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帝国の方針

 

 時間は遡り、リギエルが東部から王都へ呼び戻された頃のこと


「いい加減にしてくれませんかねぇ」


 リギエルは玉座の間の床の上に胡坐をかいていた。

 対面している相手は帝国の皇女であるライレーリアだが、そんな身分など屁とも思わないリギエルは最低限にすら満たない礼儀でライレーリアに相対していた。


「こんなんじゃ勝てるもんも勝てねぇよ」


 リギエルがウンザリした様子で言う。

 その原因はライレーリアが下した命令の数々のためである。

 最初は中央で遊ばせている余裕もないとのことで西部に送り込んだ。

 その後、西部では優勢であったのにも関わらず、東部に確執のあるノールが現れたためリギエルにノールの打倒を命じたこと。

 そして優勢である西部がリギエルの不在となった直後に突破されたために、東部で勝機があったのにも関わらずリギエルを王都の防衛のために呼び戻したこと。


「ブレブレじゃねぇか。状況に流されてポンポン指示を変えるなよ」


 リギエルはライレーリアの顔色を窺わず、思ったことを口にする。


「西部でも東部でも、アンタが出した命令を覆さなかったら、何も問題は無かったって分かってるか? 俺はアンタに雇われてる身だし、アンタの顔を立てるつもりもあるんで文句はあっても従うがね。だけども、こんなことをやってたら負けるだって分かってるか?」


 西部でヴェルマーの軍を自分が倒せていたら問題は無かった。

 東部に関しても、あのままノールを倒すことは出来たし、倒した後で急いで戻ってヴェルマー軍と決戦に臨むこともリギエルは自分ならば可能だったと考えている。

 もっとも、それでは確実ではないので、そもそもの問題として、西部から自分を引き上げさせるなければ良かったのだと、リギエルはライレーリアの判断に疑問を抱いている。


「アンタとノール殿下にどんな因縁があるか知らねぇが、テメェの感情で人を動かすんじゃねぇよ」


「無礼だぞ!」


 その場に居合わせていた、将軍の一人がリギエルを叱責するが、リギエルは相手にせず、ライレーリアに対して憤りを込めた言葉をぶつけ続ける。


「お友達が死んで悲しいのか知らねぇが、いい加減に冷静になっていただけませんかね? 自分がかしらだっていうなら自分の気持ちは置いといて、ちゃんとやれよ。

 あの女騎士がどんな奴だったのかなんて、俺らは知らねぇんだし、死んだって聞いたところで俺らは何も思わねぇんだよ。俺達が思うのはお守り役が死んだくらいのことで、動揺してるアンタに迷惑してるってことだけだ」


 リギエルの言葉にはライレーリアも平静ではいられない。

 自分の大切な存在を蔑ろにするようなリギエルの言葉に怒りを覚えたライレーリアはリギエルに対して感情的な言葉を口にしそうになるが、そんなライレーリアの肩にセイリオスが優しく手を置く。


「落ち着いてください」


 セイリオスはライレーリアに優しく微笑みかけ、子供に言い聞かせるように穏やかな口調で語りかける。


「ここでリギエル将軍を罰しては戦に影響が出ます。リギエル将軍の言葉は許せないでしょうが、貴女の未来のためにここはこらえて下さい」


 セイリオスに言われ、ライレーリアはセイリオスの顔を見つめる。セイリオスは変わらず微笑を浮かべていた。


「良いでしょう。セイリオス殿に免じて、リギエル将軍の無礼は許します」


 ライレーリアからは許しを得たもののリギエルの表情は険しいままだ。リギエルの視線はライレーリアの隣に立つセイリオスに向けられており、セイリオスに対する苦々しい思いを隠そうともしなかった。


「俺としては、アンタがその位置にいるのが理解できねぇんだがね。一体全体どうやって俺の雇い主を誑かしたのか」


「無礼だぞ!」


 今までにない強い調子で言葉を発したのは、言われたセイリオスではなくライレーリアであった。

 激昂するライレーリアとは対照的に、セイリオスは何も言わず、ただ微笑んでいるだけだった。その表情がリギエルにとってはどうにも気に障った。


「セイリオス殿は帝国のために身を粉にして働いてくれているというのに、どうしてそのような人物を侮辱するようなことを言うのか!」


 ライレーリアにとってはセイリオスは恩人だ。暴徒に襲われた時に救出してくれた恩、自分の友人の仇を取ってくれた恩、辛い時に自分を支えてくれた恩。他にも数えきれないくらい助けてもらっている。

 ライレーリアにとっては自分に対して、これほど親身になってくれた相手は幼い頃から自分の世話をしてくれた、あの女騎士の他にはセイリオスしかいなかった。



「彼の忠誠は本物です。常に私に忠誠を示し、帝国のために尽力してくれる彼を侮辱することは私と帝国への侮辱と同義であることを知りなさい!」


「そんなセリフを吐いてる時点で、どう考えたってアンタは誑かされてるんだがな」


 リギエルは同席している者たちに視線を向ける。

 他の者たちだってセイリオスがライレーリアのお気に入りになっている現状は面白くないはずだ。自分と同意見――セイリオスをライレーリアのそばから排除したいという思いの者は他にもいるはずだと、その場にいた者たちの様子を窺うのだが、反応は芳しくなかった。

 セイリオスに対する苦々しい思いは感じるものの、表立って敵対するような姿勢は誰も見せていなかった。


 王都に殆どいなかったリギエルは知る由も無かったが、既に帝国の王都統治はセイリオスがいなければ立ち行かなくなっていた。

 帝国の統治に抵抗する民衆は日に日に増えていき、民主主義という思想を標榜する集団の暴動も過激化している。そんな中でセイリオスだけが状況をコントロールできた。

 民衆に対しての説得に始まり、民主主義者の逮捕などもセイリオスだけが成果をあげている。セイリオスがいなければ、帝国は王都でマトモに動けなかった。

 そのため、セイリオスの存在は帝国軍にとって重要なものであり、セイリオスの排除をするということは帝国の生命線を自ら断ち切るのに等しい。

 セイリオスがいなければどうにもならないのだから、セイリオスの行動は黙認するの仕方がないというのが、王都にいる帝国軍の司令部の見解であった。


「チッ」


 リギエルは自分の不利を悟り、不機嫌な表情で口を閉じる。リギエルは自分を見るセイリオスの表情が一瞬だが勝ち誇ったようなものになるのを目撃したが、それを騒ぎ立てたとしても仕方がない。何を言ったところで、この場では自分よりセイリオスの方が実際の立場はともかく、優遇される立場にあるのだから、余計なことを言うのは自分の首を絞めるだけだと理解したからだ。


「ライレ―リア様」


 セイリオスが怒りの収まらない様子のライレーリアに耳打ちする。たった、それだけでライレーリアの表情は一転して平静に戻る。


「セイリオス殿が許すと言っているので、私も今回は見逃しましょう。リギエル将軍、セイリオス殿の寛大さに感謝するように。ですが、次もあるとは思わないことです」


 そいつに何を感謝すれば良い? とリギエルは思う。

 リギエルにすれは、今のおかしな状況はそいつのせいなのに何を感謝すれば良いのか理解できなかった。

 元はただの裏切り者だったはずなのに自分の知らないうちに皇女の信頼を勝ち得、更にはそれでは済まず皇女を傀儡にしてさえいる。

 セイリオスの専横を諌めるべき者たちでさえ、気づけばセイリオスに何も言えなくなっている。


 セイリオスが忠臣? そんなことはあり得ない。

 自分に利益があるから祖国を裏切り、帝国を手引きした奴だ。帝国につくことに利益が無ければ、帝国だって裏切るだろう。

 利害で動いた人間が、仕える相手が変わった程度で忠節に目覚めることなんてありえない。そうリギエルは思うのだった。


「みなさん、今は身内でいがみあっている場合ではありません。我々がするべきことは王都に攻め寄せてくる王国の残党どもへの備えを話し合うことであり、奴らを成敗するための方策を考えることこそが先決なのではないでしょうか」


 おまえが言うことかとリギエルは思うが、それを口に出した所でどうにもならないと感じていた。

 ライレーリアを差し置いて、この場を仕切る。玉座に座るのはライレーリアで、セイリオスはその隣に立っているだけだが、セイリオスの振る舞いは王のそれだった。


「王国の残党との戦いにあたり、私は王都での籠城をみなさんに提案します。認めるのは口惜しいことですが、奴らの戦略は我々を凌駕します。マトモに戦えば我々に勝機は無いでしょう。それを踏まえて、我々が取るべき方針は王都に籠城し、帝国本国の増援を待つことです。増援が来れば逆転の可能性も生まれるはずです。我々はそれまで王都に籠城するべきかと」


 セイリオスが軍の方針にまで口を出すが、咎める者はいない。本来は部外者であるはずのセイリオスであったが、いつの間にか帝国軍の主導権はセイリオスに握られていた。

 セイリオスは帝国軍に資金を提供してもいて、セイリオスの不興を買えば帝国軍は立ち行かなくなってしまう。

 それでなくとも、現時点で王都における最高権力者のライレーリアのお気に入りだ。そんな相手を批判をすればライレーリアの不興を買うことになりかねない。

 それに実務的にも、王都の治安維持や民衆と安定した関係を築くのにも貢献している。セイリオスがいなければ王都に帝国軍が駐留し、王都を統治することも危うくなるのだから、セイリオスには気を遣わざるを得ない。


「籠城だけは無いな」


 しかし、そんな相手に対して、遠慮しない者もいる。

 セイリオスの意見に対して真っ向から反対したのはリギエルだった。


「今の状況で籠城? 冗談にしれもありえねぇよ。王都の様子を見てるか? 街中に帝国に対して敵意を持ってる奴がわんさかいるぜ。籠城したところで、そいつらが敵に内通するのは間違いないし、俺らに対して破壊工作を行うのは間違いない。つまりは内に敵を抱えたまま外の敵と戦うことになるんだ。

 それでも、本気で籠城戦をするなら、王都の中は地獄になるぞ? 内の敵を何とかするには王都の中の民衆は徹底的に管理するしかないし、粛正やら何やらで民衆を暴力で抑えるしかなくなるぞ?」


 リギエルの言葉に他の将軍達も頷く。

 分かってるなら何故言わないのか? こいつらは全くもって頼りにならないと、ここに来てリギエルは他の将軍達を見限ることにした。


「そんなことをしたら最後、王都に住む奴らは俺達には従わなくなる。仮に王国の軍勢を撃退したところで、マトモに王都を治められなくなるぞ?」


 圧制の記憶は残る。ましてやこちらは占領した側だ。民は自分たちが受けた苦難を二度と忘れないだろうし、この先ずっと恨み続けるはずだ。

 占領した側なのだから気を遣わなくて良いなどとはならない。一時の宿にする程度なら、それでも構わないかもしれないが、今後も統治していくなら反感を抱かせるような振る舞いは極力避けなければいけない。リギエル自身、軍を率いて都市の占領をした経験もあるため、そのことは身を以って知っていた。


「それではリギエル将軍の考えは?」


 セイリオスがリギエルに尋ねる。自分に対して、これだけ否定的なことを言ったのだから何も考えていないことは無いだろうと、口には出さないものの、眼差しにそんな思いを込めてセイリオスはリギエルを見る。


「普通に野戦をするしかねぇな。皇女の隣の優男が言うには勝機が無いらしいが、そんなことはない。勝つ手段はあるぜ?」


「それはどのような?」


「俺に全軍の指揮権を渡して、俺の命令が何よりも優先されるって体制を作ってくれれば、絶対に勝って見せるぜ?」


 リギエルの口から出てきたのは自分に全てを任せれば勝利するという意味の言葉だった。

 以前だったら、すぐさまリギエルを咎める言葉が出てきたのだが、今となっては誰も何も言えない。西部でも東部でも敵とマトモに戦えたのはリギエルだけだったからだ。


「………………」


 ライレーリアは僅かに考え込むようなしぐさを見せるが、すぐに指示を仰ぐようにセイリオスを見る。


「確かにリギエル殿の優秀さは明らかです。しかしながら、経験といった面を考えるならば年長者であるログドー将軍にお任せするのが筋ではないかと私は思います」


「ならば、セイリオス殿の言う通り指揮権はリギエル将軍ではなくログドー将軍に与えるべきですね。ログドー将軍は何か意見がありますか?」


 ライレーリアはセイリオスの言葉に従うことを選び、リギエルの意見を退けることにした。

 ライレーリアとしてはセイリオスの方針を採用するべきなのではと思わないでもなかったが、セイリオス自身が自分の意見にこだわっている様子を見せていないため、自分がこだわることもないだろうと考えた。


「儂も籠城には反対です。リギエル将軍の言う通り、籠城する方が危険ですので、それは最終手段かと。リギエル将軍の提案通り、野戦でケリをつけるのが得策かと」


 結果的にリギエルの意見が通った形になったが、リギエルの顔は不満そうだった。

 自分の案でなら勝てるというのは自分が指揮を執るという前提があってのものだ。自分が指揮を執らないとなれば、どのような結果になるかは分からない。

 しかし、そんなことを言ってもライレーリアは気に留めないだろうとリギエルは思っていた。勝てる可能性があるというだけなのに、ライレーリアは可能性だけで満足してしまっているように見えたからだ。

 ここで、その満足感に水を引っかけるような真似をしたところでライレーリアの決定を覆すことは出来そうも無かった


「わかりました。その方針でお願いします。結果的にはリギエル将軍の意見通りになりましたが、指揮を執るのはログドー将軍でよろしいですね」


 リギエルは何も言わずに溜息を吐く。

 誰も反対する者がいないことを確認するとライレーリアは帝国軍に対し、王国軍との決戦の準備を進めるよう正式に発令するのだった。


 それから数日後、リギエルは自分の手勢を率いて、西と東の両方から進軍してくる王国の軍勢に対して奇襲をかけた。少しでも戦力を削り、戦いを優位に進めるためだ。

 しかしながら、それでも削れたのは敵の中でも練度の低い兵たちで、おそらくは敵も戦力として数えてはいない兵士たちなので、大きな影響は与えられていないだろうことはリギエル自身分かっていた。


「どうされるんですか?」


 リギエルの副官であるルベリオは上官であるリギエルに尋ねる。

 ルベリオもリギエルについて戦場を歩き回っていたため、なんとなくではあるが、帝国が劣勢であることは分かっている。軍の上層部は問題ないというが、その上層部より明らかに頼りになるリギエルが厳しい状況であると盛んに愚痴をこぼすものだから、ルベリオも色々と察してしまっていた。


「まぁ、なんとかするさ」


 リギエルは事も無げに言う。さんざん愚痴をこぼしているのだから説得力は全く無い。


「なんだよ、ルベリオ君。俺を疑っているのかい? 俺に何の策も無いとでも?」

「いえ、そういうわけでは」


 否定するも、眼差しには疑いの色がありありと浮かんでいた。

 そんな疑いを笑い飛ばすかのようにリギエルは不敵な笑みを浮かべる。


「どうして俺が無敗の傭兵と呼ばれているのか、その真骨頂を見せてやろうじゃないか」


「この状況を打開する策があるんですか?」


「あぁ、勿論あるさ。だから心配せず、君は俺についてくれば良い」


 策を思いついたためなのか、リギエルは一転して晴れ晴れとした表情でルベリオに対して頼もしい言葉を口にする。その様子を見てルベリオは帝国の勝利を確信するのだった。



 ――そして、それから数日後、マイスティア市に入ったという王国軍の動きに合わせ帝国軍はマイスティア市に進軍。

 王国軍と帝国軍はマイスティア市の北にあるマイス平原にて対峙することとなり、遂に王国と帝国の最終決戦が始まるのだった。






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