごとに装填と排莢が必要だが速射は出来るので、絶え間ない銃撃は可能だろう。弾幕を形成されたとして、騎兵は突破できるのだろうか。


 銃も最初は百丁ほどしかないと思っていたのだが、次々に輸送されてくるので、既に五百丁を超えている。アロルドはそれを民間人に渡して使えるように訓練しているようなのだが、確かにそれならば、民間人も戦えるだろう。

 銃の威力を知った者達はアロルドに購入を申し込んでいるようなので、相当に儲かっているに違いない。


 銃もあるし大砲もある。アロルドは健在で主人公の姿は無い。

 もう色々と認めるしかないが、ここはゲームと同じ世界観ではあるものの、ゲームとは違う。ゲームと同じことをしてどうにかしようって考えが間違いだ。

 それにゲームと同じことをしようと考えると、ゲームの中での最強クラスの武器の『鉄の玉座』はアロルドの手にあるし、イベントで確定入手できる高性能防具の『黒竜鎧』もアロルドの物だ。その二つを入手できないとなると、かなり厳しくなるのは間違いないので、ゲーム的に考えても詰んでいると言えなくもない。

 ヲルトナガルには悪いが、俺は命の方が大事なので無理はしたくないから、この世界で活躍するのは諦めた。程々に生きていこうと思う。

 正直、どんなチート貰っても、銃弾と砲弾が飛び交う戦場なんかを生き残れる気はしないので、戦うこと自体を考えないで平和に生きていきたいものだ。

 ヲルトナガルは何か発明するみたいなものでもなんとかなるみたいな事を言っていたが、銃やら大砲やら発明されている中で、俺に何を発明しろというんだ。

 アロルドが先に発明したせいで、この世界の秩序は既に壊れているし、もっとヲルトナガルにはしっかりしてもらいたいもんだな。


 ……よくよく考えたら、アスラカーズの手下のせいで、ヲルトナガルの世界の秩序は崩壊し始めているんだよな。じゃあ、秩序を崩壊させようとしている奴がアスラカーズの勇者ってことか?

 そうなると、今現在この辺りの秩序を崩壊させているアロルドはもしかしてアスラカーズの勇者? もしも、そうだとしたら、俺にアロルドを倒せっていう話か?


 ……無理だろ、どう考えても。

 あんな殺意に満ち溢れた化け物に勝てる生き物なんかいるわけがないだろ。絶対に俺の方が殺されるだろう。

 というか、呼ぶのが遅すぎるぞ、ヲルトナガル。既にアドラ王国はアロルドの影響力が強すぎて、俺が何をしたところでアロルド以上の影響力は得られないぞ。

 アロルドがトップを務める冒険者ギルドは当然だとして、王国の西の方の奴らもアロルドに服従しているようだし、アスラカーズの『法』の支配下に入っている。南部だって、アロルドに服従している奴は大勢いるようだし、『法』の支配下だろう。冒険者ギルドは魔法道具を製造して、アドラ王国の国民はその恩恵を受けていて、アロルドがその魔法道具の開発を主導しているから、影響力は大きく、『法』の支配下に入っているとも考えられるわけで……


 うん、詰んでるな。


 どうやっても勝てそうにないから、ヲルトナガルの勇者を辞めて、アロルドの手下になろう。そうすれば、とりあえずの所、死なずに済むだろう。異世界に来て、ちょっと楽しく過ごそうと思っていたのに、アッサリと殺されたくはない。ヲルトナガルに対して特別に義理があるわけでもないし、裏切っても心は痛まないな。

 もしも、俺がヲルトナガルの勇者だとバレるとアスラカーズの勇者のアロルドに殺される可能性もあるが、服従の姿勢を示せば大丈夫なはず。

 とにかくアロルドの御機嫌を取ろう。上手く行けば、アロルドから信頼されて良い思いが出来るかもしれない。異世界に来たんだから、少しは良い思いもしてみたいので、現状では俺が知っている限り一番の権力者であるアロルドに付くのは悪くないだろう。

 とりあえず、地球の知識でも披露して、俺が役に立つって所を見せないとな。

 打算的かもしれないが、生きていくのにこういう賢さは必要不可欠だ。これからは頑張ってアロルドに媚を売っていこう。

 上手く行けば、ゆくゆくは城とか貰えて、ハーレムは無理かもしれないけれど、綺麗な嫁さんを貰えるかもしれないから、異世界で楽しく過ごすためには、頑張る甲斐はあるはず。


 さてと、そう決めたらアロルドに披露する話を考えるとするかな。目指せ一国一城そして良い暮らし。俺は媚を売って生き残り、そして成り上がり、異世界で楽しく暮らすことを目標にするとしよう。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ