選択の時
「取引をしようか?」
えーと、アスラカーズだっけ?
気付いたら邪神が目の前に立っていて、俺に取引を持ち掛けてきました。
さっきまでセイリオスと戦っていたような気がするけれど、なんていうか記憶が曖昧だ。
「呪いが現在の人格を形成する主要素となっているんだから、呪いを解けば人格も変わるわな。俺と話している人格とさっきまでセイリオスと戦っていた人格は別の物なんだから、片方が表に出ていれば、もう片方は引っ込むこともあるかもしれない」
何言っているか分かんねぇ。
「だよな」
そう思うなら、もっと分かりやすく話してくれませんかねぇ。
「分かりやすく話すと、お前は死んでしまったんだって結論で終わらせてしまうんだが、それでもいい?」
いや、良くないと思う。いきなり俺が死んでしまったと言われても急展開過ぎて理解できませんよ?
「そんなことを言われてもなぁ。俺は学校の先生じゃないから説明は得意じゃないんだ。まぁ、学校の先生が説明が得意とも限らねぇけどさ」
なんだかアスラさんが、ご機嫌な様子に見えるのは俺だけでしょうか?
俺が死んでしまったとかいう話をしていたのに、なんだかニコニコしていらっしゃいますし、口も達者のようで、なんだか楽しそうです。
「まぁ、俺が楽しそうなのはどうでも良いじゃない。そんなことより大事なのはお前が死んでしまったってことの方だと思わない?」
思うような思わないような……
俺がハッキリとしない気分でいるとアスラさんは俺のことなど気にせずに勝手に話し始める。
「さっきも言ったように、呪いという人格を形成する重要な要素が消えてしまったことで、呪いの影響を受けていない新しい人格が出来上がった。新しい人格が出てきたなら、前の人格は引っ込むだけかと思いきや、前の人格を形成する要素が消えてしまっているわけだから、前の人格は存在することが出来ない。つまり、以前のアロルド・アークスという人格は消えてしまったわけで、人格の消失はある種の死と言ってもいいので、お前は死んでしまったんだ」
話が長すぎるし良く分かんないです。
つまりは? 要するに今の俺は死後の世界にいる感じですか?
「そうだね。死後の世界だ、やったね大当たり。――まぁ、人格の死であり一つの魂の死って感じだけどな。肉体の方は死んではいないんで、完全に死んだとは言えないけれども、それも時間の問題か」
アスラさんが指を鳴らすと空中に映像が現れる
その映像は隠し通路で倒れ伏す俺と、俺に背を向けて立ち去ろうとするセイリオスの姿だった。
「このままだと死ぬと思うから取引をしようと思うんだ」
どんな取引?
「お前を生き返らせるって取引さ。ついでに解かれた呪いも元に戻してやる。呪いが解かれたままじゃ、セイリオスには絶対に勝てないからな。それじゃ生き返らせる意味もない」
悪い話じゃないね。でも、お高いんでしょう?
「そんなことないない。お安くしときますよ、お兄さん」
えー本当かな?
「本当だって、生き返った時点で、お前の体を通して世界に与える俺の影響力が最大になるってだけだからさ。お前を感染源に俺の因子がウィルスのように世界にばら撒かれ、世界中が俺の性質に感染するって感じかな?」
そうなるとどうなるの?
「特に何も無いよ。この世界が俺の物になるってだけ」
アスラさんの物になるとどうなるの?
「みんな好戦的になって争いが増える――とまではいかないけれど、世界中の人間が、お前の領民のヴェルマー人みたいになる。ついでに世界中がロードヴェルムみたいになる可能性もある」
それって最悪じゃね? ゴミが増えるだけじゃねぇか。
「いやいや、それだけじゃない。俺の加護に満ちた世界なら、人間はどこまでも強くなれるし、どこまでも高みを目指せるようになるんだ。鍛え続ければ、どんな人間でも生身で宇宙空間を移動できるし、腕を一振りするだけで星を壊せる所まで辿り着けるようになるんだぜ?」
いや、それのどこが良いか分かんねぇんだけど。
そもそも宇宙空間ってのがなんだか分かんないんで、そっちはともかくとして星を壊せて何か楽しいことがあるのか? そんなに強くなってどうするんだ? でもまぁ、強くなること自体は俺も男の子ですし憧れないこともないけどさ。
「強くなったら、次元の壁とか世界と世界の壁なんか、やり方さえわかれば簡単に突破できるんだから、軍を率いて異世界に乗り込んで見るのも悪くないぜ? ありとあらゆる異世界を侵略し、征服して、お前の名を全ての世界に轟かせる。男に生まれたからには、世界の一つや二つは手中に収めたいと思うだろ?」
なんか凄い恩恵があることは分かったけど、それでアスラさんにはどういう得があるの?
「お前が侵略した世界はお前に加護を与えている俺の物にもなるんだわ。お前やこの世界の人間が強くなって異世界を征服すれば、俺が神として治める世界も増えるわけ。だから、俺にも得があるのよ。まぁ、お前らが強くなるのが前提だけどね」
随分と正直に話すもんだなぁ。
全部、真実だとしたら、俺に話さない方が上手くいきそうなのに。
「俺はそういうのは嫌いなの。嘘をついて騙すとか、そんなに好きじゃない」
邪神なのに?
「邪神なのに」
そっか、邪神なのに嘘をつくのは苦手なのか。
「でも、嘘をついてからかうのは好きです」
うーん、性格が悪い。さすが邪神。
それはそうと話を戻しませんか? 映像で見えている俺の体が痙攣していますし、死にそうです。
俺としても死ぬのは嫌だから、まぁ申し出は有難いんだけどね。でもまぁ、なんか素直に受け入れがたい部分もあるというかなんというか……
「何か気になることでもあるのか?」
いやさぁ、なんか都合の良いように利用されてない、俺?
アスラさん的には俺が死んでもらった方が、取引とかって話を持ち出しやすいし、俺が死ぬのを待ってませんでした? ついでに、そうなるように仕向けてませんか?
「あぁ、それね。信じてもらえないかもしれないけど、俺は何もしてないよ。お前が勝手に崖を転がり落ちたようなもんだし、そもそもそうなった原因の呪いだって、俺じゃなくてヲルトナガルって神がかけた呪いだぜ? 今のような状況は聖神ヲルトナガルのせいなんだし、ここは俺の加護を全て受け入れて、世界を俺の物にして仕返しなり嫌がらせをするのが良いと思うんだ」
俺が復活すると、俺を通して世界がアスラさんの物になるって話?
原理が良く分からないけど、そもそもが神様同士の話なんだから、俺には理解できないのは当然のことかもね。
まぁ、それは置いといて、他にも気になることがあるんだけど、アスラさんの性質に世界が汚染されるとして、そうなった先はどうなるんだろうか?
「汚染って言うのはやめてね。俺が汚いものみたいじゃん。――で、未来のことが気になるのか? 未来ねぇ、俺の世界なら鍛えれば不老くらいは確実に達成できるから、その気になれば永遠には生きていられると思うよ?」
俺は別に永遠に生きていたくはないかなぁ。
「じゃあ、何が気になるんだ?」
いやね、俺って婚約者がいるわけじゃない。
婚約者がいるってことは結婚だってするじゃない?
「そうだねぇ」
結婚したら、当然、子供だって出来ると思うんだ。
将来、俺の子供ってどうなるんだろうか?
「どうなるんだろうね」
アスラさんが言うにはみんならロードヴェルムの奴らみたいになるってことはさ、争いが絶えない世の中になるってことじゃん?
ついでにアスラさんは俺には理解できない話だけど、異世界に侵攻しろみたいなことを言っているし、俺の子供にもそんなことを頼むんだろ?
「そうだろうなぁ。俺は人間ってのはどこまでも進み続けないといけないって信じてるから立ち止まることは許さないと思うし、戦いを煽るだろうなぁ」
でもまぁ、それって将来のことだし、俺が気にすることじゃないかもしれん。俺の子供は争い大好きかもしれないしさ。
「じゃあ良いじゃない。良く考えてみろって。お前の選択一つで、この世界の人類の限界が決まっちまうんだぜ? お前は人類を一生地べたを這いずり回るだけの存在で終わらせてしまっても良いのか? 人類を機械が無けりゃ重力の縛りからも脱出できない生き物にしてしまっても良いのか? 俺は良くないと思うね」
俺は良く分からん。というか、実の所、今までの話もほとんど理解してないので、何が良いのか悪いのかも、あんまり分かってない。でもまぁ、俺が勝手に限界を決めてしまうのも良くないとは思うんだよね。
「つーか、そもそも俺との取引に応じなければ、生き返れもしないとか思わないか? ついでに、俺が今まで助けてやってきた恩もあるじゃない。それを思えば、俺の頼みくらい引き受けても良いんじゃない?」
それも、そうなんだよなぁ。となれば、俺の選択は――
「お前の選択は?」
俺の選択は――――
――――声が聞こえる。
「あぁ、クソ。こうなったら次はどこへ行く? 王国にはいられないから、帝国に行くしかないか」
セイリオスの声が聞こえる。どれくらい気を失っていたかは分からないけれど、セイリオスが立ち去っていないのだから、それほど時間は経っていないはずだ。
意識が無いんだから記憶が無いのはおかしくないんだが、何かあったような気がするのに覚えていない。気を失っていたんだから何かあるはずもないのにな。まぁ、思い出せないってことは大事なことじゃないんだろうし、気にすることもないか。
それに今はそんなことより大事なことがあるから、そもそも気にして場合じゃないしな。まずは立ち上がろう。
全身が軋んでいるが動けないほどじゃない。たぶん立ち上がれる。いや、無理な気もするが、もう少し頑張れば立てそうな気が――
「おまえ━━」
立ち上がりかけた俺の気配にセイリオスが気づいたのか、こっちを振り返る。
キョトンとした顔をした次の瞬間には無表情になって、俺の方に近づいてくる。
「そうかそうか、まだ殴らせてくれるのか? 僕も鬱憤を晴らしきれてなかったんで、ありがたい」
セイリオスは拳を握りしめ、振りかぶる。
俺はようやく立ち上がったばかりで、剣を探すが手元にはなく、辺りを見回すと俺の剣は地面に転がっていた。
「だけど、もういい。さっさと死ね」
セイリオスが拳を放つ。
当然だが速すぎて見えない。見えないんだから狙って防ぐのは不可能。となれば、どうするか?
そんなのは決まっている、勘で防ぐだけだ。
「――っ!?」
なんとなく、腕を顔の前に置くと、そこにセイリオスのパンチが当たる。
防御しようと思っている最中に、攻撃もした方が良いかなって思って、なんとなく突き出してみた、もう片方の腕の先がセイリオスの体に突き刺さる。
結果的に俺はセイリオスの拳を防ぎ、逆に拳を叩き込んだ。俺の攻撃を食らったセイリオスが目を白黒させながら、後ずさり体勢を整えようとするが、カウンター気味の拳が良いところに入ったのか、セイリオスは体を曲げて腹の中の物を巻き散らす。
さて、じゃあ仕切り直しと行こうかセイリオス。
そんでもって仕切り直しついでに決着でもつけようか?




