反撃の時
戦場を脱出したライレーリアは手勢と共に脇目も振らず王都へと逃げのびた。
そして一目散に王城の中へと駆け込み、その城門を閉ざしたのだった。
「セイリオス殿!」
ライレーリアは留守を守っているはずのセイリオスを探して城内を走り回る。セイリオスにどうしても聞かねばならないことがあったからだ。
あの獣心兵という者たちは何者なのか、ライレーリアはそれだけは聞き出さねばならないと心に決めている。あの獣心兵のせいでライレーリアは将兵の信頼を失った。ライレーリアが戦場に投入した獣心兵によって味方が被害を受けたためだ。
兵士たちはライレーリアのせいで味方が殺されたと思っている。それはあながち間違いでもないため、否定も出来ない。ライレーリアが投入した戦力によって引き起こされたからだ。
セイリオスは困った時に使えと言ったが、その通り困った時に使ったら、結果的にはトドメを刺されたのも同然の事態に陥った。
こうなることをセイリオスは予測していたのではないか? そんな疑問が頭をよぎったライレーリアはセイリオスを問い詰めずにはいられなかった。
「おや、お早い御帰りで」
さんざん探し回った結果ライレーリアがセイリオスを見つけたのは玉座の間だった。
セイリオスはだらけた体勢で玉座に身を預け、傍らに酒瓶を置いている。ライレーリアの姿を見ても改まることはなく、取るに足らない相手だと見下した態度で応じる姿勢だった。
「セイリオス殿……?」
自分が知っているセイリオスとはまるで違う姿に困惑し、ライレーリアは問い詰めることを忘れてしまう。
「いやぁ、生きて帰ってくるとは思わなかった。獣心兵は暴走しなかったのか? 巻き込まれると思ってたんだがな」
問い詰めるまでもなくセイリオスはライレーリアの聞きたかった答えを口にする。セイリオスは意図してあの獣心兵をライレーリアの側に置いていたことを問い詰めるまでも無く白状したのだった。
「まさか、ああなると知っていて……?」
「なんだ、暴走したのに生きて帰ってこれたのか? やはりアレは思ったより役に立たないな」
ライレーリアの様子から獣心兵がどうなったかを推測したセイリオスは失望を露わにする。
戦場で暴走した獣心兵はおそらくヴェルマーの精鋭に早々に倒されてライレーリアを害するまでいかなかったに違いない。自分が手掛けたこともあり多少は獣心兵の性能に期待を抱いていただけに、この結果はセイリオスにとってはガッカリというほか無いものだった。
「まぁ、いいか。どうせ、アレは使える駒を増やすための手段の一つだからな。考えていたほどには役に立たないなら、捨てれば良いだけだ」
セイリオスは目の前に立つライレーリアのことなど眼中にないように思索にふけり始めた。
とはいえ、そんな態度をライレーリアが許すわけもない。セイリオスのせいで被害を受けたのはライレーリアなのだから、どういうことなのか説明をしてもらわなければ、気持ちが収まらない。もっとも、説明された所で怒りが収まるとは限らないが。
「なぜ、あのような者たちを私に与えたのですか! まるで私を陥れるようなことをして、貴方は何が狙いだったのですか!」
怒りを露わにするライレーリアに対して、セイリオスは微笑を向ける。優しさを感じられる微笑みだが、そんな笑みに対してセイリオスの口から放たれる言葉は――
「まるで貴女を陥れているようなこと? これはおかしなことを言うなぁ。僕は常に貴女を陥れるようなことしかしていないというのに」
もう隠しておく必要もなくなったとセイリオスは全てを明らかにする。話さなくても構わなかったが、土産代わりに話すことにしたのだ。それは冥途の土産が何も無いというのも寂しかろうというセイリオスなりの慈悲だった。
「貴女は僕が王都の治安を守っていると思っていたようだけど、治安を乱していたのは僕の方だ。僕が犯罪者やら何やらを動かして治安を乱し、それを僕が捕まえるっていうことを繰り返していたんだ。
王都に住む人々が帝国に反抗的になったのは。僕が自分の部下に帝国兵の名を騙らせて、王都の民に痛めつけたからだ。僕が治安維持に努めるようになったら治安が回復した? それは僕が部下を大人しくさせただけだ。
政治が上手くいかなかった? それは僕が邪魔していたからなんだ。だから、僕が関わるようになったら上手くいくようになるのも当然だ。なにせ邪魔していた奴がいなくなるんだからな」
この男は何を言っている?
ライレーリアは唐突に全てを明らかにするセイリオスの言葉を受け止め切れていなかった、
「――そういえば、殿下の嫌いな民主主義者共だけれど、アレも僕の仕込みだ。あいつらが暴れることが出来るのは僕が武器を横流ししているから。アイツらがこちらの裏をかけるのは僕が帝国の動きを教えていたから。僕だけがアイツらを捕らえることが出来たのは僕がアイツらの動きを全て知っていたからだ」
帝国の王都の統治など上手くいくはずが無かった。
なにせ、皇女の側近として帝国に協力していた人間が、帝国の不利益になることばかりをしているのだから、上手くいくわけがない。更に、その男は始末の悪いことに自分の悪事が露見しないように、帝国に貢献しているように見せていた。
「隠すのは楽だった。なにせ、何かあってもキミが俺をかばってくれるからね。そのおかげで結構大胆に動くことができたよ」
セイリオスの悪事が露見しなかったのは、ライレーリアにも原因がある。
ライレーリアは自分に対して忠誠を誓い、自分に尽くしてくれるセイリオスを信頼していたためである。常にライレーリアの身を案じるような言動からライレーリアはセイリオスという人間を見誤り、その性格を善であると妄信してしまっていた。
しかしながら、実際のセイリオスはそのような人間ではない。ライレーリアに対する言動も、それがライレーリアの受けが良いだろうと計算した物であり、ライレーリアに対しては特別な感情は何一つ持っていない。
それでもライレーリアに対してその身を案じ、思いやりの心があるように見せたのはライレーリアを自分の後ろ盾にするためである。
ライレーリアのお気に入りとなれば、多少の無茶をしても誰も何も言わなくなる。セイリオスはそれを狙ってライレーリアに取り入ったのだ。
「もしや、今までの貴方の言葉は私を……」
「都合よく操るための物に決まっているだろう? まさか、あんなに簡単に引っかかるとは思わなかった」
呆然とするライレーリアをセイリオスは嘲笑う。
「ちょっと優しくされただけでコロッと落ちるのは周りの人の愛情が足りなかったせいかな? まぁ、その点は同情するよ」
セイリオスの嘲笑を受けてライレーリアは目を伏せ、体を震わせる。
泣いたかな? そう思い、セイリオスはライレーリアの泣き顔を一目見ようと顔を覗き込む。だが、そうして、セイリオスが顔を近づけた瞬間、飛んできたのは涙ではなく拳。ライレーリアは怒りのあまり拳を振るい、セイリオスを殴りつけようとしたのだった。
だが、所詮は素人の拳、セイリオスは避けるまでも無く軽く払いのける。
「許さない! 絶対に許さない!」
ライレーリアの瞳に浮かぶ色は怒りと絶望。その二つが半々に混ざり合い、感情の強烈な昂ぶりを表していた。
「威勢が良いなぁ。それはアレか? お守り役の教育の賜物か? あの女騎士……名前が思い出せないが、あの女から窮地の時は虚勢を張れと言われたのか?」
なぜここでヘレンの話題を?
ライレーリアは自分を守ろうとした結果、命を落とした女騎士の話題が急に出てきたことに一瞬、疑問を抱くが、次の瞬間にはセイリオスが何を言いたいのか理解できた。
民主主義者とセイリオスは通じていた。いや、民主主義者たちを扇動しているのがセイリオスならば、あの時の出来事は全てセイリオスが仕組んだことなのでは?
そんな考えが頭をよぎり、ライレーリアは愕然とする。まさかヘレンを殺したのは――
「おぉ、気づいたか? やはり頭の回転は悪くないな。そう、キミの想像通り、キミらの襲撃を指示したのは僕で、キミの大事なお友達を連れ去るように命じたのも僕。そして殺したのも僕だ」
はたから見れば、何がそんなにおかしいのかセイリオスは笑いを堪えられない様子だった。
セイリオスが笑っているのはライレーリアの呆然とした表情が傑作だったからだった。自分が黒幕だと教えて相手が驚く瞬間とうのは、どうしてこんなに面白いんだろうとセイリオスは、ライレーリアを笑っていたのだった。
「いやぁ、アレが忠臣という奴なんだろうね。どれだけ痛めつけてもキミの身を案じていて、とても立派だった」
「貴様……貴様は…………」
「彼女に対してキミはなんなんだろうね。お友達の仇である男にちょっと優しくされただけで、コロっと騙されて恥ずかしいと思わないのか?」
自分を棚に上げてセイリオスは言う。
悲劇を演出した張本人であり、ライレーリアの苦境の全ての原因であるセイリオス。
ライレーリアのセイリオスを見る目は純粋な憎悪に染まっていた。
許すとか許さないではなく、殺さなければならない。目の前にいる男は絶対に殺さなければならない。
ライレーリアはそう決意し、短剣を抜き放つとセイリオスに斬りかかる。だが、素人の振るう武器に当たるようなセイリオスではないし、みすみす武器を振り回させるほど、動きが鈍いわけでもない。
ライレーリアが短剣を抜き放ち、斬りつけようと振りかぶった瞬間にセイリオスは距離を詰め、ライレーリアの首を掴んで持ち上げていた。
「どんな気分だい?」
散々騙されて、その上でゴミを処理するように雑に殺される気分はどうだとセイリオスはライレーリアに尋ねる。
「どうしてこんなことを……何が目的で…………」
求めていた答えではないがセイリオスは答えてやることにした。冥途の土産なのだから、少しくらいサービスしても良いだろうとセイリオスは慈悲を見せた。
「乱世にしたいんだ。この世を乱したいんだよ。安定しきった世の中じゃなく、何も定まっていない世の中
で自分の実力を試したい。自分の力だけを試したいんじゃなく、この世全ての人間と比較して、どこまで自分がやれる人間なのか試したい。それも同じ条件で。
同じ条件にするために、世の中の仕組みを壊して何も無い状態にする。誰も何も持っていない状態で勝負して僕は勝って、僕の本当の実力を知りたい。だから乱世にして、全てを焼き払おうと思っているんだ」
ライレーリアはセイリオスの言っていることが全く分からなかった。首を掴まれているせいもあるが、それ以前の問題だ。
「世を乱すために帝国を呼び寄せた。だけど帝国が勝って安定してしまうのも良くないから、統治の邪魔をする。今度は王国側が勝ちそうだが、それは別に構わない。これだけ王都の中で民主主義者たちが台頭していれば、以前のような王国は戻ってこない。地方領主の力も削いだから、各地で反乱が起きるだろう。少しずつだが僕の思惑通りだ」
セイリオスはライレーリアの首を掴む手に、少しずつ力を込める。
「キミを殺すのはその方が帝国の連中を動かしやすいからさ。キミの首をそこらに投げ捨てれば、帝国兵の面子は丸潰れで、キミの復讐をするまでは帝国には帰らず、王国に潜伏して破壊活動をしてくれるはずだ。
キミに反感を持っている帝国兵もいるだろうけど、そいつら皇族を暗殺されては恥ずかしくて帝国には帰れないだろうから、王国に潜伏して野盗にでもなってくれるだろう」
首筋が軋む音が聞こえ、気道が圧迫されてライレーリアは息ができなくなる。
「まぁ、ヴェルマーに引きこもってくれてるだろうと期待したアロルドが王国の援軍に来たのは誤算だったんで、最終的にはどうなるかは分からないがな。成功するにしても失敗するにしても僕は身を隠す。アロルドに見つかったらただでは済まないだろうからな。少し様子見をして駄目そうなら、この地を捨てて、どこかで別の土地で同じことを繰り返すだけだ」
ライレーリアはセイリオスの理解できない言葉を聞きながらも、これだけは理解する。この男だけは逃がしては駄目だと。この男が帝国へ逃げ延びれば、おそらく帝国はこの男の手に落ちる。
ただでさえ帝国の情勢は安定していないのだから、セイリオスが暗躍すれば帝国は容易く滅びるだろうという確信がライレーリアにはあった。
どうしかしなければ、そう思ってセイリオスへの抵抗の手段を探すライレーリアだが、そんなものはそう簡単には見つからない。
そして、そうしている内にライレーリアの首への圧迫は強まり、ライレーリアの意識が段々と遠のいていく。だが、その時突然、部屋の扉が開き、伝令の帝国兵が玉座の間に踏み込んできた。
「報告します! 敵が城門が突破! まもなく城内に侵入します! 殿下は脱出を――」
兵士はそこまで報告して、言葉を詰まらせる。
玉座の間で繰り広げられていた光景を目の当たりにしてしまったためだ。
伝令の兵が一瞬、呆然としたと同時に玉座の間に他の兵士が入り込んでくる。それはライレーリアを護衛し城から連れ出すための兵士達だった。
「これは一体?」
状況が分からず、戸惑う兵士たちに対し、セイリオスはライレーリアの首を掴んでいた手を離し、両手を上げて降参のポーズを取る。
「これはちょっとした誤解で――「セイリオス殿は乱心なされた! 取り押さえよ!」
セイリオスが弁解するよりも早く、必死の思いで復帰したライレーリアが叫ぶ。いきなり殺せと命じても戸惑うだけだと判断したライレーリアは捕縛を命じたのだった。
兵士の数は三人。
ライレーリアはセイリオスの武芸の腕は把握していないが、武に自信があるとは思えない。
武に自信があるなら、それを誇っている筈であるし、ここまで謀略に頼るはずが無いとライレーリアは考えたが――
「僕を甘く見過ぎだな」
三人の兵士に対し、セイリオスは一瞬で距離を詰めると、一人目は甲冑を素手で貫いて心臓を握り潰し、二人目は蹴りで首を刎ねる。残った三人目の顔面を殴ると、その兵士は頭が弾け飛んだ。
「誤解されがちだが、僕は謀略より暴力の方が得意なんだ」
一瞬でライレーリアへ差し伸べられた救いの手を排除し、セイリオスはライレーリアを始末しに戻ろうとする。
これ以上、時間をかけるのは良くない。少し遊び過ぎたと判断したセイリオスはライレーリアの首を落とそうと手刀を構える。
死を覚悟してライレーリアは目を強く閉じる。せめて、苦痛は一瞬で済むようにと願いながら。
――しかし、その瞬間は一向に訪れない。何が起きたのか? もう既に自分は死んだのか?
ライレーリアは何が起きたのか把握するために恐る恐る目を開けると、そこには――
「何のつもりだ、ジーク」
振り下ろされた剣を受け止めるセイリオスと、セイリオスに剣を振るった少年――ジークフリードの二人の姿があった。
剣を受け止められたジークはこれ以上の攻めは無理だと判断すると、後ろに飛び退き、セイリオスから距離を取り、改めてセイリオスに向き合って剣を構える。
「何のつもりかって聞いたんだが?」
セイリオスが再び尋ねるが、ジークは答えない。
沈黙を貫くジークに対し、セイリオスは肩を竦めると戦いの姿勢を解き、気安い調子で話しかける。
「アロルドの所に行ったきり帰ってこないから、裏切りがバレて殺されたんじゃないかって心配していたんだが、無事でよかった。それで――戻ってきたということは、僕についていくってことを決めたのか? それなら結構。少し待っててくれ、この子を殺したら今後のことについて話そう――」
セイリオスの言葉に対してのジークの対応はナイフの投擲だった。
言葉を遮るように飛んできたナイフを指で掴むとセイリオスは興味深げな様子でジークを観察する。
「うるせぇ……」
絞り出すような言葉はジークの口から発せられた物だった。
それは怒りに満ちたものであるが、その怒りはセイリオスに対してだけのものではない。
「なんだ、とうとうキレたか」
面白い物を見たとセイリオスは愉快な表情になる。
今のセイリオスの興味はライレーリアではなくジークに向かっており、ライレーリアは眼中にない。
「何に対して怒っているんだ?」
「アンタら全員だよ!」
ジークは叫びながら距離を詰め、剣を振る。
セイリオスはその攻撃を構えもせずに簡単に躱して、距離を取る。
「落ち着けよ。僕に刃を向けたって分かってるか? 今なら土下座して靴を舐めれば見逃してやるから武器を収めろ」
「うるせぇっ!」
ジークはセイリオスの提案を問答無用で拒否する。それがどういう結果をもたらすか分かった上でだ。
「もう、俺は、アンタらには従わない!」
「それは、アロルドについたということかい?」
「違う! アンタらってのはアロルドもだ! 俺はアンタらみたいな人を人とも思わない奴に従うのはもうやめた! なんでもかんでも自分の掌の上の出来事のように思い通りなると思ってるアンタらに付き合わされるのはウンザリだ!」
ジークは怒りを爆発させる。
ずっと自分を脅してギルドの仲間を裏切らせ続けてきたセイリオス。それを知りながら、何もせずに眺めていただけのアロルド。この二人に対する怒りを自覚したジークはアロルドとセイリオスのどちらにも協力しないことを選んだ。
「それなら逃げても良かったんじゃないか?」
至極真っ当なことを訊ねるセイリオス。
協力しないというなら、身を隠せばそれで済むはずなのに、どうしてかジークはセイリオスの前に立ち、剣を向けている。
これは明確な敵対行為であり、それがどういう結果をもたらすのか分からないジークではない。だが、それでもジークはセイリオスに刃を向けずにはいられなかった。
「……ムカついたんだ。アンタらみたいな奴らに背を向けて逃げるなんて我慢できなかった。今までは舐められたままじゃいられないって人達の気持ちが分からなかったけれど、今なら分かる。
相手を舐めるってことは相手の価値を否定することだ。俺はアンタらに舐められたままじゃいられない! アンタに俺の価値を否定されたままにはしておけない!」
「それで、具体的にはどうするんだい?」
「――アンタをぶっ殺す。ぶっ殺して俺を舐めたらどうなるかを思い知らせてやる。俺を取るに足らないゴミだと侮ったことを後悔させてやる」
「逆に殺されることになっても?」
「それがどうした。今だって死んでるようなもんだ。アンタらみたいな人でなしに舐められたまま生きることの方が我慢ならないって分かったんだよ」
ジークの答えにセイリオスは笑いを堪えきれず、ククク……と声を漏らす。
「良いクソ野郎の顔になったじゃないか」
自分の思いに従って人を殺し、そのためなら自分の命すら惜しまない。セイリオスから見ればジークはようやくマトモになった。結局の所、セイリオスが気に食わないから殺そうというのだ。
ジークはセイリオスの悪行については特に触れておらず、自分の自尊心が傷つけられたことにだけ触れている。だが、それが良い。
自分のために戦える奴は強い。何を失っても自分という存在だけは命を失う最後の瞬間まで残るのだから、戦う理由が失われることは無く、それ故にどこまでも戦い続けられる。自分がそうであるようにとセイリオスはジークを見て思うのだった。
「―――だけどな。精神性が変わった程度で劇的に強くなると思ったら大間違いだ」
セイリオスはジークに対し、拳を構える。
自分を殺しに来た相手への礼儀として、本気の構えだった。
「ぶっ殺してやる」
剣を構えるジークに迷いは無い。
今までは色々と考えていたが今はシンプルだ。自分を舐めた奴をぶっ殺すというそれだけのために剣を振る。
殺意が血液の代わりに全身を駆け巡り、戦いに不要な不純物が洗い流されていくような感覚。ジークはその感覚に従い、セイリオスに向けて一歩を踏み出した――




