エリアナの困惑
エリアナ・イスターシャです。私は今、最高に絶好調。
自分の手のひらの上で、世界を動かしてる感じがたまんないわ。
日々増え続ける難民の食糧手配とか、住居割り当てとか、商人とかとの交渉もあるけど、そういうのも全部ひっくるめて最高ね。超絶に良い気分では私は指示を出しまくるわ。アロルド君がいないから、猫被る必要もないですしー。
「食料は一週間分は無償で提供。それ以降は、労役の対価として配給なのは、今後も変わらずでよろしく。労役の重さとかは関係なしで、働いてくれた人には食糧は出してね。とりあえず、働かない奴には食事を出さないっていうのだけは周知させるように。手の空いている人材が出ないようにね」
「使い潰すつもりは無いから、ほどほどで良いわ。重い労役をした人には給金を出すことにしてね。あと、お金は渡すけど、砦の外に持ち出せないようにもね。なるべく砦の中で消費させて。お酒とか配給じゃ手に入らない嗜好品を買わせるようにしてね。そうすれば、こちらに返ってくるんだから」
嗜好品の管理はこちらでやっているから、嗜好品を買わせれば、その利益は私たちに返ってくるので、払った給金の何割かは回収できるはず。まぁ、回収できなくても、安い人件費で労働者を大量に使えるんだから、何をやっても得になるんだけど。
「えーと、砦の周囲のスペースが少なくなってきたから、魔法使いの人に整地させてきて。二分の一は整地で、四分の一は家を建てて、残りは東へ続く街道の整備ね。ああ、そうそう、街道の整備は目立たないようにやってね。街道の整備は難民の人達からすると、直接は関係ないことだから、そちらに力を注いでるように見られると、難民の不満とかがたまることになるかもしれないから、難民に関係のある、家の建築を頑張っているように見せて」
街道の整備をしておけば、いずれは利益になるけど、明日のことも分からない難民の人達からすれば、そういうことをしても無駄にしか見えないのよね。それに力を注ぐくらいなら、自分たちの住むところをなんとかしろとか騒ぎ立てかねないし。それでも、街道の整備なんかをして、人と物の流れをスムーズにしていかないといけないのよね。
先のことが分からない愚民は困るわ。まぁ、愚かだからこそ守ってあげないといけないんだけど。
「購入するものは食糧を最優先で。肉類はしばらくは必要ないから、穀類だけでも良いくらいだわ。西部の無事な領から、幾らでも輸送させて。多少古い物でも構わないから、量をどんどん増やしてね。出して良い額は今の相場の二倍まで。余ったら、オレイバルガス領内に三倍くらいの値で放出するから、損するとかは考えなくていいわ」
この騒動のせいでオレイバルガス領の穀物生産は落ち込むでしょうしね。そうなったら、食糧不足は免れられないはず。オレイバルガス領内の人達は、近隣の土地に食糧支援を頼むでしょうけど、その時には、私たちが、だぶついていた余剰分の穀物を買い占めているから、頼んだところで食糧は無し。そこに私たちが三倍以上の値で売り払う。いくら高くても、買わなければ飢え死にしてしまうのだから、買うでしょうね。私たちは、そこで儲けを出すわ。
「それと、今後の村や町の守りに冒険者はいかがっていう話もしておいてね。雇ってくれれば、冒険者が、貴方の村や町を守ってあげますって触れ込みで契約を提案してみて。お金が払えないっていうなら、お金でなくても、村で出せるもので手を打つという話もよろしく」
冒険者が役に立つってことは理解してもらえたでしょうから、この機会に売り込んで、冒険者ギルドの影響力を強めておかないとね。報酬は貰うけど、別に報酬はどうでも良いのよね。冒険者という存在を、この土地に浸透させて、冒険者無しでは生きていけない状態にしてやるわ。そうすれば、この地で冒険者達の管理組織である、冒険者ギルドの立場は強まる。いずれは領主なんかよりも権力が強くしてみせるわ。
西部の主は冒険者ギルド、そんな風に言われる時代を私は目指すわ。そして、いつかは王国を手に入れてやるのよ!
「奥様、お茶です」
あら、ありがとう。いいタイミングね。
お茶を出してきたのは、アロルド君が買った娼婦たちだ。娼婦と言っても、今はメイドの姿をさせているのだけれども。
彼女たちも中々に複雑な事情があり、生活苦のために親に売られたりだとか、西部の混乱の際に攫われて売り飛ばされだとかして、娼婦に身を落とさざるを得なかったのだとか。
娼婦たちは、アロルド君に貰ったお金で自分を買い戻し、今は自由の身なのだけれど、行くあてもなさそうなので私が拾ってあげた。人手も必要だったし、ちょうどいいかなと思っただけで、断じて可哀想だとか思ったわけではないわ。
どこへだしても恥ずかしくないメイドに育て上げて、それなりに稼ぎがあり、誠実かつ彼女たちの過去を受け入れてくれそうな男の所に嫁がせてあげて、一生、私に恩を感じてもらいたいだけだからね。
まぁ、アロルド君の寵愛を受けたいっていうなら、それも構わないわ。その時は、教育の段階が一段上がるけど、そこは我慢してもらわなければいけないわね。何処へ出しても恥ずかしくない女性になって貰わないと困るんだから。
「なかなか、良い味ね」
教育を初めて一か月くらいだけど、お茶を淹れるのが上手くなったわ。私は褒めてあげるついでに、メイドのお尻を触る。中々に良い触り心地ね。娼婦にされるくらいだから、見た目は良いし、体も良いわ。触っていて最高に気分が良い相手ってことね。
「お、奥様、おやめください……」
よいではないか、よいではないか。私は書き物をしていて手が疲れているのだ。少しくらい私の手を癒してくれてもいいのではないか?
「あの、何をしているんですか……?」
おや、ジーク君だ。何を見ているのかな? いや、それよりも、何を質問しているのかな?
「見て分かるでしょう? 仕事をしているのよ」
「メイドさんのお尻を揉むのが仕事なんですか……」
ジーク君がドン引きした表情で私を見ているわ。そういうのは良くないわね。
机仕事が出来る人間が少ないから、村や町を解放して回っているアロルド君に無理を言って、私が徹底的に机仕事を仕込んであるジーク君を送ってきてもらったっていうのに、上司の私に対しての態度が悪いんじゃ、仕事に差しさわりが出るわ。ここはキチンと説明をしておかないと。
「仕事の能率を上げるために必要なんだから仕方ないわ。ジーク君だって、女の子は好きでしょう?」
「それは異性だからというか……エリアナさんは女性が好きなんですか?」
何を言っているのかしらね、この子は。私が同性愛者みたいな言い方ね。ジーク君は何とも言えない表情で私を見ている。
「私は単純に触っていて気持ちいいから触っているのよ。それに綺麗な物や素敵な物は手に取りたいじゃない、私はそんな気持ちを満たしたいだけなの」
あ、ジーク君と話していて油断したせいで、メイドさんが逃げちゃった。もう、どうしてくれんのよ、私の癒しが行っちゃったわ。
学園にいた頃は世間の目もあったから、そんなに出来なかったのが、せっかく最近出来るようになってきたっていうのに、いつも邪魔が入るのが腹立つわ。
「失礼します、奥様」
あーあ、メイドさん出ていっちゃった。どうしてくれんのかしら、ジーク君? というか、さっきから私を見る眼が変ね。何か言いたいことがあるなら、ハッキリ言ったらどうかしら。
「……奥様って呼ばせてるんですか?」
「いいえ、彼女たちが勝手に呼んでるだけよ」
まぁ、実際に奥様みたいなもんなんですけどね。家柄的に私が正妻確定ですから、次がカタリナ、その次にキリエちゃんかな。それに私が一番美人ですからー。アロルド君の隣に立って一番花があるのも私ですしー。色んな要素が絡み合うと、私しかいないんじゃないかな? で、アロルド君の奥さんになって権力を自在に振るうのよ。オーホッホッホッ。
「結婚もしていないのに?」
「そうね。不思議よね」
全然、不思議じゃないわ。アロルドくんの身の回りのことの管理は私が最終確認しているからね。実質、奥様って感じよ。メイドの面倒も私が全部見ているわけだし、彼女たちが私を奥様って思っても仕方ないわね。
「奥様って呼ぶのを止めさせた方が良いんじゃないですか?」
「別に困ってないから、そのうち直させるわ」
まぁ、そのうちなんて言っているうちに、本当に奥さんになっちゃうんだけどね。ん? どうしたの、ジーク君?
「困ってないって、愛してもない人の奥さんって呼ばれることがですか?」
「え?」
何を言いだすのかしらね。ジーク君、私はアロルド君の事は好きよ。あれだけ凄い人、そうはいないもの。
「いやだって、エリアナさん。師匠のことは好きかもしれないけど、愛してはいないでしょう?」
好きと愛してるって違うことなのかしら、良く分からないことを言うわね。
結婚相手なんか、地位と財産があって、多少気に入るところがあるだけで充分すぎるもので、そういう人を好きになるってことが愛するってことなんじゃないのかしら? 私はそんな風に教わったけれども、違うのかしら?
「言っている意味が分からないわ」
「えっと、すいません。僕もなんとなく思っただけで、深い意味はなく言っただけです。ただ、僕の両親の関係を見てるとなんか違うっていうか……」
ジーク君は口ごもってしまった。まぁ、別に良いんだけどね。ジーク君の家がちょっと違うってだけなのかもしれないし。
でも、好きなのと愛しているのは違うってのが良く分からないわね。地位も権力も持っていて、自分のことを絶対に守ってくれそうな人に惹かれるってのを愛するとは言わないのかしら? 私はアロルド君の傍にいれば、絶対に安心だと思うから、好きなんだけど、これはジーク君に言わせれば愛じゃないの?
「奥様、お客様です」
私の思考を遮るように、メイドが部屋に入って来た。そちらに目を向けると、メイドは頭を下げながら、私に伝える。
「ダルギン・オレイバルガスという方が、奥様にお話ししたいことがあると、砦の門前にお越しです」
オレイバルガス――この地の領主の家ね。出来ればヴェイド君が、情報を集めてきてから会いたかったし、私じゃなくてアロルド君と会ってほしいんだけど、追い返すわけにもいかないわね。
「お通しして」
面倒だけど会わないわけにはいかないし、私を名指しだものね。ジーク君の言っていたことは忘れて、こっちの方に意識を集中しないと。
「僕もついていきましょうか?」
ジーク君が、私の護衛のつもりなのかそんなことを言いだしたけれど、それはあまり良くないわね。
「いいえ、必要ないわ。その代わりに私がいない間に、この数日の収支をまとめておいて。それぞれの部署の報告は私の机の上に置いてあるから」
私は別に気にならないけど、ジーク君は平民だから、相手がそういうことを気にする場合面倒なのよね。初対面で『平民ですか?』なんて聞くバカな貴族も多いし、そういう変なのとジーク君は関わらせたくないわ。
私はジーク君に仕事を任せて、私に会いたいという貴族が待っているという、砦内にある応接間へと向かった。なんだか、面倒くさいことになりそうな予感が頭をよぎったけれども、それを気にしていては、何も進まないので我慢するほかないのが辛いわ。
「お待たせしました。不在のアロルドの代わりに、砦の管理をしていますエリアナと申します」
私は部屋に入ると同時に猫を被って、うやうやしく御辞儀する。一応、今の私は家を追われて平民だから、貴族相手には下手に出るほかはない。腹が立つので、後で絶対に復讐してやろうとは思うけれど。
「頭をお上げください。エリアナ殿。事情は承知ですので、私に頭を下げる必要はありませんよ」
おや、なんだか思ったより、感じが良い人ね。それに事情を承知ってことは私が公爵家の娘だということも知っているのかしら。とりあえず、頭を上げておこうかしら。
頭を上げて、顔を見てみると、ダルギン・オレイバルガスという人は、名前の響きに反して細面の穏やかそうな顔立ちの男性だった。彼は私の顔を見るなり、真剣な眼差しで告げる。
「私はダルギン・オレイバルガス。大公家の長子です。エリアナ殿、単刀直入に申し上げます――」
一区切りがあり、続けて放たれるその言葉に私は凍り付くことになった。
「エリアナ・イスターシャ殿。私と結婚してください!」
嫌な予感は正しかったということね。なんだか、とてつもなく面倒くさいことになりそうな気がするわ……




