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全ての力


「まったく、本当にウンザリするな」


 俺の拳をくらってゲロをぶちまけたセイリオスが口元を拭って俺を見る。

 その表情にはどういうわけか笑みが浮かんでいた。


「だけど、それでこそアロルド・アークスといった所か?」


 俺は普通に生きているだけなんで、そんなに改まって何か言われるようなことはしていないと思うんですがね。


「お前相手に後先を考え、小細工を使うなんて甘く見過ぎていたな」


 おっと、とうとう小細工を使っていたのを認めたぞ。

 そりゃあそうだよね。拳での殴り合いがどうこう言っていたのに、籠手ガントレットは使うわ、脚甲は着けるわで卑怯臭いかったよね。まぁ、俺も全身鎧を身に着けているわけですが。

 それ以外にも、実は二対一だったりしたけど、まぁ今更それを追及してもね。どうせ、このままぶっ殺すわけだし、せめてもの情けとして卑怯とかは言わないようにしてあげましょう。


「だから、ここからは本気だ」


 そう言ってセイリオスは上着を脱ぎ捨て、上半身の肌を露わにする。

 いきなり脱いで、何を考えているんだろうか? 俺が困惑しているとセイリオスは籠手を外し、脚甲も外して、それらを放り捨てる。

 これでセイリオスは完全に素手と裸足になった。俺が見る限り、身に着けている物はズボンだけで、それ以外は何も装備している様子はない。


「もう、先のことは考えない。まずは自分がどうなろうと、お前を殺す。おそらく僕は無事では済まないし、お前を殺した時には僕も死んでいるかもしれないが、それでも構わない」


 素手と裸足のセイリオスが構えを取る。


「まずはお前を殺す。そうしなければ僕に道は無いと分かった。お前が生きている限り、お前は僕の前に立ちはだかり、僕の行く手を塞ぐだろう。ならば、打ち砕かなければならない。お前を砕かなければ、僕は先に進めないからだ」


 やってみろよ。俺がそう言ってやろうとした瞬間、セイリオスのいた場所が爆発し、それとほぼ同時に俺は腹に衝撃を受けて、腹の中の物を全部ぶちまけた。


「――ぐぇっ」


 全部、出してから口から出てくる情けない声。

 膝から崩れ落ちそうになる俺の視界には、いつの間に距離を詰めていたのかセイリオスの姿があった。

 勘で攻撃が来るなんかも予測できないほどの速さでセイリオスは俺に攻撃を加えていたのかもしれない。


「て――」


 てめぇ! と言おうとした俺に再びセイリオスの拳が突き刺さる。

 鎧が全く機能しておらず、板金が拳の形に陥没しているのを感じる。

 これはマズいか? 危機感を抱く俺の視界に血が舞う。だが、それは俺の血じゃない。俺は鎧の上から殴られているだけなんで、血は流れない。じゃあ誰の血だ?


「っ―――――!」


 舞い散る血はセイリオスの血だ。俺を殴るセイリオスの血が舞い散っている。

 腕や脚の皮膚が破れ、筋肉が千切れているのか、そこから血が噴き出ているのにも関わらず、セイリオスは俺に拳を叩き込む。


「かぁぁぁぁあっ!!」


 気合いの叫びと共に放たれた拳が俺の胸元に突き刺さり、俺は吹き飛ばされ床を転がる。けれど、寝ているわけにもいかない。

 俺はすぐさま立ち上がるが、鎧が体を圧迫してマトモに息ができない。ユリアスと戦った時も同じようなことを経験したので対処法は分かる。とりあえず脱げばいい。

 俺はすぐさま鎧を脱ぎ捨てるが、そうした直後にこみあげてくる吐き気に耐えられず、腹の底から上ってくるそれを地面にぶちまけた。


 俺が吐き出したのは血の塊だった。内臓がダメージをくらうと血を吐くこともあるらしいけど、まぁそうだろうなって、さっきまでのセイリオスの攻撃を思えば当然だろうとも思う。


 俺にダメージを与えて満足か?

 そう訊ねようと思ってセイリオスを見るが、俺はセイリオスの姿を見て息を呑む。

 なにせ、攻撃を食らったはずの俺よりも満身創痍のザマだったからだ。


「どうした?」


 どうしたじゃねぇよ。セイリオスは不敵に笑い返してきたが、尋常な様子じゃなかった。

 手足からは血が噴き出し、目と耳から血を流している。ついさっきまで、俺を圧倒していたとは思えないような姿だ。


「さっさと死んでくれるんなら、助かるんだが」


 冗談だろ? 死ぬのはテメェだ。

 糞の役にも立たない鎧を脱ぎ捨てた分、俺の体は軽くなったから、セイリオスの動きにもついていけるはずだ。その結果、お互い上半身すっ裸の間抜けな姿だが、それも仕方ない。

 勝つための軽量化だ。俺とセイリオスで意味合いは違うだろうが、相手に勝つためなら自分の身を守る物なんかいらねぇって思えてくる。


「こいよ、兄貴」

「いくぞ、弟」


 生まれて初めて兄貴なんて言ったけど、こういう呼び方も悪くないね。

 もっと前から、こういう呼び方のできる関係だったら――そんなことを思う俺の視線の先でセイリオスの足もとが爆発する。

 なんで爆発するか? 踏み込みが強烈過ぎるからだ。地面が爆発させる勢いで足を踏み出して俺に突っ込んでくるからだ。そんなことをできるようなパワーに脚が耐えられるわけも無いから、体が耐えきれずに肉が千切れて、肌が破れて血を噴きだす。


 そんな速度で突っ込んでくる奴の動きは目で捉えるのは不可能。じゃあ勘では? それも無理。勘が働くよりセイリオスの動きの方が速い。

 ――なら、どうする? 決まってる、諦めるだけだ。諦めてくらうだけだ。


 顔面に叩き込まれる拳を歯を食いしばって耐える。

 意識が飛ぶ? それは仕方ない。でも本能で反撃しよう。

 一瞬で数発の打撃が俺に叩き込まれるが俺は耐える。そして耐えたうえで、勘に従って拳を突き出すと、それがセイリオスの顔面を捉えて、セイリオスを大きくのけぞらせる。


「そうでなくてはな!」


 眼を爛爛と輝かせたセイリオスが即座に反撃を放つ。

 腕を顔の高さまで上げてガードしようとするが、それをすり抜けてセイリオスの拳が俺の鼻先を打つ。防御も間に合わない躱すのも無理なんだから、俺が取れる手段は殴り返すことだけだ。


 セイリオスの拳が脇腹に叩き込まれ、次の瞬間に俺の側頭部に奴の蹴りが入る。

 首が飛ぶんじゃないかってくらいの衝撃を首の筋肉で支えながら、攻撃の直後のセイリオスの腹を殴りつける。俺の方が腕力自体は上なのか、俺の攻撃を防ぐたびにセイリオスは後ずさる。


「まだだっ!」


 何度も何度もセイリオスの拳や脚が俺の体に叩き込まれる。

 その度に俺は歯を食いしばって耐えて、反撃する。


 するどく顔面を捉えるパンチから、顎先をかち上げる打撃。懐に入り俺の腹を密着した状態で何度も殴るセイリオス。対して俺はその状態から力任せに腕を振り回し、やけくそじみた一撃をセイリオスに当てて反撃する。


 お互いにフットワークなんかは気にしていられない。

 俺へと攻撃を加える度にセイリオスの手足から血が噴き出す。俺が勘に頼っても対応できない速度を出すためにセイリオスは限界を超えている。

 対して俺はというと気合で耐えている状態だ。気合いでセイリオスの拳に耐えて反撃をするだけ。それだけであるけれど、俺も限界に近い。


 お互いに下がったら敗けるってのは分かる。

 セイリオスはこの状態から少しでも攻撃の手を緩めたら、もう二度と今の勢いは取り戻せない。限界とはそういうもので、限界から少しでも落としたら、その限界には戻ってこれない。だからセイリオスは絶対に攻撃の手を休めない。

 では俺は? 俺も下がったら駄目だと思う。ここで下がったら気持ちが折れて、耐え続けるっていう状態を維持できなくなる。だから下がらないし、耐え続けて反撃をするだけだ。


 セイリオスの攻撃はなおも止まらずに俺を打つ。

 俺が反撃で放った拳を顔面で受けながらも、拳を突き出し、俺の顔面に拳を叩き込んでいた。

 殴られながらの俺の視界に血しぶきが舞う。俺の血かセイリオスの血か判断はつかない。

 すでにお互いが血まみれで、血みどろの殴り合いを続けているからだ。


「――殺す」

「ぶっ殺す――」


 どっちが言ったのかも分からないが思いは同じで、相手をぶち殺すって気持ちしか湧いてこない。

 お互いに顔面に拳を叩き込み、叩き込まれた衝撃で体勢が崩れる。けれども、先に復帰したのはセイリオス。

 セイリオスはよろめく俺に対して飛び掛かろうとする様子を見せるが、見せるだけで、セイリオスは足が動かず、その場に立ち尽くしていた。

 自分の脚を見て、一瞬だが呆然とするセイリオスに俺は体当たりをぶちかまし、そのまま組み付いて通路の壁に押し付ける。


「アロル――」


 名前が呼ばれたので、俺はそれに応えるようにセイリオスを壁に押さえつけた状態で拳を叩き込む。

 逃げ場はないし、逃げる体力も無いセイリオスは俺の拳を受け続ける。

 腹に――

 胸に――

 ガードを弾いて顔面に――

 セイリオスの体から血しぶきが飛び、俺がこのまま勝負を決めきれるかと、そう思った矢先にセイリオスは最後の力を振り絞ったのか、攻撃を受けながらも俺に組み付き俺を転がすように投げ飛ばした。


 すぐに起きあがろう。そう思うが足がもつれて立ち上がれない。

 そこにセイリオスが蹴りを叩き込む。咄嗟に腕を交差させて防ぐが、衝撃までは防ぎ切れずに俺は蹴り倒される。


「——ぶち殺す」


 息を切らし、全身から血を噴きだしながらセイリオスは俺に馬乗りになる。

 血まみれなのに白いを通り越して青ざめた顔色が目に付く。そのくせ目や鼻から血を垂れ流しながら、セイリオスは必死の形相で下敷きにしている俺に拳を振り下ろす。


 はたから見れば、子供の喧嘩かもしれないが俺達は必死だ。

 俺は馬乗りになって滅茶苦茶に叩きつけてくるセイリオスの拳を腕で防ぐ。

 受けるたびに骨が軋み、ヒビが入っているのを感じるが、それでも俺は耐える。


「おぉぉおおおぉぉぉぉぉっ!


 耐える俺に痺れを切らしたのか、セイリオスが馬乗りになった状態で上体を反らして、大きく腕を振りかぶる。

 必殺の一撃が来る。俺の勘がそれを告げて、勘が俺の体を動かす。次の瞬間、俺は振り下ろされたセイリオスの拳を左手の掌で受け止めていた。

 直後に響き渡る破裂音。パンッという音が聞こえて、俺の左手が弾け飛んだ。打撃の衝撃に耐えきれずに肉が爆ぜたようだ。見ると、むき出しになった骨に未練がましく肉の残骸がへばりついている。


 どうみても左手は死んだ。だけど、チャンスでもある。

 俺の左手は吹き飛んだが、それでもセイリオスの拳を受け止め、その動きを押さえていた。


「セイリオスッ!」


 俺は左手で受け止めたセイリオスの腕を右手で掴むと全力を込めて、その腕をへし折った。

 腕を折ったので右腕はマトモに使えない。苦悶の声を漏らすセイリオスを俺は下敷きにされた状態から脚を使って蹴り剥がす。その勢いでセイリオスが俺の上から転げ落ちて地面に倒れる。


 この隙に立ち上がって反撃を――そう思った俺の顔面にセイリオスの足裏が叩き込まれて俺は吹っ飛ぶ。

 吹っ飛ばされる俺の視界に既に立ち上がっていたセイリオスの姿が見えた。

 俺は受け身も取れずに地面を転がる。流石に体力も尽きてきたが、まだ動ける。そう思って身を起こそうとした俺の視界の片隅にチラリと光る物が転がっているのが見えた。


 ハッキリとは確認できなかったが、それは間違いなく俺の剣だった。

 俺は殆ど本能的に剣の方に向かって走り出した。それと同時にセイリオスも剣に向かって走り出すが、俺の方が速い。俺は飛び込むような姿勢で剣を拾い上げる。


「させるかよ」


 セイリオスの声が聞こえ、俺は剣を手にそちらに振り向く。

 得物さえ持っていれば――そう思って振り向いた俺の目の前にはセイリオスが迫っていた。折れていない方の左腕を貫手ぬきての構えにして、俺に飛び掛かってくる。

 迎え撃つ――そう思って剣を構えて踏み出そうとするが俺は何も無い所でつまずき、転ぶ。

 その拍子に狙いのズレたセイリオスの貫手が俺の左肩を抉り、俺は転んだ勢いのままセイリオスの横を抜けて背後に回る。結果的には幸運だった。


 俺はすぐさま身を起こして、剣を構える。

 同時にセイリオスも振り向き、貫手を突き出す。


「アロルドッ!」

「セイリオスッ!」


 互いに最後の武器を構えて、相手に突っ込む。

 相打ちは覚悟の上というか、もう何も考えていない。

 決着をつける。

 それだけしか考えていない。


 俺は腰だめに構えた剣をセイリオスに突き立てようとし、セイリオスは槍に見立てた手で俺の顔面を貫こうとしている。

 ただ相手より早く、速くとそれだけしか考えられないまま、俺は更なる一歩を踏み出そうとし――そこで膝が抜けた。体力の限界だとか、以前に怪我をしたせいだとか一瞬で色んな考えが頭をよぎるが、そんなことを考えている場合じゃない。


「――僕の勝ちだっ!」


 足を止めた俺にセイリオスの貫手が迫るが━━


「いいや、俺の勝ちだ━━」


 俺は膝が抜けた反動で身をよじる。

 俺の顔面を狙ったセイリオスの手が俺の頬を掠め、切り裂かれた頬から鮮血が飛び散る。


「━━っ」


 そして、俺の剣がセイリオスを貫いた。

 身をよじった勢いのまま、倒れ込むようにセイリオスの懐に入った俺は身を預けるようにして、刃を胸元に押し込んでいた。


 お互いの顔も覗きこむことが出来ないような密着状態。傍目から見れば抱きあっているような体勢の中で、セイリオスの息を飲む音が聞こえてくる。


 間違いなく致命傷だという手応えがある。セイリオスも自分は助からないと理解したからこそ、驚愕に息を飲んだんだろう。


 ━━だが、それでもセイリオスは倒れなかった。

 俺は軽い衝撃を受けて、突き飛ばされ尻餅をつく。

 地面に腰を下ろした状態で見上げると、そこにはセイリオスがいたが、その胸は確かに俺の剣で貫かれていた。


「あぁ、クソ……もう駄目だな」


 自分の胸元を見下ろし、セイリオスは呟き、そして俺を見る。


「……アロルドには勝てない程度……それが僕という人間の価値か……」


 セイリオスは僅かに笑みを浮かべて俺を見る。


「……まぁ、悪くはないかな、その程度でも……僕は僕という人間がどの程度の人間なのか知れた、それだけで━━━━」


 そこで言葉は途絶え、セイリオスは崩れ落ちるように膝をつき、そして、それきり二度と立つことはなかった。


 持てる全ての力を使い切って戦い、息絶えた。

 これがセイリオス・アークスという男の最後だった。



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