最後の旅
—―俺は夢を見ている。
なんとなくだが、これは夢だと分かるような夢があり、今回はそんな夢だった。
どこまでも続く白い空間に俺と——――どこかで会ったような覚えのある見知らぬ男がいて、意識だけの俺が俺と見知らぬ男が向かい合っているのを外側で見ているような状況だ。
自分を外から見てるってのも変な話で訳の分からない状況だけれど夢だから仕方ない。
「お前の選択は?」
見知らぬ男が俺に訊ねる。
何の選択を求めているんだろうか?
訊ねられた俺は考え込むようなしぐさを少しの間、見せるが、俺がそんなに考え込むようなことなんて無いんで、考えているふりだと思う。
「争い事が増えるのは無しの方向性で生き返らせてくれないか?」
そうだね、争い事が増えるのは嫌だし、平和が良いよね。
ちょっとした厄介ごとは歓迎だし、荒事も嫌いじゃないけど、ノンビリしてるのが俺は良いんだよ。
「いきなり話の前提が変わってんだけど、マジで言ってんの?」
「マジだ」
「えぇ……」
見知らぬ男が呆れたような顔で俺を見ている。
うーん、こういう視点で見るのは不思議だね。周囲から見たら俺がどんな人間だったか分かるぜ。まぁ、特に問題の無い人間だってことしか分かんねぇけどさ。
「あのさぁ、俺がお前を生き返らせるのは俺のためでもあるって分かってる? 分かってねぇよな、今のは聞いた俺が馬鹿だった。俺は俺の影響力を強めるためにお前を生き返らせるんであって、俺の影響力が強まらないなら、お前を生き返らせる意味も無いんだよ」
「そこをなんとか」
「図々しい奴だなぁ。俺に何の得もないのに、お前を生き返らせろって?」
「友達だろう?」
「友達? 邪神と人間が? ははは、クソ面白いな」
乾いた笑い声をあげる見知らぬ男だったが、俺が本気なのを見ると、溜息をついて諦めたように肩を落とし、そして俺に訊ねる。
「百歩譲って俺とお前が友人だとして、それで無償で生き返らせたとしよう。そうなった場合、お前の世界の人間は俺の影響が及ばないから弱いままなんだが、それでも良いのか?」
「別に問題ないだろう」
「本当にそうか? 子孫に可能性のある世界を用意してやりたいと思わないのか? 戦い続ける運命にはなっても、宇宙を駆け他の世界へ進出することもできる存在になれるんだぞ? お前の選択一つで未来の可能性を潰すことになるんだぞ?」
「いいんじゃないか?」
俺も別に良いと思う。つーか、俺なんだから答えも同じだよな。
「知ってるかどうか知らないが、俺は争い事がそこまで好きじゃないんだ。俺の選択一つで未来まで俺の子孫が戦い続けるようなことになるのは忍びない」
「そうだとしても可能性は残るぞ」
「ぶっちゃけ、そんな未来のことまで責任持てないんだよね。俺の子孫が大変な思いをするのが可哀想っていう俺の気分の問題で、将来の子孫のことまでは良く分かんない。
それで困るとしても、それは俺の問題じゃなく未来の人の問題だし、俺が気にすることは無いと思うんだ。大事なのは、今の俺にとって一番気分が良い選択はどれかってことだと思うしさ。そういう理屈で答えを出した結果、俺は無償で生き返らせてくれないかなって思うわけで――」
うーん、人生で一番喋ってるなぁ。
でも、喋りが拙いせいで見知らぬ男は呆れていますね。
「はぁぁぁぁぁ……」
呆れが限界を通り越したのか、見知らぬ男はその場に腰を下ろし、大きく溜め息を吐く。
胡坐をかき男は俺のを睨みつける。
「お前には色々と貸しがあると思うんだが、そういう恩を仇で返すような真似をして気が咎めたりしないか?」
「全然」
だって、どんな恩があったか思い出せないしさ。
いっぱいあり過ぎて思い出せないのかもしれないけど、そういう俺の状況も汲み取って、どんな恩があったのか説明してほしいよね。
「はぁぁぁぁぁ……」
再び、男が大きく溜め息を吐き――
「クズ、ゴミ、カス、馬鹿阿呆間抜け! 恩知らずのキチガイ野郎! この期に及んでアホなことを抜かしやがる空気読めない大馬鹿が!」
むっちゃ怒られてますね。でも、本気で怒ってるような感じがするようなしないような——
「さすがの俺も堪忍袋の緒が切れた! お前の面倒など見るのはもうウンザリだ! どこへなりとも消えてしまえ! 俺はもうお前のことは見捨てることにしたからな!」
男が立ち上がり、凄い剣幕で俺に詰め寄る。
「神に捨てられたお前がどこまでやれるか見ものだぜ! きっと、早々に野垂れ死ぬだろうな! お前の住む世界も同じだ! お前みたいな恩知らずのクソがいるような世界など俺は面倒を見る気になれないから、お前の世界など俺は捨て置くぞ? 全部お前の選択のせいだからな!」
まくし立てる男だったが、そこまで言うと不意に表情を緩める。
それまでの怒りの形相から複雑な思いが読み取れる微笑を俺に向けて、男は言う。
「――だけどまぁ、そういうのも良いんだろうな」
男は俺から離れ、俺の顔を見つめる。
「程度の低い存在として一生を終える。定められた種としての限界に従うしかない。そんなの俺には納得できないが、お前は納得できるんだろう。それは俺には絶対に選べない選択だ。俺は止まることが出来ないからな」
男は一瞬だけ自嘲するような笑みを浮かべると、俺を見つめていた視線を逸らし、俺に背を向ける。
「なんにしても、もうお前とはウンザリだ。話すのも嫌だし、消え失せろ。俺の加護の無い世界で下らない人生を生きるといい。そして、人生の終わりに俺の言う通りにすればよかったと後悔しながら死んでいけ。だがまぁ、俺の申し出を断ったんだから、それなりに良い人生を送ってもらわなければ張り合いが無いがな」
俺に顔を見せずに男は指を鳴らす。すると俺の姿が即座に掻き消えた。
そして、真っ白い空間の中には見知らぬ男と、その姿を眺める意識だけの俺が残った。
そんな中、男がおもむろに意識だけの存在である筈の俺の方を向き――
「――また会ったな」
どこで会ったんだったけ?
記憶にはないが会ったことのあるような感覚が――
俺が不思議に感じている中、男は俺の疑問を無視して、俺に訊ねる。
「良い人生だったか?」
悪い人生ではなかったと思うよ。
俺は大半の物事は不確かだけど、それだけはハッキリと言える。
「そうか、それは良かった」
俺の答えに男は微笑むと、俺に背を向けて歩き出す。
何処へ行くのだろうか?
「旅に出るのさ。もっと楽しい世界を目指して」
それは良いね。俺も付いていくのは?
「それは無理だ。その理由は、お前にも分かるだろう?」
あぁ、そうだったな。そういえば俺はもう——
「そうだ、だから此処でお別れだ」
俺は男の背中を見送るしかなく、そこで俺は夢から覚めた——
「――アロルド様、ご起床のお時間です」
寝室の外からメイドの声がして俺は目を覚ました。
懐かしい夢を見ていた気がするが、どんな内容だったかは思い出せない。
ただ、別れの夢だったような——
「もう少しお休みになられますか?」
「いや、起きる」
寝室の外からの呼びかけで、儂は思考を打ち切り、ベッドから起き上がる。
それだけの動作で全身が軋み、体の節々が痛む。それで儂は自分の老いを思い知らされる。
体の痛みをハッキリと感じるようになったのは何時からだったろうか? 老いを感じるようになってからか、それとも一人称を儂と口にすることに違和感を覚えなくなってからか。なんにせよ、儂の体が衰えたことだけは確かだ。
ベッドのそばに立てかけてあった杖を手に取り、ようやく立ち上がると儂は顔を洗うために、鏡の前に立つ。そして鏡を見ると、そこに立っていたのは老人で、それが今の儂だ。
髪は真っ白くなり、だいぶ少なくなった。禿げてはいないのが、唯一の救いか。
顔には皺が刻まれ、若き日の面影などは何処にもない。周囲の者たちは若々しいなどというが、儂の若い頃を知らん者どもにそんなことを言われても世辞にしか聞こえない。
「失礼します。お召し物を——」
メイドが儂の部屋に入ってきて、着替えを手伝う。
昔は何人ものメイドが手伝いに来たものだが今は一人だ。
まぁ、それも仕方ないことか。なにせ儂がいるのはロードヴェルムの端に建てられた小さな離宮なのだから、そんな場所に人数を割くことも出来ないんだろう。
「今日の予定は?」
着替えを手伝ってもらいながら儂はメイドに訊ねる。
昔から、予定を覚えるのは苦手で今もそれは変わらない。おそらく死ぬまで変わらないだろう。
「本日はお祝いの会がございます」
「何の祝いだ?」
「アロルド様の120歳の誕生日のお祝いでございます」
あぁ、そういえば儂は120歳になったのだった。思えばあっという間のことだったな。王になってから色々とあった。戦もあれば、平和な日々もあり——
そうして気付けば120歳か。すこし長生きしすぎような気もするが。まぁ、良いか。
「エリアナはどうしている?」
俺の誕生日ならエリアナが何か準備をしていると思うんだが——
「申し訳ありません。奥様は数十年前に——」
あぁ、そうだった。もうだいぶ前に死んでしまったんだったな。
じゃあ、カタリナにキリエにヒルダは……いや、みんな死んでしまったんだったな。
みんな、寿命で安らかに逝ったのを忘れてしまっていた。
「では、アランはどうした?」
俺とエリアナの息子だ。
色々とヤンチャな奴だったが、俺の後を継いでヴェルマー王になって——
「アラン様も既にお亡くなりになっておいでです」
申し訳なさそうに口にするメイドの顔を見て儂は思い出す。
そうだ、儂が90歳頃に逝ってしまったのだったのだったな。他の子達も皆既に亡くなっている。
親である儂より先に死ぬ親不孝者どもと罵ってやりたかったが、儂が長く生き過ぎているだけか。
孫は何人か生きているだろうが、老いて動くのもままならない者も多いだろうし、曾孫玄孫となれば、儂と深い関係の者も少ないだろうから、わざわざ儂を祝いには来ないだろう。
儂を離宮に押し込めたのも今のヴェルマー王である儂の来孫であるしな。
カタリナとの間に生まれた娘の子供が儂の面倒を見てくれていたのだが、それが逝ってしまってからは追い出すように儂を離宮に押し込めたのが儂の来孫——玄孫の子供だった。
詳しい理由は分からんが、老いぼれに宮殿をウロウロされているのが面白くなかったんだろう。なんとなくだが、そんな理由だと分かるので、儂もそのことを責めようとは思わん。
「お祝いの会にはまだお時間がありますので、それまでお休みになられてはいかがでしょうか?」
そうさせてもらおうと思い、儂は杖をついて歩き、離宮の庭へと脚を進める。
ロードヴェルムの市街が見渡せる離宮の庭に置かれたベンチの上に儂は腰を下ろした。
「平和だ……」
見下ろした街並みは穏やかで争いの気配など欠片も感じられない。
実際には色々と問題はあるんだろうが、それでも致命的な物ではなく、全ての人間が戦いに明け暮れるような世界ではないことは確かだ。
思えばここに来るまで色んなことがあった。
—―と言っても色んなことと言っても戦いだけだが。エルフやドワーフなどという亜人共との戦い。帝国でノールを皇帝にするための戦い。他にも色々とあった。
そうした戦いを勝利した結果が今の平和だ。
もっとも、そんな戦いを共に勝ち抜いた仲間たちも、もういない。
グレアムもオリアスもヨゥドリもジークも、ノールにリギエルも既にこの世にはいない。みんな儂より先に逝ってしまい、レブナントの知り合いも何処かへ去っていった。
気付けば残ったのは儂だけだ。
「つまらんなぁ……」
思わず言葉が漏れる。
望んでいた人生だ。
寝る場所にも食事にも困らない生活。それを儂は手に入れ、充分に堪能した。だが、今となっては望んでいたそれらの物に対しても、つまらないという気持ちしか湧いてこない。
「少し歩くか」
退屈しのぎの散歩だ。少しくらいなら文句も言われんだろう。
そう思って儂はベンチから立ち上がり、離宮を抜け出した。ちょっとした出来心という奴だ。
狭い離宮の中に籠っているのが気分に悪い影響を与えていたのだろう、外へ出た瞬間、儂は楽しい気分になった。
「もう少し歩こうか」
儂は楽しくなった気分のまま、離宮を出てロードヴェルムの街中に向かう。
ロードヴェルムの市街は整備され、儂がこの都市を手に入れた時とは様変わりして、清潔感に溢れた街並みになっており、なんとも落ち着かなかった。
昔はもっと野蛮だったと思うが、今はそんな気配はまるでなく道行く誰もが文明人で、儂は思わず気後れしてしまう。
「これはたまらん」
耐えられなくなって儂は脇道に入る。
大通りは綺麗でもさすがに裏通りにまでは手が回らないのだろう。荒んだ雰囲気の裏通りに実家のような安心感を抱きながら、儂はロードヴェルムの裏通りを歩く。
チラホラとダークエルフや獣人の姿が見えるが彼らは亜人ではなく人間だ。
彼らは儂と共にエルフやドワーフと戦った仲間で、そういう経緯があるから彼らは儂らと同じ人間ということになった。逆に敵になったエルフやドワーフは敵なので人間ではない亜人だ。
儂はダークエルフや獣人にも友人がいるが、特に獣人の王とは儂は仲が良かった。儂が獣人たちの都に赴いて、獣人の王と決闘して殴り倒したら、儂は獣人たちの王にもなった。彼らの世界は腕っぷしが全てらしいので一番強い儂に従うという話だったな。
「喉が渇いた」
歩いていたら、そう感じたので呟く。
口に出さないと、生理的欲求さえ忘れそうになるから、歳は取りたくない。
近くに酒場にあったので、儂はそこで喉を潤そうと、店の中に入るが——
「テメェ、舐めてんのかっ!」
どうやら店の中は取り込み中のようで、酒場にたむろしていたゴロツキどもが何やら誰かを取り囲んでいるようだった。
まぁ、儂には関係ない話なので、気にせずに店主に酒を求めることにした。
店主はカウンターテーブルに寄りかかり暇そうにしていたので声をかける。
「酒をくれ」
「ジジイにやる酒はねぇよ」
儂は店主の頭を頭をテーブルに叩きつけた。
歳を取ると我慢が効かなくなるから困るのぅ。それとジジイになると耳が遠くて何を言ったのか聞こえなくなったりもするのが困る。
「酒をくれ」
「――――――――――」
聞いても返事が無いので不思議に思って見てみると、店主は気を失っていた。
この程度で気を失う輩がロードヴェルムで酒場をやれるとは時代は変わったものだ。
昔のロードヴェルムなら、酒場に入ってきた客を店主が即座に殺しにかかり、生き残った奴しか酒を飲めなかったというのに、今の時代の店主は受け身なのか。
「あぁ!? もう一度、言ってみろや、ガキィっ!」
儂は勝手に酒をいただきながら、酒場の片隅で行われている喧嘩を眺める。
もっとも、喧嘩ではなく弱い者イジメだったとすぐに気付いたが。
よくよく見てみれば、黒髪の少年を複数のゴロツキどもが袋叩きにしている。これが強さ的に対等な相手同士なら数の不利を無視した上に数の不利を覆せなかった少年の方が悪いが、見た限りでは少年の方が圧倒的に弱い。となれば、弱い者いじめ以外の何物でもないわけで——
「ちょっと失礼」
流石に見かねて儂は声をかける。
これこれ、弱い者いじめはいかんぞ。そんな風に年長者のようなことを言おうと思ったのだが——
「邪魔すんじゃねぇジジィ! 先にぶっ殺されてぇか!?」
儂は思わずゴロツキをぶん殴った。
手加減無しの儂の拳をくらったゴロツキが吹っ飛び、酒場の壁に叩きつけられる音が聞こえたが、儂はそちらのほうは一切、気にせずに嬲られていた少年に近寄る。
「少年よ、名は何という?」
なんとなく気になったので儂は訊ねた。すると、少年は半泣き状態で儂に必死に自分の名を訴えた。
「僕はハルヨシっ、ハル—―」
「何してくれてんだ、このジジィ!」
おっと、危ないのぅ。
儂が殴り飛ばしたゴロツキの仲間が儂らを囲む。儂らというのは儂と——
「ハル君と言ったかの。心配せんでもいい、すぐに終わる」
儂はハル君を守るようにゴロツキ達の前に立ちはだかる。
「でも、お爺さんが——」
「安心せい。こんな雑魚共に儂が負けるわけがなかろう」
ゴロツキどもが武器を構えて、儂に殺意を向ける。
少し散歩に出ただけの筈なのに、なんともとんでもない状況になったものだ。
だがまぁ、楽しいのは確かで、ここ数十年感じなかった高揚感を儂は感じている。
「殺せぇ!」
叫び声と共にゴロツキどもが襲い掛かり、そして儂は——
——儂は満足できる生を送った。ならば、今度は満足できる死を探そう。
そのためなら新たな戦いの日々を送るのもそれほど悪くは無いだろう。
死に場所を探す。それが俺の——アロルド・アークスの最後の旅だ。
「アロルド・アークス」
ヴェルマー王国の国王であり、多くの功績を遺した英雄であるが、その最後は定かではない。
120歳まで存命であったという資料は残されているが、120歳の誕生日を祝う式典の日以降、公的な記録にアロルドの存在は見つけられない。
伝説では、神となって天へ上ったとされるが、現実的にはそのようなことは考えられず、そもそも120歳まで生きたという時点で記録としての信憑性も薄いことから、現在は資料の見直しが求められている。
アロルドが120歳の誕生日に消息を絶った後、数年に渡りヴェルマー王国内で白髪の老人と黒髪の少年が暴れ回っていたという記録が残っており、白髪の老人こそがアロルドであったのではないかと考える者もいるが、その根拠は妄想の域を出ないものであり、歴史の専門家たちからは黙殺されている。
—―とはいえ、その老人の特徴はアロルド・アークスに酷似しており、妄想と片付けるのも難しく、さらなる調査が求められている。
本編はこれにて完結となります。
外伝やその後の話は書く可能性が無きにしも非ずという感じですが、詳しくは活動報告を書くと思うので、そちらをご覧ください。また、この物語に対する最終評価を評価ポイントととして貰えるとありがたいので、そちらも差し支えなければよろしくお願いします。




