さんなんさん
「うわああああああん!」
エリアナさんが滅茶苦茶泣いていてうるさいです。
「あれは夢。現実じゃない、現実じゃないわ、エリアナ。大丈夫、まだ挽回できるわ」
エリアナさんがブツブツとなんか呟いてますが、まぁ放っておきましょう。それよりも重要なことがあります。それは、俺達が今いる場所に関することなんですが。まぁ、ぶっちゃけると、牢屋なんですよね、ここ。まぁ、たいして困ってないので危機感は薄いですけど。
「大丈夫、うん大丈夫、何も無かった、何も無かったわ」
「さっきのように元気を出してくれると嬉しいんだが」
「うわーん、やっぱり夢じゃなかったー!」
エリアナさんは今回は酔っ払っても記憶は失わなかったようで、自分が何をしたのか憶えているようです。俺は酔ってても別に何とも思わないんだけど、エリアナさん的には自分が許せないようです。
「もう駄目、死ぬわ。私、死ぬから。でも死にたくないわ。つーか、私が死ぬより、私以外の奴を殺した方が良いんじゃないかしら? というわけで死ねぇ!」
プッツンしたエリアナさんが俺にパンチを放ってきました。このパンチが原因でエリアナさんは俺と一緒の牢屋に閉じ込められたわけです。何をしでかしたかというと、エリアナさんがダルギンのテンプルを殴り砕いたんだよね。半端なダメージじゃなかったようで、回復魔法使わないといけないくらいでした。まぁ、俺は普通に躱せるんで、問題は無いです。
「うう、避けられた。私の全身全霊の拳が……」
エリアナさんは、俺にパンチを躱されると、崩れ落ちてすすり泣きを始めました。なんだか、凄いことになってるね、この人。まぁ、俺としてはこれくらい変な人でもありだけど。だって、美人だしね。
「猫かぶりもバレて、必殺の拳も見られた。もう、かよわい深窓の令嬢キャラでは、やっていけなくなってしまったわ……」
なんだか、楽しそうだけど。どうしようかね、この人。とりあえず、今のままでも充分アリってことは伝えておいた方が良いかな。元気なエリアナさんを見てるのは楽しいし。
「大丈夫だ。今のキミも俺は好きだよ」
「うぅ、ぐすんぐすん、本当?」
泣いてるように見せてるけど、それ嘘泣きだよね? まぁ、嘘泣きでも女の子が泣いていたら慰めないとね。
「ああ、本当だとも。むしろ、今のキミの方が素敵なくらいだ」
「……今の私でも好きなの?」
「ああ、偽りなしにね」
うん、泣き止みました。まぁ、嘘泣きなんで泣き止んだとかは関係無いような気もするけど、女の子が泣いているという状況はなんとかできたようです。
「……じゃあ、結婚して」
は? なに言ってんのかな、この人。
「私のことが好きなら結婚してよ。ちなみにアロルド君が死んじゃった時は、財産とアロルド君の所有している権利は全部私の物ね」
「いや、結婚してあげてもいいんだが、そちらが俺の事を好きなのかが問題だと思うんだけど。お互い好き合っている相手同士じゃないと結婚生活に問題が生じると思うぞ」
「そんなことを言ったら、貴族の結婚生活なんて問題だらけになるはずよ。でも、問題が起きてる家の方が少ないわ。これがどういうことか分かる? 愛なんか無くても、結婚生活は上手くいくってことよ。でも、そんなことは関係ないわね。私、アロルド君のこと好きだし、問題なしよ!」
「好きになるまでの経緯が分からないんだが。俺は、そこまで好感度を上げたような憶えは無いぞ」
「野心家だし、強いし、お金持ちだし、権力持ってるしで、最初っから好印象だったわ。それに、さっき、アロルド君は私を守ってくれるって言ってくれたじゃない? 私、そういうことを本気で言ってくれる人に初めて会ったの。安っぽい言葉じゃない、打算も何も感じられない本気の思いを感じたわ。そして、ありのままの私を受け入れてくれたこと――」
うーん、俺は何も考えずに言っていただけなんだけどなぁ。でもまぁ、エリアナさんが幸せそうだし良いか。
「――私は自分が愛されているということに気づいたの。そして愛に気づいた時、私の胸の内にポッと何かが灯ったわ。きっと、これが恋心というものなのね。私は私の胸に灯る恋心に従って愛に生きるわ。というわけで、手っ取り早い愛の証明として結婚がしたいわけなの」
うーん。俺の理解力が足りないのか、何を言っているのか全く分からないぞ。つーか、何を言っているか分かる奴いるんだろうか?
ん? エリアナさん、なんでタックルの体勢になってんの――うわぁ、押し倒されたぁ。
「こんな牢屋に閉じ込められた末路は決まってるわ! 私のような美人は男たちの慰み者になってしまうの。最初が無理矢理なんて絶対嫌よ! 処女くらいは好きな男で捨てたいわ! 結婚は無理でもそれくらいは良いでしょ!」
あばばばば、犯される! スゲー飛ばしてるんだけど、エリアナさん。俺、まだ結婚の返事も何もしてないよね? なんで自己完結して、一気に駆け抜けていくんですか? いや、まぁ、俺的には別に構わないんだけどね。エロいこと出来るのは嬉しいですし。あ、でも、いきなりズボンを下ろすの止めて!
「よいではないか! よいではないか!」
ちょっ、力強い!? あばばばば、俺のズボンが脱がされた。マズいです、パンツが――
「ふふふ、御開帳よ。大丈夫、本で読んで勉強してるから、問題な――」
俺のパンツをズリ下げた所でエリアナさんが固まってしまった。
「え、これが入るの……? 無理、絶対無理……」
俺の下半身を見るエリアナさんの顔から血の気が引いていく。なんだか、ショックなんだけど。ナニを見られて引かれるとか。サイズが大きいから無理なのか、サイズが小さくて無理なのか、その辺りはハッキリと言ってもらわないと、傷つくんだけど。
「え、えーと……なんだか、ちょっと調子が悪くなっちゃったから、また今度で……」
あ、そうっすか。じゃあ、また今度で。とりあえず、前を隠したいんでどいてくれませんか? なんか、人が近づいてくる気配がするんで、服を着ておきたいんだけど。
「あ、うん、ごめんね。馬乗りになってて、すぐどくから」
冷静になったエリアナさんが俺の上からどいて、牢屋の隅に行ってしまいました。本気でビビってるのと、自分の言動を省みてるのかもしれません。牢屋の壁に頭を打ちつけてますし。まぁ、それは置いといて、誰か来ましたね。
「すみません。ご無事です――ひぅ!」
おや、知らない少年が来ましたね。どちらさまですか。しかし、会うなり、驚くとか失礼な奴だな。俺は下半身露出していて、エリアナさんは壁に頭を打ちつけてるだけなのに。
「ど、どういう状況なんですか?」
「それを尋ねる前に名乗れ。礼儀だろう?」
少年が俺の股間を凝視してきて気分が悪いのでズボンを上げておく。
「えっと、僕はツヴァイト・オレイバルガス。オレイバルガス家の三男にあたります」
はぁ、そうですか。まぁ、どうでも良いです。帰ってください。
「今回は兄たちがすみませんでした。僕たちはこんなことをするつもりではなかったんです」
「――それは、どういうことですか?」
おや、エリアナさん復活しましたか。額にたんこぶが出来ているので回復魔法で治しておこうっと。
「兄たちが必死なのは、僕達の父が行方不明になってしまったからです。本来だったら、父が後継者を指名するはずだったのですが、それをする間もなく、大黒竜ゾルフィニルに襲撃され、今では行方不明で……」
「貴方のお兄様方が後継者争いをしているのは、理解しているので、それほど不思議には思いませんけど」
「もともとは、あんな風では無かったんです。ですが、父上がいなくなって、どうして良いか分からず
二人とも必死なんです。本心ではオレイバルガス家を守って盛り立てていこうと思っているはずなんですが、どうしても空回りしてしまっていて……」
「それで帝国の人間の甘言に惑わされたと? 俄かには信じがたい話ですが。まぁ、それは良いです。それよりも、貴方はそんなことだけを伝えに来たわけではありませんよね?」
「はい。兄上たちと同じように僕も貴方がたにお願いしたいことがあって――」
なんか面倒くさいから却下で。つーか、少年とエリアナさんは気づいてないのかな。探知一号が物陰に隠れて、俺達を覗いてるんだけど。
「僕――ツヴァイト・オレイバルガスは冒険者ギルドにオレイバルガス領内の魔物の討伐を正式に依頼したいのです。受けていただけるなら、貴方達をここから助け――」
「いや、もういいよ」
なんか、話を聞いてるのも飽きてきたので、俺は牢屋の鉄格子を握って、こじ開ける。エリアナさんとツヴァイト少年が驚いた様子で俺を見てるけど、別にたいしたことはしてないんだけど。俺は腕力あるし、これぐらいは楽勝よ?
「え? あれ?」
ここから助けるとか言おうとしてたようだけど、助けて貰う必要ないんだよね。そもそも、最初から困ってなかったわけだし、助けるとか言われても、はぁ?って感じだからね。
「じゃ、行くか」
エリアナさんを見ると、エリアナさんは少し考えた結果、納得したようで、俺の後ろにくっついて牢屋から出る。ツヴァイト少年は固まっているようだけど、どうでも良いよね。
牢屋の外にいた探知一号が俺の剣を投げ渡してくる。うーん、屋敷の中に入った時に預けたものをどうしてこいつが持ってるんだろうか? まぁ、自分で探しに行く手間が省けて良かったけど。しかし、なんで探知一号がいるんだろうね? 適当に調査して来いって言ったけど、調査が終わったから報告しに来たってことだろうか。職務に忠実なのは良いことだね。後で、褒美でもあげておこう。
「では、俺達は帰るので、キミの兄上たちによろしく」
もう用は無いので、帰ろうとしたのだが、ツヴァイト少年が俺達を止める。
「待ってください。このままだと、僕は兄上たちに処罰されてしまいます」
え、なんで?
「兄上たちは貴方がたを重要視しています。そんな人達を逃がしてしまったら、僕は……」
大丈夫なんじゃないかな? 家族なんだし、ひどいことはされないと思うよ。
「連れていった方が良いと思うわ。アロルド君。」
えー、連れていかない方が良いと思うよ、エリアナさん。
「これから冒険者ギルドがオレイバルガス領内で行動するのに、オレイバルガス家の人間の後ろ盾があるのに必要なことでもあるから、どうしてもオレイバルガス家とは関わらないといけないことになるわ。どうせ関わるなら、少しでもマシな相手が良いし、この子と仲良くしおいた方が良いと思う」
えー、俺的には、あの馬鹿兄弟の方が良いんだけど。でもまぁ、エリアナさんが言うなら、それでも良いかな。
「じゃあ、ついてくると良い」
まぁ、なんとかなるでしょう。というわけで、さっさと帰ろうかな。あ、でも、その前に聞いておきたいことがあるんだよな。
「さっきの結婚の話だけど――」
聞こうとした瞬間に、エリアナさんの拳が脇腹にめり込みました。その時、低い声で『忘れて』って言っていたのが印象的です。しかし、エリアナさんが俺を呼ぶ時って『アロルド君』だったかな? なんか違うような気がするけど、どうでもいいか。とにかく、エリアナさんが元気な感じになってくれているので、俺的には幸せです。
で、俺達はツヴァイト少年を連れて、オレイバルガス邸を出ることになったんだけど。まぁ、特に困ることも無く出られました。だって、探知一号が先導してくれるしね。
探知一号は建物の中の構造とか魔法で分かるし、どこを人が歩いているのかとかも分かるんで、基本的に見つからないんだよね。巡回している兵士とかが見てる範囲とか、音の聞こえる範囲も分かるみたいで、絶対に気づかれない道を通るしさ。
そういうわけで、危なげなくオレイバルガス邸を抜け出した俺達は、そのまま悠々と砦へ帰ることが出来ましたとさ。めでたしめでたし。
砦に帰ってから数日後、オレイバルガス家から書簡が届いた。
内容は謝罪と賠償をするので、弟を返して欲しいというものだった。返して欲しいとか、俺が誘拐したみたいな濡れ衣を着せてきて腹が立ったので無視した。ただ、送られてきた身代金は有り難く頂いておいたけど。
まぁ、ツヴァイト少年は自分の意思で俺の所に来たようなものなので、ツヴァイト少年が自分で帰ると言いだすまで、砦に置いておく。そのうち帰るんだから、放っておいても良いでしょ。
そんなことよりも、砦に帰ると、エリアナさんがベタベタと接触するようになってきた方が問題かもしれない。このままでは、エリアナさんが結婚もしていないのに若い男といちゃつくふしだらな女だと思われてしまう。いや、それよりも俺の理性の方が限界かもしれない。もう、この際、責任取るから手を出しても良いんじゃないかなと思うんだけど、どうなんだろう。
あ、そうだ、別にたいしたことじゃないけど、ゾルフィニルっていう魔物の根城が見つかったらしいです。みんな大騒ぎだけど、なにかあったのかな。まぁ、俺には関係ないことだよね。




