竜殺し
砦を襲っているんだろうと思い、戻ってみたら案の定だった。
ツヴァイトのクソの軍勢が俺の砦に攻め込んでいる。俺が気に入った相手ならば、いくらでも俺の物はやっても良いが、ツヴァイトは違う。これはとても許せないことだよなぁ。俺の物を奪おうとするなんてなぁ。
まぁ、まだ砦は落ちていないから、サクッと殺すだけで許してやるとするか。大公家の庶子で三男など生きてようが死んでようが、世の大勢に影響は無いだろうしな。
しかし、情けない奴だ。偉そうに振る舞っておいて、集められる兵力は二千が限界か。この二千も殺して問題は無いだろう。
どうせツヴァイトの口車に乗って、正当な貴族の血筋の復活だとか言われて、身の丈に合わない栄華の夢でも見たのだろう。ツヴァイトが権力を握り、王国の中央に進出すれば、爵位が上がったり領地でも貰えると思ったか?
まったく阿呆極まりないな。既に時代は違うというのに、何百年も前の出来事を引き合いに出して正当性を訴えた所でさしたる影響力などないだろうに。所詮は時代遅れの遺物だ。利用されて終わるのがオチだ。
ゾルフィニルの力があれば、なんとでもなると思っているのかもしれないが、そう上手くはいかないことを教えてやるべきだろうな。それに、頼みのゾルフィニルが屍を晒した時に、ツヴァイトはどんな顔をするやら。見てみたいものだ。
都合よく、ゾルフィニルは砦の内側にいるようだし、味方を助けるついでに殺しておくか。
俺はとりあえず、ツヴァイトの軍は放っておき、砦の中のゾルフィニルを始末することに決めて走り出す。途中までヴェイドが付いてきていたが、遅すぎるので置いていき、俺は砦を囲む石壁に向かって真っ直ぐ走る。
戦闘中に門を開けろと指示を出すわけにもいかないので、俺は壁に向かって突っ込むと、そのまま垂直の壁を駆けあがる。
石壁の高さは十五メートルほどで、俺は十メートルまでを足で駆け上り、勢いが落ちる十メートルより上は石壁の表面を〈弱化〉の魔法で脆くし、手や足を壁にめり込ませて登り切った。
全く問題は無い。途中、障害物があったり、俺と気づかなかった味方側から矢や魔法が降ってきたりしたが、たいしたことは無い。
アスラの空間でノルマンディー上陸作戦というものを追体験させられ、地球人の身体能力で剣一本で突撃し生き残るということを課題を出された時に比べれば、全くたいしたことは無い。むしろ防衛に問題があるだろうと文句を言いたいくらいだ。
魔法は直撃すれば大砲くらいの威力はあるが爆発が足りないせいで、直撃さえ避ければどうとでもなる。矢に関しては論外だな。せめて火縄銃でも用意したいところだが、どうしたものか。火薬の製法が分からない以上、どうにもならんな。
おっと、余計なことを考え過ぎていたようだ。石壁の上にもツヴァイトの兵はいるようだしな。
「大将!」
「おい、ボスが帰って来たぞ!」
「情けねぇ姿を見せるじゃねぇ!」
俺に気づいた冒険者たちが意気を上げる。まぁ、俺がこいつ等の王であるから当然だな。ああ、もっと敬っていいぞ。お前らの俺に対する畏敬の念は最高に気持ちが良いからな。お前らが俺を崇拝してくれるなら、俺はお前らの為に何でもやって良いぞ。
さて、ここの演出はどうするべきかな。俺が登場した瞬間に全員が強くなったという感じが良いだろうな。というわけで、俺は目につく冒険者に全員に〈強化〉の魔法をかける。
修行の途中で、アスラに苦行点を払って、複数の対象に魔法をかける際、一人分の魔力消費で済むという『魔法全体化』という力を貰ったおかげで、何人に魔法をかけても一人分の魔力消費で済む。
これもチート能力という物らしいが、まぁ、それはどうでも良いだろう。もう少し苦行点を払えば、より強力な力を貰えたようだが、それをすると俺自身の力が弱くなる可能性があるのでやめておいた。
俺の魔法が効いているのか、ツヴァイトの兵を圧倒しつつある冒険者たちだが、これでは俺の活躍が少ない。なので、俺は適当な兵士を見つけて殺して見せることにした。
俺に斬りかかってきた兵士がいたので、〈弱化〉の魔法で武器を脆くし、素手で叩き割り、そのまま頭を掴んで握り潰す。兜をかぶっていたが元々の腕力と強化魔法の影響で全く抵抗が無かった。俺は続けて、そこら辺にいた適当な兵士の腹を蹴った。鎧があったが、〈弱化〉の魔法で脆くしていたので、鎧などは関係なく俺の蹴りは腹を突き抜け、内臓を破裂させ、背骨まで砕いて、一撃で絶命まで追い込んだ。
味方を殺され激昂した兵士が俺に向かってくるが、俺は頭を掴んだままだった兵士を振り回して、叩きつける。一人を叩き潰して、据わりが悪いと感じた俺は、頭ではなく足の方を掴んで振り回した。
やはり、振り回す武器ならば重心が先端に付いてないとな。振り回しているのが人間でも、死んでいれば武器なんだから、細かいことはどうでも良い。むしろ、俺ならば喜ぶがね。普通に生きていたら、何も残せずに終わった男が、アロルド・アークスの武器となって、何人もの兵士を叩き潰して殺したとならばな。
俺が、そのアロルド・アークスでなければ羨ましくて仕方がない。やはり、男であるなら歴史書には載りたいからな。良かったな、ええと、そこら辺の雑兵君。間違いなくキミは今後の歴史物に登場するぞ! とはいえ、そんなことは俺にはどうでも良いので、ツヴァイトが居そうな陣の方へと放り投げるがな。さようならだ。適当に兵士を巻き添えにして死んでくれ。
俺が投げた兵士は遠くへ飛んでいったが、その行方に関しては俺は関知していない。どうでも良いことだからな。
俺は適当に歩きながら、石壁にかけられた梯子に〈弱化〉をかける。
アスラの空間で修行した結果、俺の〈弱化〉は分子や原子という名前の物質を構成する極めて小さい範囲まで干渉できるようになったようになり、それに加えて生物・無生物関係なく、〈弱化〉と〈強化〉の魔法がかけられるようになったらしい。
ここまで〈弱化〉などに適性があるのは、元の世界の俺がデバフとバフを多用していたからだとかハルヨシが言っていたな。敵を弱体化させるのがデバフで自分を強化するのがバフだとか言っていたが、まぁ、それはどうでも良い話だな。
ついでの話であるが、適性があると言っても俺の魔法は俺自身の科学的な知識というものの乏しさのせいで、科学的な知識が要求されるある段階で伸びが止まり、最終的な到達点に至るのは不可能だとも聞いた。この世界で、あと数百年遅く生まれて、科学的な知見を最初から持っていれば、不老不死や核融合も思いのままだったらしいが、俺はそこまでの力は欲していないので、どうでも良い。
俺が〈弱化〉をかけた梯子は自重に軋み、当然だが登ってくる兵士の重さになどは耐えられずに壊れていく。何人かの兵士が落ちていくが、敵なのでどうでも良い。
「煩わしいから、殺してくれ」
梯子が壊れ、石壁の上に孤立無援になった兵士たちを見て、俺がそう言うと、冒険者たちが一気呵成に兵士たちに襲い掛かる。
「首を取った奴は持っておけ。首と交換で褒美をやるぞ」
俺の言葉を聞くなり、冒険者たちの攻撃が更に苛烈なものになる。目の前に餌を吊るすと躍起になるのは馬車馬と変わらないな。まぁ、そういう所が可愛いがな。
俺は荒れ狂う冒険者を後目に、淡々と歩んでいく。途中でジークフリートが見えた。奴は泣きそうな顔で俺を見ていたが、どうしたものか。まぁ、頑張りは認めてやるのもやぶさかではないので、近づいて頭を撫でてやる。
どうせ、ゾルフィニルがやってきて、俺が死んだと思ったのだろうが、そんなわけはないだろうが。俺があの程度の奴に負けると思うのか? 俺を過小評価しすぎだが、まだ未熟なので許してやることにした。その代わり、砦の守りをなんとかしてもらおう。グレアムに任されたようだし、しっかりしてもらわなければな。
「砦の指揮は任せるぞ」
俺がそう言うと、ジークフリートは何か言いたそうな顔をしていたが、いちいち聞いてやるのも煩わしいので、放っておく。ただ、師匠として弟子の為に、活躍できるお膳立てはしておくが。
俺はツヴァイトの軍の装備に対して〈弱化〉の魔法をかける。アスラから苦行点と交換で貰った『魔法全体化』により、一人にかけた瞬間にツヴァイトの軍勢の全てに〈弱化〉の魔法がかかった。
さて、どうなったかと見てみれば、中々に痛快な光景が広がっていた。
弓を引けば弦が切れるか、弓が壊れる。投石器は自重で壊れ、剣を振ろうとしたら柄が折れたり、相手に当てた剣の方が折れ、相手を突き刺そうとした槍が柄の中頃からへし折れるなどといった有様だ。
これはこれで中々に面白い見世物だ。敵が狼狽し、何も出来ないまま、俺の手下に討たれていくというのは。
そのまま、俺の手下がツヴァイトの軍勢を叩き潰していくのを見るのは面白くはあるが、そういうわけにもいかない。砦の中ではゾルフィニルが、まだ暴れているわけだしな。
俺は砦の守りをジークフリートに任せて、ゾルフィニルの許へと向かう。激しい戦闘音のする先では、グレアムとオリアスが戦っている。
戦法としては、グレアムがゾルフィニルの注意を引き、オリアスが魔法を叩き込むのをメインに、所々で役割を変えて、オリアスがゾルフィニルの攻撃を引きつけ、グレアムがゾルフィニルの守りの薄い部分を斬っているなどしているようだった。
グレアムとオリアスだけでも時間をかければ何とかなりそうだったが、あまり時間をかけて砦の守りを危うくするわけにもいかない。今の所は俺の家であるこの場所を無礼な奴らに踏み荒らされたくはないので。すぐに俺も参戦する、とは言っても、なるべく劇的になるようにギリギリのタイミングでだ。そして、そのタイミングはそれほど待たずにやって来た。
グレアムがゾルフィニルの腕に吹っ飛ばされたのだ。グレアムは綺麗な放物線を描いて、砦内の建物に直撃する。魔法で造った石造りのむやみやたらと堅い建物なので、壊れて衝撃を逃がすということもなく、グレアムは深刻なダメージを負ったようだ。
流石にそろそろピンチなので俺も参戦することにしよう。俺は〈強化〉の魔法をかけて、戦いを見下ろしていた石壁の上から跳躍し、ゾルフィニルとグレアムの間に向かって飛び込んだ。
矢のようにといったら今の俺を表すのが相応しい。俺は瞬時にゾルフィニルとグレアムの間に割って入った。
ゾルフィニルはグレアムに向かって頭部の角を突き出し突進してくる。俺はグレアムの前に立っているわけだから、当然、俺もその突進の進路上だが、まぁ、たいした問題じゃない。一回目は突進された時は吹っ飛ばされたが、あの時とは事情が違う。
頭の働きが良い状態の上、アスラの空間での修行で色々と自分の能力を磨くことが出来た。多少、身体能力は落ちたが、その低下分を上回る強さを手に入れた。
俺は自分に〈強化〉に類する古式魔法を大量に使用し、一気に身体能力を上げて、ゾルフィニルを迎え撃つ。
ゾルフィニルは俺を侮っているのか、角を向けたまま突進してくるが、そんなものなど俺にとっては既にどうということもない。
俺は突っ込んで来たゾルフィニルの角を片手で掴み、同時にゾルフィニルの後ろ脚の筋肉に〈弱化〉の魔法をかける。体を支える脚の筋力弱まったせいでゾルフィニルの体勢が崩れたと同時に、俺は掴んでいる角に力を込めて持ち上げると、そこら辺の適当な建物に向かって放り投げる。
体重十トン以上はありそうなドラゴンが矢のような速さで突っ込んだものだから、石造りの建物とは砕け散る。俺がこの砦の持ち主なわけだから壊しても問題ないだろう。
「随分と早い到着じゃねぇか」
オリアスが嫌味を言いながら近づいてくる。まぁ、俺は寛容なんで、その程度の無礼は許してやりつつ、適当に事情を語ることにした。
「少し殺されかけてな――」
俺はそう言いながら、布が破けた腹部を示す。
「腹をぶち抜かれて治すのに時間がかかった」
布が破れているのはゾルフィニルの角で突き破られたせいだ。今更ながらに腹が立つな。元は人間とはいえ、今は畜生の分際で俺の物を損壊させるとは。まぁ、殺すので、それで許してやろうじゃないか。
「それで生きてるのが不思議って思うけど、案外死なないものだからねぇ、人間てさ」
グレアムが回復薬を飲みながら、俺の近くにやってくる。確か、コイツの腹を剣でかき回してやったんだよな。それで死んでないのだから、コイツも大概だな。
「で、来てくれたからには、アレをなんとかしてくれるんだよな?」
オリアスが指差した先では、ゾルフィニルが起き上がり、俺達に対して戦意を向けていた。なるほど、俺達と戦うのか? 何もせずに座して死を待つ方が穏やかに死ねると思うが、畜生にはそんなことは分からないか。いや、もしかして、俺達に勝てるとでも思っているのだろうか? だとしたら、なんという思い上がりだろうか。
お前のようなカスが俺達に勝てるわけが無いだろうが。
俺の右にオリアスが立ち、左にグレアムが立つ。現状で考えられる最高の布陣だ。
「この三人に勝てるとでも思っているのか?」
畜生に人間の言葉が分かるわけはないので、返答は期待していない。実際、返って来たのはブレスだった。
オリアスが即座に〈障壁〉の古式魔法を発動し、魔力の壁によってゾルフィニルの炎のブレスを防ぐ。流石にちゃんとした魔法使いであるオリアスなので俺の〈マジック・シールド〉と比べて強力な壁だった。
「グレアム、奴を斬って来い」
俺の言葉に従ってグレアムが動き出す。〈障壁〉から飛び出たグレアムはブレスの熱を浴びないように大回りでゾルフィニルに向かっていく。
「斬って来いつったてな、鱗が硬いぞ?」
「それに関しては問題ない。少し面白い魔法を習得してな。それを使えば攻撃は通るようになるさ」
これ以上、誤魔化しきれないので、俺はオリアスにそれとなく〈弱化〉の魔法について教えておいた。まぁ、相手の防御を弱めるという程度までしか説明しなかったがな。それ以上は俺の切り札になるので教えたくない。
俺がオリアスに〈弱化〉の魔法を軽く説明したのと、ほぼ同時にグレアムがゾルフィニルに接近していた。ゾルフィニルはグレアムの攻撃が効かないと、それまでの戦いで理解したのか、避けるような素振りさえ見せない。だが、それが大きな間違いだ。
グレアムが両手に持った剣を閃かせると同時に巨大な竜の体から血の華が舞った。俺の〈弱化〉によって、ゾルフィニルの鱗は硬さは、安物の革鎧と変わらない程度まで落ちているだろう。そんな状態でグレアムの剣が防げるわけはない。
突然のことに慌てふためくゾルフィニルは、咄嗟にグレアムを狙って腕を振り上げるが、その横っ腹にオリアスが魔力で作った矢を叩き込んだ。
「おお、ホントに通るようになったぜ」
オリアスの放った魔力の矢はゾルフィニルの脇腹部分にしっかりと突き刺さっていた。ゾルフィニルは痛みに慣れていないのか、絶叫を轟かせるが、その悲鳴も俺にとっては心地よいものだ。
ゾルフィニルが標的をグレアムからオリアスに切り替え、突進してくるので俺は腰の長剣――『鉄の玉座』を抜き放ち、オリアスを守るように立ちはだかる。
ゾルフィニルが突進しながら、俺を払いのけようと腕を振り下ろすが、逆に俺の剣によって、その腕が払いのけられる。
〈強化〉がかかっている俺と〈弱化〉がかかっているゾルフィニルでは力が違いすぎる。ついでに、俺の得物の『鉄の玉座』の性能もある。
アスラが言うには『鉄の玉座』は既に魔剣の位階に達しているそうだ。理由は俺がひたすらに雑に扱っていたからだとかで剣に宿る精霊が強烈な恨みを抱き、その呪いによって剣が変質したとも言っていた。
『鉄の玉座』の魔剣としての特性は恨みの対象である俺の死に様を見届けるまでは絶対に折れないことと、自分より不遇な存在を作りたいという剣に宿る精霊の願望から生じた、弱体化した相手に対しての特効性能
だ。
ゾルフィニルは俺の〈弱化〉によって弱体化しているわけだから、『鉄の玉座』の性能は上がっており、ゾルフィニルの攻撃などは簡単に対処できる。
それに、俺はゾルフィニルに更に〈弱化〉の魔法をかけている。骨を脆くするという魔法だが、それによって、俺を払いのけようと腕を振った瞬間、ゾルフィニルの腕の骨はその勢いに耐え切れずに折れた。
そして、俺の剣によって払いのけられたことで、その腕の骨は砕け散り、今のゾルフィニルの腕は不自然な角度で曲がっている有様だ。
ゾルフィニルは痛みに耐えかねたのか、逃げ出すために翼をはためかせるが、俺が逃がすわけが無いだろうに。
俺は翼の筋肉に〈弱化〉の魔法をかける。すると、羽ばたきは力を無くし、浮きあがろうとしていたゾルフィニルの体が再び地に着く。
「飛ばれるのは鬱陶しいねぇ」
「同感だ」
即座にグレアムとオリアスが動く、グレアムがゾルフィニルに肉薄し、その体躯の上を駆け抜けると同時に片側の翼が付け根から断ち斬られ宙を舞う。そして、もう片方の翼もオリアスの魔法が生み出した風の刃で斬り落とされた。
ゾルフィニルは絶叫を轟かせながら荒れ狂うが、その動きは鈍い。ダメージが大きいのもあるが、俺がゾルフィニルの心臓の筋肉に〈弱化〉をかけているせいだ。
アスラから心筋やら何やら生物の構造について学んだおかげで、どこにどう〈弱化〉をかければ相手が弱るのか、手に取るように分かる。
軽く心臓に〈弱化〉の魔法をかければ、それだけで大抵の生き物は全身に血を回せなくなり動けなくなる。まだ試していないが、脳への血流も止められるかもしれないな。まぁ、それをやると、俺が倒したように見えないのでやらないが。
ともかく、今のゾルフィニルの状態はどうかといえば、満身創痍といった感じだ。ふらついている上、息も荒い。満足に血が巡っていないせいで、意識も朦朧だろう。
充分嬲ったので、俺はそろそろ終わりにすることにした。俺はゾルフィニルに接近し、頭部に生えている長い角を根元から斬り落とす。
ゾルフィニルは、もうマトモに反応もできていないようだ。これならば、もう少し手心を加えていた方が良かったかもしれないな。反応が薄いとどうにも面白くない。とはいえ、反応が無いから、殺さないというわけにもいかないので、俺は斬り落とした角を掴み上げる。
三メートルほどの剣のように伸びた角を持ち上げた俺は、その角でゾルフィニルの腹を貫いた。〈弱化〉の魔法がかかった鱗は容易く貫くことが出来る。俺は角を突き刺したと同時にゾルフィニルの心臓にかかっていた〈弱化〉の魔法を解除する。
心臓の鼓動が戻り、全身に血を送り出す力が戻った同時に角を突き刺した傷口から血があふれ出す。血流が弱まっていたせいで、出血の勢いが弱かったのが、血流が戻ったことによって本来の勢いで出血したのだ。
俺は自分の角によって貫かれ、のたうち回るゾルフィニルの様子を眺める。これで、一応、腹を貫かれたお返しは出来たようだ。
さて、このまま放っておいても死ぬだろうが、それを待つのも面倒なので、俺はゾルフィニルの傍に近づき、その首を無造作に斬り落とした。
これで終わりだ。畜生の死にざまなど所詮はこんなものだ。
「随分とあっさりだな」
「力の差がハッキリしているんだ。こうなることは当然だろう?」
何をつまらないことを言っているのだろうな。俺からすれば、そもそも戦いであったのかすら疑問だ。こんなもの、そこらの害獣駆除対して変わらん。そんなことに大仰に臨む方が恥ずかしいだろうに。
「お前らは、さっさと持ち場に戻れ。ジーク一人に任せておくのも、そろそろ厳しいだろうからな」
煩わしくなった俺は、オリアスとグレアムに砦の守りの指揮に戻るように指示を出す。二人は俺の言葉に従って、すぐさま石壁の上に戻っていく。
それに対して俺はというと、斬り落としたゾルフィニルの頭部を持ちあげて運び出す。ツヴァイトの奴に目に物みせてやらないといけないからな。
頼みの綱のゾルフィニルが、こうなったと知ったらどんな顔をするのか、俺は今すぐにそれが見たいので、行動に移す。
俺はゾルフィニルの頭部を抱え上げて石壁の上に立つ。壁の上の冒険者たちが口を大きく広げて俺を見ている。その眼差しには確かな畏敬の念があり、俺の気分を高揚させるが、今はそれだけでは満足できない。
俺は砦に向かってくる敵軍と、その後方に控えているツヴァイトに対して届けるために大音声を発する。
「死者の国から戻ったぞ、裏切り者共が! 見ろ! 貴様らが頼みの綱とした大黒竜ゾルフィニルの屍を! 俺は寛容だ。これに怯えて逃げ出す者は見逃してやろう! ただし、向かってくる者は容赦しない。その者たちは、ゾルフィニルと同じ屍を晒すことになるだろう!」
俺は声を発しながら、〈強化〉の魔法をかけて視力を向上させ、ツヴァイトの姿を探す。ツヴァイトは軍勢の後方で青ざめた顔で、こちらを見ていた。
そんなに怖がるなよ。せっかくだから、安心して過ごせるようにプレゼントを渡してやろう。
「ツヴァイト・オレイバルガス! 竜に頼るばかりの臆病者の貴様に良い物をやろう!」
俺は残りの魔力を全て使って〈強化〉の魔法で身体能力を向上させる。そして、俺は極限まで上昇した腕力で、ゾルフィニルの首をツヴァイトの目の前まで投げ飛ばした。
直線で三キロメートルほどの距離にいたツヴァイトの眼前にゾルフィニルの首は落ち、その衝撃でツヴァイトが乗っていた馬から転げ落ちた。
「散々頼りにしていたようだからな。それが無ければ夜も眠れないのではないかと思って、ささやかだが贈り物だ! それを枕にでもすれば少しは安心できるだろう! 俺が貴様の首を落とす時まで、心やすらかに過ごすといい!」
さて、ここで何か言ってくるだろうか。しれっとした顔で贈り物を喜んで見せてくれれば、手足の一本か二本を斬り落とすくらいで許してやっても良いんだがな。
まぁ、そんなことも出来るわけがなかったようで、ツヴァイト少年は何も言わずに、馬に乗り引き上げていった。自分が命の危険がある場所にいると分かったのだろう。
大将が引いてしまったとなれば、兵も引かざるを得ない。まぁ、俺がゾルフィニルの首を掲げた時点で既に何割かの兵士が逃げ出していたしな。
俺は散り散りに後退していくオレイバルガス大公家の兵士を指差し、冒険者たちに向けて声を上げる。
「見ろ! 俺達の勝利だ! 勝鬨を上げろ!」
敵が撤退し、砦は守られた。これが勝利でなくてなんだろうか。
俺の言葉で、ようやく勝利を理解したのか、冒険者たちが叫び声を上げる。勝鬨と言えるような上品なものでは断じてない、只の雄叫びであったが、まぁ、勝利したことの宣言のようなものなので何でも良いだろう。
「これからどうするんだい?」
周囲が勝利に沸く中、グレアムが俺の肩を叩き尋ねてくる。そんなものは決まっているだろうに。
「冒険者を集めて、キルゲンスまで行き、そこで決着をつける」
籠城を決め込むにはあの都市しかないだろう。あそこはオレイバルガス大公家びいきだろうし、最後に頼れる場所はキルゲンスしかない。城壁に囲まれているわけだし、守りも堅いだろうからな。だが、その程度のことで臆すような、やわな人間ではないのでな。
「ツヴァイトを殺して、俺達に喧嘩を売って来たことの落とし前はつけさせる。俺達に舐めた真似をしたらどうなるかを懇切丁寧に教えてやろうじゃないか」
さて、どこまで頑張ってくれるかな、ツヴァイトは。なるべく無様に死んでくれると俺の気分も晴れるので、徹底的にやってやるが、なるべく簡単には潰れないで欲しいものだ。
アスラズブートキャンプ
アスラの徒の新人訓練。
地球の世界史教科書に載っている主だった戦場を追体験させる。身体能力その他諸々は地球人スペックとなる。死んだ際は生き返らせて最初から。生き残ることが出来れば次の段階へ。
初級:銃が歴史上の戦争で主要な兵器として使われる前まで
中級:第二次世界大戦終結まで
上級:第二次世界大戦後
※アロルド・アークスは中級まで達成済み。
上級を達成すればブートキャンプは終了だが、その後には中級アスラの徒のための訓練が控えている。




