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探知一号の活動

 

 唐突だが紹介しておこう。俺の名はヴェイド。冒険者ギルド最高の斥候役にして、アロルド・アークスの懐刀だ。アロルドさんからは、まだ名前を呼ばれていない気がするが気のせいだろう。俺はギルドの幹部連中からも信頼されている男なのだから、名前を憶えてもらってないということはないはずだ。


 信頼されている俺には、いつも困難な任務が言い渡される。今回はオレイバルガス大公家について調べてこいという任務だ。

 何を調べてこいとは言われない。とりあえず調べてこいというものだ。たまにキレそうになるくらい適当な命令はいつものこと。俺はもう慌てるような素人じゃない。調べてきた内容が気に入らないと、もう一回調べてこいと言われるのも慣れたものなので、俺は三回までは耐えられる自信がある。今回の任務も五回くらいまでは泣かずに出来ると思う。我慢の限界は三回で耐えられなくなるのが五回だ。なんとか四回で終わらせてみせる。


 今、俺は任務のためにオレイバルガス領の中心都市キルゲンスにいる。人が集まるところに情報も集まるので、俺は情報収集をする際は人の集まるところを狙う。

 なので、俺がいるのはキルゲンスの酒場だ。酒場には人が集まる。そのうえ集まっている奴らは酒で口が軽くなっているので、面白いくらい情報を吐き散らしてくれる。だいたいは噂話だが、火のない所に煙は立たぬとも言われるので、噂話にも一片の真実が紛れ込んでいるかもしれないので、おろそかには出来ない。


「おう、兄ちゃん。旅人かい?」


 酒場の店主が俺に話しかけてくる。良い展開だ。酒場の店主は意外に情報通と相場が決まっているからだ。


「ああ、この辺りで人手を欲していると聞いたんでな。何か仕事が無いかと思ってきてみたんだが」

「だったら、こっちに来ないで、東の『ご砦主さいしゅ様』の所に行った方が良いな。あっちの方が仕事があると思うぞ」


 キルゲンスから見ると、俺達が駐留している砦は東になるから、アロルドさんの事を言っているのは間違いないな。しかし、思ったよりかはアロルドさんに悪感情を抱いていないように思う。西部民は排他的だと聞いていたが、微妙に違うように見える。


「魔物が溢れているうえ、とんでもないドラゴンがいるのに何にもしねぇ大公様より、余所者でも俺らを守ってくれている人の方がマシだろ?」

「確かにな」


 現実的な考えではあり、俺としてはおかしくないと思うが、話に聞いていた西部の民とは違うようだ。少し詳しく調べてみても良いかもしれないな。


「だが、余所者を嫌っている奴もいるんだろ。そいつらに睨まれたくはないんだが」


「そんなの領主連中とその家臣共だけだ。大抵はどうでも良いと思ってるよ。アイツらは先祖の恨みだとかなんとか言ってるらしいが、俺達のように先祖が誰かも分からねぇ平民連中からすりゃ、どうでも良いって考えの奴の方が多い。まぁ、貧乏であることを恨んで中央とか王家嫌いになってる奴もいるにはいるがな」


「貧しいのか? 穀物を売って豊かだと聞くが」


 俺のイメージだと穀倉地帯とは豊かなものだ。王国の中央にも実り豊かな土地はあり、その辺りは豊かだと聞くので、この辺りもそうだと思っていたのだが。


「普通に暮らしていくには問題ねぇよ。ただな、この辺りの穀物は殆ど国が安く買い叩いちまうんで、本来の儲けよりも格段に少なくなるんだよ。飢饉が起きた時のための備蓄だとかいう理由だったり、戦時の備えだとかでな。文句を言おうもんなら軍を差し向けることも厭わないとか言われるんで、領主連中も従っているわけだ。まぁ、買い叩くって言っても、農民の暮らしがきつくなるほど安くはしてねぇけどな」


「その話だと、貧乏だとは思えないんだが」


「感覚の問題なんだろうよ。本来、手に入る儲けが不当に減らされてるとか思えば、今の状況は貧乏なんだろうさ。……ほれ、この辺りの事情を話してやったんだから、何か注文してくれねぇかな?」


 俺は店主に銀貨一枚を握らせ、適当に林檎酒と食い物を頼む。情報の代価と考えると少し高いかもしれないが、幸いアロルドさんから経費として銀貨を十枚貰っている。銀貨一枚で、平民だったら数か月は生活していける額なので、酒場で払うには相当な額だが、あの人は金銭に関しては全く気にしないので必要経費と言えばいくらでもくれるから、俺からしても払うこと躊躇う大金でもない。


「へへ、まいど」


 俺が銀貨を握らせると、店主は俺がどういう人間か理解したようで、いやらしい笑みを浮かべつつ、俺の前に酒を置く。俺の勘だが、ここまで話を聞く限りでは、この店主は裏切らないと思うので、もう少し話を聞くことにする。


「オレイバルガス家について知りたいんだが」


「ああ、大公様の所か。昔からある家だって聞いてるぜ。王国設立以来から続く家だってな」


「その割には、王国の重要な地位にいるとは思えないんだが。大公とは言っても、この領地では伯爵と変わらないと思うが」


「領地に関しては知らねぇよ。お上の考えることは分からねぇ。ただ、ずっと昔からオレイバルガス家は王家に嫌われてるとか言われてるなんて噂があるな。そのせいで、常に僻地に抑え込まれてるとか。まぁ、オレイバルガス家の方も、今の王家は正しくないとかなんとか言って、喧嘩売っていた時もあるみたいだし、良く分かんねぇ。正しくないってのが、何に対して正しくないってのかも分かんねぇしな」


「王家が嫌いだから、中央から王家に言われて、この地に来たという『砦主』を嫌っているということか?」


「いやぁ、それはねぇんじゃねぇかな。今の大公様は、そこまで感情的に動く人じゃねぇよ。妥協して助けを求めることぐらいはするんじゃねぇかな」


 その割には、俺達に対しての待遇が悪いような気がするが、どうなんだろうな。


 とりあえず、情報を整理しつつ考えると、王国を嫌っている理由が今の王家が正しくないから? オレイバルガス家は建国から続く家だが、僻地に閉じ込められている? 僻地に閉じ込めている理由は、王国はオレイバルガス家の影響力が強まることを恐れているからだろうか? 影響力が高まると、オレイバルガス家の言葉に賛同する者たちも出てくる? ふむ、大公が俺達に協力的でない理由は置いておくとして……


 建国から続くオレイバルガス家は、今の王家が正しくない理由を知っており、王家はオレイバルガス家の影響力が強まり、オレイバルガス家の言葉に賛同する者が現れることを恐れているので、オレイバルガス家を西部の僻地に抑え込んでいる?


 なんだか、俺が知ってはいけないことを知ってしまったような気がするので、このことは報告しない方が良いような気がする。所詮は俺の考えだから、報告しなくても良いだろう。報告書に、それぞれ別の事柄として記載しておいた方が見やすいし理解しやすいはずだ。


 とりあえず、余計なことは忘れて、別の話を聞こう。 


「大公様は、今の状況に関して何も言わないのか?」


 感情的でない人なら、何かしらの行動を起こしていて良いと思うのだが、オレイバルガス家は特に何もせず、状況を静観している状態だ。理性的に考えて、今後の領地経営に問題が生じそうなので、早めに対処するべきだと思うが、それもしていない。


「大公様本人は何も言ってないな。代わりに大公様の二人の息子が出てくるようになってね。大公様は、その二人に任せるとか言っているらしいけど、どうなることやら」


 この一大事に、トップが何も言わずに次期トップの二人が出てくる? 大公様本人の言葉は無くて、伝聞しかないのに、後継者候補二人が前に出てくる? どちらか片方を指名せずにか? おかしくないだろうか?


「大公様が亡くなったなんて噂をする奴もいるが、とんでもない話だな」


 おそらく、大公は死んでるだろう。もしくは死んでなくても、何も出来ない状態だ。大公が何も出来ないから、後継者候補の息子二人が次の大公家当主の座を巡って争っている。俺達への対応も、息子二人の間で揉めているんだろう。決定が出来ないから、微妙な待遇になっているに違いない。

 大公が後継者を指名していないなら、魔物と大黒竜が領内にいるという状況をなんとかすることで、後継者としての地位を確かにしようとも考えているだろうから、俺達冒険者を味方に引き入れようと考えるかもしれないな。そのことは報告しなければいけないだろう。


「で、他にも……と、悪いな、ここまでにしてくれや」


 店主は入り口をチラリと見ると、話を止めた。俺は〈探知〉の古式魔法を発動させ、視線を向けることなく周囲の状況を把握すると。入り口から武装した男たちが入ってくるのを確認できた。

 おそらくオレイバルガス家の兵士だろう。店主がおしゃべりを控えたのも分かる。余計なことを話して兵士の不興を買いたくはないのだろう。俺も目立ちたくはないので、それ以上は話をすることを止め、店主から出された酒と食事を口にした。とは言っても、〈探知〉の魔法は発動したままだが。


 俺の〈探知〉は極まってきているため、魔法の性能が向上し、様々な追加能力がある。そのうちの一つは〈探知〉の効果範囲内の音ならば、どんな音でも拾うことが出来るという能力だ。俺はその能力で酒場内の全ての会話を拾う。だいたいは、たいした内容ではないが、それでも何かしらのヒントになるものだ。大公の息子の話なども拾うことが出来た。


 〈探知〉の範囲内なら、俺は人間の行動なら、だいたい把握できる。酒場の中に入って来た兵士たちが、俺に向かって視線を向けてきているのも分かるし、俺が店主と雑談をしているのに、聞き耳を立てているということも分かる。俺の〈探知〉範囲内なら誰が何処を見ているかは分かるし、何を聞こうとしているのかも把握できる。魔物相手に使っても、かなり効果はあるが、人間相手でも効果が薄れるということは無い。


「もう帰るよ。ごちそうさん」


 兵士たちが、俺のことを疑っている気配が強まってきたので、さっさと退散することにした。余所者は目立つということだろう。長居は危険だ。


 俺が店を出ると、兵士達がついてくるのを〈探知〉で確認した。どうやら、本格的に俺に尋問でもしたいようだ。捕まるわけにはいかないので、俺はすぐに逃げるルートを作成する。

 〈探知〉の魔法の効果範囲を直径一キロメートルの円状に拡大し、その上で〈探知〉の対象を人ではなく、地形に変え、〈探知〉の範囲内の地形の情報を全て把握できる状態にする。

 使っているうちに魔法の性能が強化されるということもある古式魔法だが、俺は毎日のように限界まで〈探知〉を使っていたため、成長しており、色々と出来る。例えば、今の地形を探知している状態だが、この状態だと、効果範囲内の全てを地図のような地形情報として認識できる。隠し通路も何かもで、それに加えてどこの建物がカギがかかってないかなども把握できる。

 俺は頭の中の地図に従って、裏路地へと足を進め、殆ど誰の目についたことが無さそうな隠れ道へと体を滑り込ませて、俺の事を尾行してきた兵士を撒く。

 〈探知〉の対象を人に切り替え、兵士が遠くへ行くと同時に表の道へと戻り、俺は兵士たちが移動している反対の方向へと足を進める。


 俺はあまり戦いが好きというわけではないので、追われてもこうやってやり過ごすことが殆どだ。俺の〈探知〉を使えば、大抵の相手からは逃げられる。こういう所も俺が密偵のような役割をさせられる原因なんだろう。まぁ、信頼はされていると思うので嫌だということはない。


 なんだかんだで、期待されている部分もあるため、俺は期待に応えるために行動する。まず調べるべきは、大公の安否と、大公の息子達についてだろうか? 二人の息子達が冒険者に対して、どんな感情を抱いているかで状況は変わる気がする。こちらに組する気持ちはあるのかどうか、それだけはハッキリと把握しておいた方が良いだろう。


 多少なりとも急ぐ必要がある、アロルドさんが何かをしでかす前に情報を集めておかなければならないからだ。あの人は大抵、どんでもないことをしでかすので、そのフォローをするためには色々な情報が必要となる。


 俺はこれでも一応アロルド・アークスの懐刀という扱いだ。その扱いに見合った働きはするつもりだ。パッとしない身の上から拾い上げてもらったという多少の恩もあるから、それを返すまでは働く。例え、アロルドさんに名前は呼ばれなくてもな。






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