魔法使いの事情3
昼にも投稿しているので、ご注意ください。
水槽に浮かぶステラの姿を見て、俺は呆然とした。訳が分からなかった。どうして、そんな姿になっているのかと。ステラの浮かぶ水槽の隣の水槽には、赤ん坊が浮かんでいた。そして、水槽の前にいたのは俺の親父だった。
親父は忍び込んで、そこに辿り着いた俺を見て、叫んだ。何を言っていたかは記憶にないが、攻撃魔法を俺に使ってきたのは憶えている。でも、親父の魔法は俺には届かなかった。
修行を続けた結果、俺の古式魔法の殺傷力は極まっており、親父が魔法を発動するよりも、俺の魔法が発動するほうが速く、俺の魔法は一瞬で親父の四肢を焼いた。わめきのたうち回る親父を踏みつけ、俺はステラに何をしたのかを聞いた。実の父親を傷つけたのにも関わらず、俺の心は落ち着いていた。
親父の話しはシンプルだった。キリエの次に産まれたステラの子も魔力が多かったため、どういう仕組みで、魔力の量が多くなるのか調べるために実験を行い、その結果、死んだので、サンプルとして保存した。ステラは、しばらく子供が出来なかったため母体としての限界を迎えていると考えられたため、子を産ませるよりも妊娠時の母体の存在が子供にどんな影響を与えるかを調べるためのサンプルとしたという。ステラが潰れても、キリエがいる。子を産めるまで時間はかかるかもしれないが、逆に言えば我慢さえすれば、どうとでもなる。それよりも、どういう理屈で子供に高い魔力が受け継がれるのか、それを早急に調べるべきだというのが、エーデルベルト家の総意だという。そして、それを調べるのが俺の親父だった。
俺はその話しを聞き終えると同時に親父の首を魔法で切り落とした。
生かしておく理由が無いと俺はその時、思った。こいつらは皆殺しにしても良いだろうという結論に達したわけだ。俺にはステラが死ぬ理由が理解できなかった。実験動物にして良い命だったか? お前らよりも下等な人間だったか? 殺さずにおく理由が無いと思った。こいつらはゴミだ。だから、殺しても問題は無い。
だけど、まず殺すべきなのはクソみたいなエーデルベルト家を支配する当主だと思った。全ては当主である、俺の祖父が悪い。祖父が何もしなければステラがこんなことになることは無かった。俺は、明確な殺意をもって、祖父の部屋に向かった。途中で何人かに見つかり、見咎められたが全員殺した。実戦を経験していない新式魔法使いなど、徹底的に実戦で魔法を身に着けた俺に敵うはずもなかった。
俺は立ちふさがる奴らを全て殺して祖父の部屋に辿り着き、その扉を開けた。
祖父は俺のお袋相手に腰を振っていたよ。まぁ、そういうこともあるかと、一瞬で理解できた。祖父は魔法使いとして優秀だったしな。優秀な血を残すためには、そういうこともするだろう。もしかしたら、祖父が俺の父親だったかもしれないが、そんなことはどうでも良かった。
ただただ醜いとしか思えなかった俺は、お袋の首を切り落とした。すぐに全裸の老人が、俺に向き直るが、俺からすれば遅すぎた。新式魔法が優れているのは即応性で、発動の早さが優れているというわけじゃないからな。
俺は老人の股にぶら下がっているものを魔法で切り落とした。のたうち回る老人が俺に向かって叫んだのは『何者だ!?』って言葉だった。孫の存在も認識してなかったってことだ。
容赦をする必要を感じなかった俺は、老人を容赦なく、すり潰した。文字通りの意味でな。手足の指先から魔法を使って粉々に潰してやったよ。すぐに死んだがな。
そこから俺はキリエを攫って逃げた。エーデルベルトに置いておくわけにはいかなかった。置いていけば、キリエもステラと同じことになると思ったからだ。
俺はキリエはステラの祖父に預けて逃げ回った。エーデルベルト家の追手は俺だけを標的にしていたからだ。エーデルベルト家でキリエが死んだという偽装が功を奏したと確信しつつ、俺は追っ手を皆殺しにしながら、逃げ回った。
そして数年が経ち、ほとぼりが冷めた頃に、王都へ戻ると俺の師匠の所にキリエが弟子入りしていた。
ステラの祖父は死んだと聞かされ、師匠に預けられたという。それにキリエの身体の問題もあって師匠が引き取ったという。
そこで、俺は師匠からキリエは魔力の制御障害だと聞いた。魔力が多い者に稀にある先天的な障害であり、制御できない量の余剰魔力が身体を蝕み、悪影響を与えるものだと。そして症状を改善するためには、魔法使いとなって、余剰魔力を魔法として放出する必要があると。それを上手くできるのが、魔法の制御方面に優れた古式魔法使いであり、それを教えられるのも師匠しかいないことを。
だから、俺はキリエが妹弟子になることを受け入れた。キリエは俺が誰なのかも忘れていたけど、『オリアス兄さん』と呼んでいたよ。ステラと一緒にいた時は『お兄ちゃん』呼びだったんだけどな。
それからは、まぁ、たいしたことはしていない。
古式魔法使いは鼻つまみ者だったから、好む好まざるに関わらず、古式魔法使いとして生きていかないといけないキリエが、これから先、穏やかに過ごせる世の中になって欲しかったから、古式魔法使いの価値を高めようとした。師匠は否定的な立場だったが、俺はステラの忘れ形見のキリエには幸せに過ごして欲しかったんだ。
それに今後、魔力の使用量が少ない古式魔法の価値が高まれば、エーデルベルト家も魔力の多寡に重きを置かなくなり、クソみたいな家がマシになるのではないかと考えもした。そうすれば、今後キリエが目をつけられることもなくなるのではないかと甘い考えを抱いて。
だいたい、この頃からブレブレだったわけだな。皆殺しにしてやるくらいに息巻いて当主を殺した癖に、その後は、家の問題の解決法を考えたりしてたわけだしな。
それから、アロルドに出会って今に至るというわけだ。本当は最初からアロルドと知っていて接触したんだけどな。
今の当主――俺の伯父の息子が学園で、アロルドにぶちのめされたという話しを聞いたし、どんな奴か会ってみたかった、そして会った結果、悪い奴ではないと思って協力をお願いしたわけだ。
アークス伯爵家の坊ちゃんという、隠しきれない権威を持っている上、性根も悪くなさそうだったから、躊躇わず下に付いた。結果として、良い評判が無かった古式魔法使いが多少は価値のある存在として扱われることになった。
まぁ、今となっちゃ、それが良かったのか分からないけどな。古式魔法使いの評判が上がると同時に古式魔法使いを身内に引き入れようとする奴が増えた。だけど、その流れにエーデルベルト家はついていけなかった。よくよく考えれば、当然だわな。ステラの件だけに留まらず、エーデルベルト家は相当な労力を払って、家を維持してきたのに、それを土台からひっくり返されるのは我慢できなかったんだろう。
エーデルベルト家は古式魔法使いに目をつけるようになり、どうにか排除しようと画策していたんだろう。で、その時にキリエを見つけたんだと思う。驚いただろうよ、死んだと思っていた一族の人間が生きていたんだからな。それも希望の星のような存在だ。母体としても優秀だし、古式魔法使いとしての能力も高い。見逃すわけが無い。アロルドからキリエが絡まれていたという話しを聞いてピンと来たよ。
エーデルベルト家はまだキリエを諦めていない。そしてステラにしたのと同じことをしようとしてるってな。キリエも十六歳だし子供だって作れる。奴らが躊躇するべきことなど何も無いと思った。
俺はエーデルベルト家の奴らから、どうやってキリエを守ればいいか分からなかった。だから、まずはエーデルベルト家に出向いて説得を試みた。戦ってなんとかしようとは思えなかった。落ち目とはいえ子爵家の力は大きく、戦いになったらキリエを守り切れないと思ったからだ。だから、俺は忌み嫌っていたエーデルベルト家の奴らに頭を下げに行った。事を荒立てないで済む方法を模索するために。
返ってきた答えは悪くなかった。『俺の持ってる魔法道具関係の知識と技術を差し出せば、キリエの安全は保障する』だとさ。俺はアロルドたちを裏切ることになると理解しながらも、エーデルベルト家に俺の知識と技術を差し出した。
最初は不思議に思ったよ。あれだけ毛嫌いしていた古式魔法を喜んで取り入れるなんて、どういうことなんだろうかってな。でも、すぐに理由が分かった。奴らにとって大事なのは権力であって、魔法そのものじゃない。魔法なんて、所詮は自分たちの権威を保つための道具でしかなかったんだってな。
俺は後ろめたさを感じながら、エーデルベルト家の連中に魔法道具の技術を教えたよ。それでキリエの平穏が保たれるならってな。
でもな……奴らがそんな約束を守るわけはなかった。俺の師匠は殺されて、キリエは捕らえられた。どういうわけか詰め寄った俺に対して、当主は言ったよ『冒険者ギルドを潰せば、キリエは無事に過ごせる』ってな。
そんな話を信じることなんて出来るわけが無い。だが、キリエが囚われている以上、俺には選択の余地は無かった。何もしなかったら、キリエの運命は悲惨なものに決まる。それだったら僅かな可能性にかけたい。
そんな結論に達した時、お前らが攻めてきたってわけだよ。アロルド――
「これが全てだ。俺は裏切っているし、お前らを殺すつもりだった。今思えば、最初からお前を頼ってりゃ良かったんだと思う。それが出来なかったのは、心の奥底でお前を信じ切れてなかったからなんだろうな。いや、違うか……結局の所、俺自身がブレブレで自分の思いを貫けなかったってことだろうな」
全てを話し終えて、俺は不思議とスッキリした気分になった。アロルドの方は難しい顔をしている。余計な面倒を背負わせたとは思うが許して欲しい。
「こんなことを頼めた義理じゃないかもしれないがキリエを頼む」
なんだかんだで面倒を見てくれるだろうし、任せていいはずだ。きっと悪いようにはしない。
「じゃあ、始末を頼む――」
裏切り者には罰を与えるべきだ。俺はそれを甘んじて受け入れよう。
◆◆◆
――ごめんなさい。長々と話してもらったところ悪いんだけど。三分の一くらいしか分からなかった。いや、だって長いんだもん。
俺の記憶力とか、その他諸々の頭を使った能力の低さを知らないな? 自慢じゃないが、たまに犬の方が賢いんじゃないかって思う時があるくらいだぞ。
まぁ、それでも何となく分かったことをまとめると、オリアスさんの初恋の人がエーデルベルトの奴らに酷い目に合わされて、その娘のキリエって子が、またもやエーデルベルトの奴らに酷い目に合わされそうってことだろ? で、細かい経緯は分からないけど、オリアスさんは俺のことをぶっ殺さないといけなかったのかな? 死んでも復活できるなら殺されてやっても良かったんだけどね。流石の俺も死んだら復活できないからね。殺されてはあげられないんだよ、ごめんね。
でもさ、良く考えたら、エーデルベルトの奴らをやっつければ解決するんじゃないかな? だって、たかが子爵家の一門の連中だろ? 人数がいたとしても千人は超えない数なんだし、そいつら全員を反抗する気力がなくなるくらい徹底的に痛めつければ何も出来なくなると思うんだが、どうなんだろ?
悪い奴らみたいだし、やっちゃてもいいんじゃない? 運良く、俺達はエーデルベルト邸にいるわけだし、外ではグレアムさんが屋敷の人間を念入りにボコボコにしてるだろうし、ちょうど良いタイミングだから、やっちゃおうぜ。社会のゴミ掃除だ。
もしかしたら悪い奴らの方にも事情はあるのかもしれないけどね。オリアスさんの話しか聞いてないから詳しいことは良く分かんないし。そもそも話が長すぎて理解が出来てないんで、本当は誰が正しいのかもピンと来ないんだよね。
でもまぁ、流れに任せて動きゃ良いかな。雰囲気で判断すりゃ大丈夫だろ。もし間違ってても、その時はその時で、謝って済ませようっと。
というわけで、オリアスさんには早く起きてもらわないといけないんだけど。俺だけだと普通に迷うから、一緒に来てほしい。でも、オリアスさんは何か覚悟を決めた表情になっているんだよね。その覚悟が全く分からないんだけど。とりあえず、そのままいられても困るので起こします。すると、オリアスさんは驚いた表情になりました。
「……どういうつもりだ?」
どういうつもりって言われてもなぁ……
「一緒に助けに行くんだ」
道案内も必要だし、それにキリエって子と関係が深いなら、一緒に来た方が良いと思うんだけど、何かおかしいのかな。
「俺はお前を殺そうとしたんだぞ」
「死んでないんだから、別に問題もないだろう」
死んでたら流石に俺も文句を言うけど、死んでないから問題なしだと思うよ。結果だけ見れば、俺は生きてる状態で、特に何か変わったというわけでもないんだしね。死んでる状態に変わってたら問題だったけど。
「俺の話を理解しているのか?」
「……理解はしたが、お前の事情はどうでも良いし、興味はない。それよりもやるべきことがあるだろう?」
すいません。誤魔化しました。でも理解はしてますよ。三分の一くらいですけど。まぁ、理解してもしなくても、どうでも良いんですけどね。余所の家の事情とかどうでも良いですし。いや、ホントは理解できないだけなんですけど。
血縁関係グチャグチャっぽい所とか俺の理解できる範囲を超えてるんだよね。だから、そういうことは考えないことにします。
思考放棄と言いたければ言え! 使い物にならない思考能力なんて邪魔だから、ポイっとゴミ箱に捨てちまうに限る。
とりあえず、悪い奴らをぶちのめして女の子を助けりゃいいんだろ? それだけ分かれば充分じゃないか。他に何を理解しておく必要があるってんだ。
「敵わねぇな、ホントに……じゃあ、悪いが、キリエを助ける手助けをしてくれ」
「最初から、そのつもりだ」
最初ってのが、どのあたりからなのかが俺にも分からないけど。なんだか当初の目的に戻った気がするぞ。いい感じだ。このまま、ガンガン行こう。でも、その前に一応カッコをつけておこうっと。オリアスさんも見てるし、締めた方が良いよね。
「では、囚われの姫君を助けに行くとするか」
というわけで、道案内その他諸々よろしくお願いします、オリアスさん。




