謀略の人
ちくしょうちくしょうちくしょう
どうしてこうなった! どうしてこうなったんだよ!?
「ツヴァイト、もうやめよう。我々がアロルド殿にとりなしてやるから、な?」
俺と半分だけ血のつながりのある男である、ダルギンが優し気に声をかけてきたので、俺はダルギンを蹴り飛ばした。
「うるせぇんだよ、クズどもが! 黙って人質をやってろや!」
床に転がるダルギンに駆け寄るチャールズ。こいつも俺と血の繋がってるクソだ。チャールズはダルギンを起こしながら、俺を見て口を開く。
「もう無理だと分かっているだろう。城壁も何もかも破られ、兵の士気も最悪、民の心すら離れている。もはや、アロルド殿を止める者はいない。このままでは、お前は殺されるのだぞ!」
チャールズとダルギンの眼差しは俺を気遣い憐れむものだった。
「何があろうと、お前は我々の弟。生きながらえて欲しいのだ」
どちらが言ったか定かではないが、そんなものは関係ない。俺は二人の眼差しと、その言葉でキレた。
「俺を憐れんでんじゃねぇ!」
俺は二人を蹴り倒し、殺すつもりで踏みつけながら叫んだ。
「妾の子だからって甘く見やがって! テメェらが俺に優しいのは、自分たちの地位を脅かす存在じゃないからだろうが! 馬鹿にしやがって! 馬鹿にしやがって! お前らみたいな、血筋だけの能無しどもが、俺を上から見てんじゃねぇ! もういい、死ね! 死んじまえ!」
クソカスどもが! 俺を産んだ女が貴族じゃないから? 西部の生まれじゃないから? そんな理由で俺は最初から競争にも加われずに、俺より劣る奴らが、のうのうと地位やら名誉やら富やらを手に入れるのを指を加えて見てろってのか!
「ふざけんじゃねぇ!」
俺はトドメのつもりでクソどもの頭を順番に蹴り飛ばした。
「全部、クソ親父が悪いんだ。俺を後継者から外しやがって。その上、ドラゴンにしてやったっていうのに簡単にやられやがった。なんの役にも立たないああいう奴がいるから、俺がこんなに追い込まれるんだ。そうだ、俺は悪くねぇ!」
だけど、畜生! 俺は悪くなくても、このままじゃ、全部俺が悪いことになって、アロルドの野郎に殺されちまう。
俺が何をしたっていうんだよ、ちょっと騙しただけじゃねぇか。それのどこが悪いってんだよ! 皆、こんなふうにズルしてるだろうが、少しぐらい見逃してくれてもいいじゃねぇかよ。
ああ、クソ、死にたくねぇ、死にたくねぇよ。
『お困りのようだね』
頭を抱えていた俺の耳に一番聞きたかった声が届く。声は部屋の中心に置いてある黒い水晶球から聞こえてきた。俺にとっては、これだけが頼りだ。
「シリウス! なんとかしてくれ、このままじゃ殺されちまう! おまえなら、何とか出来るだろ!」
数か月前に俺のもとに届いた水晶球にはシリウスという男の記憶が宿っているらしく、コイツのおかげで、俺はここまで上手くやってこれたんだ。
人間を竜に変身させる魔法も魔物を操る術だって、シリウスが教えてくれた。コイツに頼れば、なんとかなるはずだ。
『ふむ、城壁は壊れたようだね。民を盾にするのも難しい。となれば、これはもう諦めるしかないね。残念、来世にこう御期待』
「おい、何を言ってんだ! 諦められるかよ! 頼むよ、何か策を考えてくれよ。ずっとお前の言うこと聞いてきただろ?」
そうさ、王国に反旗を翻すにあたって、こいつに言われた通りに人を集めた。西部が独立すれば褒美は思うがままだってホラ吹いてよ。
コイツの言う通りにしてれば、俺だって王様になれるはずなんだ。妾の子が王様になったっていいだろうが。だから、何か策を考えてくれよ。
『ふむ……キミは言う通りにしてきたと言うが、僕はアロルドと事を構えろとは言っていないと思うんだがね』
「そりゃ、アイツが目障りだったからだよ! アイツを放っておいたら、俺の手柄が横取りされちまうだろうが! 実際 平民共はアイツに媚を売ってやがる。このままだったらオレイバルガス領も西部も、奴の物になっちまう!」
シリウスの計画はアロルドを適当に働かせておいて、俺は後ろで指示を出してる風を装えってものだったけど、そんなことをやってたら、俺が目立てねぇじゃねぇか。
俺は西部の王になる男だぞ、誰かの後ろに隠れてなんていられるか。隠れてたら、手柄を全部取られちまうだろうが!
『アロルドにそんな野心は無いと思うけどね。彼は魔物がいなくなったら、すぐに帰ったと思うよ』
そんなこと分かるものかよ。あれだけの砦を手に入れて、民から慕われてる奴が、それを全て捨てて帰る? ありえねぇだろ、そんなこと。俺だったら、絶対に帰らねぇ。
『――そもそも、僕の計画ではキミの出番もあったと思うけど? 確か、アロルドが魔物の討伐に言っている間に、アロルドの砦をゾルフィニルが襲撃してきて、それをキミが退治するはずだったじゃないか。竜を操れるようになったんだから、苦戦せずに殺せただろう? 別に英雄が二人いても構わないじゃないか? どうして、嫌だったんだい?』
「それは……」
『自分以外の人間が脚光を浴びるのが許せなかったのかな? それとも、アロルドの持っている財産とか技術に目が眩んだかな? 彼の抱えている人材やら何やらをそっくりそのまま自分の物にして、富を得たかったのか? いや、それともアロルドの女かな? エリアナもカタリナもキリエも美人だからね。ツヴァイト君も十五歳だし、そういうことに興味がある歳だから、恥ずかしいことではないと思うよ』
「俺を馬鹿にしてるのか!」
ちくしょう、今まで、コイツは俺にこんな態度は取らなかったぞ。いつだって、俺に優しかったじゃねぇか。どうして、急にそんなこと言いだすんだよ。どうなってんだよ。
『アロルドと仲良くやっておけば、彼から技術や利益の分け前も貰えただろうし、西部が独立した際に、後ろ盾になってくれたかもね』
「そんなの必要ねぇ! ゾルフィニルを使えば、なんとでもなるだろうが!」
『そのゾルフィニルは既に無いし、コテンパンにやられたんだろう?』
それはそうだけど、それはアロルドが強かっただけだ。
俺の計画では、アロルドを殺した後は、奴の砦を落として奴の物を全て頂き、西部の独立を宣言する。周辺の奴らには、魔物をけしかけるか、ゾルフィニルを使って脅せば解決したはずなんだ。王国軍が攻めてきたって、ゾルフィニルを使えばどうとでもなるはずだった。
王国軍を退けた後はイグニス帝国と取引して、俺の後ろ盾になってもらう予定だったんだぞ。そのために、ダルギンとチャールズの所に来ていたイグニス帝国の密使に下げたくもない頭を下げて、俺の話を聞いて貰って、事が成ったら何とかしてもらうはずだったんだ。
それが全部アロルドのせいで台無しだ。全部、あの野郎にゾルフィニルが負けたせいだ。そうだ、何もかもアロルドが悪いんだ。そもそも、アイツがここに来なければ、こんなことにはならなかった。
『なぁ、ツヴァイト君。キミは僕の言うことを聞いてきたと言っていたけど、僕はイグニス帝国と内通しろとは言っていないと思うんだけどね。それはどういうことかな?』
「いや、それは、その……」
『僕は好きにしていいなんてことは一言も言ってないんだよね。余計な色気を出すと隙が出来るから、目の前のことに集中して欲しかったね。何も考えずに僕の言うことを聞いていてくれれば、今頃、皆から竜殺しの英雄なんて言われてチヤホヤされていたと思うんだけどね』
「俺だって、色々と考えてるんだよ。こういう時はどっかの強い奴に後ろ盾になってもらった方が良いだろうが! 王国を敵に回すんだから、王国の敵の帝国と手を結ぶのは妥当だろ! 敵の敵は味方っていうだろ?」
『その考えは間違っているかな。今の帝国は拡張路線だから、食べやすそうな土地は美味しく頂くと思うよ。ツヴァイト君、キミはなんて言うか、無能な働き者という言葉がピッタリだね。』
「どういう意味だ?」
『無能だから適切な行動が出来ない。働き者だから立ち止まらず行動を続ける。結果、適切ではない行動を延々と続けて、失敗を拡大し、引き返すことの出来ないほどの絶体絶命の窮地に陥る』
「シリウス、テメェッ!」
俺を馬鹿にしやがって、絶対に許さねぇ! もう、お前なんかいらねぇよ!
『僕の言うことを聞いておけば、全て上手く行ったのに、残念だ』
「黙れ!」
『言われなくても黙るよ。ただ、一つだけ最後に助言をしてあげよう。キミの父上がドラゴンになれたように、キミもドラゴンになれる。それを有効に使うことだね』
俺は感情のままにシリウスの宿る黒い水晶をぶっ壊した。これで、あの鬱陶しい声を聞くこともないはずだ。まぁ、最後に助言を貰えたのだけは感謝しないでもないがな。
なるほど俺もドラゴンになれるということは、その力でアロルド共をぶち殺せば良いんだな。
俺がここまで追い込まれた原因を自分の手でぶち殺す。いいじゃねぇか、血が湧き立ってきたぜ!
◆◆◆
「ツヴァイト君が後継者争いに加われなかったのは当然だね。ここまで猫被って生きて来れたのは褒めてあげられるけど、それ以外は全然だめだ。オレイバルガス大公は妾の子だとか、そういう理由抜きに彼が後継者には不適格だと感じたんだろね」
「結局、ツヴァイト君は最後まで僕が水晶の中に意識が封じられている人間だと思っていたようだし、賢い性質では無さそうだ。どう考えても、おかしいのに気づかなかったくらいだしね。まぁ、僕も洗脳に近いことはやったけどさ」
「あの様子だと、僕の助言の意味が分かったかどうか……」
「実際、小物で困るよ。西部を独立させたとしても、小さくまとまりそうだし、乱世を引き起こすに足る人物じゃなかったようだ。その点、アロルドは素晴らしいね。行く先々で混乱を引き起こしてくれているようだ」
「個人的にはアロルドに手を出したのは許せないかな。計画がどうこうではなく、その行為が許せないだけだよ。僕はアロルドが好きなんでね」
「……一人で話しているのも馬鹿みたいだから、会話をしようじゃないか。まぁ、嫌だったら別に構わないんだけどね。そのうち、アロルドも帰って来るだろうし、イグニス帝国が動くだろうから楽しみは尽きないんで、別にキミと話さなくても構わないかな」
「さて、僕は今後の準備があるので失礼するよ。ゆっくりしていてくれ――」
「――ヲルトナガルの勇者君」
隠せていませんが、そもそも隠すつもりもないので大丈夫です。何がとは言いませんが。




