エダ村でのグレアム
俺の名はグレアム・ヴィンラント。しがない剣士だ。
最近、人生が楽しくて仕方がない。
アロルドに負けて、自分の限界を知ったため、以前のような戦いに対する渇望は無くなった。アロルドには劣るという結果があるので俺は自分の立ち位置をハッキリさせることが出来た。
それなりに強いが、アロルドには負ける程度の強さ。
俺の強さはこれで良い。負けて気づいたが、俺は強さに関しては、そこまで執着は無いようだ。それよりも、自分がどの程度の強さなのか把握できたということに満足感を覚えている。
アロルドに負ける前までは自分がどの程度の強さなのか分からないのが、常に不安だったが、今はそれが無いので、俺の日々は落ち着いたものだ。
戦いのスリルやら何やらもアロルドについて行けば不自由することが無いというのも良いのかもしれない。魔物を狩りまくり、魔法使いの巣窟に襲撃をかけ、騎士団に喧嘩を売り、ドラゴンを退治する。アロルドについてきてから退屈することなど無い。
南部の片田舎にこもって、ダラダラと過ごしていた日々と比べると夢のようだ。今の冒険者としての生活は。
この生活が続く限り、俺はアロルドの下につき続けるだろう。俺の日常はアロルドによって成り立っているのだから。
「ちょっと、一杯どうだ?」
西部から帰って来た、ある日のことだった。オリアスが俺を飲みに誘ってきた。
俺とオリアスは共にエダ村で冒険者の訓練教官となっているから、よく顔を合わせるし、普段から飲みに行ったりメシを食いに行く関係だ。
友人と言っても良いかもしれないが、生まれてこの方、友人が居たことが無いので、イマイチ判断がつかない。
「いいねぇ」
断る理由も無いので俺は誘いを受ける。とりあえず、腰にサーベルだけを帯びて、俺はエダ村の冒険者訓練場を後にした。
サーベルと直剣の二刀流が俺の戦闘スタイルなので、これでは片手落ちだが、飲みに行くだけなのに、そんな本気の装備をする気にもならなかった。
訓練場の外は、まだ夏の名残があり、ムシムシとした暑さあった。俺とオリアスは並んでノンビリと歩きながら他愛もない話をする。
「西部の方が過ごしやすかったな」
「そうだねぇ」
王都がある中央と比べると西部の方が気候は穏やかだった。王都の夏の暑さは空気に湿り気があり、体にまとわりつくような暑さなので、不快感が強い。西部の空気は湿り気が少ないせいか、暑くてもそこまで不快感は感じなかった。
「でもまぁ、俺は王都の方が良いけどねぇ」
「違いねぇ。向こうの奴とは性格が合わねぇしな。やけに執念深かったり、身内に甘かったり、空気とは逆に人間の方に湿り気がありすぎる」
「それに関しては同意かな」
俺もオリアスも人間関係なんかはサッパリとしたものが良いので西部の人間とは肌が合わない。
「クレイベル砦は惜しい気がするけどな」
「こっちにはここがあるんだし、別にいいじゃないか」
クレイベル砦には劣るが、このエダ村も充分過ぎる場所だ。規模的には町と言ってもいいかもしれないが、町になると、代官などが派遣されてきて常駐するようになるという理由でエリアナが村のままにしているという話だ。
俺は適当に辺りを見回す。
様々な商店や工房が立ち並び、人々が行きかっている。夕方なので、民家からは夕食の準備をしている匂いや音がしていた。
行きかう人々も様々で、冒険者もいれば職人、商人、農民なんでもありだ。時折、物好きな貴族がほっつき歩いている。
魔物製品や魔法道具が普及してきたため、何か珍しい品物が無いかと、この村を訪ねてくる貴族は少なくない。
冒険者ギルドの魔物製品及び魔法道具はエダ村で開発と製造が行われているので、最新の物を目にしたいのならば、この村を訪れるのは必然だ。
それに安全でもあるので、貴族がほっつき歩くのにも適しているだろう。冒険者が治安活動をしているので、暴力事件などは滅多に起きないので、安心して出歩ける。
「良いところだよな」
「そうだねぇ」
本当に良い場所になった。しばらく滞在するのも悪くない。だが、俺達は冒険者なので、そうそう一所に留まることは無いだろう。冒険を求めてあちこちを、さまよい歩くのが冒険者であるのだから。まぁ、今は店を探して、さまよっている身ではあるけれども。
「いつもの所でいいだろ?」
「まぁ、そうだねぇ」
エダ村にも飲食店は増えてきたが、まだ少ないため、行ける店は限られている。
俺達はギルドでも幹部であるため、一般の冒険者がいる店に行くと、冒険者が居心地の悪い思いをするため、なるべく人の少ない店を選ぶ必要があった。
そして、その店は一つしかなく……
「やぁ、どうも。やってるかい?」
「いらっしゃい。どうぞ、お好きな席へ」
俺とオリアスはウノという男が営んでいる酒場に足を踏み入れた。
「相変わらず、客がいねぇんだな」
「ほっといてくださいよ。これでも、客が来るようになったんです」
「その客の殆どが俺達だけどねぇ」
「それも言わないでくださいよ」
ウノは大きくため息を吐くと、料理の準備を始めた。
このウノという男は、あまり商才がないらしく、借金まみれで酒場を営んでいる。
ジークフリートが気まぐれで援助したようだが、その援助もむなしく、有り金全てを溶かして、冒険者ギルドの金貸し部門を頼ってきた結果。エダ村で雇われ店長として働かされているわけだ。
料理人としての腕は、まぁ普通なので、それなりに重宝しているし、異国人であるため、アドラ王国の人間が知らない知識も持っていたりと、中々に役に立ってはいる。
「んじゃ、乾杯」
「はいよ、乾杯」
少しして、冷たくしたエールと料理が運ばれてきたので、俺とオリアスはジョッキを打ち合わせて、飲み始める。
「最近どうよ?」
「まぁまぁだねぇ」
飲みながらする話と言えば、仕事か女か博打ぐらいだ。互いにそれほど話題があるというわけでもない。
「こっちは、イマイチだな。最近、ギルドに入りたがる奴がいるが、だいたいが生産部門の方を希望しやがる。魔法を習得しにきても戦闘向けを習得したがらねぇし、教えようとしても危ないのはちょっととか言いやがるんだぜ?」
「こっちは、そうでもないねぇ。まぁ、前衛系の技能なんかは習得しても潰しが効くわけじゃないから、俺の所に来る若い奴は皆、冒険者志望だよ」
俺もオリアスも冒険者相手に武術や魔法なんかの戦闘関連の技能を教える役でもあるので、共通する話題は互いが受け持ち教育している冒険者見習いについてのことが多かった。
「若いのって言えば、最近は子供の冒険者見習いもいるようですけど、どうなってるんですか、あれ?」
客が来ないので、ウノも会話に加わってくる。まぁ、飲み屋なんで、そういうのは構わない。
「ありゃ、口減らしも兼ねてるんだよ。最近は、どこも景気が悪いんで、自分ちの子供を冒険者にして銭を稼がせてるんだ」
「ウチは見習いの内はエダ村に泊まれるし食事もタダで出るからねぇ。出稼ぎをさせるには都合が良いんだろう。中には、貧乏貴族の三男坊とかも冒険者見習いになっているくらいだしさ」
将来的にこちらに利益になるという理由で、エリアナがそういう方向性を取っている。俺やオリアスとしても若い内に英才教育が出来るのだから、それほど問題にも思わない。途中で冒険者じゃなく、商人や役人になるための勉強の方に向かう者がいることに関しては、何も思わないわけではないが。
貧乏貴族出身の冒険者は初期メンバーの頃から、それなりにいるので、そこまで気になるものでもない。貴族は国から年金を貰えるとはいえ、役職や領地を持たない貴族に与えられる年金は微々たるもので、それに頼るだけでは何人もの家族を養うのは難しい。
そのため、昔から貴族家の三男などの死んでも影響がないものは働きに出されて、家を金を入れることが半ば義務づけられている。そういうわけで、冒険者となって金を稼ぐ貴族などは珍しくも無いので、俺もオリアスも気にならない。
「はぁ、そうなんですか。でも、自分の子供にそんな危ない仕事をさせるっていうのが、俺には信じられませんけどね」
「そんだけ景気が悪いってことだよ。自分の子供に命を賭けさせねぇと、一家離散の危機もあるってぐらいな」
「南部や西部の品物も高くなってきてるし、王都じゃ異端狩りも激しくなってるんだっけ? 世の中暗くなると、それに影響されて、景気が悪くなるっていうよねぇ」
「それなのに、貴族は税を上げて国民を苦しめ、自分たちはパーティーか。良い気なもんだぜ、全くよ」
「まぁまぁ、そういうパーティーに今度、俺達の大将も参加するんだから。あんまり悪く言うのは良くないよ」
アロルドが今度どこかの貴族のパーティーに招待されるという話はギルドのだいたいが知っている。
もしかしたら叙爵か? などと、アロルドの身の上を知らない輩は色めき立っている。アロルドが叙爵すれば、俺達は家臣という扱いになるのだから、気にするなというのも難しいだろう。
「いいなぁ、俺も貴族になって華やかな生活を送りたいですよ」
ウノがため息を吐きながら言う。
「借金まみれで何を言ってやがんだ。夢を見るなら借金を返してからにしろ」
「いっそ、冒険者になれば良いんじゃないか? 何匹か大物の魔物を狩るか、ヤバい品物を運べばすぐに返せると思うけどねぇ」
「そういう危ないのはパスで。俺はなるべく危険を避けて生きていこうと決めたんです」
「夢を持って他所からやってきたんじゃないのかい?」
「最初はそうでしたけど、身の丈に合った生き方をするのが一番幸せだって気づいたんですよ、俺は」
「若いのになぁ」
「若くても死んだらお終いですからね、夢を見て死ぬより、地に足付けて生きる方が良いんですよ」
「そんなことを言いながらも、借金まみれだけどな」
という感じで一旦落ちがつき、それから、俺とオリアスは酒を飲みながら取りとめもない話をする。
そんな中、ウノが何かを思い出したように尋ねてくる。
「そういえば、『銃』の開発の方はどうなりました?」
「あれかぁ、アレはまぁ、ほどほどだな」
オリアスが微妙に言葉を濁す。ウノも『銃』の開発の際に知恵を出してくれたので、多少なら話しても良いだろうが、『銃』は『大砲』と並ぶギルドの機密事項なので、オリアスも言葉を選んでいる様子だった。
「いきなり、実包ですもんね。火縄銃とかの技術蓄積が無いから、そう簡単にはできませんよね」
「まぁ、そういうことだ。完成したら撃たせてやるから、楽しみに待ってろ」
オリアスはそう言うが、実際の所、銃は完成している。実際に使うのも問題ないくらいだ。
引き金を引くと、金属の弾が発射されるという、大砲を手持ちにしたような武器である銃だが、冒険者が実際に使うとなると問題がある。
根本的に威力が足りないのだ。雑魚の魔物なら問題ないが、ある程度の強さの魔物が相手だと、その皮膚を貫くには威力が足りない場面も多く、そもそも銃弾程度の弾速なら回避する魔物も多い。
では、人間相手となるとどうか。これも雑魚ならば効くのだが、ある程度以上の相手になると、極端に効果が落ちる。俺やアロルドは銃弾を見切れるし、見切れずとも体に気合を込めていれば、銃弾は通らない。
別に俺達が特別というわけでもなく、前衛役の冒険者なら大半はこの程度が出来るので、銃が効く相手となるとかなり限られてくる。
それに日常的に使うには費用がかかるのも問題だ。
今の所は、銃弾は全て生産系の魔法使いが個人の作業で作るほかなく、一日の製造量は慣れた魔法使いで一日に百発といったところだろう。何人かに作らせているが、使用できる基準を満たした弾は合計で一日五百発程度くらいしかない。
そのため、どうしても弾の単価が高くなる。そもそも銃自体が全てを職人の手作業で作り上げる高級品であるため、冒険者が個人で買える値段になるとは思えない。
戦争などでは使えそうな気がするので、エリアナに無理を言って、ギルドの備品として百丁ほど製造してもらう予算は組んだが、実際に使う機会があるかどうか。
「使う機会があるといいねぇ」
「何がだ?」
思わず口に出てしまっていたようで、オリアスが怪訝な表情を向けてきた。
「いや、何でもないよ」
俺は話を逸らすようにウノに追加の酒を注文する。
考える必要もない。アロルドについて行けば、戦いに困るようなことは無いのだから、使う機会はいくらでもあるだろう。その時を楽しみにして待つとしよう。
それまでは、こうやってノンビリと過ごすのも悪くはない。
俺はそんなことを思いながら、ウノが持ってきた酒に口をつけ、この瞬間を楽しんで過ごそう決めたのだった。




