戴冠のアロルド
時は過ぎ、所変わって、ロードヴェルムのヴェルム城。
アドラ王国の帝国軍が大人しくなったのと、ちょっと暴れすぎてアドラにいられなくなったのでヴェルマーに帰ってきたわけだけど、帰ってくるなり、俺はロードヴェルムまで連れ去られ、そして今に至ります。
いやまぁ、実際にはそんなにいきなりって感じでも無くて、多少は準備があったりしましたけどね。
それで、俺の今の状況だけど、俺はロードヴェルムの中心にある馬鹿デカい城のヴェルム城の玉座の間で玉座にどっしりと腰を下ろしている。
ヴェルム城を含めたロードヴェルムは、街並みを汚すゴミみたいな連中が、俺と一緒にアドラ王国に戦争に行っていたので、その間にエリアナさんが率いる真っ当な連中がロードヴェルムの街並みを綺麗にしてくれていました。
ちなみにゴミみたいな連中は綺麗な所が嫌いらしく、清潔になり真っ当な街になってしまったロードヴェルムには住みづらいらしく、旧ヴェルマー王国時代に廃墟となった都市に移り住んでくれました。
まぁ、品性下劣なゴミ屑みたいな連中だけど、一生懸命働いてくれるし、どんな乱暴者でも俺の命令は絶対に聞いてくれるから、それなりには大事にしないとね。
—―考えが余計な方に進んでいる気がするので、今の俺の状況についての話にちょっと戻ろう。
俺は玉座の間で玉座に座ってボーっとしています。
玉座の間にはユリアスと戦った爪痕が残っており、天井や壁に穴が開いているけれど、これに関してはエリアナさんも諦めたらしいです。とてもじゃないけど修繕が間に合わないってことで、そのままにするしかないみたい。
でもまぁ、考えようによっては悪くないと思う。穴から柔らかな日差しが入り込んでくれるから、部屋の雰囲気も柔らかいしさ。室内なのに木漏れ日の中にいるみたいな感じ? なんだかノンビリしてて良いよね。
また、余計なことを考えていたかな?
俺の隣に座っているエリアナさんの視線を感じます。俺は玉座に座っているけど、エリアナさんの椅子はその隣に置いてある椅子です。
カタリナとかキリエとかヒルダはどういうわけか、椅子には座らず、俺とエリアナさんの斜め後ろに立っています。俺としては、女の子を立たせておくのもなんか嫌だったから座ってもらってよかったんだけど、今回はちょっと駄目らしい。
今回? 今回って何かって言うと、実は今はとある式典の最中なんです。
何の式典か? さぁ、なんだったか。あんまり興味が無いから忘れちまったなぁ。
玉座の間を見渡すと、グレアムさんとオリアスさんとヨゥドリとコーネリウスさんが俺の側に正装で直立不動の姿勢を取っている。
そんでもって、ちょっと離れて来賓の場所みたいなところにノールとリギエルにケイネンハイムさんとオレイバルガスの兄弟が二人が立っている。ついでにアドラ王国の王様になったウーゼル陛下がイーリスを傍に置いて憮然とした表情で立っている。
色々とあってウーゼル殿下はアドラ王国の王様になったらしいです。まぁ、前の王様は帝国に負けてしまったわけだし、責任を取って王を辞めるってことも仕方ないよね。噂では、王のままだと、俺と頻繁に関わり合いにならなきゃいけないから、それが嫌だったっていう話もあるけど、どう考えても噂だよね。
まぁ、それは噂にしても、帝国軍はアドラ王国の南部に逃げ延びて、コーネリウスさんが弟に奪われたコーネリウス大公領で再起を図っているらしいし、それの対策を考えるのが嫌だったんじゃないかな?
ちなみに俺の所にいるコーネリウスさんは俺があげた領地で悠々自適に暮らしていて、弟に奪われた大公家の家督とかはどうでもいいらしいです。
おっと、また注意が逸れてしまいました。やっぱり座っているだけってのは飽きてくるね。
とにかく玉座の間には色んな人がいっぱいいますし、みんながみんな礼服というか正装というか盛装してきていて、煌びやかな格好の人達で玉座の間は埋め尽くされています。
けれども、それだけ人が居ても、俺の両親はいませんけどね。父上も母上もセイリオスのせいでアドラ王国のアークス家は取り潰しで、可哀そうだからヴェルマーに呼んだんだけど、俺に合わせる顔が無いのと、セイリオスみたいな息子を育ててしまったことの償いってことで、隠居して静かに暮らしながら戦乱で死んだ人の冥福を祈って人生を終えるとか。
セイリオスの事はともかく、俺に対して合わせる顔が無いってのは良く分かんないんで気にしなくても良いのにね。俺は父上たちを恨んだようなことを考えたことは無いと思うんだけど、何を思って父上は俺に対して申し訳ないと思っているのだろうか? そんなに俺を勘当したことを後悔してるとか? でも、俺は勘当されても困ったこととか殆どないし、それを恨んだことも無いんだけどな。
まぁ、父上達にも色々あるんでしょう。俺には父上達の生活が苦しくならないように、それとなく支援する以外できそうなことがないし、いずれ時が解決してくれるのを待ちましょう。
「アロルド君――」
エリアナさんの声が聞こえて、エリアナさんの手が玉座の肘掛けに置いた俺の手に重ねられる。
どういうわけか、エリアナさんの手が、ちょっと震えているんだけど、何か困ったことでもあったんだろうか?
それなら俺を頼ってくれてもいいよ? 仮に俺が頼りにならない事柄でも、今の俺は手下がいっぱいいるし、誰かはエリアナさんの悩みを解決できるだろうしさ。
「――本当のことを言うと、私は貴方がここまでになる人だとは思っていなかったの。どんなに成功しても、ちょっと名の知れたお金持ち程度だと思っていたの。でも貴方は私の想像を裏切り続けてくれたわ」
それは申し訳ないね。思い通りにならないのは嫌だよね。でも、想像と期待は別の物なんですかね?
「見て、誰もが貴方に敬意を払っているし、私もそうよ。こうなることを想像もしていなかった私は貴方という存在を見誤っていたんだと思う。そんなふうに貴方を信じ切ることの出来なかったような女が妻になっても貴方は良いの?」
「特に問題はない」
「どうして?」
えー、それを言わせるんですか? いや、だってさぁ——
「顔が良いから」
それに尽きるんだけど駄目ですか?
いやまぁ、他にも色々とあるよ。俺的にはエリアナさんは面倒くさくないし、俺が戦に行っている間に政をしてくれているしさ。色々と感謝してるんですよ?
そういうのを上手く言葉に出来ないんで、申し訳ないんですけどね。でも、そういう思いが少しでも伝わるように俺はエリアナさんを見つめます。
「そうね。私もアロルド君の顔は好きよ。あと、お金持ちで権力も持ってるところも好き」
じゃあ問題ないよね。
俺は綺麗なお嫁さんを手に入れられて、エリアナさんは好みの顔をした金持ちで権力者の俺を夫に出来るんだし、お互いに損は無いんだから夫婦になっても良いんじゃない?
お互いの欲しい物を満たし合い、補い合うっていうのは世間が理想とする夫婦像とは違うかもしれないけど、俺達はそれで良いんじゃないかなって思う。
じゃあ、互いの要求を満たし合えない状況になったら夫婦関係は破綻するかっていうと、どうなんだろう?
俺に笑顔を向けるエリアナさんを見る限り、俺が捨てられることは無いんじゃないかっていう根拠のない自信が湧くし、エリアナさんが今の魅力を失っても俺は絶対に見捨てないだろうって確信を持っているんだけど、これは愛って言えるんだろうか?
世間で言われる愛ってのはもっと演劇的だし、たぶん違うんだろうね。まぁ、違っても俺はエリアナさんを今後も大切にすると思う。だって、好みの女の子だしさ。当然、カタリナ達にも同じ思いは持ってます。
不誠実か?
まぁ、そう言われても仕方ない。綺麗な女の子はなるべく手元に置いておきたいっていう、男のどうしようもない本音を偽るのも、なんだかセコい気がするんで、欲求には素直に生きていこうと思います。
逆に、『自分にはその気はないんだけど、いろんな事情があったり、女の子の方から寄ってくるんで仕方なく自分の女にしてます。本当はそんなに嫁とかいらないんだけどなー』なんて言ってる奴より、俺の方が考えようによっては潔いよね?
そんな風に余計なことを考えながらエリアナさんを見つめていたら、玉座の間の扉がゆっくりと開いた。
そうして、部屋の中に入ってきたのは、レブナントのヤーグさん。
ヤーグさんは正装を身にまとい、同じような服装をした人達を後ろに引き連れながら、俺のもとにゆっくりと近寄ってくる。
あらかじめヤーグさん達が通る道は開けられており、玉座の間に集った人たちの真ん中をヤーグさんは厳かな雰囲気を漂わせながら歩いている。
ヤーグさんが前を通り過ぎるたびに、集まった人たちが思わず息を呑むような音が聞こえてくる。
なぜ、ヤーグさんを見てそんな反応をするかというと、それはヤーグさん自身ではなく、ヤーグさんが大事そうに運ぶ物のせいだった。
ヤーグさんが俺のもとに運んできている物、それは王冠だ。
王冠は真っ赤な布の敷かれた手で持てる程度の小さな台の上に置かれ、それをヤーグさんが俺の元へと運んでくる。
その様を見て思い出したが、今日は俺の戴冠式。
そんでもって、ヴェルマー王国の建国式の日だった。
別にたいしたことでもないような気がしたから、すっかり忘れていたね。
別に王様になったってやることは変わらないみたいだし、気にすることもねぇなぁって日頃から思ってたら、今日のことがすっぽり頭から抜けていました。
俺自身はそうでもないんだけど、よくよく見ると玉座の間は荘厳な雰囲気に包まれているようにも見えますね。。
まぁ、戴冠式ってのはそういうもんなのかな? 俺は一度も出たことが無いんでわからないんですがね。
そんなことを考えている内にヤーグさんが王冠を届けるために俺のもとに近寄ってくる。
なんでヤーグさんがやってるかというと、こういうこと出来そうなのがヤーグさんしかいなかったから。
俺の身内でマトモに宮仕えをしたことがあるのもヤーグさんだけだし、宮廷行事の作法に詳しいのもヤーグさんしかいなかったんだよね。
ケイネンハイムさんの所を頼っても良かったんだけど、俺の国の事なんだから、俺の身内だけで何とかしたいって気持ちもあったりなかったりで、結局ヤーグさんにお願いしました。
「陛下」
また余計なことを考えていたようです。気付けばヤーグさんが俺の目の前にいて、俺を陛下と呼んでいます。そういえば、俺は今度から『陛下』って呼ばれるようになるんですよね。まぁ、今までも『閣下』だったし、そんなに変りはないかな。
俺を呼んだヤーグさんが、俺の前で跪き、王冠が置かれた台を掲げる。
それを見届けた俺は立ち上がり、ヤーグさんに近寄る。
アドラ王国だったら、ここで教会の人が王冠を手に取って、王様に与えるらしい。教会の人の主張では王位というのは神様の授けものだから、地上における神様の代行者の教会が神様に変わって、王様に王位の証である冠を授けるんだってさ。
でも、俺は神様から王位を貰ったわけではなく、自分の頑張りで勝ち取ったんだから、誰かに王冠を戴かせてもらう必要はなく、自分で王冠を戴いてもいいわけで――
そういうわけで、俺は差し出された王冠を自分の手で取り、自分の頭にかぶせる。
その瞬間、玉座の間が万雷の拍手で埋め尽くされ、俺が王になったことを祝福する声が響き渡る。
『アロルド王、万歳! ヴェルマー王、万歳!』
この瞬間、俺はヴェルマー王アロルド・アークスになった。
俺の王位は俺が勝ち取った物であり、その王権はアドラ王国の王と、イグニス帝国の皇帝の名代であるノール・イグニスに認められており、俺が王であることは世界に認められた。
そして、俺が王になった以上、俺が住む国はどうなるかというと。
「準備はできております、陛下」
執事として俺の隣にいたエイジ君が耳打ちをしてきたので、俺は頭に王冠を載せたまま歩き出し、玉座の間を後にする。
俺が向かった先は城のバルコニーの一つ。
そこはロードヴェルムの全てを見下ろすことが出来る場所であり、民が集まる広場がある。
普段もそれなりに賑わってはいるが、戴冠式の今日はというと群衆で広場が埋め尽くされていた。
俺がバルコニーに姿を現すと、群衆は歓声をあげ、俺を称える声が聞こえてきた。
そんな人々に対して、俺は一言を告げる。
「ここにヴェルマー王国の建国を宣言する」
俺が言った言葉それだけだ。
それだけでも、この瞬間からこの地はヴェルマー王国になり、俺がこの国の王となった。
誰が何を言おうとこれだけは覆しようのない事実だ。
そのことに文句がある奴がいるならかかってくるといい。いつでも相手になってやるからさ――
――そんな風に挑戦的なことを思ってから数か月、つまりは戴冠式から数か月が過ぎた。
誰も俺が王様になったことに文句を言う奴はおらず、俺は普通に王様をやっています。特に何かあるわけでもなく、座って適当に書類仕事しているだけで過ぎていく日々。
そんな日々でも、俺はたどり着くべき場所にたどり着いたような不思議な達成感と充足感があり、何て言うか戦いが終わったんだなぁってしみじみと感じる。
俺の統治は今のところ特に問題は起きてない。揉めるかと思っていた適当に爵位と領地を分配した奴らも特に何も言ってこない。
つーか、何を言えばいいか分かんないんだと思う。だって、みんな貴族だったわけでもないし、領地経営なんて初めての奴らばっかりだしね。ヴェルマーの貴族はだいたいみんなゴロツキだしさ。
これが何代かにも渡って続けば、真っ当な貴族らしく品格やら何やらも出てくるんだけど、現段階では貴族らしいトラブルも何もなく、ノンビリとした日々が送れています。このまま、俺が死ぬまでノンビリとした状態が続くと良いね。
まぁ、そういうわけで俺は特に何もなく悠々自適な暮らしが出来ています。
そんなに働かなくてもお金は貰えて贅沢は出来るし、座ってれば誰かが食事を用意してくれるし、お城っていうある意味、最高にデカい家に住んで、柔らかいベッドで毎日寝られるんだから、王様ってのは良い仕事だね。
なので、俺はこのまま死ぬまで衣食住に困ることなくノンビリと――
「アロルド君、ちょっと良いかしら?」
なんですかエリアナさん。俺の執務室の扉を蹴破って入ってきたようで、凄い音がしたので俺の思考が途切れてしまったんですが――
「私たちの結婚式はいつやるの?」
あぁ、結婚式ね、結婚式。そういえば、しないとなぁって思いながら忘れてました。
俺も定職に就いたって言える状況になったし、エリアナさんのお母さんに結婚の許可を貰いに行かないとね――
「失礼します陛下」
おや、文官が慌ててやってきましたよ。
少しはエリアナさんが蹴破ったドアを気にしてくれても良いんだよ?
「我が国の西にある未調査の地域から、自らを『エルフ』や『ドワーフ』と名乗る者たちが訪れ、陛下に面会を申し出ております」
エルフにドワーフですか……それって何?
エリアナさんなら知ってるかと思ってエリアナさんを見るけど、エリアナさんも首を傾げているんで知らないんでしょう。
俺達がわけわからないってなってると、冒険者が部屋の中に無遠慮に入ってきた。
「失礼しやす親分。王国の南を調べていたら毛むくじゃらだったり、動物の耳が生えてたりする訳の分からない奴らに出くわしやして、捕まえてきたんで、ちょいと見に来ませんか? そいつらは自分たちを『獣人』とかいってやがるんですが――」
俺って動物苦手なんだよね。
「失礼します。『ダークエルフ』と名乗る怪しげな輩が助けを求めてきたのですが、どうしますか?」
ロードヴェルムの衛兵が困った顔で俺の部屋に入ってきた。
みんなさぁ、俺の所に報告しに来るのやめない? 重要な案件かもしれないけど、俺以外の人でも解決できるでしょ?
俺はこれからお昼寝の時間だから、後は他の人に任せて――
「失礼します陛下! アドラ王国から緊急の伝令がやってまいりました!」
だから、俺の所に来るなって。
「アドラ王国、北部大公ノーゼンハイム大公家がウーゼル王の弟君を擁立し、アドラ王国に反旗を翻したそうで、ウーゼル王は陛下に救援を求めています」
いやいや、ちょっと待って――
「失礼します。ノール殿下が帝国との戦のために人手が欲しいそうで、陛下に帝国へ来てもらえないかとの依頼が来ております」
おいおい、急に忙しくなって来やがったぜ。
まったく、いつになったらノンビリできるやら。
でもまぁ、助けを求められて、それに応えない訳にもいかないし、ゆっくりするのは全て片付けてからで、今はもうちょっと頑張りますかね。
どうやら、俺の戦いはまだまだ終わらないみたいだ。




